第20話「逃がし屋」

「──逃がし屋だぁぁぁあああ?!」


 開口一番聞いた事情に呆れたマイトが素っ頓狂な声を上げる。


「そうにゃ──ギルドが……というか、私が個人的にお願いしてたにゃ」

「うぅ……」


 未だ苦しそうに呻くレイラの肩を撫でる猫人受付嬢のメリザ。

 しかし、それとは対照的に厳しい目つきのギルド憲兵──。


「い、いや、ちょっと待てよ!! おれ、滅茶苦茶斬られましたよ、ほら、これ・・ぇ!!」

「……どこにゃ?」


 いや、ほらこれだよこれぇぇえ!


 いっぱいあるでしょ──……ぺちぺちぺち! って、ハイポーションで治してたわ! ド畜生ブルシット!!


「……いや、その、ポ、ポーションで治療した後だから消えてなくなったけど……事実は事実だ!」


 腹を見せるも、傷一つありゃしねぇ!!


 くっそー。


 Lv1にハイポーションはオーバースペック過ぎたわ!!

 めっちゃ傷綺麗になってるわ!! なんなら、肌荒れとかもキレイにすっきり卵肌!!


 今じゃ、ただの腹見せ野郎みたいになっとるやないかい!!


 ──見ろッ、この割れた腹筋!! 横にな!!


「どーこにもないにゃ」

「うっせぇ!──って、」


 あ、ちょっと!!


「わひゃ、わひゃひゃひゃ──って、触んなっ」

「にゃはは、じょーだんにゃ」


 触ってるから、冗談じゃねーよ!!

 迷惑行為防磁条例違反だよ!!──……そんなんがあるか知らんけど、ったく。


「──はぁ……。で? 『逃がし屋』ってどういうことだよ? すっげぇ切られたり物を取られたりしたんだけど?」

「その名の通り、逃がしてくれる人にゃー。マイトさんは、ほら、ギルドで柄の悪い冒険者に目をつけられてましたからね──さらには、街のチンピラや浮浪者にいたるまで──にゃ」


「な!」


 え? マジか?


 たしかに言われてみれば、ギルドでそういう雰囲気はあったけど──……それにレイラの奴もなんか言ってたしな。


 だけど……。

 え、ええええ? マジかー?!


「なので。一度、穏便に元の街に帰ってもらった方がいいと判断したにゃ──独断だけどにゃ」


「……は?」


 いや、

 元の街って……グラシアス・フォートに?! なんで?!

 そも、ギルド職員にそんな権限ねーだろうが!!


「そうにゃ──権限はないにゃ。……だけど。前々から、そのぉ……召喚者のみなさんは時々無茶な行動をして、この街で食い物になることがたびたびあったにゃ──それで互助組織のようなものが作られていて……にゃ」


 そ、それが『逃がし屋』だと?


「そうですにゃ。ま、有志の集まりみたいなもんだし、元締めは召喚者だと聞いてるにゃ──実態はよくわからないにゃー」

「おいおい、なんだよそれ……」


 つーか、こんなところにまで召喚者?

 とはいえ、この感じだとマイトたちと同じ出身の召喚者って感じじゃないな──もっと昔か。


 だけど、理屈はわからなくもない。


 RPGで言う所の、最初の街の周辺でレベル上げをさぼって、無理に先に進んで詰んでしまうパターン・・・・・・・・・・か。


 ……って、まんま今のマイトじゃねーか!! 余計なお世話だよ!!


「いや。だ、だからって……滅茶苦茶斬られたんだけど?!」


 しかも毒入り!!

 殺す気満々だったじゃん!!


「殺す気なら最初から即死毒を使ってるにゃ──ちょっと痺れただけにゃ?」

「いやまぁ、そ、そうだけど────え。そ、そういうもんか?」


 って、

 ……いやいやいや!!


 そ、そう簡単に騙されんぞ!!

 なんか死んで反省しろとか言ってたし──……ほらぁ、なんか文句ありげに睨んでるじゃん!!


 それにメリザさんはともかく、ギルド憲兵さんはムスっとしてるぞ!!

 なんか話噛みあってなくね?!


「そうだよ! 噛みあってないんだよ。おかしいだろ──コイツ。なんか、俺の持ち物パクッて、最後には悪人どもと三等分にしようとかって言ってたんだぞ!」

 あれはどう見積もっても逃がし屋とは関係ないだろ!

「んーむ、にゃ。詳しい状況はさっきのおっさんから聞いただけだけど、にゃ──その状況で、穏便にマイトさんを逃がそうとするならどうしたらいいと思うにゃ?」


 え?

 そ、そりゃー……。


「か、担いで逃げるとか、色々あるだろ? 殲滅してくれるとかにゃ──って、移ってもうたがな!!」


 にゃーにゃー、にゃーにゃー! 耳と口が腐るわ!!


「移ったかどうはさておき、他力本願にもほどがあるニャー。それにマイトさん担ぐっていってもレイラさんには無理なの分かるにゃ? 力はあってもCランクパーティとチンピラを撒きつつ逃げる? きっついーにゃー」


 ぐ……。

 た、たしかに──。


「それに、殲滅って──それを……見も知らない冒険者のためにしろっていうのかにゃ? あと、その後で言いそうだけど、当然、殺さず無力化なんてさらに難しいにゃ」


 むぐ……。

 むぐぐぐぐ……!!


「……まぁ、そんなわけで、どうせ物を取られるなら先に回収して──なおかつソイツ・・・が死にかけていれば、連中もわざわざ手を出さないにゃ──それで多分ボロボロに痛めつけられたにゃ」


 嘘つけ!!

 なんか楽しそうだったぞ!!


「なのに、マイトさんが途中で3すくみにしようとしてご破算になったにゃ──。だから、仕方なく戦利品分配で落ち着けようとしたにゃ。レイラさんが取った分はあとで返してもらえるニャー………………たぶん」


 そっかー。

 なるほど、なるほど──全部マイトのはやとちりか──……って、最後ぉぉお!!


「絶ッッ対返す気ないだろ!! だって、それじゃこの女ただ働きじゃん!! 俺ぁ騙されねーぞ!」

「にゃはは、そりゃあ、まぁ、拾った物の何割かはあげるもんにゃ」


 落としてねーよ!!

 拾ってもいねーだろうが、強奪したんでしょーが!!


「おい、メリザそのへんにしとけ」

「うぉ!」


 びっくりしたー。

 ギルド憲兵さん声出せるのかよ──……置物かとおもったわ!!


「あはは、にゃ。わかったにゃ──この通り、穏便に頼むにゃ」

 降参のポーズから頭を下げるメリザ。

「ふん」


 それを見て鼻を鳴らしたギルド憲兵は、今度はマイトに向き直る。

 ちなみに、低い声でメリザを黙らせたギルド憲兵さん。この人たちは何かと恨まれる職業らしいので、捕り物・・・のときはこうしてフルフェイスで顔を隠すらしい。


 つーか、あれだな。

 ……逃がし屋が本当なら、レイラのやつ、拘束される必要ないんじゃない?


 なのに、こうしてギルド憲兵が出張ってきていると言うことは……。


「そうだ。ギルドはそんな無法・・を認めていない……なぁにが逃がし屋だ。やるならうまくやれと、前々から言っていたはずだ」


 憎々しげな声、

 かすかに混じる同情のそれ──ま、まさか、


「にゃははは──面目ないにゃ。……お察しの通り、『逃がし屋』は非合法ですにゃ。ギルドからすれば、レベルが伴おうがどうであろうが、冒険者はお客・・にゃ。それを排除するのはご法度にゃ。──そもそも、街中で暴力行為も当然だめですしにゃー、逃がすためとは言え、マイトさんを危害した事実は消せないにゃ」


 なので──。


「……私も含めて、こうして今取り調べを受けてるにゃー」


 しょぼーん。


「って、やっぱり取り調べじゃねーかよぉぉお!!」

 

 やだー!!


 異世界風取り調べはやだぁぁあああ!!

 爪は勘弁してぇぇえええ!!



 マイトの心の叫び、取調室に響き渡る……。

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