第7話「降って涌いた幸運」

「まいどー」

「うーぃ、まいどー」


 魔石買取屋から、顔を出したマイトはホクホク顔。

 なんとあの『暴かれた納骨堂』から回収した魔石が金貨7枚で売れたのだ。ついでに、『牙ある野獣の巣』で回収した物も撃っておいたがこっちは金貨2枚と銀貨5枚とちょっと安めだけど、交渉して、全部あわせてセット価格の金貨10枚もGETしていたのだ。


 顔だって締まりなくなるというものだ。


「へへ、これで回収した金貨袋の15枚と合わせて、25枚? あ、前の分もあわせれば金貨が……ひーふーみー」


 うぉぉ!

 金貨27枚、そして銀貨がちょっと!!


「や、やっべぇ、この世界に来て初の大金じゃないかこれ?!」


 金貨27枚と言えば相当な額である。

 兵士ひとりの給料がだいたい一カ月金貨2~3枚で、

 高給取りの騎士で5枚だというからかなりの価値があるとわかるだろう。


 もっとも、稼いでいる奴は稼いでいるので、滅茶苦茶大金かというとそうでもない。ただ、贅沢さえしなければ当分はくっちゃ寝できる額であると言えよう。


 しかし、問題はそこじゃあない。


 そう!!

 この金額をたったの二日で入手したということが大きいのである!!


 そりゃ、一緒に召喚されたカースト上位のクラスメイト達は今ごろ、一日で白金貨(大金貨10枚分、大金貨は金貨10枚分)数枚とかいう稼ぎをだしているんだろうけど、それはそれ、これはこれだ!


 だいたい、大半の召喚者は日々暮らすのにやっとだし、

 先日マイトを追放したゲンキ君達だって、一カ月の稼ぎは良くて金貨20枚。


 ──彼らだって、調子の悪い時は金貨1枚も稼げればいいほうだ。


 この前みたいにダンジョンクリアなんて、あの3人でもなかなか達成できない偉業なのだ。


 ま、それくらいに、この世界では人間は脆弱で、実力がすべての世界──そして、その最前線の冒険者という稼業ははシビアなのだ。


「…………だが、見たまい諸君!」


 そういって、天にキラキラと金貨をかざすマイト──。もちろん、まわりに諸君・・はいない。ギルドの皆さんが気の毒な奴を見る目を送っているだけだ。

 ──だが、そんなことはどうでもいい!


 なぜなら、とても機嫌がいいからな!!


「はっはっは! ついに来た!! やっと俺の時代が来たんだ!」


 そうよ、

 そうとも──スキルをうまく使えばこうやって稼げるというものよ!!


 そして、

「俺をバカにしたクラスの連中&クソ教師ども!!」


 見たか、聞いたか!!


 『はっぱ』が『葉っぱ』だと思ってた頃はとんだネタスキルだと思っていたが、

 とんでもない!!


「ありがとう、ありがとう神様! そしてありがとう!」


 ──『はっぱ』は『発破』だった!


 ネタスキルには違いないが、このスキルをうまく使えばダンジョンなんて楽勝中の楽勝だぜー!!


「ふふふ……それに武器も新調できたしな。俺のスキルじゃモンスターを倒せないからレベルアップは見込めないけど……」


 シュラン!


 昨日、宝箱から入手した『はがねの剣』もついでに天にかざす────って重ッッ!!


 なにこれ、重ッッ?!


「……くっ、やはり推奨筋力・・・・が230ってだけはあるな。こりゃ、レベル1の俺が装備できる代物じゃないか──」


 ガスンッ! と、重量に従い地面に刺さったそれをひーこら言って引き抜いて、いそいそと鞘に戻す。


 今のところ、意気揚々のマイトであるが、これはいわゆる必要ステータス不足・・・・・・・・・ってやつだ。


 ……ネトゲならよく見かけるあれ・・


 まぁ、もともと、攻略推奨レベルが30以上のダンジョンだしね、そりゃ、入手アイテムだってレベル相応になるわな。

 つまり、レベル1が裏口から宝だけを持って行っても、そうそう有用な物は見つからないということ。換金はできるけどね──。


「……そうさ、諦めるのは早いよな。金はあるんだ。……それこそいちからになるけど、レベルに見合った装備を買って、まずはスライムやコボルトあたりから馴らしていけば────……行けるはず!」


 そうとも、同じ転生仲間たち(?)に比べて、だいぶスタートは遅れたけどここから十分取り返せるはず。

 なにせ金策手段は見つかった──。


 ならば、雑魚中の雑魚のステータスであっても、レベルにあった装備を整えれば、地道にレベルもあげられるだろう。


 そして、いつか。いつの日か──。



「ふふふ……。今から始まるんだ、俺の異世界冒険者ライフが────」







  ──そう思っていた時期が俺にもありました……。








「って、おおおおおおおい! 全然装備できねぇよ!!」


 なんだよ、このステータス!!


 ※ ※ ※

L v:1

名 前:マイト

職 業:冒険者

スキル:発破Lv1

取得済:Lv1「壁面発破」


●マイトの能力値


体 力: 11

筋 力: 20

防御力: 14

魔 力: 33

敏 捷: 15

抵抗力:  9


残ステータスポイント「+0」


 ※ ※ ※


 ところ変わって冒険者ギルド内にある武器のレンタル屋さん。

 そこで、突きつけられたステータスの画面の残酷さに嘆くマイト。


「つーか、なんだよ!! 筋力20ってゴミか?!」

 カスか?!

 う●こかぁぁ?!

「くそぉぉ。そうだった!……そうだったから、俺はここ数年荷物持ちしかしてないんだった──」


 がっくりとギルドの武器レンタルの前でうなだれるマイト。

 ……そう。

 この世界はとってもシビアなことに、武器や防具に推奨筋力や魔力というものがあるのだ。


 例えば、昨日入手した『鋼の剣』は推奨筋力230──つまり、最低でも筋力が230はないと使えない。

 いや、使えないというのは語弊があるが、ようするに、剣として使えないということだ。


 元の世界でも、ひょろひょろのもやしっ子が、重さ数Kg相当の日本刀を振り回せるかというと──振り回せない・・・・・・こともない・・・・・だろう。

 ただ、振り回したところで威力もなければ……そもそも真っ直ぐに振ることさえ困難──。


 つまり、振ることはできても、扱うことのできない状態。


 それを数値化してくれるだけ、

 ある意味この世界のステータス画面はとても親切設計ともいえる……。


 そしてそれを見ていたレンタル屋のオッサンがついにこらえきれなくなって噴き出した。

「ぷぷっ。……おいおい兄ちゃん。銅の剣も持てないのかぃ?」


 うっせーよ!!

 笑ったなてめぇぇ!!


「持てるかこんな重いもん!!」


 だいたいなんだよ、銅の剣の推奨筋力140って!

 バグっとのか?!

 普通、Lv1で王様に貰える装備だろうが! 笑いやがったギルドの武器レンタル屋の親父に八つ当たりするマイト。


「いや、知らんけど──……あんた異世界人だろ?」

「そーだけど?」


 ジロリ。文句あんのかよ、とひと睨み。

 滅茶苦茶多いわけではないが、以前に大量召喚されたこともあって異世界人は決して珍しい存在ではないのだ。


 100人規模で召喚されたので、その辺の大都市だと大抵一人はいるし、勇者や英雄と呼ばれる有名人もいるので、知名度は高い。


 なにより、顔つきが、ね……。

 堀の深いこの世界の人とは違い過ぎているので、傍目からもよくわかる。


 おかげで、召喚者人同士でも仕草や顔つきで、遠くからもわかる始末だ。

 最初のころはそれで、声をかけたり、助け合ったりもしていたけど、数年たつとね……。誰が誰かお互い知ってるし、正直──召喚者同士とはいっても同じ人間だ。ぶっちゃけあんまし干渉してほしくない人もいる。


 なにより、召喚者って結構コミュニティは狭いのよ……。

 噂はすぐ広まるし、どーせ、追放されたこともと~っくに近場の召喚者には知られているだろう。


 だから、あんまし召喚者と言われるのはうれしくないのだ。


「いやいや、悪い意味で言ってんじゃねーんだ。……ただ、まぁ──レベル1の召喚者ってのは、ここら界隈でいうところのステータスが赤ん坊なみでなー」


 知ってるわ!!

 知ってるつーーの!


(つーか、こっちの世界の人たちが強すぎるんだよ!!)


 そう。

 この世界に来て愕然としたのが、異世界人のポテンシャルの高さよ!


 多分ね、普通の人でも、地球だとアスリートクラスか、それ以上の身体能力をこの人ら持ってるのよ。

 もっとも、それはそもそも召喚者がひ弱すぎるせいだとも言われている。


 ……なにせ、地球人出身の召喚者は元の世界では車に飛行機の交通手段はもとより、日常生活でも水道に、電力とインフラが整い過ぎていて、

 ちょっとした距離も歩くことなければ、水だって衛生的だったせいで、召喚者は全般的にひ弱なのだ。


 そんなわけで、異世界に召喚されたひ弱な召喚者たちはこの世界の水準についていけないものもたくさんいたわけだ。

 そして、本来、そんなひ弱な召喚者を補助してくれるのが、固有の『スキル』だったわけ。


 まー……アタリスキル・・・・・・以外は、こうしてレベルアップにも悩むことになるんだけどね……。


 だけど、まさか銅の剣すら持てないほどだとは……。

 ──しょんぼり。


 項垂れるマイトを苦笑しながら頭をかいたレンタル屋のオッサンは、少し考えると言った。


「──だから、まぁよー。……悪いことは言わねぇ、最初はこうした軽いもんで試してみちゃどうだ?」


 そういって武器屋の親父に渡されたのは、木で作った(棒推奨筋力5)──その名も『木の棒』って、ファァァァァアアアック!!


「そんなんでスライム一匹倒せるかよ!!」


 つーか、とっくに試してるわ!!

 そして、召喚直後はそれで何人も死にかけたっつーの!


「そ、そうかい? しかしなぁ」


 武器屋の親父も段々面倒くさそうになっている。


 いや。

 そも、鍛冶屋になんで『木の棒』置いとんねん!! 鍛えたんか! ガンガンガンガンと鍛えた選ばれし木の棒かぁ!?


「いや、知らんけど──ただの棒だよ」

「なら、仰々しく店に置くなや!!」


 びっくりだよ!!


「んー。そう言われてもなー。お前に合うものがないんだよなー」

「諦めんなよ!! 諦めたらそこで試合終了だよ?!」

「……めんどくせぇなー。あとは、そうさなー…………うーん、魔法の装備とか、ミスリル装備ならあるいは使えるかもしれんが……」


 ほう? 魔法装備にミスリルとな!

 ファンタジーっぽくなってきた!……って、ファンタジーだったわ。


「……ん? おいおい待てよ。魔法装備って言っても、そっちはそっちで推奨魔力があるんだろ? それにミスリルなんて、相当高いんじゃ……?」

「まーな。ただ全部が全部そう・・じゃない。推奨魔力の必要な魔法装備もあるが、それは魔法使い用の杖とかだな。単に魔力を込めただけの魔法剣とかなら、使えるかもしれんぞ?」


 ほほう!


「あと、ミスリルは……まぁ、高いな。それに悪いがレベル1の冒険者にはいくら金を積まれても貸せんなー、買取ってくれるなら別だが……」


 そりゃそうだ。

 レベル1の冒険者に貸して死なれたらそのまま紛失だ。貸せるはずもない。


「……ちなみに、買取だと?」

「ナイフで白金貨2枚」


 たっっかぁぁぁあああああああああああ!!


「はぁ?! ぼ、ぼったくり過ぎじゃない?」

 ちなみに金貨10枚で大金貨1枚。大金貨10枚で白金貨1枚だ。

 つまり、白金貨2枚は、金貨200枚……。

「馬鹿言うな。これでも、ギルド価格だ────ドワーフから直接買うともっとするぞ? 奴等、人間にはふっかけやがるからな」


 ぐ……。


 た、たしかに、職人肌のドワーフはお得意さんや、仲の良いもの以外には、かなりの値段をふっかけることで有名だ。

 それに比べると、まだ良心的なのだろう。


「……金貨27枚にまかんない?」

「まかるわけねーだろ!!」


 ですよねー。


「むー。……じゃあ、その魔法剣ってのは?」


 見たことはあるけど、あまり縁がなかったので意図的に意識から外していたのだが、金策の手段ができれば別だ。


「魔法装備な。そうさな……筋力だの魔力だのを考えると……。この『銅のダガー(火)』なら、安くしとくぞ」

「ふむ……」


 いく


「金貨120枚な」


 ●ァァァァアアアアック!!

 聞く前に答えるなや!


「そして、高いわ!!」

「いや、だからな……」


 くっ、わかってるよ!

 ちなみに銅のダガーで推奨筋力20、魔力30でギリギリだ。


 指せば敵を焼き切る「ファイア」程度の魔法ダメージを同時に与えることができる代物だそうだ。

 その分、脆いし、時々魔力の補充が必要になるが、剣士に比べてひ弱な職業の冒険者が装備することが多いと聞く。


 例をあげるなら、先日まで一緒だった『神の目』の盗賊、ゴートくんが『鉄の匕首あいくち(氷)』を装備していたな。

 今思えばあれもかなり無理をして買ったのだろう。……大事にしてたもんなー。


「はぁ……結局、装備できるモンがほとんどないってことか──」


 まぁ、そんな世界なのでマイトのような召喚者の中には「リタイヤ組」ともいえる者がたくさんいるのだ。

 マイト本人しかり、ね……。


 それでも、後衛職はその筋で活躍できるから──まだいいほうだ。

 レベルと違って、スキルは使用した回数の多さで熟練度・・・を上げることもできるので、スキルだけ鍛えることも可能なのだ。

 回復魔法の使い手なんかは、敵を倒せなくても治療院で働いたりなどで熟練度をあげつつ生計をたてることもできる。


 ……とはいえ、レベル上げをしない場合の効率は悪い。


 魔物を倒してレベルアップと同時に熟練度を上げる方が効率は良いので、後衛職でも有用なスキル持ちはレベリングしてもらったりしていると聞く。

 マイトはどうかって?

 ……あるわけねーだろ、葉っぱだと思われてたんだぞ、『葉っぱ』だとな! 誰が葉っぱのレベリングしてくれるんだよ!!


 ──というわけで、こうして異世界召喚者どうしである程度関係性ができて数年たってしまうと、今更有用なスキルだからレベリングしてくれーっとアピールしても、まぁ無理だ。

 もはや、召喚されて3年。

 さすがに同じ世界の召喚者同士という仲間意識は希薄になっているのだからしょうがない。それくらいならこの世界の人を雇った方がいいくらいだしね。


 もっとも、

 チンピラしかり墓を荒らしていた奴がいたりと、この世界の人の倫理観は時々ぶっ飛んでいるので、レベル1の世間知らずの召喚者が人を雇うのはそれはそれでリスキーというわけ。


「ようするに……動き始めるには、すでに詰んでいるんだよな……」


 そりゃそうだ。

 日本でだって、何年も引き籠っていれば社会復帰が難しいのと似ていると言えばわかるだろうか?


「…………邪魔したな」

「おう、邪魔だったぞ──」


 うっせーわ!!


 歯に衣着せぬ武器屋のオッサンのところをトボトボと去るマイト。

 一応、『木の棒』は買ってきたけど、これじゃ、召喚直後のそれと変わらない。


 はぁ……。


「あ、そうだ!!」

「ん? どうした、まだなんかあんのか?」


 面倒くさそうな武器屋のオッサン。


「いや、買えないなら、いっそドロップしたらどうかなーって」

「はぁぁぁ? レベル1が何言ってやがる──」


 だから、うっせーつ~の!!

 こっちにも色々あるんだよ!!


「ふん……。まぁ、別に隠すほどでもねぇしな。ドロップ場所は冒険者界隈では有名だからよ」


 そう。


 魔法装備ならここ・・

 ミスリル装備のドロップならあそこ・・・──……という風に、そんな真偽不明の噂はある・・にはある・・のだ。


「……ほれ、一応メモを渡しとくぞ。……ま、お前じゃ攻略は無理だとは思うが、死なない程度に頑張んな──あと、悪いことは言わんから、仲間を雇うか前のパーティに戻してもらうんだな」


 くっ……。

 それが出来たらどれほど──。


「……忠告どーも」


 ドロップできるダンジョンを教えてもらいつつ、後ろ手に手を振りながらギルドをあとにするマイトなのであった。

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