第32話「ダンジョン行脚」

 そうして、レイラに言われるままに追従し──おっかなびくり要塞に近づいていくマイトたち。

 近づくにつれて、濃密な緑の匂いと土のにおいが鼻をつく。


 あと、なんだろう。


 このなんか嗅いだことのある匂い──。


(あ、これ草刈り後の匂いか)


 ……懐かしい思い出とともに、3年前に通っていた学校の風景と夏の町内の風景が思い出されて、ふと気づく。


 汗だくになりながら外で作業をして、ふと嗅いだあの匂い。


 そう。あの草の青臭い臭いと新鮮な土を掘り返した匂いのミックスシェイクの香り……。生命の香りのそれだ──。


「……まぁ、その生命とはほど遠い光景だけど──」


  ぬぉぉぉおん……。


 不気味に聳え立つ要塞をみた一言。

 ここはレイラ曰く、大昔の戦争のときにエルフが構築した一大拠点のそれらしい。

 なんでも、当時の魔術と技術の粋を活かしたもので、いわゆる生きた要塞・・・・・とも呼べるものであったらしい。


 戦争相手のドワーフの優れた技術と攻城に対抗するため、

 自ら成長し、自ら水分を含む木々の難燃作用を利用した、まさに無敵要塞だったのだとか。


 ──張り巡らされた根は坑道戦を妨害し、

 火矢もギリシア(?)火も無効かする恐ろしく堅牢な要塞であったらしい。


 さらには、疫病をまき散らそうにも、木々は薬草を茂らせ、

 兵糧攻めをしようにも、樹木は木の実に果実も実らせたのだという。


「──その様は、まさに無敵! その名も恥ぬ、無敵要塞としてここにあり。……当時は、強引な力攻めにより何度も落城の危機を迎えたそうだけど、最終的には守り抜き────そして、戦後にアッサリ放棄された……っていう歴史ある場所よ」

「へー詳しいな」

「うん、ギルドのダンジョン観光案内参照──」


 って、受け売りかーい!!


「そんな場所でもダンジョンになるんだな」

「そんな場所だからなるんじゃない? 実際のダンジョンはここというよりも、この要塞の中の各設備よ」


 なるほど。

 要塞の敷地内は、いわゆるフィールドで、その他の設備がダンジョン化しているわけか。……わかりやすいね。


「しかし、アンデッドってのはなんなんだ?」

 大昔の要塞なら、死体もなにも消えてなくなってるだろうに。

「さぁ? 戦争だし、なんかヤバい薬品とかばら撒いたんじゃない? い~っぱい死体が残ってて、今も動き回ってるのよ。激戦のあとも残ってるし、その時に死んだ膨大な数の死者が未だに彷徨ってるんじゃないの?」


 やばい薬品て、君ぃ……。


「まぁ、走るゾンビのいる異世界だしね……」

 ゴーストも結構一般的だし、

 いまさらゾンビだのスケルトンだのが出てもおかしくはないか。


「あとは、プラント系ねー。暴走した当時の植物がモンスター化して蔓延ってるのよ。──そいつらが、いるせいで余計に人が寄り付かなくなっちゃったみたい。おかげでダンジョン化が進行して、今や天外魔境ってわけ──……ほら、手ぇかして」

「お、おう、センキュ」


 レイラは説明しつつも慣れた様子で要塞に周囲を覆っている空堀を超えて、壊れた城壁に手を駆けた。

 いくら無敵の要塞とはいえ──それはかつての話。今は、外周の覆っている城壁にはいくつものほころびが見える。


 その中から内部に入れるようだ。


「ここからは注意してね。モンスターが出現するから」

「うげ……。お手柔らかに頼むぜ」


 もっとも、ここはまだダンジョンじゃないので、数はそれほどでもないと言う。

 そして、本家のダンジョンはこの先──、


「さてと。……どうする? あんまりじっとしてると、アンデッドとか動く植物が巡回して来ちゃうからゆっくりとしてられないけど──。この近くなら『古い肉の貯蔵庫』『エルフの古の地下研究所』──あ、『捕虜たちの怨嗟の檻』とかあるけど」


「あ……お任せで」


 つーか、名前こわ!!

 そして、数も多ッっ!


 レイラに言われるままに地図を広げると、確かにギルドで貰ったそれには、こまかーい注釈がびっしり!


 郊外のダンジョンは端から除外していたけど、

 ここにはなんとダンジョンが10以上も密集している魔境だった。


 さらには周辺はフィールド化しているせいか、街道よりも遥かの多くの魔物が出現し、人が居着くこともない。おかげで、基本は無人地帯だ。


 マイトにはありがたい話──……ギシャァァアアアアアアア!


「ぎゃああああ! なんか来たぁぁあ!」


 そう!

 魔物がいなければね!!


「ただの雑魚よ。そんな大声出さないでってば──」

 落ちた様子のレイラちゃんに縋りつくマイト。


「ひ、ひぇぇ! 無理無理! なんとかしてー!」

「もー。カッコ悪いやつー」


 うるせぇ!

 恰好なんか気にしてられるか────ゾンッ!!


  『ギシャッァアア!!』


 フワフワ浮かびながら襲い掛かってきた花粉型モンスターをなんなく撃破したレイラ。


 こういう時はホント頼りになるわー。


「レイラちゃん、かっこいー」

「茶化さないの! ほら、早く行く場所選んで」


 え?

 あ、はい。


「じゃ、じゃあ……、近い出口のとこから順番に回っていこうかな。……よくわからないし、近い順でいいや」

「ん。了解。ゆっくりとでいいから私のあとについてきてね。……あ! 足跡も同じところ踏んでよ! まだトラップ生きてるんだから──」


 ぽぃ。


  ジャキーーーーーーーーーーーーーーン!!



    ギチギチギチ……。



「は、はーい」


 レイラがお試しに投げた石の先──まだ生きているトラップとやらが出現。

 ……多分、地下系植物の何かのお化けだよねあれ?

 ハエトリソウ的な奴の地下バージョンだよね!?


 どうやら、振動かないかを感知して、地中から飛び出し、獲物を襲う植物型トラップらしい────って、生きているトラップって言葉通りじゃねーかよ!


「何言ってんのよ。こんなの序の口。……他には昆虫型もあるわよ。蜘蛛とか蟻とかが潜んでる奴。捕まったらもれなく──」

「あ、いっす。おみ足・・・たどらせていただきまーす」


 そう言って、レイラの尻を眺めながら、絶対に足を踏み外すまいと決意するマイトなのであった。


 ……レイラちゃん、お尻はかわい────ジロリ。

 さーせん。


 


   そうして到着一番近い、『捕虜たちの怨嗟の檻』。

 



 要塞の内部。

 中庭の様なひろ~~い所にドーン! と立っている粗末な建物がそれ・・だという。


 一見してダンジョンに見えない構造。

 取ってつけたような木の板壁に、無数の植物が巻き付き、周囲には拷問道具っぽいものの残骸や、なんていうのか──あの、中に人を入れて閉じ込めるデッカイ鳥かごみたいなのがブラブラしてるやつ。


 だが、その建物には閂が外側からついていて──……って、うーわ。


 骸骨いっぱーい。


「ここがそうよ。見た目は小さいけど、ここって下に広い・・・・のよねー。どっちかっていうと地下がメインなのかしら? 中は水牢みたいになってて、一番深い所は完全に水没してるのよ、クリアしたことはないけど。まぁ──本格的に調査するなら魔道具とか魔法必須の場所。……マイトも息が長いなら挑戦してもいいかも?」

「ん──もれなく一分で死ねるから無理ー」


 初見殺しにもほどがあるだろ!!

 つーか、昔のエルフって残酷ぅ!

 えー。たしか条約で捕虜ってこういう扱いしちゃだめなんでしょ?!

 見てよ、正面の巨大な鳥籠のなのか死体!! あれ、死体っつーかアンデッドやで? まだ動いとるで?! 死んでも拘束されるとか地獄すぎん?


 あと、地下ってアンタ……。

 いやいや、無理無理!! 絶対無理!


「ん。そう言うと思って下調べしといたわよ。ほら」


 パカー。


「わーお、またマンホール」


 中にはなるほど……要塞地下が広がっていて、そこに巨大水槽のようなものが見えている。そして、 レイラが指さす先には、地下に埋め込まれた牢獄の出口らしきものがあり、巨大な栓のような──銀行の大型金庫の入口みたいなのが見える。


「多分アレが出口」

「あ、はい。あれですね……」

 

 なるほど。間違いなさそうだ。


 そして、出口付近ということもあってか、周辺にモンスターはいないけど、薄暗くってジメジメしていてあんまし降りていきたくないな……。

 おそらく、もとは貯水槽かなにかを捕虜収容所──というか、水牢に改造したのだろう。


 モンスターはいなさそうだけど、潜っていきなくはないな……。

 だって、数百年前の下水とか怖くない??


「……先に行ってくんない」

「やーよ」


 ……ですよねー。

 モンスターはいないっぽいけど、こわーい。


 さっさと行けとばかりに、レイラが松明を落としその下に照明を作る。

 すると、そこに浮かび上がった巨大な地下空間。


 たかさは2~30mくらいはあるだろうか?

 内部はしみ出した水が床に滴り全体的に湿度が高かった。あと、苔の匂いが凄い……。


「はぁ、しゃーねーか……」


 意を決して、マイト一人で恐る恐るマンホールに下っていく──梯子は石を削ったもので何百年たっても安心健在のそれだ。


 バシャン!


 そうしてようやく底に到達したところで、その栓に手を触れる。

 ……これ出口じゃなかったら、ただの腐った水を放出するだけになるよね??


 大丈夫か、これ──。



「す、すてーたすおーぷん」


 いつも良し声は小さめ、そして、ステータス画面はいつも通り──!



   ブぅぅうン……ッッ!!



『目標──「ダンジョン壁」厚さ6000mm、使用魔力60』



 ……………発破しますか? Y/N


 わーお、本当にこれダンジョンなんだ。

 目の間にそびえる巨大地下貯水槽のようなもの──そして、思った以上に分厚ーい!!

 

 出口と思しきそこには、

 なるほど、かすかに冒険者の物らしい足跡や、放棄されたアイテムが見える。


 ここらにはさすがに『乞食プレイ』にくるチンピラどももいないため、捨てられたアイテムは朽ち果てるに任されているらしい。


 つーか、これ。

 この出口の栓……6メートルクラスなの?!

 そんなん爆破せんでも開錠不可能なんじゃ────……ええい、ままよ!!


「レ、レイラー! 爆破するからすぐに引き上げてくれ」

「(わかったー)」


 レイラのほうからするするとロープが垂らされると、どこかに結わえつけられたのか、ピタリと止まる。


「(それー、腰に巻いといてー)」

「あいよー」


 レイラの細腕で引き上げられるのか心配だったが、まぁ半分は命綱みたいなもんだ。

 発破の威力が小さければ逃げる必要もないが、ここは地下──密閉空間だ。


  ──よっし

  準備OK

 


「は、発破よーい!」


 マイトは、気合いを入れてマナポーションを3本飲み干し、魔力は60越え。

 よーし! いくぞ!!


 ここなら町の方角と垣根せず行ける!



 なので──

 ……ぽちっとな!!



 ⇒「Y」 ピコン♪



 『カウントダウンを開始します』

  『危害半径からの退避を勧告します』



 っしゃ!

 きたぁぁあああ!!



 そして、ここからの────退避ッ!!

『カウントダウン開始──……60 59 58』


 うぉ!!

 そうだった、そうだった!!

 60秒しかないんだった、だけど、どう考えても60秒で昇るのは不可能なので、──「一時中止」からの~。


「(マイトいけたー?)」

「OKだ! ひきあげてくれ」


「(わかったー。頭下げといてねー)」


 おう、了解。


 ……って、

「ん?? 頭────なんで、頭??」


 マイトはふと疑問に思いつつも、

 早くカウントを止めねばと意識がよそをむいていたこともあり、レイラの行動をいったん放置。


 すると、

「えーっと、一時中止、一時中止…………ん?」


 パラパラ


「なんだ、ゴミ────」



 ひゅるるるるるっる────っ!!



「ぶほっ!! ちょ! おま、なにを────」


 マイトは頭上を見上げたまさにその時、なんと、レイラの奴がマンホールから何か巨大なものを投擲!

 それはかなりの重量のようで──ぇぇえええええええええええええええ!!



 じーざす!!


 まさか、裏切られた?!

 そう考え、死を覚悟したマイトさん。


 どうやら、まんまとレイラの策略にのってしまった自分の間抜け具合を呪わんとしたまさにその時だった。


 突如、体が──ぐんっ!! と物凄い力で引き上げられる。

 そして、適当に巻いた命綱がギュリリ!──と、引き絞られる……ぐぇっ!!


「い、いだだだだ!! いだいいだい! は、はら、腹が千切れるぅううう!!」


 叫ぶ間にもぐんぐん引き上げられ物凄い力で引っ張られるマイト。


 とてもレイラの力とは思えず驚いていると、まさに地下と地上の中間地点で、マンホールと入口と交差する刹那。


  ひゅるるるるる!


 ──何かが、うなりをあげてマイトの脇を拘束落下していく。


(……って、あれは!!)


 たしか、ここに入る前にみた──────巨大鳥かごINアンデッドじゃん?! 

 つーことは、アイツ!

「レ、レイラぁぁああああああああ!! つるべ落とし・・・・・・するなら、するって、はじめから言えー」


  言えー

   いえー

    YEH!!!


「ぎゃあああああああああああああああああ!」


  スポーン!!


 カウンターウェイトの鳥かごが地下に落下するや否や、代わりに引き上げられたマイトさんは、ものすっごい勢いで、地上に放り投げられる!!


 そりゃもう! 凄い勢いだよ?!

 だって、ほら。

 マイトさんと総鉄製の鳥かごじゃ、体重差とかが滅茶苦茶あるからね?!


「……つーか、よいこは絶対真似しちゃだめ────って、死ぬわ!」



 ズドーン!!



「あべしっ!!」


 体が千切れる寸前で、腹に巻いていたロープが千切れて地上に投げ出されるマイト。

 地下では巨大質量が落下した音と振動がズーン!! と鳴り響いていた。


「……って、殺す気かぁぁあああ!!」

「えへへ、早かったでしょ」


 かわいく笑えば許されると思うなよ──このバカ!!

(……かわいいけどさ!!)

 そして、その瞬間────止めるのを忘れていた発破が炸裂!



 『3 2 1──いま!』





   ズドォォンンンンンンンンンンンン……!!



「うぉ!!」

「きゃ!!」


 再びの振動。

 しかし、さっきの鳥かごが落下したそれとは一線を画すほどの大振動に、思わず尻餅をつくマイトたち。


 地下爆発のせいだろうか?

 マイトたちの体が誇張なしに1メートルは跳ね上がほどだ。


「ひぇぇえ、地下爆発はあっぶねーな」

「ゆ。床が抜けるかとおも────」


 ズボォォオオ!!


「んぎゃぁあああああああ!!」

「んきゃぁああああああああ!」


 ぬ、抜けたー!!


 外さないレイラさん、っぱねっす!!

 寄りにもよって真下で爆破した上に、地下は思った以上に脆かったらしい



   「「あーれーーー!!」」



 ……そうして、床の抜けた地下に再び二人そろってダイブするのであった──。

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