第58話 マジでヘン顔になる5秒前
「……みんなと別れちゃったね」
「……まあ、道違うし」
「二人だけに……なっちゃったね」
「そう……なるね」
お互いにそんなことを言って、俺たちは最寄り駅で立ち尽くしていた。
――なんだろう、この胸の内がもぞもぞするような感覚は……。
道行く人々を眺めながらそう思っていると、花が俺の袖をちょんと引っ張った。
「……行こっ」
「……そうだね、帰ろうか」
花の横顔に、思わずドキリとする。函館山での出来事を思い出してしまう。
告白してからというもの、俺たちは少しぎこちない。
何故だろう……意識しすぎているのかもしれない。
階段を降りて、俺たちはバスターミナルへと向かった。
「バス乗る? それとも歩いて帰る?」
「蝶はどっちが良い?」
「え? 俺は……どっちでも良いけど、徒歩だと三〇分はかかるよ、家まで」
「ふーん、そっか。早く帰りたいんだ~」
「え、だって……さっき歩くの疲れたって言ってたような……」
「……ね、二人っきり……だよ?」
花は桃色の唇の上に人差し指を乗せて、片目をパチンと閉じた。
「…………」
――な、ななななッ……何ぃ!?
ちょっと待って! なんすかなんなんすか今の! え? 軽くハートもぎ取られましたけども! キュン死に手前くらいなんだけどっ! 寧ろ爆発しそうなんですけど!
あまりの出来事に、俺はフリーズしてしまう。
そんな俺を花がまじまじと見つめてくる。そして、徐々に耳が赤くなっていった。
「あっ、今のはね……その、あれだから……チョ、チョーク!」
真っ赤な顔で俺にそう告げると、花はくるりと背を向けて先に行ってしまう。
しばらくその背中を見つめていると、やがて彼女の歩行は止まった。
キャリーバッグをころころ転がしながら俺の前までやってきて、もじもじしながら、
「……間違ったけど、あの……ジョークのことだからね」
「……ふふっ、チョークかぁ」
「違う! ジョークって言ったもんっ」
「わかった、わかったから。よし、じゃあちょっと寄り道して行こうか」
「……うん!」
花と二人きりで外を歩くのは、服を買いにショッピングモールへ行ったとき以来だった。突然始まったデートのようで、妙に緊張してしまう。
俺たちは駅から自宅までの道をゆっくり歩いて帰った。様々な店が建ち並ぶ中、周りを見渡せばどこもかしこもカップルだらけだった。彼等はみんな腕を組んだり手を繋ぎながら楽しそうにしている。
こんなにたくさんいるカップルの一人ひとりが、俺や花のようにお互いが好きで好きでしょうがなくて恋人になった人たちなんだろうと思うと――、これだけ広い世界の中で大好きな人に巡り会えるっていうのは本当に奇跡みたいなものだよな。
そして、その喜びの中に俺はいる。まあ、……一つだけ懸念事項があるけどね。
――今って、手とか繋ぐべき?
そもそも――俺たちは付き合っているということで良いんだろうか?
突然、寒気が走る。
あれ……これ付き合ってないよね?
じゃあ俺と花って今どういう関係なんだ?
――待て待て。ちょっと整理しよう。落ち着け俺。
確かに愛の告白はした。でも、告白と交際は別のものだと何処かで聞いたことがある。
男女間における告白とは、相手に想いを伝えることだ。そして交際とは、想いを伝えた後に正式な恋人として男女のお付き合いをすること……で、良いよな?
大体の人はこの二つを一緒くたにしているが多いだろう。でも……俺の場合、まだ『告白』しかしていないじゃないか……!
そう、俺は未だに『交際』のお願いをしていないのだった。
――だからか。さっきから感じているこの妙な距離感は。
断言しよう。
俺たちは今、『告白』と『交際』の狭間にいる!
だから告白前よりも花のことを意識してしまってるんだ。これから交際するかもしれない人として、構えてしまっている。
隣を歩く花を一瞥する。
花もきっと同じことを思っているだろう。だからこそこんな空気になってる。
――花と恋人……か。
一体、どんな風なんだろうか。
想像出来そうで――全然出来ない。ちょっと考えただけで頭が熱くなって、恥ずかしくなってしまう。
思えば、女の子から告白を受けたことは何度かあったけれど、お付き合いをしたことって無かった。
そんな俺が、幼なじみでずっと思いを寄せていた花に告白しちゃうんだから、未来ってわからない。今でもそんな自分に俺は驚いていた。
じゃあ……この先やるべきことは、もう一つじゃないか。好きと言い合うだけじゃ、付き合ったことにはならない。
本当に花と恋人としてのお付き合いがしたいのなら、交際のお願いをしなくちゃいけないんだ。
俺はぎゅっと拳を握って、花に訊ねる。
「……ねぇ、花――」
「あっ、見てみてゲームセンター!」
花はぱっと明るくなった顔で、店前に露出しているUFOキャッチャーを楽しげに指差した。
「……そうだね、行こうか」
「ごめんね、今何か言った?」
「ううん、また今度」
「……?」
小首を傾げる花に笑いかけてから、俺はゲームセンターへ歩き出す。
……勿論、交際のお願いはするつもりだ。
やっぱり花とは恋人になりたいし、男女の関係を深めたい。
それに昔の彼女のことなら誰よりも知っているけど、正直今の花のことは知らない部分も多いから。それも色々知りたい。
だから付き合いたい。花ともっと一緒に居たい。
* * *
「なんか久しぶりだな~、わたしゲームセンターとかってあんまり来ないから」
嬉々とした表情で、花が瞳を輝かせている。
「まあ、あんまり女子が一人で来るようなところじゃ無いかもね」
「そうなの?」
「いや、……なんかほら、危ないというか……あるじゃん。そういうの」
「じゃあ……今日は蝶がわたしを守ってくれるね」
「…………う、うんっ」
「うっ……何その反応。……なんかわたしが恥ずかしいよ」
俺たちはお互いに顔を真っ赤にしながら、爆音響く室内を歩き回った。
花とゲーセンに来るのは初めての経験だ。どうでもいいくらい出来事かもしれないが、今日は記念すべき『花と初ゲーセンデー』になるだろう。有無を言わず刻んどけ、全国のカレンダー。
やがてとある筐体軍の中で、花の足が止まる。
「……あっ、プリクラ……やらない?」
俺の袖を摘まみながら、少し恥ずかしそうに見つめてくる。
……やっぱり友達なんかじゃないよな。
彼女の瞳を見ていて、そう思う。
俺と花が幼なじみということは、今後一生変わらない。でも、彼女が俺に向けてくる瞳は好きな人に向ける視線だろうと思うから。
花は俺を好きで居てくれてる。だからそんなにもかわいい恋する乙女のような表情ができるんだ。そこにも俺は惚れているんだろうな、きっと。
友達みたいな関係でも、花とだったら楽しいだろう。でも、やっぱり花の恋人になりたい。
――早いうちに交際のお願いするから、そのときはオッケーして欲しい。
俺は胸の中でそう呟いた。
「……ねぇ、嫌なの?」
花が俺の顔を覗き込むようにして質問してくる。
「い、嫌じゃない! 寧ろ金払ってでも一緒に映って欲しいくらい! 行こいこ!」
「え、な、何それ……ヘンなの」
眉を顰める彼女の肩を押しながら、俺たちは筐体から垂れ下がるカーテンの中に入った。
「へえ……中ってこんなに狭くなってるのか」
「あっ、初めてなんだ」
「男同士で撮る奴らもいるけどね。俺はやったことない」
「ふふ、じゃあ……初体験、だねっ」
――えっ、何それ意味深。
決して問いただすことは無く、俺はその質問を心の内に留めて置いた。
そこで、突然女性の声が響いた。
「うぉっ……喋った」
「蝶、面白い~」
隣で花にくすくすと笑われる。
田舎もん丸出しで少し恥ずかしい。でもやったこと無いだけだから。大体どんなものなのかは知ってるから! 写真撮ってそれになんか落書きとか出来るアレでしょ!
「なんか“超面白い”ってバカにされてるように聞こえる!」
「蝶は超面白いよ!」
「なんか今日無駄にノリ良いな……花」
とても楽しそうな花が、横で笑ってくれている。それだけで俺は幸せな気持ちになれた。
「で、どうするの?」
「まずはお金入れよっか」
ぴしっと花はコイン投入口を指差した。四〇〇円らしい。
「バカにしすぎだろ! そのくらい俺だってわかってますよ……じゃあ、はい。これでお願いします。先生」
「ふふ、わたし先生なの? でも怒られちゃった」
「……っ」
いちいちかわいい。照れくさそうに笑う花が愛おしい。なんなんだこの生き物は。
こんなとき、俺は顔を背けてしまう癖が未だ治らない。
ああ、これはヤバいな……俺正真正銘の変態としてこのプリクラ機に名を刻むかも知れないわ……。
「はい、これ」
花が俺の手のひらに渡したはずの百円硬貨を四枚落とした。
「いいよ、俺奢るし」
「半分こ。わたしそっちのほうが嬉しい」
「……わかった」
無理矢理渡してしまうかどうか迷ったが、花が喜んでくれるほうを選択。
お互い二百円ずつコインを投入すると、素敵な声のお姉さんが何やら喋り出した。
そして途端に緊張し始める俺氏。
どうやら、俺の変態顔がもうすぐそこまで迫っているらしい……ヤバい逃げ出したい。俺写真写り超絶悪いし。
ていうか世のイケメンたちはなんであんなに写真写りが良いんだ! 元が良いからか!? 今更になってただイケ(ただしイケメンに限る)理論なんて聞きたくないぞ!
「じゃあ後はわたしに任せて! えっとねえ……こうして、ああして――」
画面の上で指をタップしまくる花。
結局彼女にすべてリードしてもらい、俺のキモ顔への事前準備が着々と進められていく。
「はい、そろそろ来るよ。カメラはここね」
「……え? 何もう始まるの?」
――カシャ。
とりあえず一枚目は失敗に終わった。
俺の目線はカメラにすら向いて居らず、酷いものだった。因みに花はかわいく写っていた。加工されようが天然だろうが、花はかわいい。
「ふふっ……もう、何やってるのっ」
「え、ちがっ……こいつがいきなりカウントダウン始めるから!」
笑いを堪える花と、筐体を指差し難癖を付ける俺。
そんな風にあたふたしているうちに、なんと花が身体を俺に寄せてきた。とても柔らかい感触が腕にそっと触れる。
どうやら相手のシャッター二発目は、もうすぐそこまで迫っていらしい。
「ほらっ、カメラここだよ。今度はちゃんと見てね……ふふっ」
「……う、うん」
何もない真っ白空間のこの部屋で、身体をくっつけながらそんなかわいい笑顔見せられたら、俺は一体どんな顔をしたら良いんだ! ニヤ顔になってしまうでねか!
しかし、二枚目は俺の予想を軽く斜め上に行き、とんでもない硬い表情だった。
鋭い表情で、エモノを狙う野獣のような目付きの俺。犯罪者かよ。
「……緊張してるの?」
「し、してないから!」
無駄に主張しすぎたかもしれない。それが面白かったのか、花は終始笑顔だった。
そうして再び訪れるカウントダウン――。
今度こそは……と俺の全身に血液が巡る。どんだけ賭けてんだよ、俺。
――ちゃんとイイ感じに二割増しのイケメンでお願いします!
3――2――1…………。
その瞬間――俺の右腕に柔らかくてふわふわしたものが押し付けられる。
「うぇっ!?」
「えへへ、はいチーズっ!」
花が俺の右腕に抱きついてきて、笑顔でピース。
一方の俺は驚愕の表情を浮かべ、見事な変顔二割増に終わった。
その後も何度か撮影をして、撮り終えた後は楽しい落書きタイムだった。花と一緒に画面にペンを走らせるのは至福の一時である。
粗方の作業を終えると、俺は筐体の中を出たところに用意されていた椅子に座って、花を持っていた。
「むふふ~、はい、出来たよ!」
にっこり笑顔で出来上がったプリクラ写真を渡される。どうやら一部を切り取ったものらしい。
写真には、『初プリ』と書いてあったり、お互いの名前や、蝶と花のイラストなんかも描かれている。
花の書いた文字や絵はどれもとても女の子っぽくて、大きくなってからの彼女のそう言う面を見てこなかった俺は、とても新鮮に感じた。
初めてだったけど、凄く楽しかった。
落書きのときなんて自由度が高くてずっと二人で笑っていた気がする。一枚、俺の顔を金ぴかのインクで全部塗りつぶしておいた。プリクラって最高だな。
「もー! こんなの入れてー! これじゃ蝶の顔見えないじゃん~!」
「これから俺のことは金のマスク蒼希と呼んでくれ」
お互いに写真を指差しながら笑い合う。
俺の一番のお気に入りは、やっぱり花が抱きついてきたときの写真だ。
自分は見事にヘンな顔で映ってるが、彼女はそんじょそこらのアイドルよりもずっとかわいらしく写っている。
撮り終えた後は何事もなかったかのようにそっと離れて行ったから、結構頑張ってくれたんだな……と俺は余計に嬉しかった。
「わたしね、男の子と撮るの初めてなんだよ」
おお、嬉しいことを言ってくれる。
「へ、へえ……じゃあ、花も初体験ってことだね」
「えへへ……そうかな。でも、楽しかった! こんなに面白いと思ったの初めてかも。……蝶と、一緒だったからかな」
――かわいすぎか!
しかしそれを表に出すことも無く、俺は和やかに笑った。
「あっ、そうだ……蝶、スマホ貸してっ」
「え? なんで」
とりあえずポケットからスマートフォンを取り出し、それを彼女に手渡す。
そういえば俺は花のLINEのIDやメールアドレス、電話番号さえ知らない。
今更って感じもあるし、聞きづらいな。
花は俺のスマホを手に取ると、目にも止まらぬ速さで指を動かしていく。
「何してんの?」
「んー、ないしょ。ちょっと待ってて」
眉間に少し皺を寄せて、画面に集中する花。
あまり見ることが無いその姿に、俺は見とれていた。なんか、頑張ってる小動物みたいでかわいかった。
「はい、今日撮ったプリクラの画像を送っといたよ」
「そんなことできるんだ」
にこっと笑って、俺の手のひらにスマホを返してくる。
「……あ、それとね」
俺は電源ボタンを押し込んで、画面を点灯させた。
そこには、『はな』からの通知メッセージ。画像が添付されている。
「LINEのIDと電話番号、あと一応メアドも入れといたから」
「だっん?」
落ち着け俺、なんていう相槌なんだバカたれ。
「ぷっ――ふふ、だっん? だって~」
花がケラケラ笑いながら、お腹を抱えてしゃがみ込んでしまった。
「え? マジで? ホントに!?」
「嘘ついてどうするのっ」
「あ、ありがとう……」
何故かお礼を述べる俺。言わないほうが良かったなこれは! でも何も言わないのも照れるのでこれで良し。
「ふふ、どういたしまして~……その……暇なときとか……連絡、するからね」
「お、おぉ……」
あまりの感動に、俺は締まりの無い返事を返した。
「ああ、そういや花の連絡先俺知らなかったね……あ、何? もしかして登録しといてくれたんだ、助かるわーサンキュー」くらいの余裕のある大人な男で行きたい。
いや――普通にウザいだろこいつ。
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