第10話 空気激重しゃぶしゃぶ
「…………」
「ほ、ほらハル。野菜もう食べられそうだぞ」
「…………」
ハルバードと街を歩いている時に、偶然にもミラさん……エビルムーン帝国十三邪将『鮮血のカーミラ』と鉢合わせしてしまい、その場ではハルバードの事を『職場の後輩』と紹介し、軽く世間話をして別れたのだが……
「あまり煮込むとシャキシャキ感が無くなっちゃうから、な?」
「ボク、葉野菜はクタクタのほうが好きだもん」
「いやおまえ、前はシャキシャキが好きって」
「なにが」
「なんでもないです」
おいめちゃめちゃ機嫌悪くなってるじゃねえか。
大丈夫だよな? ミラさんが敵軍の幹部だとはバレてないはずなんだが……
「ねえ団長」
「な、なんだ?」
「どうして団長にヴァンパイア族の知り合いがいるのさ? しかもあんなに若くて可愛い女の子の……」
「あの人、ああ見えて233才だぞ」
「そんなのどうでもいいよ」
「すいません」
そうなんだよな、ミラさん『デスティニー』のプロフィールには23才って書いてるけど実際は233才らしい。
前にデートしたときに2軒目のバーで酔った勢いで教えてくれた。
さすがにケタが違うのはサバ読みすぎだろ。
「ヴァンパイア族なら20才も200才も変わんないでしょ」
「まあ、ほぼ不死みたいなもんだからな」
「ボクは殺せるけどね、ヴァンパイア」
「…………」
弓矢使いのハルバードは、実際に昔、エビルムーン帝国軍のヴァンパイアを倒したことがある。
聖水と銀を用いて作られた特殊な矢を使ったらしいが、通常の矢と比べて極端に命中率が落ちる為、よほどの腕前がないと扱うのが難しいと言われていたものを使って見事不死身の敵兵を討ち取ってみせたのだ。
「あの時のハルは凄かったなあ。さすがオレの師団一……いや、サンブレイヴ聖国一の弓使いだぜ」
「そ、そうかな? えへ、えへへへ……あっ団長! 野菜クタクタになっちゃうから早く食べなよ」
「お、おう」
さっきと言ってることが正反対なんだが……まあ、少し機嫌を直してくれたみたいでよかったぜ。
ハルバードのやつ、たまにこうやって急に機嫌が悪くなる時があるんだよな。
前にこうなったのは、たしか……
「ハチェットの買い出しに付き合ってたのを見られた時だっけか」
「なにか言った?」
「い、いやなんでも! ほら、ハルの好きな白滝あるぞ」
「わーい!」
今回はまあ、あれだろう。
サンブレイヴ聖国の軍属であるオレに、エビルムーン帝国派のヴァンパイア族の知り合いがいるというのを隠してたのが原因だろうな。
ここは一応、ミラさんと出会った経緯を説明しておいた方が良いかもしれない。
まあ、元々ハルバードにはマッチング魔道具の事を言おうと思ってたしな。
「ハル、実はな、オレがさっきのヴァンパイア族の女性……ミラさんと知り合った経緯なんだがな」
「もぐもぐ……うん?」
「このマッチング魔道具を使ったんだ。でも、彼女はプロフィール欄の種族は非公開にしてたもんだから、実際に会うまではヴァンパイア族だって分からなくてな……あ、もちろんオレがサンブレイヴ聖国軍に所属していることは隠しているからそこは心配ないぞ」
「……ふうん」
あれ、なんかちょっと、また雲行きが怪しくなってきた気が……
「団長、マッチング魔道具なんかやってるんだ」
「わ、悪いかよ? 野郎しかいない師団で働いてたって出会いが無いだろ」
「まあ、ねえ……でも、そっかあ……彼女とか、欲しいの?」
「出来たらな」
な、なんだ? ハルバードのやつ、機嫌が悪いって感じじゃあなさそうだが……
「ねえ団長。ボクが『実は女の子でした~』って言ったら、どうする?」
「は? なんだそりゃ。お前普通に男じゃねえか」
ハルバードとは一緒に風呂とかも入ったことがあるし、ちゃんと男だった。
さすがに今更『実は男装でした~』は無理があるだろ。
「いいからいいから! ボクが女の子だったら、恋愛対象になる?」
「いやお前、そんな急に言われてもな……まあ、ハルは華奢だし、可愛らしい顔してるからなあ」
軍の中には『男でもいいからハルバードとお近づきになりたい』とか言ってるやつもいるくらいだからな、正直女になってもあまり違和感が無いかもしれん。
「まあ、もしお前が女だったらそれなりの扱いというか、ちゃんと女の子だと思って接すると思うぞ」
「それなりの、扱い?」
「少なくとも、今日のラウンドニャンで遊んだみたいな感じにはならないだろうな」
こいつめちゃめちゃスキンシップ多いからな。
女子だったらさすがにもうちょい距離取らねえと。
「そっかあ。じゃあ……まあいっかな」
「もぐもぐ……ん、なんか言ったか?」
「ううん、何でもないよっ……って、あー! それボクの白滝!」
「食べ放題なんだからまた注文すればいいだろ」
こうしてハルバードは、最終的には機嫌よく食事を楽しんでくれた。
こういうところも含めて面白いやつなんだよな。
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