第44話 函館山の両思い伝説

「見てみて、これかわいい」


 ご当地の特産物に身を包んだ人気キャラクターのストラップを手にとって、笑顔で見せつけてくる。俺は花のそんな表情に、ついにんまりしてしまう。


 俺たちは、二人で軽く手を繋ぎながら土産屋を回っていた。

 まるで本当の恋人同士みたいで、凄く楽しい。自然と口角も上がってしまう。


「でもこれも面白いよ、ほら」


「えーやだー、かわいいのがいい~!」


「出た! わがままだ!」


「えっ、違うよ……! 別にそんなんじゃ!」


「じゃあそれ、買おうよ。……二人で」


「………う、うん」


 観念したように、花がこくりと頭を縦に振る。俺は笑って、彼女の右手をぎゅっと握りしめる。そこには――花の温かい体温と、すべすべの細い指の感触。

 俺と花の手のひらから“幸せ”が溢れ出てしまいそうで、しっかり気を張っていないと、悶えてしまいそうだった。


 昔と違い、俺たちの手のひらはどちらも大きな変化を遂げている。

 花は白くて、綺麗なすべすべした女子の手。

 俺は、花と比べると少しだけ浅黒くて、少し大きい。骨張っている男子の手だ。


 見た感じで違うことは歴然だけど、こうして触れ合ってみることで、より実感できる。俺たちは間違いなく男と女だった。


 柔らかい花の手のひらに俺の全神経が集中する。当然だ。こんなに大胆なことができたなんて、俺自身が一番驚いてる。自然と、手の表面から汗が滲み出る。


 手を繋いでいるだけなのに、俺の局部は過剰なまでに反応していた。とりあえずは速やかにスウェットのポケットに空いている方の手を突っ込んで、誤魔化してはいるが。


 ――気持ち悪いとか、思われないといいけど……。

 でも、仕方の無いことだった。昔っから大好きな子が居て、その子と今俺は手を繋いでしまっている。意識しないはずが無いし、この状況下で、雄としての性能が失われているようでは、男子高校生失格だろう。


「あら、お手々なんて繋いで……仲良しさんね」


 俺たちの前に姿を現したのは、魅惑の養護教諭だった。


「あっ、百瀬先生……!」


「こ、こんばんは」


 彼女の出現に驚いた俺たちは、思わず手を離し距離を取ってしまう。

 百瀬先生は微笑みを浮かべると、ヒールの音を鳴らしながら近づいてくる。


「ふふっ、何も急いで離さなくたっていいじゃない。そーだ。かわいい二人に|イイコト(・・・・)教えてあげよっか」


「い、イイコト……」


「…………」


 そうぼやく俺を、花がなんとも言えぬ表情で見つめてくる。

 百瀬先生がそう言うと、なんだか保険室で特別授業(・・・・)的な妄想が蔓延ってしまう俺は変態なのか? いや、否。


「明日の夜、函館山(はこだてやま)行くでしょ? あそこから見える夜景が日本三大夜景って呼ばれてるのは知ってる?」


「ああ、しおりにそんなこと書いてあったような……」


 確か函館市街地にある山で、牛が寝そべるように見えることから臥牛山(がぎゅうざん)とも呼ばれていることで有名らしい。

 山頂には展望台が設置され、そこから見下ろせる夜の函館は市街に輝く街灯りと、黒一面の海に浮かぶ漁船が灯すランプの美しき光のコントラストを見ることができるらしい。


 文章で読んでもパッと思い浮かばなかった俺だが、実際の目で見たとき、それはどれほどのものなのだろう。俺は決してネットで画像検索などすること無く、当日の夜景をとても楽しみにしていた。


「そうなんですよね、綺麗って聞きます夜景! 実はわたしも凄く見たくって!」


 花が恥じらいを掻き消すように、過剰にはしゃぐ。

 手を繋いでいたところを見られたことが、余程恥ずかしかったらしい。


 百瀬先生はそんな花をくすりと笑って、


「その夜景の中に『スキ』とか『ハート』って文字を見つけるとね、両思いになれるんですって」


 あからさま! やめて! もうこれ以上は! てか百瀬先生グイグイ来るな!


「へ、へぇー…………そうだったんだ……知らなかったなぁ」


 花が視線を泳がせながらに、言う。

 一瞬俺と目が合うと、彼女は顔ごとぶんと横に振った。…………な、なんだ?


「だ~か~ら~!! 頑張って二人で見つけなさい! 先生、応援しちゃう」


 百瀬先生は俺と花の間に入って、両の肩をぽんぽんと叩いて、歩き去って行った。


 ――『スキ』、『ハート』。

 街中のどこかで煌めいたロマンティックな文字が、俺の脳裏を過ぎる。

 見つけたら、両思いになれる……か。


 俺は髪をかき上げながら、百瀬先生の背中を見つめる花をバレないように

見据える。


 一緒に、見つけれたらいいな。……花と。


 * * *


 俺たちはお揃いのストラップを購入して、土産屋の前に設置された畳の休憩場に腰を下ろした。


「明日も楽しみだね。スキーもだけど…………函館山も」


「……そうだね」


 こうして何気なく二人で並んでいられることがとても幸せだけど、俺は少し恥ずかしくて、花と顔を合わせていいものなのか、よくわからなかった。


 函館山の話を聞いたせいかもしれない。

 いつも以上に花のことを意識してしまっていて、函館山での色々な妄想が頭の中で生まれては消える。――そんなときだった。


「あのね、蝶」


「ん?」


 花が、俺の手の甲に――そっと手のひらを重ねてくる。


「え……?」


 俺は驚いて、彼女の顔を見つめる。

 花は、頬を微妙に染めてふっくらとさせていた。


「今、ビクってしたでしょ! ……も、もうっ……恥ずかしいじゃんっ」


「え!? 何!? なんなの!?」


「……そ、その…………もっかい…………手、繋ぎたい……な」


 花が、ちょんちょんと俺の手を突いて甘えてくる。


 ――一言だけいいだろうか。かわい過ぎる。萌死寸前である。

 うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!


 理性が飛ぶ! このまま無限の彼方まで逝く感がハンパない。やべえ、完全に日本語可笑しい。


「……やだ?」


 不安そうな面持ちで、彼女が俺の顔を覗き込んできた。


「そんなわけないだろ」


 彼女の一抹の不安を拭い去るように、俺は笑顔を向けて花の手のひらをぎゅっと握りしめる。


「ふふ、なんか……変な感じだねっ」


「なんだよそれ~! 笑うなよ、勇気出したのに!」


「ふふ、勇気出したんだっ」


 花は照れ笑いを浮かべながら、くすくすと笑った。

 彼女の茶色の瞳を見つめると、そこには反射した俺が映っていて。花と同じように全力で照れていた。


 俺たちはそのまま自分の膝をじっと見つめたまま時間を過ごす。

 こうして『手を繋ごう』と言って彼女の手を取ったのは小さなとき以来で。

 あのときは身体と身体が繋がっているってだけでなぜだか安心できた。

 でも、今はそれ以上だ。心まで満たされる。さっきから、頭が麻痺しているような感覚さえ覚える。

 手の温もりと相俟っては心がほっと温かくなって、ドキドキするけど、不思議となんだか安心するのだ。


 ――花は今……どんな気持ちなんだろう。


 一歩一歩、俺たちは確実に距離を縮めて行っていると、俺は思ってる。

 こうして手を繋いでいる今、花の中で俺はどういう男になってるんだ?

 昔のまま? ただの幼なじみの男の子のままなのか?


 一体……俺たちはどこまでいけるの?


 花の気持ちは……どっち? 恋愛の意識はある?

 俺のこと……好き? それとも、やっぱりただの幼なじみ?



 ――花と、恋人になれるかな。

 幼い頃にしてきたような輝かしい毎日を、大人になってからもう一度……今度は異性として。……出来るのかな。


 やっぱり君のことがずっとずっと好きだから。


 自分を着飾るような格好いい理由なんて一つも無くて。昔から今まで、ずっと一緒に居てきて、それでも好きだから。


 俺はね…………なりたいな。

 花の恋人に。


 花もそうだったら……嬉しいんだけどな。

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