間章「ダンジョン構造物」

 ところ変わって、ここは王都。

 かつて、異世界召喚が行われた地であり、今なお多数の異世界召喚者が生活する商業・農業・軍事・政治のあらゆる中心地でもある。


 もちろん、魔術もだ。


 そして、その魔術の中心たる魔塔に、本日変わった知らせが届いたのだが、それを受けた人物は最初興味無さそうに、異世界人が発明したというピザを頬張りながら、難しそうな古文書の解析に挑んでいた。


「────んあ? 破片・・~?」

「はい、破片です。なんか土の──」


 もっちゃもっちゃ。

 ペラリ──。


「ワシゃ、忙しんじゃがなー」


 どう見ても片手間に仕事をしているていで良く言えたもんだが……。

 そのピザの油でベッタベタになった古文書は、それ一つで小国が買えると言われるほど価値あるものらしいが、この人物は頓着しない。


 なにせ、この人物────魔塔主にとっては、同世代の誰か・・・・・・が書いたであろう書物なので、さほど思容れがあるわけではない。

 言ってみれば他人のメモ帳を見ている気分なのだが、


魔塔主どのマスター!」

「はいはい、うるさいのー」


 どっこいせ。


 年より臭い仕草で椅子から起き上がると、ピョンと、魔塔最上階の専用部屋に敷かれたのふかふかの絨毯に降り立つ……ちんまい子供。


 え?

 これが魔塔主? と誰もが思うその容姿は、美少女そのものなのだがそれよりもなによりも特徴的なのは耳だ。


 人間やドワーフ、その他種族の物とははるかに異なる形状、つまりは長く美しい笹耳をしていた。


 言うまでもないだろう。


 長命長寿、魔法に長けた種族──エルフである。


「……で、なんじゃい? 朝っぱらから」

「今は夕方です! それより、パンツはいてくださいよー」


 ちょっと赤い顔で顔を背けるのは、魔塔ナンバー2の『大魔導士アークメイジ』の青年であった。

 才に長け、人間でいえば20と少しの年齢で、あらゆる魔法を使いこなす天才──100年に一人と呼ばれる逸材だ。


 もっとも、そんな彼でも、目の前の少女には遠く及ばない。

 なにせ、王国開国以前より生きているよわい────多分、かるく1000才を超えているという生きる伝説こと『魔塔主』のハイ・エルフに呼ぶものなどこの世にはいないのだから。


「パンツー? そんなもん、ここ数年履いておらんわ!」


 カッカッカ!


「そんなの自慢でも、笑い事でもないですよ──うわ! くさっ! ちょ、ちょっと、何日風呂はいってなんですか!」

「さぁてのー? 二……三カ月?」


 少女が近づくたびに、もわぁとした異臭が漂う。


「ちょ! そ、それ以上近づかないで──うぇ」


 よく見れば、体臭以前に、下手のあちこちに散らばる食べかすゴミカス、いろんなカス! つーか、人間的にカスでしょうが!!


「あっほぅ、人間といっしょにするでないわ、あーかゆい」

「もー! 浄化魔法くらい使えるでしょうに……」


 仕方なく、浄化魔法『クリーン』をかけてやるも、無駄に高い魔法抵抗によって大半を弾かれて、ベトベトの髪がちょっと整ったくらい。


「ふんっ、風呂だのなんだの、そんな暇はないわ」

「暇で入るもんじゃないですよ」


 ちっ。


「うるさいのー。そんなことを言いにきたのか? お前は、かーちゃんか」

「かーちゃんなら、問答無用で風呂のぶちこんでますから!……ってそうじゃなくて、」


 あーもう!

 だらしないハイエルフのことに一々ツッコむの疲れた青年は、それ・・を差し出した。


「今日、グラシアス・フォートから、早馬が『品』を届けました──なんでも、一級魔術資料が見つかったとかで、派遣している魔法師が死にかけの顔で持ってきたんですよ」


 はぁぁん?


「な~にが一級魔術資料だ──おおかた召喚者・・・のアイテムが見つかったとかなんとかじゃろ? 『スマホ』とか『鉄砲』はもう興味ないぞ」


 ふんっ。

 そう言って、再びデスクに戻って食べかけのピザに手を伸ばして──────。


「……って、さっき、なんていった?」

「は? 風呂ですか?」


 あっほぅ!!


 いっちばん最初じゃ、最初!!


「え? え? え? あ、パンツ?」

「あっほぉぉお! そうじゃない! そんなもん興味あるかぁぁああ!」


 いや、興味じゃなくて、パンツは履きましょうよ──。


「……って、ああ、破片ですか?」

「そうじゃそうじゃ!! 破片じゃ破片──! 『破片』の魔術一級資料じゃと?!──もしや、」


 はい、これです。


 …………。

 ……。


「…って、うぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおい!」

「──うわ、びっくりした~」


 なになになに?

 何の音?!


 あまりの大声にドン引きの青年。

 ついでにすっごい臭い……。


「おま! おま!! おまぁぁああ! お前あほかぁぁぁ! さ、ささ、最初から出さんか!!」

「は? え? だ、出してますし、開口一番言ったはずですが────って、あいだぁ!!」


 ふんだくり!!


「ちょ、ちょ、ちょぉぉお! な、なんじゃこれ?! だ、だだだだだ、第一級魔術資料どころではないぞ!!」

「え? そうですか?」


 あっほぅ!!


 こ、ここ、ここここ、こ────!

「──こりゃ、『ダンジョンの破片』じゃ!! と、とととと、特級魔術資料ぞぉぉおお!」

「え、えー? こんな土くれが? たしかに魔法を受け付けないみたいですけど……?」


 あっほぉぉおお!!


「お前はなーにを今まで学んどった!!」

「いや、攻撃魔法とか、支援魔法ですが──」

 

 かーっぺっ!!


「うわ、きたな!」

「馬っ鹿たれぇぇぇ! そんなもん、王宮魔術師にでもやらせとけ!! 我ら魔塔は研究機関ぞ!」


 それも!!




   ──バーンッ!!





「世界を救うための魔法研究じゃぞ!!」


 ババーーーン!!


「あ、はぁ……」


 なぜかドヤ顔で、ドヤたちのハイエルフの少女。

 それはポカ~ンと口をあける青年。


 ……だって、見る人、聞く人、完全に置き去りにして、ノーパンの美少女は数カ月風呂に入っていない有様でふんぞり返っているんだもん。

 それはまぁ──威厳もクソもないから、どう反応したものか……。


「え~っと、色々みえてますよ」

「あほう! みたけりゃ勝手にみとけ~い! そして、威厳も尊厳も、そこらの犬にでも食わせとけ!」

「いや、せめて尊厳は持ってください──あと、常識」


 うっさいわ!!


「常識なんぞ、猫にでも食わせとけ!──それよりも、解析班を呼べ! 非番の者も含めて、総動員じゃ! それと──」


 ギロッ!!


「グラシアス・フォートからこれを持ち帰った魔術師を呼んで来い、さっさと! 今すぐ、ナーーーーーウ今ぁぁ!!」

「え、ええええ?! わ、わかりましたぁ」


 えらい剣幕で怒鳴り散らす魔塔主に面食らうものの、まぁ、言われたらやる素直な大魔術師の青年は、解析班を総動員しつつ、


 息も絶え絶えで、食堂で死んだように眠っていたグラシアス・フォートからかけてきた『魔術師』を叩き起こすのであった。

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