第43話 ちょっと頑張ってみた

「あの、酒井さん……俺たちは一体」


「わたしもそれは思う」


 俺たちは土産棚に身を潜めながら、ターゲットたちを捕捉した。


 藤川はいい奴だ。イケメンで、爽やかで、話しやすくて完璧超人かと思ったらどこか抜けてて憎めない。俺は藤川のことが好きだ。もちろん、友達として。


 でも、胸がぎゅっと握りしめられたような、そんな気持ちになる。

 これ……ヤキモチなのかな。

 花の彼氏というわけでもないのに。

 藤川は俺のことを応援してくれる奴なのに、勝手に嫉妬してしまう。


 横の酒井に目を向ける。……どうやら、彼女も同じ気持ちみたいだ。

 悲しそうな、悔しそうな、そんな顔。


 俺たちはお互いに苦渋の表情に気が付いて、すぐ普段通りの表情を取り戻した。


「な、何見てんのっ」


「え? いや……ヤキモチとか妬いてんのかな、って思っただけ」


「は、はぁ? 別に妬いてないし……ちなみに、アンタだってそんな顔してるわよっ」


 耳まで真っ赤にして酒井が俺に吐き捨てる。

 俺は酒井の罵倒を側面に受けながら、正面を見据える。


 すると――。

 見事に、花と一瞬目が合った。


 俺はすぐさま目を反らして、地に手をつく。


「…………」


「……ちょ、ちょっと! どうしたの!? 蒼希?」


「い、いや……大丈夫」


 反射的に花の視線から逃げてしまったが、俺は心を落ち着けて、もう一度棚から顔を出した。もちろん相手からは見られないように。


「はは、わかっちゃった~」


 言動が不審な俺を、酒井がニヤニヤした顔で俺に告げる。

 俺は途端に頭を引っ込めた。


「な、なんだよ……」


「花ちゃんのこと、好きなんでしょ!」


「しつこっ!」


 こんなに突っかかってくる奴だとは思わなかった。

 まあいい、それはいいとして……現状を把握しなければ。


 俺は身を屈めたまま酒井に訊ねる。彼女は現在土産棚から顔を半分ほど露出している状態だった。


「酒井、二人は今どうなってる、何してる?」


「お土産見てるよ――――ひゃ!」


 言葉の途中で、酒井が突然しゃがみ込んだ。

 俺と同じような体勢で、酒井がおずおずと顔をこちらに向けてくる。


「ど、どうした」


 大体見当は付くが。一応聞く。


「目が……合いました」


「大丈夫、俺もだから」


 二人で土産棚を盾にしながらああだこうだと作戦会議をしていると、背後から困惑した表情を浮かべるおばちゃん店員が「あの~……お客様」と困ったように頬に手を当てた。


「「……す、すいません」」


 俺たちは場所を変える他なかった。

 ……ああ、恥ずかしい。


 * * *


 結局――さっきよりもずっと近い位置へ移動するハメになった。

 というか、俺たちはもはや隠れることを諦めた。

 花と藤川にまだ気が付かれてはいないらしい。


「ちょっと……! 近すぎない? 大丈夫?」


「……二人がどんな会話してるのか気にならないの?」


「……なる」


「じゃあちゃんとついて来なさい。俺とお前は同志だ。奴らの陰謀を暴くぞ」


「……う、うん」


 少しずつ距離を詰めていく。藤川と花の反対側に立ち、棚を物色するふりをする。二人が振り返ったら一発アウトな気もするが! でもこれで彼らの会話が聞こえるはずだ!


 断片的に花と藤川の声が聞こえてくる瞬間だった――、


 横に居たはずの酒井が音を立てて転んだ。


「……っ!」


 声も出ない状況。

 もちろん花と藤川は背後を振り返った。


「……酒井!? 大丈夫?」


「……夕ちゃん?」


 酒井に気が付いた藤川が、慌てた様子で彼女の手を取る。


「……う、うん。平気」


 俺はというと、花に目をやったりやらなかったり。

 一方の彼女も俺と似たような動作を繰り返していた。


「…………」

「…………」


 なんとなく気まずい雰囲気が広がる。さっき目が合ったせいか、余計に。


「怪我は? 百瀬先生呼んでこようか」


「ううん、平気」


「そっか。ならよかった。次からは気をつけてね」


 もう爽やかとかそんな問題じゃないだろ。藤川、こいつ風だろ。

 酒井からの返事を待っているというのにあの笑顔。さっきまで藤川に嫉妬していた自分が恥ずかしい! 何があってもこいつには敵わないよ! アンディー!

 俺が脳内で暴走を始めたところで、


「……で、蒼希は? 二人で何してんの」


 藤川が、不思議そうな表情で俺を見据えた。


「お、俺は……たまたまここにいて、酒井とはさっき会ったんだよ!」


「ふーん……あっ、俺と赤希もさっき会ったんだよね?」


 藤川の言葉に、花は頭を何度も頷かせる。


「……………」


 なぜか辺りが白け始める。

 四人も黙ったら気まず過ぎる! 酒井と藤川は告白の件があるし、俺と花はなんか色々あるし!


「……あー、花は……何か買うの?」


 そう言ってから、すぐに俺は顔色を変える。


 ――まずった。俺、人前で花の名前を呼んだことがなかったんだ!

 うわああああああ、もう目茶苦茶だぁ~。


「えっ……そ、そうだよ……お土産を見に来たんだよ」


 人前で自分の名前が呼ばれたことに花は驚いている様子だったが、余程俺の言動がおかしかったのか、やがてくすりと笑った。


「そ、そっか……」


「……うん」


 俺たちのぎこちない対話に、酒井と藤川が不思議そうな目を向けてくるのが印象的だった。


 その後、俺たちはしばらく四人で土産屋を見て歩いた。

 しばらく時間を潰してから、藤川が言ってきた。


「そろそろ部屋戻る?」


「そうだな、あいつらも退屈してるだろうし」


 俺が返事を返すと、商品に伸ばしていた手を彼女たちも止めた。

 女子二人と別れ、俺と藤川は階段を上がっていく。なんとなくいつもより俺と藤川の間の空気はどんよりとしていた。


「…………藤川、平気?」


 俺が振り向きざまに訊ねる。


「……なんかさ、不安なんだ。あんな土壇場で告白しちゃてさ……向こうからしたら、そんなの嫌だよね。困るよね……はぁ」


 落胆した顔で、藤川が声を漏らす。さっきまではそんな表情欠片も見せなかったのに。やっぱりかなり悩んでいるみたいだった。


「そう……でもないんじゃないか。好きな気持ちには変わりないんだし、ちょっと早くなっただけだろ! 大丈夫だよ、藤川いい奴だしさ。きっと酒井だってわかってくれてるよ、元気だせって!」


 沈んだ藤川の肩を叩き、俺は笑顔を向ける。


「……いい奴、か……、ふふ、ありがとうね、蒼希」


 藤川はくすりと微笑んでから、勢いよく階段を駆け上がっていく。

 俺はそんな彼の後ろ姿に微笑んで、ポケットに手を突っ込む。


 しかし――、違和感。


「……やべ、財布落としたっぽい」


「え!? ホントに? 今すぐ探しに行こう!」


「いや、いいよ。先戻ってて。部屋の連中寂しくしてるだろうからさ、遊んでやってよ」


「わ、わかったよ……何かあったら連絡して」


 俺は藤川と別れて、上ってきた階段を駆け下りて、先ほどの土産屋に駆け込む。


 そこには――花がいた。


 俺の足も途端に止まる。

 彼女に目を奪われて、その場に立ち尽くす。

 なぜかって? そんなの、花がこっちをじっと見つめているからだ。


 花は、まるで俺がここに来るのを予め知っていたような顔で、にっこりとある物を揺らしながら見せつけてくる。


「ふふっ、お探しですか~」


「え、なんで……」


「見覚えあって。待ってたら……来るかなぁーって思ってたの」


 花は言いながら一歩ずつ近づいてきて、俺の手のひらに財布をぽんと乗せた。


「はい! もう落としちゃダメだよ?」


「……うん、ありがと」


 俺は財布をポケットにしまいながら、花と以前一緒に買い物に行ったことを思い出した。財布、覚えてくれてたんだ。


 ――わざわざ、待っててくれたんだ。


 手持ち無沙汰になった花が、土産品をじっーと眺める。


「…………」


「お土産回る? もっかい」


 そう提案してみる。さっき見たばっかりだったが、花と二人っきりなら何度だって回れる。それに、花もそう思ってくれてるんじゃないかと少しだけ期待していた。


「……いいの?」


「うん、行こ!」


 俺は彼女の手をぐいっと引っ張って、土産屋に入り込む。


「……えっ、わわっ」


 花が驚いた顔で俺に身体を引きづられる。


「む、昔……よく……してたよね」


 きゅっと優しく彼女の手を握りながら、告げる。


「……う、うんっ……そだね。ふふっ」


 花は一瞬戸惑ったような表情をしたが、くすりと笑って小さな手で握り返してくれた。


 とても柔らかくて、すべすべで。気持ちよくて。

 小さい頃は無意識にやっていたことだったが、今は滅多に出来ない。というかする機会なんてないに等しい。


 でも、俺は花と手を繋いだ。

 子供みたいな笑顔で、そんなことが出来た。


 深い理由なんてなかったし、なんで突然そんなことをしたのか、正直わからなかった。


 ただ、ちょっとだけ……頑張ってみたくなったのかもしれない。

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