第2話 姫騎士
「ほっほっほ! 仲良きことは美しきかな!」
「ありがとうございます。それでアイリス様、クリスにはどこまで説明しましたか?」
「騎士団長の任を解いたところとそれを進言したのはアレンだということしか話していない」
「なるほど。それならまだ肝心なことは説明してないんですね」
「肝心なこと? 何だそりゃ?」
「次の仕事の話だよ」
「えっ!? 俺の次の仕事はもう決まってるの!?」
「そうだよ」
あっけらかんとした表情でアレンは話してるけど、これって重要な話なんじゃないか?
さっき
「(新しい仕事か。騎士団長を辞めてまで俺にやってほしい仕事とは一体何なんだろう)」
それこそこの世界に新たな魔王が誕生したので、もう1度退治しにいくってことはないよな?
あんな経験なんて1度っきりで十分だ。それだけはアレンに頼まれたとしても絶対に断ろうと思う。
「それでアレン、俺にやってほしい仕事って何だ?」
「クリスには学校の先生をしてもらいたいんだ」
「‥‥‥‥‥聞き間違えかな? アレンは俺に学校の先生をしろと言っていた気がするけど、それって冗談だよな?」
「冗談じゃないよ。クリスにはこれから王立クロムウェル学園に入って、王子の花嫁候補である姫騎士を育ててほしいんだよ」
「はぁ? なんだそりゃ!? というか王立クロムウェル学園ってこの国が運営しているエリート揃いの名門校だろう? 今の説明だと俺はその学校の教師になるってことじゃないか!?」
「その通りだよ。クリスにはこの国最高の学術機関と呼ばれている学校の教師として、姫騎士を育てて欲しいんだ!」
アレンが俺に姫騎士を育ててほしいという気持ちはわかった。
ただそれは騎士団を辞めてまで俺がやらないといけないことなのか?
もっと適任な人が他にいる気がしてならない。
「なるほどな。俺が騎士団長を辞める理由はわかったよ」
「僕が言っていることを理解してくれたんだね!」
「まぁな。だけど1つだけ質問がある」
「何? 僕がわかることであれば、何でも答えるよ」
「それなら質問するけど、姫騎士って一体何なんだ? さっきからアレンが姫騎士という言葉を連呼してるけど、俺はその言葉を生まれて初めて聞いたぞ」
俺がいた近衛騎士団には女性の騎士も多数在籍しているが、姫騎士と呼ばれている人間は1人もいない。
俺はこの2年間騎士団の中で過ごしてきたが、そう呼ばれている人物に心辺りがなかった。
「クリスはこの国の王妃になる条件って知ってる?」
「知らん」
「だよね」
「自分から聞いておいて呆れた表情をするなよ。俺は村出身なんだから、王都のことなんてわかるわけがないだろう」
「今のクリスの気持ち、僕もよくわかるよ! 実は僕もその名称をこの前行われた会議で初めて聞いたんだ!」
「それなら俺にそんな話題を振るな!! アレンが知らない話を俺が知ってるわけないだろう!!」
俺より頭の出来がいいアレンが知らないなら、俺が知っているわけがない。
それなのにも関わらず俺が知っているような言い方で説明しないでほしい。
アレンはたまに自分の尺度で物事を話す事があるからものすごく困る。
「ごめんね。クリスは騎士団の団長をしているから、その話を耳にしていると思ってた」
「あの騎士団にいた連中がそんな大切な情報を俺に流すと思う?」
「思わない」
「なら聞くな」
本当に胸糞悪い。この国に帰ってきてからというもの、
騎士団に入った直後は魔王を討伐した時とまた違う苦痛を味わったけど、今となってはいい思い出だと思っている。
そう思わないとやっていけない程、あの時の俺は苦痛に満ちた毎日を送っていた。
「それじゃあクリスの望み通り姫騎士の説明をするね」
「頼む」
「姫騎士というのは、この国でもっとも武芸に長けた女性に与えられる称号なんだよ」
「なるほどな。そういうことならうちの騎士団にいる女性団員の中から、その姫騎士というのは選ばれるのか」
「普通ならそうなるところなんだけど、これが簡単な話でもないんだ」
「どういうことだ?」
「姫騎士の称号にふさわしい人間は、この世界の誰にも負けない圧倒的な武力が必要なんだよ。それこそクリスと1対1で戦っても負けないような強さが必要とされているみたい」
「お前は自分が何を言ってるかわかってるのか? 純粋な剣術のみの戦いで俺に勝てる人間なんて、この広い世界を見渡してもアレンしかいないんだぞ」
一応俺も魔王を倒した勇者パーティーの1人だったんだ。純粋な剣の技術だけでいえば、この世界で1、2を争うと言っていい程の腕前を持っている。
そんな俺に勝てる奴がいるとすれば、一緒に魔王を討伐したアレンぐらいだろう。
他の人間が俺に勝つ姿なんて、全く想像がつかなかった。
「だからクリスには王立クロムウェル学園に入って、自分を倒す程の力を持った騎士を育ててほしいんだ」
「
「もちろんアレンも学園に入って、後進の育成をしてもらうつもりだ。その手続きは既に終わっている」
「それなら俺の出る幕はないだろう。アレンが生徒達を教えるなら俺は必要ないはずだ。それなのに何故俺までガキのお守りをしないといけない? その理由を教えてくれ」
「それはクリス、お前の騎士団での功績を見て決めたんだ」
「功績? まだ俺はあの騎士団で何も功績を上げてないぞ」
「すっとぼけるのはお前の悪い癖だな。お主が近衛騎士団の団長になってから、騎士団の結束力が高まりメキメキと力をつけているという報告が上がっている」
「あれは俺の力じゃなくて、周りにいい人材がいたからだ。褒めるなら俺の部下達を褒めてくれ」
「でも、その人材を見極めて適材適所に配置したのはクリスなんでしょ? 僕はそう報告を受けてるよ」
「それはアレンの勘違いだよ。元々あの騎士団は高位の貴族や金を持っている奴等が牛耳っていて能力のある奴が冷遇されていたんだ」
「なるほど。噂通り騎士団の中はぐちゃぐちゃだったんだね」
「そうだよ。だから俺はそいつ等を追い出して能力のある奴に自分の得意なことをやらせてるだけだ。俺の功績じゃない」
一見すると俺が楽しているように見えるけど、この作業がものすごく大変だった。
何故なら今まで特権階級に胡坐をかいてきた貴族達を一掃したんだ。騎士団の再編をすると言った際そいつ等からものすごい反発があった。
中には王様に俺の悪口を吹き込み、俺を辞めさせようとした貴族もいたらしい。
その時はアレンがそいつの嘘を暴いたおかげで処罰されなかったが、騎士団内特に役職持ちの人達にはものすごく嫌われていた。
「(だが俺はそいつ等の圧力には屈しなかった)」
俺にたてついた連中には『文句があるなら、俺を倒してみろ!! そしたら団長の座も譲ってやる!!』といってチャンスを与えた。
だが俺がそういうと誰もが口を閉ざしてしまう。俺と決闘をしてまでたてつこうとする気概のある人間が当時の騎士団には1人もいなかった。
「(でもそいつ等が黙ってしまうのも仕方がないことだよな)」
だって俺は魔王を倒した勇者パーティーの一員だから、そんな奴と正面から戦おうとする奴なんていない。
その結果誰も俺に反発することが出来ず、俺の一声で騎士団の配置換えは行われた。それに伴い、騎士団を脱退して自分の領地に戻った貴族もいる。
ただそういう人間が辞めてくれたおかげで今まで実力はあるが冷遇されていた人間が適切な役職に登用され、この国の騎士団が短期間で大幅に強化された。
「もう! そんなこと言っちゃって。クリスは謙遜しなくていいんだよ」
「別に謙遜なんてしてないよ」
「僕の耳にもクリスの情報は入ってるよ。最近は新しく入った若手に剣術を教えてるんでしょ?」
「確かに俺は今年入ってきた新人達の指導をしている。ただ指導するといっても、俺が教えてるのは戦場で死なない為の戦い方だ。アレンみたいな綺麗な戦い方じゃない」
それこそ戦場では背中を見せないように2人一組で行動することや敵に対して突きをしないという基本的なことを教えている。
1対1で戦うアレンみたいな綺麗な戦闘方法じゃないので、学生に教えるような代物ではない。
「それでいいんだよ! もし戦場で大勢の敵と戦う事になったら、そういう戦い方も必要でしょ?」
「確かにそうだ。そうしないと戦場で生きていけないからな」
「だからその技術を学生達に教えてほしいんだよ。実戦的な戦い方を教える人が教師の中にいないから、そういう技術を学生達に教えてほしいんだ」
「でもな‥‥‥」
「これはクリスにしか出来ない事なんだよ!! だから僕と一緒に学生達を教えよう!!」
なんだか今日はやけにアレンが積極的に絡んでくるな。こんな平身低頭に頭を下げるアレンなんて久々に見た。
「(ただこういう時のアレンは腹に一物を抱えているんだよな)」
もしかすると俺や王様が予想出来ないようなことを企んでいる可能性がある。
ただどういうことを企んでいるのか俺には見当もつかない。
なので俺は直接本人に聞いてみることにした。
「アレン」
「何?」
「お前、俺に隠し事とかしてないよな?」
「隠し事なんてするはずがないじゃん!? 僕はただアレンと一緒に姫騎士を育てたいだけだよ!」
「姫騎士を育てたいか」
本音を言うなら、自分を倒す程の人間を育成なんてしたくない。
ただそういう人材が出てくれば、おのずと俺も楽が出来る。
なんだか裏がありそうな話だが将来的なことを考えれば、騎士団を大幅に強化したい俺にとって悪い話ではなさそうだ。
「最後にもう1つ質問するけど、姫騎士になれなかった他の生徒達はどうするんだ?」
「その時は近衛騎士団に入れて、クリスの副官にすればいいと思うよ」
「本当にそんな自分勝手なことをしてもいいの? そんなことをしたら『エコひいきだ!!』って文句を言う奴が出てくるんじゃない?」
「その時は異論が出ないように僕も協力するよ! 自分の側近を育てると思えば、この依頼だってやる気が出るでしょ」
「確かにな」
丁度事務作業が出来る人間を雇おうとしていたので、この提案は願ったりかなったりだ。
学校を私物化するようで申し訳ないけど、アレンと王様が許可してくれるなら、この恩恵は素直に受け取っておくか。
「わかった。アレンがそこまでいうなら、俺もその仕事を手伝うよ」
「ありがとう! さすがクリスだね!」
結局俺はアレンの策略に乗ってしまった。
最初から外堀を埋められていた気がしなくもないが、気のせいだと思っておこう。
「そしたら詳しい仕事内容を説明するから、僕と一緒に来て」
「わかった」
それから俺は別室へ移動し、アレン達と次の仕事の打ち合わせをする。
こうして俺は姫騎士を育てるという任務を遂行すべく、王立クロムウェル学園の教師をすることになった。
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ここまでご覧いただきありがとうございます
続きは明日の朝8時に投稿する予定なので楽しみにしててください!
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