第2話「恐ろしいまでの貧困」

 結局、あれから数時間ほどあてもなく・・・・・街を彷徨ったあと、マイトはひとり常宿としているきったない木賃きちん宿に戻るしかなかった。


 数部屋ほど離れたれた──ちょっとグレードの高い部屋には、

 それぞれゴート君、

 そしてエグチさんとゲンキ君が泊っている。


 男女二人が同じ部屋なのはまぁそう言うことなのだが、

 それはどうでもいい。


 いずれにせよ、マイトには関係のない話だし、

 今はそれよりもアイツらとまた出くわすのは嫌で嫌でしょうがなかったが、少なくとも陽が落ちてきた今日一日は我慢せねばならない。


「明日になった、宿をでよう……」


 もちろん、顔合わせるのが嫌だというのがあるが、それ以上に切実なのが宿代だ。

 パーティで一括して借りているため、明日からの宿代はマイトが自分で支払わねばならないのだが、そんなお金はない。


 というのも、マイトにはゴミのようなスキルしかないためか、攻撃力はほぼ皆無。

 さらには、元々地球人だったマイト程度の筋力では、モンスターをぶん殴ったところでゴブリン一匹倒せないのが現実なのだ。


 だから、最低でも武器を揃える。

 それでも敵わないなら、異世界召喚ボーナスの「スキル」をうまく活用して戦うのが召喚者たちの日常であった。


 もっとも……。


「これじゃあな──」



  ブゥゥン!


 心の中でステータスオープンと唱えると、

 中空に──空気の震えるような音とともに、マイトの眼前に薄い透明の板、「ステータス画面」が表示された。



 ※ ※ ※

L v:1

名 前:マイト

職 業:冒険者

スキル:はっぱ


●マイトの能力値


体 力: 11

筋 力: 20

防御力: 14

魔 力: 33

敏 捷: 15

抵抗力:  9


残ステータスポイント「+0」


 ※ ※ ※



「はは……。これじゃ、追放されて当然か」


 マイトはこれまでに一度も魔物を倒したことがない。


 いや、魔物どころか、この世界にきて以来──戦闘らしい戦闘はほぼ経験していない。

 できることは底辺パーティにくっついて、右往左往しながら荷物運びと雑用、あとはせいぜい素材をはぎ取る程度。


 ……なるほどな。『ハズレスキル』どころか、『ネタスキル』とはよく言ったものだ。


 そもそも、異世界召喚ボーナスに貰ったスキルは基本的には、なにかしら有用・・・・・・・だと召喚前の白い世界で神様ッポイ奴・・・・・・が言っていたのに、不公平きわまりない。


 だって、「はっぱ」だぞ! 「はっぱ」!!


 葉っぱ一枚でなにしろってんだろ!! お笑いで世界とれってか?!

 その前に衛兵に捕まるわ!


 第一、肝心のステータス画面もなんか雑だし──……あのクソ神、色々抜けてんだよ!!


 そりゃ、スキルだって、一応は使おうとしたさ……。

 だけど、全然発動しないし。


 (……まぁ、したらしたで、葉っぱ一枚の姿になるだけだったりしたらそれはそれでいやだけどさ!)


 そんなこんなで、一緒に召喚されたクラスメイトやら、他クラスの奴、教師の連中なんかに取り残される形で、

 この数年たった今でもレベル1の最弱中の最弱。


 ぶっちぎりの底辺である。


 そんななかでも、一応はパーティを組んでくれたゲンキ君にも多少は恩を感じていたのだけど、今日でそれも綺麗さっぱり消え去った。


 今思えば給料もろくにくれなかったし、飯も最低限──。

 部屋だってほぼ倉庫みたいな隅っこだ。


 要するに、体のいい奴隷か雑用係が欲しかったんだろう。

 あるいは、自分たちも底辺であるという屈辱から目をそらすためのにえとして、か。


「……はぁ。寝よ」


 考えたところでネガティブな感情しか浮かばない。

 それに、無駄に頭を使っても事態は解決しない──これはこの3年間で学んだことだ。


 なにせ、腹は減ったけど、飯を買うお金もろくにないしね、脳みそのリソースでカロリーを消費するだけ無駄だ。


 ……それにまだ終わりというわけでもない。

 一応は、最後の手段もあるっちゃあるのだ──……たとえばこれ、


   ピコッ♪


 木賃宿の薄暗い部屋に溢れる文明の光。


 ……その光源のもとは、四角形の薄い箱──つまりは、スマホだ。


 3年間も文明の光を灯し続けるそれは、別に異世界パワーで無限電源仕様・・・・・・というわけではない。

 もちろん、充電手段があってこそ、だ。


 その充電手段がコレ。


 ──ケーブルで伸びるた先にあるのは、ソーラーパネル付きの充電器だ。

 『中華製』、

 『税込み12,800円』のリーズナブルな奴だよ。


「はー……落ち着く」


 現実逃避と知りつつもやめられない。


 もっとも、こんなことだから、いつまでも雑魚扱い。

 いつまでたってもこの世界に馴染めないのかもしれないけど──。


(それでも、これさえあればまだ生きていける──)


 腹が膨れるわけでもないし、

 スキルが伸びるわけでもない。だけど、精神だけは正常にいられる……。


 それから数十分。

 ……そこに映し出される召喚前の写真の撮り溜めなんかをボーっと眺めていたマイトは、いつの間にか空腹を忘れて睡魔が襲ってきた。


「……最悪、コイツを売ればなんとか──うーん、むにゃむにゃ」


 ソーラーパネル付きの充電器。

 おそらく、同じ時期に召喚されたチート級のスキルを貰った奴等なら、すさまじく高値で買ってくれるだろうさ。


 ──たとえば今の勇者とか、な。


「ま、それは最終手段なのでおやす、み……」



  ぐー。



 肉体的にも精神的にも疲れ切っていたマイトはあっという間に眠りに落ちていった。

 そして、朝も早くに宿の女将に叩きだされるのだが、それはこれから数時間後の話────。



※ ※ ※



「あ、な、なぁ──その、パーティ募集してないか?」

「ああん、なんだおめぇ?」


 朝早くに木賃宿を追い出されたマイトは、昨日の今日ではあったが、さっそくパーティ勧誘がないかをギルド中探しまわっていた。


 しかし、

「おいおい、やめとけ──コイツ、レベル1だぜ」

「なんだってぇ!? おいおい、今日日きょうび新人でもレベル5はあるってのに──マジかよ、ぎゃははは!」


 うぐ……。


「で、でも──その荷物持ちくらいならやるぞ! あ、雑用全般ももちろん!」

「は! そんなの足りてるっつーの! 俺たちを誰だと思ってる! 天下のDランクパーティ様だぞ! レベル1のEランク以下に用はねぇよ!」


「ま、まってよ! ねぇ! 待ってく──」


 くそ……!

 もう誰も話を聞いてくれない。


 どうやら、昨日の一幕は大半の連中に目撃されていたらしく、声をかける前から追い払われる始末だ。


 つまり、にっちもさっちも・・・・・・・・いかない状態。声すらかけれないときた。


 もっとも、新人や新しく街に来た連中に声をかけたところでマイトのレベルを知ったら、まず入れてくれるところはない。

 スキル名を教えれば、ゲラゲラ笑いだすやつまでいるしまつ!

 こっちだって、言いたくないし──好きで『はっぱ』なんじゃねーよ!


「畜生……。どうすりゃいいんだよ!」


 お金はない。

 レベルもない。

 武器だってろくなのがない。


 ないない尽くしで、詰みかけ寸前だ。



 こうなったら、ソロでやるしかないのか……?



「だけどなー……」


 しょんぼりしたまま、ギルドの掲示板に顔を向ける。

 そこに並んでいるのは、様々な依頼なのだが────。


「う……。俺でもできそうなランクEの依頼と言えば、」


 〇 薬草採取   銅貨8枚(他、採取量により変動)

 〇 スライム駆除 銅貨5枚(駆除数により色付けあり)

 〇 どぶ攫い   銅貨10枚


「このあたりなんだろうけど──うぅ……」


 不安げな顔で、依頼書を一枚剥すマイト。

 値段もさることながら、ランクはぶっちぎりにE。つまり最低ランクの仕事というわけだ。


 だが、それでも不安を隠せないマイト。



 なぜなら────。



「ぎゃぁぁあああああああああああ!!」


 ゥニュー!

  ゥニュニュー!


 悲鳴を上げて逃げ惑うマイトを追って、紫やら緑の不定形生物が跳ねながらやって来た!

 その数……4体!!


 ひぇぇ!


「無理無理無理!! スライムは無理!! せめて一体!! 一体な!!」


 にゅー!

  にゅー!!


「って、増えてるしぃぃい!! あかんあかんあかん!! 一回タンマー!!」


 途中で分裂するか合流するかでスライムは計5匹!

 赤、青、紫、黄色に緑と大変カラフルー。


 って、それどころじゃねーよ!

 うぎゃぁぁあああああああああああああああああああ!!


「……はぁはぁはぁ、」

 なんとか、全力疾走で巻いてこれたが、スライムの恐ろしいことと言ったらない。


 危うく食われるところだと胸をなでおろし、

 マイトのいる街──辺境都市、別名はじまりの街とも呼ばれる「グラシアス・フォート」の城壁にズルズルともたれかかる。


 その一部始終をみていた門前の衛兵たちが凄く気の毒そうな顔をしていたが、見ないし、見えないふりをする。


 やっぱ無理だな……。


 欲張って薬草採取と、スライム駆除を両方しようとしたのがまずかったのか?

 いや、そういう問題じゃないな……。スライムはどこにでもいるし、どのみち薬草採取中に襲われたんだから同じことだ。


 とすれば、どぶ攫い一択なのだが、

 これも無理──。

 

 なぜなら、すでにこのクエストの前に失敗しているのだ。

 ──どぶを攫いながら時折出現する、大ネズミと戦うという割と無茶なクエストに!!


「畜生! どうすりゃいいんだよ! なにしても無理なのか」


 ガンガンっ!!

 城壁に頭を打ち付けながら悔し涙を流すマイト。


 15歳の時に異世界召喚されたのだから、今はおそらく18歳──……泣くのが恥ずかしい年ごろだけど、そんなみっともない姿を見るやつなんて誰もいないのだから構うものか。


「くそぅ、くそぅ!! 3年たって、スライムどころか、薬草一本とれないなんて──」


 くそ!!

 くそくそくそ!!


 ちくしょーーーーーーーーーーー!


 誰に対しての怒りか──。


 こんな世界に召喚した王族とやらか、

 あるいはその召喚にのっかって、異世界へと適当に送り込んだ神様とやらか、


 それとも困窮する底辺の異世界召喚者を放置して、好き勝手に生きる上位の召喚者たちか、


 いや、違うな……。

 

 結局は自分だ。

 もっと何か、やりよう・・・・はあったに違いないのだ。


 スキルに早々に見切りをつけて、別の道を探すとか色々──。


 実際教師陣の中にはスキルだなんだのより、知識で国政に潜り込んだ奴もいると聞くし、それ以外にも、ネタのようなスキルでも、うまく活用して生計を立てている奴もいる。


 だから、この現状は全て──マイトの中途半端な覚悟が生んだ産物なのだ。


「ははは……。ははははは」


 これが詰んだって奴か。

 ……あとは野となれ山と成れ──。


 持ち物を売って、屍のように生きて────最後は誰にも看取られず、どこかの木賃宿かスラムでくたばるのがマイトの末路なのだろう。


 まぁ、一番いい幕引きは、元の世界へ帰れることか。


「そうだよ、帰りたいよ、俺は……!」


 例えば、勇者だの英雄だのとか呼ばれている同じ召喚者たちの誰かが魔王を倒すとか?

 ……ついでに、その過程で元の世界に戻る手段を見つけ出し、異世界人のよしみで一緒に連れ帰ってくれる可能性もなきにしもあらず?


 ……プッ!


「ははははは……! それって、どんな確立だよ!!」



 マイトだって、この世界にきて3年間、なにもしなかったわけじゃない。

 それなりに情報収集はしたし、初期のころは同じ召喚者どうしのコミュニティで情報交換もした。


 そこで判明したのは、『魔王』を倒すことが必ずしもゴールとはならない可能性。

 そして、倒したところで、元の世界へ帰れる可能も、さらに低いということ。

 なにせ、どれほど文献を漁っても、どれほど、古代から生きる人々に話を聞いたとて、そんな記録も記憶もどこにも存在しないのだから──。


 なのに、たまたま誰かが魔王を倒して、

 その『まおうえねるぎー』とやらで元の世界へ帰れる?


 召喚された全員が一気に一瞬で……?


 そんなもん、無理だって子供でも分かる理屈だ。


 ぶっちゃけ、今ここに隕石が降って来るより低い確率じゃないのか? とすら思う。

 ……もっとも、突如異世界に連れさられるという不思議現象を経験しているマイト達なら、すでにそんな確率を超越しているともいえるけどね。


「はー……。くだらないこと考えてたら、色々バカバカしくなってきたな」


 今はそんなこと・・・・・より、今日の飯と今日の寝床だ。

 そのためには、日銭・・を稼がねばならない。


「……しかたない、か」


 ギュッ、ポケットの中のスマホと充電器をにぎりしめ、立ち上がるマイト。

 最後の手段を使う時が来たのかもしれない。


 いや。

 だけど、その前にもう一つ────。


 あまり褒められた手段じゃないけど、格好悪いだの、倫理感だのと言っている場合じゃないことは十分承知。


 むしろ、そう言った最後の手段をさっさと取れない中途半端さがあるからこんな風に落ちぶれているのだろう。


「よし!! 四の五の言ってないで、なんでもやれることはやるかぁぁ!」



  ぱんぱん!!



 頬を叩いて気合十分!!

 マイトは、覚悟を決めて歩き出す────そう、ギルドが管理するダンジョンへと。

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