第5話「ダンジョン・ブレイク」

「いらっしゃいま……せー」


 いぶかしむ宿の主人。語尾が怪しいのは、今は言ってきたこの小汚い男が果たして、宿代を払えるのか。

 そもそも客なのかと言ったところだが、カウンターに差し出された金貨袋にはそこそこの重さを持っていることを瞬時に看破。しかして客かどうもやや不明──。


「あ、あのー、どういったご用件ですか? お泊りでしょうか??」


 こくり。


 あれから街に戻ったマイトは思案顔……。

 というか、あれ以来ずっと思案顔のまま、「う~ん」と唸りつづけてはいたものの、半ば無意識のうちにそこそこ・・・・のグレードの宿を無言で取ることにした。


「え~……、ウチは結構高いですよ? その──」


 言葉少なげにブツブツと零しつつ、

 ボロボロな格好で、異臭を放つマイトに顔をしかめている宿の主人を前にしつつ、も、そんなことより、すでに色々なことで頭がごちゃごちゃ状態のマイト君にとって、宿の主人の顔色など無問題もーまんたいであった。


 ──チャリン♪


 だから、こうして無言で金貨を差し出せば、宿屋の主人もニッコニコ!

 マイトさんも好きなだけ独り言がいえて皆がハッピー!


  さすがはお金!!

  お金は全てを解決する──。


 そして、金貨!

 こうして惜しげもなく金貨を支払ったのは、もちろん実入りがよかったからだ。

 あの時回収した金貨袋にはなんと・・・5枚もの新品金貨がキーラキラ。


 なので、二枚も払えば、数日借りても余裕が出来ちゃうほど。


 とりあえず一週間分、金貨1枚と銀貨4枚で宿をとるマイトは無言で案内された部屋へ行く。


 あ、ちなみに金貨1枚で銀貨10枚、銀貨10枚で銅貨100枚の簡単お手軽の通貨だよ。

 なので、このお宿は一泊銀貨2枚でーす。


 ──ドサッ。


 そのまま、受け取った鍵で部屋に入ると、怪訝な顔の主人を置いて階段を上ると、部屋に入って適当に荷物を放り、宿のサービスでつけてもらった熱いお湯を張った風呂桶にどぶんと入ると、そのままぶーくぶく。

 しばらくしておもむろに身体を洗うために、枝葉をまとめたブラシ・・・・・・・・・・で全身ゴーシゴシ────────……って、



「ううううぉっぇえええええええええええええええええええええええええええ?!」



 ちょちょ、ちょわぁぁあああああああああああああああああ!!

 ななな、なになになになになになになにこれぇぇえええええ!!



 ようやく起動した思考のままに、テンションは最大限で叫ぶマイト!

 そして、

「おおおお、お客さん?! ど、どうかしましたかぁぁああ!?」


   バターン!!


 そのあまりの大音声に、ビビった主人が何事かと駆けこんでくると、風呂桶に片足をかけて、『少年よ大志を抱け』的なポーズでドーン!! と色々・・ドーン! としているマイトにびっくり仰天!!


「ちょ、ちょわっぁあ! お、お客さん、困りますよ大声出されちゃ!! あと、しまって! 早くしまって!」

「は?! なに、え? しまう──え、それどころじゃねーよ。俺、ダンジョンを……って、」



   しーん……。


   そして、ドーン!!



 ……いや、ドーンは言い過ぎか。

 トーンくらいか…………って、ちょおぉおお!!


「──し、閉めてよ!! な、なにを宿屋の主人がダイレクトインしてるの?! ノックもなしに、いきなり客の入浴中に乱入してくるとか、なんなの!?」


 え?

 そっち?!


 そっち系の趣味?! マイトさんの貞操やばい──。


「いや、バカたれ!! それはこっちのセリフでしょ!! なにをいきなり風呂にはいって『トーン!」とか効果音出してんの?!」


 ーンじゃねぇ!! ーンだぁ!!


「いや、ドーンでもトーンでもいいですから、しまって!! あと、隠して隠して、葉っぱで!!」


 は、発破ぁぁあ?!

 な、ななな、なんで、この親父『発破』のこと知っとんねん!!


 ……って、そうなじゃくて、葉っぱの、はっぱか!!


「って、そういうなら、葉っぱくれよ、はっぱー! ドーンを隠す葉っぱをぉぉお!」

「もってるでしょぉお、その手に!! いいから、その葉っぱのブラシで、さっさと葉っぱぁぁああ!」


 

 ああああああああああああああああああああああああああ

  もおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!



「…………ということでいったん仕切り直してだな」


 こほん。


 誰に言うとでもなく、バスローブに着替えたマイトは、プンプン怒る主人に平謝りしつつ、チップの銀貨一枚をはずんで、ついでに服の洗濯も頼んだ。


 服、ボロボロだったしね。


 そうして、ようやくトーン! の状態からシュンとして、着替えて一人でベッドの上に座っているわけだが……。


「ごほん。えーっと、」


 ぽりぽり

 頬をかくマイトの眼前には、金貨袋とハイポーション、そして、魔石が一つ。



「おっふ……」



 何度見ても現実だわ。

 何回見てもダンジョンから回収した宝物庫の品だわ。


 ちなみに、魔石の主な用途は魔法杖スタッフの先端につけての使用のほか──内部に魔力を貯める性質を利用した魔道具への魔力供給などがある。

 これらの便利要素があるにもかかわらず、なかなか産出されないので、市場では常に品薄状態。

 ……つまり、結構な値段で売れる。


 また、色つき魔石はその色に沿った魔力への親和率が高いんだそうだ。

 例えば、赤の魔石は『火の魔力』とかね。まぁ、赤の魔石で水の魔道具も動かせるのでそこまで厳密ではないらしいけど──。


 つーか、いいのかこれ?

 ……いいんでしょうかこれ?!


 だって、これってば、Dランクダンジョンのクリア報酬ってやつじゃねってばよ??

 まぁ、この程度の品がDランクダンジョンを踏破して労力に見合うかはともかくとして──。


 ……え? いいのこれ?


「俺、貰っちゃっていいの?」

 貰っちゃうよ?


 だけど、何の労力も払ってないよ? いいの?

 あとで返してとか言われても知らんよ?……誰が言うてくるか知らんけど。


 ま……回収しておいてなんだけど、

 ダンジョン出口から、迷宮もモンスターもボスもスルーして、裏口から宝物庫に侵入って──色々まずくないだろうか? 何がまずいかはさておき。


 もう、なんてゆーか言うこう……ね?

 難易度的に……ね?


 ゲームで言う所のバグ的な奴? それか、プログラム改変のチート行為?

 やべ、運営にバレたらBANされる奴じゃん。


「……ま、採れちゃったもんは、しょうがないんだけどさ──」

 赤い魔石を手で弄びつつ、思案する。


 ちなみに、ダンジョンの壁はといえば、

 あのあと宝物庫から出たところでぽっかり空いていた出口は、また元通りになってしまった。


 さすが、ダンジョンの不思議機構──ぶっ飛ばした後でも、開きっぱなしということはないようだ。


 侵入口から出た途端に、なにか不思議な力で元に戻ったのはなかなかドン引き──げふんげふん、神秘的な現象だった……。


 こう、うにょにょ~ってね。


 ……なので、ダンジョンそのものにはさほどの影響はないと思うんだけど──。

 あれって時間差で戻ってるのかね? 知らんけど……。


「うーむ」


 ──それはそれ・・・・・として、侵入できたことをどう考えるべきか。

 ダンジョンには出口で待ち構える不届きもの──というか侵入者やズル対策のため、その出口の先には不思議バリアーがあるはずなんだけど、それすら作動していなかった。


「そして、その不思議バリアーが作動しなかったということは……一応、クリア扱いでいいのか?」


 うーむ。わからん。

 たしかに、脱出した後に自動で閉まっていったけど──。


「ま。なんにしてもおかげで助かったけどね」


 おかげでボスをスルーして宝物庫にも入れたし、そのあいた出口から再び出ることもできた。

 しかも、宝物庫の宝はリポップ済みという得点付きだ。


「いや、これ──うますぎるわ……」


 改めて考えるまでもないが、おいしすぎる。


 なぜなら、

 通常の攻略では、同じパーティが短時間で踏破してもボスも宝も復活していないらしい・・・


 ただし、完全に別のパーティ・・・・・・・・・であれば時間に関係なくボスも宝も復活するんだとか。


 つまり、ボス戦も宝物庫のそれも、初プレイ時のクリア特定ってわけだ。

 もっとも、それも原則。あくまでも原則・・・・・・・だ。


 というのも、

 昔、どこかの物好きが試した話だと、パーティメンバーを入れ替えても一度クリアした者や、名前を変えた程度のパーティではクリア判定は覆らず、

 ボスも宝も、しばらくはリポップしないとかなんとかなんとか。


 さらに言えばそれはあくまでも下級中級のダンジョンの仕様らしく、

 上級のダンジョンに限り、宝は復活するらしい。


 その場合は、パーティの有無に関係なくリポップタイミングが決まっているとかなんとか?

 つまり、上級ダンジョンには、初クリア得点はなく、踏破のタイミング次第といわけ。

 まぁ、だからと言って何度もトライできるほど気楽ではない。

 なにせ、上級ダンジョンは色々エグすぎて(規模とかトラップとかモンスターとか……)二度と挑戦しようと思えないとかなんとか。


 ……まぁ、そんなよくわからないダンジョンのボスとお宝事情があるのだが、

 どうしてかこうしてか、裏口から侵入できてしまったマイトは、何の苦労することもなく、こうして宝物庫のお宝を手に入れてしまったわけで────……。



「つ、つまり──」



 ……げ!!


 や、やばいぞ、これ。

 改めて思考を整理するとこれは滅茶苦茶やばいんじゃないか?!


 いや、だってほら──。


「これ。も、もしかして、他のダンジョンでもできちゃったりして──??」



 あははははは────……。

 ないない。


 さすがにないよな……。





   次の日。




 ……実際に行ってみた。

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