第3話「最後の手段」
ギルドが管理しているダンジョンに歩を向けたマイト。
その道すがら、スマホと充電器をお守りのように握りしめながら、独りごちる。
「……うん、まだだ。まだその時じゃない──。
そうして、見上げた先はちょっとした洞窟。
それが、はじまりの街『グラシアス・フォート』の冒険者ギルドが管理するいくつかのダンジョンの一つで、その名を『牙ある野獣の巣』という。
そこは、初心者~中級車向けのダンジョンで、
内部は虫系モンスターが徘徊しているという。
ちなみに推奨ランクはD。
この辺では、そのモンスター構成からぶっちぎりの不人気ダンジョンだ。
……当然ながらレベル1で冒険者ランクEのマイトが挑めるような所でもない。
しかし、それでも確かな足取りでそこへ向かうマイトは、ギルドの憲兵が厳重にガードしている入口に──……ではなく、
その真逆。
入口とは離れた位置へとテクテクと歩いていく。
その様子を怪訝そうに見ていた憲兵たちであったが、マイトのボロボロの恰好を見て何かに気付いたのか、仲間内で「またか」「臆病者どもが」なんて言っているのが聞こえたけど、まぁ無視無視。
そんな態度や言葉にビビって何もしなかったからレベル1のまま困窮しているのだ。そして、マイトはもう覚悟をした。
だから向かうのだ、
推奨ランク『D』ダンジョンの────出口へと。
え?
入口から行かないのかって?
──チッチッチ。
甘い甘い、今のマイトさんなら入口付近でも虫の餌になる自信しかないよ!!
だから、こっち!!
こっちでいいの──!!
そう言って肩を怒らせながら、むしろやや堂々とダンジョンの裏手──人気のない出口のほうにくると、周囲をキョロキョロと見回した。
しーん……。
この辺は街中とはいえ、市街地からは大分離れた位置にあるため、非常に閑散としている。ただ、さすがに街中なだけはあって、普通のフィールド型モンスターが出現することは滅多にない場所だ。
もっとも、
ダンジョンの出口だからといって、そこにポッカリとダンジョンへの『出口』が開いていることはない。
…………なぜなら、ダンジョンの『入口』は基本的に
入口以外の出入りは不可能とされているのだ。
そう、
「さーすが不人気ダンジョン……。今日はまだ誰も攻略してないみたいだな」
出口付近に陣取ったマイトは、その分厚い壁をパシパシと叩いて具合を確かめる。
(うん、閉ざされてるな──当たり前だけど)
……ダンジョンというのは、長~い迷宮と、無数のモンスターと不定期に配置される宝箱。そしてボス部屋と宝物庫で構成されている。
そして、ボスは希少なアイテムをドロップし、
その後に出現する宝物庫には、攻略を祝福する宝で満ちていると言う。
さらには、攻略者特権として、ほんの短時間──ダンジョン外へと続く出口を解放するのだ。
……それはあたかも、ダンジョンの勝者を気遣うように、
あるいはさっさと追い出すかのように。
…………で、当然の話だけど。
長~いダンジョンをクリアしていくうちに、ドロップ品で満載になったパーティは、最後の宝物庫で身動きできないくらいに戦利品をGETすることになる。
すると、どうなるか。
「まー、捨てるわな──……いらないものとか、ドロップ品の中でも価値の低いものとかはさ」
いわゆる、アイテム欄や重量制限のあるRPGあるあるの
とりあえず確保はしたけど、やっぱりいらないとばかりに無駄アイテムを最後に放出する。
──それが、この出口に散らばっているはず。……なのだけど。
キョロキョロ
「ま、そういう冒険者ばかりだから、
なんと、さっそく発見!
出口周辺をウロウロしていたマイトは、あるものを見つけて小躍りする。
……それはポーションの空瓶だ。
「やったぜ! 回収屋に持っていけば銅貨1枚と交換できるぞ!」
思わず顔をほころばせるマイトであったが、それ以外には特に発見できず。
仕方ない、こんなものだろうさ──。
ん?
何をしているのかって? そりゃ────……。
ゴゴゴゴゴゴゴ!!
「うわ、やば!!」
物思いにふけっていたマイトであったが、その背後の出口が突如開いていく。
その先には、透明な不思議フィールドに包まれたダンジョン内がうっすらと見えた。
……間違いない、誰かがダンジョンを攻略したんようだ……って、
(ゲンキ君たち?!)
「ふぃー、Dランクダンジョンも楽に攻略できるようになったな」
「いやいや、楽勝なのは元気のアニキがいたおかげっすよー」
「ホントよねー。マイトがいない分荷物が重かったけど、大したことなかったわー」
あははは!
楽し気に笑いながらダンジョン出口から姿を見せたのはなんということか、マイトを追放した『神の目』の連中じゃないか。
そのことに気を取られたマイトは、姿を隠すことも忘れてばっちりとその姿を見られてしまう。
一瞬、驚いた顔のゲンキ君たちであったが──。
「ん? そこにいるのは──おいおいおいおい、まさかまさかマイトかぁ」
「おやおや~。どうしてこうして、こんなとこにマイト君が……? ひょっとして君──」
ニチャァ。
「うっそー! マイトってば、ついに
うぐ……。
よりによってこいつ等に──。
「へへ、まぁ、それくらいしかやりようがないよなー。あーあー、荷物が重い重い」
「たんまり稼ぎましたからねー。このままだと街に帰るのも一苦労」
「うふふふ! たしかに、この重量だと『ファスト・ラン』は使えないわねー」
じゃ、
「ゴミは捨てていこうぜー」
「はいはい、生ゴミに空瓶、お~~っと、腐ったパンもいりませんねー」
「この魔物素材も大して高くないし、捨てていこうっかなー」
ばらばら、ガチャガチャ!
なにやらマイトを無視しつつも、聞こえよがしにアイテムやら素材を出口付近にぶちまけていくゲンキ君たち。
一見して何をしているのかわからないだろうが──……。
「さて、こんなもんか? 街まで歩くのはだるいしな」
「ゴミを捨てて、だいぶ軽くなりましたねー」
「うん、これならいけるよ──じゃ、みんな集まって。いっくよー」
ペッ!
最後に捨てていった品物の上に唾を吐いたかと思うと──。
『ファスト・ラン』
……カッ!!
刹那、エグチさんを中心に『神の目』の面々の身体が輝き、次の瞬間、フッとかき消える。
──そう、パーティメンバーを一瞬で行ったことにある街に飛ばしてくれる移動呪文『ファスト・ラン』の発動だ。
ちなみにダンジョン内では使用不可。
……そして、もちろんそこには元パーティメンバーのマイトは含まれておらず、残された彼の目の前には元パーティが残したゴミともつかないアイテムが残されているのみであった。
しーん。
再び静まり返るダンジョンの出口周辺。
しかし、静けさを打ち破るように嗚咽が混じる。
「う、うぐ……ううぅうぅ」
もちろん、その光景とその空気に耐え切れず涙を流すマイトのものだ。
元仲間の冷たい態度と、恥ずかしさで顔がグチャグチャになる。
悔しいし、悲しいし、恥ずかしいし、やっぱり悔しい。
だって、今、マイトがしようとしていたのは、奴らが言ったように、まさに「乞食プレイ」と呼ばれるものだ。
──召喚者いわく、最低にダサいプレイスタイルという奴。
ようするに、攻略者が捨てていったアイテムだけを狙った冒険者のことを指す蔑称だ。とくにダンジョンの出口周辺で横行している行為のそれは、意地汚さから毛嫌いされている。
……別に誰に迷惑をかけるわけでもないのだが、努力しない向上心皆無のその姿勢は笑われても仕方がないのかもしれない。
入り口の憲兵が蔑んだ目で見ていたのは、こういうことだ……。
「くそ……! くそくそ!」
マイトだって好きでやっているわけじゃない。
マイトだって、有用なスキルさえあれば──くそ!! くそくそくそ!!
泣きながら、元パーティメンバーが捨てていったアイテムを拾い集めるマイト。
「く、くくく」
ゴミぃ?
乞食プレイぃ?
「……くひひひ。あははっは!!」
上等だよ!!
上等じゃねーか!!
「……何とでも言いやがれ!!」
こうなったら、恥もプライドもない。
何をしてでも生きてやる。
たとえ笑われようとも、泥を啜ろうとも────……!
もう、吹っ切れたぞ!!
「あはははははは!」
やった!
やったぞ!!
「うへへへ、これ空き瓶だ!!」
ひゃっほーい!
半ばやけくそ気味に叫ぶマイト。
知るかッ! 知ったことか!!
「あはははははは! これで銅貨一枚!!」
やったぜ!
お、こっちには、アイアンアントの触覚に牙か!!
へへ、へへへへへ! いくらかで売れるぞこりゃ!!
「あはははははははははは! あはははははははははははははは」
情けない……。
悔しい──!!
腹が立つッッ!!!
だけど、あははははははは! あはははははははははははは!
もはや、グチャグチャの感情で泣きながらアイテムを漁るマイトであったが────。
「おい」
「あはははははは、あはははははは────」
「おい!!」
「あはははは────……え? だ、だれ?」
狂ったように泣き笑いを繰り広げていたマイトの背後から不躾な声。
なんだよ、ほっといてくれよ! そう思ったが、無視するわけにもいかず顔をあげようとした次の瞬間────!!
ごきぃ!
「んぎゃ!!」
目がチカチカするほどの衝撃を受けたマイト。
そのまま無様にダンジョンの出口まで吹っ飛んでいき、すでに閉じたその壁にぶち当たってズルズルと地面に潰れる。
「い、いてぇ……。え? え?」
え? な、なんだ?
なぐ、殴られた──いや、蹴り?……っていうか?! え? だ、だれ?!
「おうおう、お前──人の縄張りで何してんだよ」
「へ? な、なわば……り?」
恐る恐る壁越しに振り返るマイトの目の前にはガラの悪そうな連中が一人二人──三人。
うげ!!
こいつ等、
腕や首筋に掘られたタトゥーからして、どうやら、グラシアス・フォートで屯しているチンピラどもだろう。
肩には棘パット、頭はモヒカン──「僕たち悪人で~す」と言わんばかり。
そのうちナイフをぺろーんと舐めそうだ。
そんな奴らがダンジョンなんかに何の様かと思ったが、連中が持っているズダ袋を見て、察してしまったマイト。
……そう。
なわばり……。
縄張り…………。つまり──。
「ここは俺たちの稼ぎ場所なんだよぉぉおお!!」
「おおおう! なんでガキが勝手に手を付けてんだ、ごらぁぁああああ!」
「ひぃ!!」
戦闘力が皆無に等しいマイトが、喧嘩慣れしたチンピラに凄まれて冷静でいられるはずもない。
一瞬にして委縮した身体が、チョロチョロと股間を濡らす。
「んんー?…………ぶは!! 何だコイツ──もう漏らしてやがるぞ!」
「ぎゃは! なっさけねーやつぅ!」
「ひ、ひ、ひぃぃ! ど、どうか許してください……!」
逆らうなんて無駄だ!
むしろ、命を取られないように平身低頭しなければ────!!
「けッ! なッさけねー野郎だぜ」
「殴る価値もねーなぁーひゃははっは!」
ホッ。
彼らの態度からして、命だけは助かりそうだと胸をなでおろしたマイト。
小便をもらしたのもファインプレイ―だ……。
「──って、言うと思ったかゴラァぁ!」
「えええええー!?」
どすどす!!
「ゲフッ、ガッ!!」
痛いと思ったときには、すでに腹に背中を容赦なく打擲されて無様に転がされる始末。
冒険者 VS チンピラの構図だというのに、まったく手も足も出ない。
そりゃそうだ。向こうは喧嘩慣れしたアウトローで、こっちはただのレベル1冒険者、しかも、貧弱な異世界召喚者だ。勝ち目なんてあるはずもない。
あとはもう一方的にボッコボコ。
(くそ、当然っちゃ当然か……)
こんな
……ゴミを漁るだけで、一日で結構な稼ぎが出せるのだ。
アウトローが目を付けないはずがなかった。
とくに、こんな街の近くのダンジョンならなおさら。
そのうえ、冒険者が出てくるであろう昼間ともなればなおのこと────げふっっ!!
「はぁ、はぁ、はぁ。殴り疲れたぜ……ち。こ、こんくらいにしといてやら──」
「ふん。殺す価値もねぇな。おい、ガキ──今度ここで勝手にモノを漁ったり姿をみたら……」
すらんッ!!
鈍く光るナイフを頬に当てられ……ヒヤリとした感触。
「喉を掻っ切るぞ!!」
「うひぃいい!!」
情けない声が出て、蹲るマイトにようやく興味が失せたのか、マイトが回収したアイテムを拾うとそのまま去っていこうとするチンピラたち。
よかった……助かった。
そう思った次に瞬間────。
「おっと、まてよ──」
ドキ!!
「そうだ! 迷惑料貰うの忘れてたぜ!!」
ぎゃははははは!!
「あー。そうだったそうだった! メーワクリョー! ぎゃはははは!!」
いうや否や踵を返してマイトを取り囲むチンピラども。
「ひぃぃい! ないです! 何もないです! なにも────あ、それは!」
しかし、抵抗むなしく、ポケットの奥深くに隠していたスマホと充電器を召し上げられると、転がされるマイト。
その時、連中が気づいたようだ。
変わった品を持つ異世界人の噂を────そして、みっともなく転がっているこの男が、昨日今日、ギルドの酒場でど派手に追放された男だということに。
「なんだこりゃ、変な品だな────って、こりゃもしかして」
「ははーん。これはあれか。王様だかなんだかが召喚したっていう、異世界人ってやつの品だな。ってことはコイツ──」
ジロッ。
「ぶは!! コイツ知っているぞ!! 昨日ギルドに回収品売りに行ったとき、見た顔だぁぁ!」
「う……」
ま、まずい……。
また興味を持たれてしまった──……か、勘弁してくれよー。
今のおれはただの無害なゴミです。ただのカスです。路傍の石です────。
「あー。たしか………………あ! そうそう!! 『はっぱ』だ!」
「「はっぱだぁぁ?」」
チンピラどもが首をかしげるのも当然、何を言っているのか誰もわからないのだから。
そう、マイトでさえも──。
「そうそう、はっぱだよ葉っぱ! コイツのスキルがはっぱだから、仲間に見捨てられてやんのー!」
ぎゃはははははははははは!
「なにぃ、はっぱだぁあ! ぶははは、お前どこまで無様なんだよ──よ~く『はっぱ』で生きてられるなぁ、ぎゃはははは!」
大笑いするチンピラども。
……はは、なんて日だよ──。
元仲間に笑われ、チンピラには殴られ笑われて──ははははは。
「そりゃいい! はっぱか!! おーい、はっぱく~ん!」
「はっぱ一枚でもありゃいいってかー」
脱がせ脱がせぇ!
はっぱのくせにズボンなんて生意気なんだよぉ!
「ひぃいい!」
「うひゃひゃひゃ! こりゃおもしれぇ、おい、異世界人のにいさんよー。はっぱを見せてくれよ!」
「そうだなぁ! ぎゃはははは! 異世界にいさんのはっぱがみてみたい!!」
ぎゃははははは!!
「はっぱ」だ♪ 「はっぱ」だー♪
「ほらほら、はやく『はっぱ』をみせてみろよ、ぎゃーははははははは!」
む、無茶苦茶いうなよ!!
『はっぱ』なんか見せられるか!! そもそもどうやるかもしらねぇよ、こんなゴミスキルぅぅう!!
「いいからやれよ、『はっぱ』く~ん──ぎゃーー-はははははははは!」
く、くく……!
ぐぅぅうう!!
ち、畜生ぉぉおおおお!!
「う、うぅぅ……ス、ステータスオープン」
は、『はっぱ』を見せろっていわれても、ど、どうやれば満足するんだよ、こいつら。
このままだと本当に殺される────。
ブゥゥゥゥウン!!
『目標──「ダンジョン壁」厚さ3000mm、使用魔力30』
……………発破しますか? Y/N
「……は?」
「え? は、『はっぱ』?」
え?
いま、なんか出た────?
グリグリとチンピラによって壁に押し付けられるマイトであったが、そのわずかに見える視界越しのステータス画面にハッキリくっきりと、
『発破しますか?』と、表示されている……。
え?
え?
えええ?
「えええええええええ?」
は、
発破?
発破って…………え? ええええええええええええ?
発破って、
あ、あ、あ、あ、あ、あの
⇒「Y」 カチッ
思わず、ポチるマイト。
すると、
ピー。
『カウトダウンを開始します』
途端に、ステータス画面が反応して、チカチカと点滅開始……。
(──は? カ、カウントダウン開始って、ちょ、ちょっと!)
「ああん? 何ブツブツ言ってんだよ、てめぇ? ついにイカれたか?」
「うけけけ、兄貴がイジメすぎたんですよ」
ちっ。
「しょーもねー。もういい────殺しとくか?」
据った目つきで恐ろしいことをサラリというチンピラ。
しかし、マイトはいまそれどころではなかった。
なぜなら……。
『危害半径からの退避を勧告します』
「ちょ!?」
き、危害半径って?! ちょぉおお!
え? つーか、チンピラ君、殺すの──? マイトさんを?!
いや、え? 危害するの?! 半径を?!
え? は? え?
どっち、え?!
「えええええええええええええええええ!!」
(いや、どっちもヤバいっつーの!!)
そうだよ!
どっちもやばいけど、そもそも、なにこれ────なんなの、ちょっとステータス画面さーん!!
『カウントダウン開始────60 59 58』
ちょ!!
ちょっとぉぉおおおおおおおおおおお!!
(始まってる!! なんか始まっちゃってるぅぅうううう!!)
そう言うことじゃないからぁぁ!
「ちっ、何をぶつくさと。あーめんどくせぇ。おい、暴れるんじゃねぇぞ! お前らはそっち抑えてろ、──衛兵にバレるとやべぇが、いっそのこと
いや! ちょ!
そ、
カウントダウン始まってるがな!!
っていうか、
カウントダウンってなによ、カウントダウンって──!!
『44 43 42 42──』
あ、
あかん!!
あかんあかん!!
減ってる減ってる! カウント減ってるぅ!!
……これ。多分、
しかも、よくよく壁をみてみたら、なんか押し付けられてた所が赤く光ってるし、ピッ! ピッ! ピッ! とか言ってるし、
奴らには見えてないみたいだし、そもそもカウントが減っていくしぃぃいいいいいい、ああああああああああああああああああああ、あと30秒ってどんだけぇぇえええ!!
「ひ、ひぃぃいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
「どわ!」「んな?!」「な、なんだぁ!?」
ガバッ!!
その日、その瞬間、その刹那。
驚くチンピラの顔など見もせず飛び上がるマイトは、いままでの人生で一番の、恐怖と焦りとその他諸々を感じて、
全ての力を出し切り積もりで、駆けだした!!
その反動、その跳躍、その脱兎!!
親が死んでも知らんとばかりに駆けだした!!
それはもう、それまで好き放題にマイトを甚振っていたチンピラどもも、唖然とするほど。
一瞬、マイトの服を掴んで止めようとしたがもはや遅い。
むなしく空を切る手を振りほどき、マイトは駆け出すと、脇目もふらずに後へ後へ! とにかく、光る壁面から一国も早く!!
「ひぃ、ひぃ、ひぃ、
だがそれでも、もう遅い! とにかく初動が遅くてどういようもない!!
だって、カウントダウンは残り──10秒!!
「あひゃひゃひゃひゃひゃぁぁぁああああああああああああああああああ!!」
死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!
よくわからんけど、多分ゼロになった瞬間、死ーーーーーぬーーーーーーーーーーー!!
──ドダダダダダ!
「な、なんだぁアイツ──」
「だからビビらせすぎっすよ──ん?」
くんくん。
「んん、なんだぁ、この臭い──焦げ臭いような?」
「そういや……ん?」「屁でもこいたか?」
9 8 7
「っていうか、な~んか、シンとしてねぇ?」
「そういや、鳥も鳴いてないっすね────」
「それに、なんか嫌な予感が……」
6 5 4
「あ、あー……たしかに、こう──首筋がぞわぞわするな」
「あ、するッス、するッス──なんか、ぞわぞわーって。そして、出来ることなら、い、一刻も早くここから……」
チラリ。
なんとなく顔を見合わせるチンピラたちは、コクリと頷きあうと、
「「「に、逃げた方がい──────」」」
3 2 1 いま!!
「へ?」「は?」「ほ?」
キュィィィィィイイイ……!
「「「壁がなんだか光っ────」」」
──ズッッッッドォォォオオオオン!!
「「「(ぎゃあああああああああああああああ!)」」」
「どわぁっぁあああああああああああああ?!」
背後で爆音とチンピラの悲鳴!
そして、吹き付ける熱風に思わずマイトさんの口からも悲鳴が漏れる。
グラグラグラ!!
ビリビリビリ──!!
そのあとから、凄まじい爆音と爆風と振動とぉぉおお!!
「な、なんだぁ?」
…………チラリ。
見なければいいのに、悲鳴と爆音が気になり──全力疾走中のマイトさんが振り返れば、その背後には真っ赤な炎が迫りに迫る!!
ゴゥゥ!!
「…………おう、ジーザス!!」
なんということか。
ステータス画面のカウントダウンが0を指した直後に、とてつもない爆発が振動を伴って現れた。
しかも、あろうことかその余波がマイトにまで迫りくるのだ!!
──それも、かなりの距離を走って逃げたはずのマイトを追って!
「いやいや! ちょっとちょっとちょっと。い、威力ありすぎでしょぉぉお!」
そして、
追いつかれた爆風に包まれるマイトの肌も、なぜかジリジリと焼かれていく。
「──あっつ!!」
なんでぇ?!
これマイトさんのスキルちゃうのん?!
ぶわっぁぁああああ!! と押し寄せる熱風と瓦礫に驚愕!
自らのスキルの産物だと言うのに、無敵仕様ではないらしい!
「あぢぢぢぢぢ!」
ジリジリと肌が焼かれる感触に、嫌な臭い!
しかも、服が溶けていくほどの熱量!
「じょ、冗談だろ?!」
自分のスキルで死ぬとかシャレに────なんねんぇぇぇえええよぉぉおお!
「うぉぉおおおおおお────おおぉぉ、あそこに窪みがぁぁ……とぅ!!」
幸か不幸か走り切った先には、ちょっとした地面の起伏!!
そこにめがけて人生一の疾走を見せたマイトは、飛びこんで見せる!
それは、まるで洋画の一場面のように、足先まで爆風が迫るギリギリをぉぉおおおおおお……!
「
……
ドォォオオオオオオオオオオオオオオ────!
転げるように起伏に伏せたマイトが、思わず見上げる空には真っ黒な岩盤と紅蓮の炎とグレーの粉塵!!
そして、時々──ケツから火を噴いたチンピラどもが「「「ほげぇっぇえええ!」」」とか言いながらグルングルンと回転してぶっ飛んでいく!!
つーか、チンピラ以外にも、なんか空からぁぁぁああああああああ!!
黒いのが、
「──ふ、ふってきたぁぁぁあああああ!」
おあわぁぁっぁあああああああああああああ!!
ドスン、ドスン、ドコォォォオオオン!!
「あわわ、あわわわわわ、あわわわわわ…………」
マイトめがけて次々に降り注ぐのは強大な岩の塊となったダンジョンの壁!
そして、
壁! 壁! 時々、チンピラ!!
ズシンッ、ドスンッ、ベチャ!
それらを住んでのところで全部交わしきったマイトの股間すれすれに、まさに最後の瓦礫が降ってくると、ドスンッ! と突き刺さる──。
「ひ、ひぃぃぃ……い、生きてるぅ」
しゅー
しゅー
「じ、じーざす……」
ジョジョジョー……。
最後に突き刺さった破片に浸み込むマイトの失禁。
……って、そりゃ漏らすわ!!
濛々と立ち込める煙、立ち上る湯気、
そして、
舞い上がる土塊と、吹き飛ぶ岩石と、それが直撃してぺちゃんこになったチンピラと────……その先で、ぽっかりあいたダンジョンの出口……。
って、
「ええええええええええええええええええええええええええええええええええ」
ば、爆発したぁぁああ?!
「──ええええええええええええええええ!」
もっかい言っとく。
「ええええええええええええええええええええええええええええええ!!」
爆発したぁぁああああああああああああああああああ?!
したぁぁああああ!?
したぁぁあああ?!
「は、『はっぱ』って……」
は、
は、は、
「はっぱ」って、「はっぱ」って、
「──『葉っぱ』じゃなくて、『
異世界召喚から数年たって、はじめてスキルを理解したマイトなのであった……。
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