第29話「清水のごとき」
「うぉぉぇぇええええええええええええ!!」
「うげぇぇえええええ!! ぺっぺっぺ!! あーもう!!」
全身ずぶぬれになったマイトたちは
そのまま溺れるところに、下水道に溜まっていた汚水がものすごい勢いで流れ込んできたものだから、その濁流に押されて運よく岸辺に流されたのだ。
うん。
そうでなければ、多分、おぼれ死んでいただろう──。
「もうーやだぁ!! アンタといると、ろくなことにならないわよ!!」
「こ、っちのセリ、フだな」
おえぇぇええ!!
ひ、ひでぇ、臭いだ。
変な水飲んじゃったけど、病気にならないだろうな?
「アンタはいいわよ。ハイポーション飲んだんだから多少の状態異常も治るわよ──私にも頂戴!」
ビシッ!!
「なんでだよ!! ただじゃねーんだぞ!」
乱暴に唇を拭いまくっているレイラにぶっきらぼうに返しながらも、渋々ハイポーションをくれてやる。
くっそー。
換金商品なのに……。
「ふんっ。さっさとよこしないさよ! ったく、口の周り消毒しなきゃ!!」
ごしごしごしっ!
「……おい、拭きすぎだろ」
「うるさいっ、こっちは初めてなんだからね──あんなのノーカンよ!! まさかウ〇コ味がしただなんて誰に話せるってのよ!」
なんの話だよ。ったく──。
「はー。しんど」
「ふんっ。ま、これで連中を一掃できたんじゃない?」
どーだか。
「今度こそ大丈夫よ。あれだけ手痛い目にあったんだし、なにより、アイツらあんな無茶苦茶したのは、この街を逃げだすつもりだったのよ。衛兵にも追われてるだろうから、行きがけの駄賃ついでにこれだけのことをしでかしたんじゃないの?……でなきゃ、さすがに衛兵隊も捜査と追跡くらいはするわよ」
はー。詳しいなー。
「……っていうか、アイツら死んだんじゃねーのー?」
「どーだかねー。……言ったでしょ、裏社会の人間はしぶといのよ。ま、でも当面は安心よ──あの爆発のなかを生きていたとして、下水から逃げたところでお縄よ」
「ならよかった……」
苦労した介があった。
「……にしても、お前──色々と逃げ道知ってんだな」
ジャー。
靴に溜まった水を捨てつつ、逃げ回ったルートを思い出す。
窓に、非常はしごに、下水と──流れるような逃走ルートだったな。
「とーぜんでしょ。これでも名うての『逃がし屋』よ」
「あー。そう言えばそんなこと言われてたな。……その、『逃がし屋』なんだが──」
ガサガサガサッ!
「あん?」「あら?」
マイトが先日から疑問に思っていた逃がし屋、そのことを聞こうとしたところで、背後から物音。
なんだ?
今更衛兵でも駆け付けてきたかと振り返るマイト。
まー。これだけ大騒ぎしたら、衛兵の一人や二人……。
『──グャァァァアアアア!』
「うげ!」
「ひゃ?!」
な、なんだぁ?
「モ、モンスター?!」
腰を抜かしたマイトに、その悲鳴に驚くレイラ。
見れば、なにやら雄たけびを上げて出現したのは、二本足で歩く犬型モンスターがいた。
「って、なーんだ。驚かさないでよ。ただのコボルトソルジャーよ──って、どこに隠れてるのよ、アンタは!」
ヒシッ!!
「ひー。魔物は無理無理!! なんまいだーなんまいだー!」
マイトさん食べてもおいしくないです!!
まずはこの女から──……あべしっ!
「人を盾にするな! こんなDランク程度の雑魚なら、アンタでも……。あ、レベル1か、ぷぷぷ!」
「う、うっせー!! そうだって何べんも言わせるな!! 自慢じゃないけど、ランクDの魔物なんかに出くわしたら一撃でパァン! ですよ、パァン!!」
まさにワンパン!!
はい、死ねます──死んじゃうので、頼みます、先生!
「はー、やれやれ。さっきはちょ~っとカッコよかったのに──はいはい、コボルトさん、こっちにいらっしゃ……」
ゴルルルル!
低く唸るコボルトは、油断なくマイトとレイラを凝視しつつも二人からの距離を詰めない。
どうやら、二対一なのを警戒しているらしい。
だが──……安心してくれ。
マイトさんは数に入れなくていいよ。
なので、実質1対1──!
そして、さんはい!!
アナタの相手は、こちらのB~~~ランク冒険者さまでしてね。
できるなら、まずこの小娘をだね、狙っていただいて────……レイラさん?
「ど、どうしたレイラ? す、すげぇ汗だけど」
グルルルル……。
だらだらだら。
「いや、おい? 大丈夫か? マ、マジで汗凄いで?」
一回帰る?
コボルトの唸り声と効果音被ってるで?
つーか、レイラさん?
レイラさーん。
ひらひらひら。
「あ、うん。その──見えてるわよ」
「その割に硬直してるけど、どうした?」
あははは……。
「い、いやー。そ、そのぉ────0対1かしらねって。……てへ」
は?
「何を冗談いってんの。そーゆーのいいからサクっと仕留めてちょー」
あと、YOUは1換算でいいよ?
マイトさんは0換算だけど、それよりほら──そろそろコボルトソルジャーさんが本気見せますよ!
来ちゃいますよ、なので、来たところをパァン!! してやってください。Bランクのパゥワーでパァン! と!!
「そう、パァン!! とね!」
うんうん。
バァンと──。
「い、いやー…………あはははは、武器落しちゃった」
ん?
武器──あぁ、武器か。そう言えば、空中で投げてたね。
だけど、あれってさっきあげた奴でしょ??
たしか『盗賊のダガー』とかいうやつ。
そんなら君の自前の武器はまだあるはずだけど──────え? 汗凄いけど、まさか
「あはは、うふふ、た、たまには──ほら、マイトが戦ってみてもいいんじゃない? ほら、レベル上げもできるじゃん?」
「いや、だから無理だっつの! レベル1だっつの。木の棒しか装備できねー、モヤシだっつーの」
グルルルル──グルアッァ!
「あーほら、来た来た、来たよ」
見てよあのやる気満々んおコボルトの顔。
ニジリ、ニジリと近づきつつ来たよぉぉお! なんか涎を垂らしながら吠えつつこっちに来たよー。
──そして、レイラさぁん。
何か知らんけど、マイトさんの背中に隠れてても。どうしようもないよぉぉ──むしろマイトさんが隠れたいよー。
「いや、ほら。あ、アタシ女だし──」
「いや、ほら、俺はレベル1だし──」
……ん?
……ん?
「マイト……ひとつ言っとくわね」
「お、おう」
ゴクリ。
「もしかして知ってるかもしれないけど────盗賊職ってその、そんなに強くないのよ」
「ん? うん、まぁ────知ってるっちゃ知ってる……けど?」
それがどーしたの??
そういえば、前のパーティに盗賊いたもんなー。
ゴートくん、元気かな……。
確かに、言われてみれば魔法装備でゴート君も一生懸命戦ってたけど、あれないと火力はゴミなんだっけ──うん。もう懐かしいや、彼の顔も……。
「そ、そーねぇ、ゴミ、かもね。えへへ────ほら、マイトを切り刻んだ、ナイフ。あれってば付与毒を選べる特注品で、さ」
「あー、あれは痛かったな、うん」
「あの時はゴメンね。……でさ。──あ、あれでほら。モンスターには猛毒でチクチクと攻めてたのよねー。一発当てたらあとは逃げ回るだけでだいたい倒せたし、私みたいな可愛い女の子には相性よくってえさー。いやーほら、魚毒とかすっごい効くのよねー安いし、あははは」
「あははは!……でも────今ぁ、ないんでしょ~?」
あはははは
うふふふふ
──グルァァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!
「うん、ない」
「そっか、ないか」
ニコッ。
お互い顔を見合わせて、ニコニコ顔のままクルリと回れ右。
そして、両者ともにクラウチングスタート姿勢をとるや否や──。
さん、はい!
「「──逃げろぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」
ゴァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!
そうして二人して、脱兎のごとく駆け出すのであった。
──もちろん、背後からはコボルトさんが怒り心頭の表情で襲い来るオプション付き。
「ひぇぇええええええ!!」
「いーーーーーーやーーーーーーーーーー!!」
し、死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!
「たーすーけーてーーーーーーーーーーー!!」
いやいや、それマイトさんのセリフ!!
「つーか、戦えよ!! お前を保釈したりしたのは護衛のためやろがい!!」
「んな!! なんていう非道なこと言うのよ!! 女の子に戦わせて恥ずかしくないの!」
ないね!!
「自信満々に胸張って言うなし!!」
「うるせー! こちとら男女平等の世界からきとるんじゃい! だから、戦え!! 戦ってくれ!! マイトさんのために戦ってくれぇぇえええ!」
──そして、コボルト
アンド、二足歩行の犬が走って来るの
「「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああ!!!」」」
……二人の悲鳴が水辺に響き渡るのであった。
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