第42話 恋するストーカーペア
男連中で馬鹿をしながらゲレンデで滑った後、ホテルへ戻った。
夕食を取って風呂に入り、その帰り道、俺は一人で土産売り場に立ち寄っていた。
スマホのメッセージアプリを開く。
そこにはこう記されていた。
『これ買ってきてね! リスト(お小遣いは1000円ほどカンパしてやろう。因みに拒否権は無い。なぜならお前はパパとママが汗水流して稼いだ金で花ちゃんとイチャラブうっほっほをしているのだから、文句は言えないはずである。そして、こういうときくらい親様の好感度を上げておいたほうが身のためである。花ちゃんルート以外のエンディングを模索するということも忘れてはならない。たとえば……ほら、お母さんありがとうルートとか。感動の大団円がきっと待ってるわよ。全米が泣くレベルの泣きゲー、米泣(べいなき)ゲーよ)』
「…………」
初っぱなからもの凄いパンチ力である。つか括弧の中が長え。
俺は溜息をつきながら全部シカトして画面をフリック。
・カンカン(あの白い奴、なんだっけアレ)
・父さんの浮気防止グッズ
・田村さんの好きそうなもの
…………奴は何を求めている!?
俺の第一声はそれだった。
カンカンってなんだよ。感性のままにメッセージ書くなよ! なんにも伝わらないぞ! 白い奴というほんの小さなヒントでなんとか辿り着くけどもさ!
父さんの浮気防止グッズはどっかの護身用品会社から買ってくれ。ネットで調べれば多分出てくる。まあ、防止というか父さん撃退用になるけど。
田村さん誰!? 俺知らないよ! 田村さんの好きそうなものなんて!
母親を哀れに思う。なんだか悲しくなってきた。
そんなとき、俺のスマホディスプレイに張本人の名前が浮かび上がる。
俺は大きく溜息をついて指をスライドさせる。
「……はいはい、何」
『ハロッー!! 蝶ちゃん! 元気ぃ!?楽しんでる!? 修学旅行の最中、愛する幼なじみとの初夜はもう過ごしたの?』
俺の鼓膜がびりびりと振動する。
ガンガンくるな。マシンガンみたいだな、こいつ。
「あ、ああ……楽しいし、元気だよ。てか母さん田村さんって誰だよ、田村さんは一体何を求めてるんだよ」
『それで……初夜は?』
「おいほんと電話切るぞ! せっかくスルーしてやったのに何聞き返してんだ!」
『ふふ、嘘よ、ちょっと電話したかっただけよ、もう。せっかちさんね。ああ、そういえばお父さんもね、ベッドの上では――』
「知らんわ! そんなこと息子に言うことじゃないだろう!」
『まあいいわ。あなたが元気で、花ちゃんともお友達とも仲良しできてるんならね、じゃああとはよろしく! 実は私今忙しいのよ、世界に蔓延る悪を駆逐しなくてはならないのよ。エージェントの一人として、ね』
「はぁ?」
『ああっ、クソ、コイツマジ死ね!! ぶちのめしてやるわ! このクソがッ!!』
ゲームしながら電話かけてくんな。てか言葉汚ぇ……FPS(一人称視点銃撃戦ゲーム)でもやってるのか。
そのまま母さんはテレビ画面と対話をし始めたので、俺はそのままフェードアウトすることとした。画面をタップし通話終了、と。
「…………ん?」
――田村さぁぁぁぁぁぁんん!!
本当に誰なんだよ田村さん。普通に忘れてけどさ!
……まあいいか、なんか適当に買っていくことにしよう。それで許してくれタムさん。
俺はポケットにスマホをしまって付近を見て回った。
すると、背中をつんと突かれた。
「蒼希、じゃま」
振り向くと、風呂上がりで浴衣姿の酒井が立っていた。
「ああ、酒井……」
藤川との件が気になった。でも、果たして突っ込んでいいものか……。
俺がそう頭を悩ませていると、
「何」
「い、いや……藤川とは……その、なんか喋ったの?」
「ん、聞いてないんだ」
「え、何が?」
「……告白の返事は……待ってもらってるの」
酒井は恥ずかしそうに顔を俯けながら指を交差させる。
彼女の気持ち、少しわかる気がする。
大好きだった相手に突然告白されて、酒井も戸惑っているんだろう。
少し、冷静になる時間が必要なのかもしれない。元々気持ちを素直に出すタイプの子でもないしな。
「……そっか。……嬉しくは、ないの?」
「んー……それは、やっぱり嬉しいけど……」
「だったら、大いに悩んだらいいよ。いっぱい考えた後にさ、ちゃんと藤川にその想いを伝えてあげよう。……そしたら、あいつは喜ぶさ」
「……そうだね、ありがとう蒼希。結構いいことを言うんだね」
「ね、びっくりだわ」
「あはは、何それ」
俺たちは二人で笑い合った。
同じ境遇の酒井と、こうして恋愛トークができるのは凄く楽しかった。
「蒼希はさ、花ちゃんのことが好きなんだよね」
「ははっ、あたりまえじゃん」
「あれ、案外素直だね」
酒井が目を丸くする。
――し、しまった!
てっきり同じ想い人を持つ者同士勝手に秘密を共有した仲みたいな感じになってたけど、よくよく考えたら酒井は俺の好きな人をまだ知らないんだった!
「…………今のは、忘れてくれ」
「いや、無理だよ。っていうか見てればわかるし」
「…………」
「好きなんでしょ?」
悪戯な笑みを浮かべながら、酒井が得意げな表情をする。
今日の酒井は少し大人の魅力を感じる、背はかなり小さいけど。
「ち、違う……そんなんじゃ」
ここで下手くそな嘘をついてしまうのも俺らしい。
「……素直になるのって、やっぱり難しいよね」
彼女にそう言われて、もう逃げられないということを核心する。
もう小細工する必要もないだろう。とっくにバレてる。
「……なんでそんなこと、わかるんだよ」
でもやっぱり俺である。
「やっぱ好きなんじゃん」
くすりと笑って、彼女は土産品に手を伸ばす。
「あっ、そーゆー捕らえかたするわけか! 意地悪だなお前!」
「なに言ってんのー。君が勝手に言ったんじゃない」
「俺が言ったのはそーゆー意味じゃ……」
「素直になりなよ、蒼希くん」
酒井が土産棚の中から取りだした人形をこちらに向けながらに言う。
真面目で大人しい印象だった酒井のユニークな面も相俟って、人形に隠れた酒井の笑った顔がキラキラと輝いて見える
だが――。
「……へんなもんを向けるなよ」
「へんなもん……?」
酒井は一度頭を傾けてから自らが持つ緑の人形に視線を落とす。
そう――全身グリーンに姿に、いやらしい目元。北海道生まれの股間がもっこりしたあいつである。
正直、こいつがなぜ生まれることとなったのか、まったくわからない。
全然かわいくないだろ、これ。というかもっぱら下ネタだよね、存在自体が下ネタの変態キャラクターだよね。
何エロそうな目して頬を染めながらもっこりしてんだよ変態、あとこっちみんな。
きっと制作側も皆変態だよ。もっこりしながら作ってんだよ。だからもっこりしてんだよ。制作側のもっこりが移ってもっこりになっちゃたんだろ。もうもこもこだよ。いっそもこみてぃーだよ!!
「え、なに……? そんなに変な人形なの?」
「え、マジで知らないの? 過半部よーく見てみ」
腰に手を当ててニヤニヤするグリーンもっこりマンの下半身――つまりもっこり部をじーっと見つめてから、
「何これ」
「それ、引っ張ってみ」
俺は笑いながらもっこり部を指差す。
「この丸いの? 引っ張るの?」
クエスチョンマークを浮かべながら彼女はやさしく膨らみをつまみ、引っ張る。白い線がもっこり部と全身グリーンマンを繋ぐ。
「離してみ」
「?」
俺に言われるがまま酒井は手を離すと、本体が激しく痙攣した。
緑の膨らみが少しずつ彼の元へと戻って行く。
――一体、何が目的なんだ。この商品。
「なにこれ、面白い」
「いや酒井さん、それはマズイよ」
そう言わずにはいられない。俺は吹き出しそうになるのをなんとか耐えながら言う。
「なんでマズイの?」
「タグ見てみれば」
酒井は不思議そうにタグを摘まんで目を細めた。
「…………」
だんまり。
徐々に酒井の耳が真っ赤に染まっていく。彼女はすぐに同志が沢山並ぶ棚へと緑の人を投げつける。俺たちの視線の先には数百のニヤついたあの目が。恐怖である。
「な、なんてことを……やらすのよっ」
「だって面白いんだもん、酒井」
「むっ……蒼希はそんな風じゃないと思ってたのに、流石は飛谷の仲間」
軽蔑するような瞳で、酒井が睨みつけてくる。どうやら健治の仲間という肩書きは女子たちに対してマイナスの効果しか生まないらしい。
「健治程じゃない! でもそうだよな、酒井は健治によくいじられてたもんな」
「蒼希だってニヤニヤしてたくせにっ! ……一緒だっ」
「痛いところを突くね、あなたは」
俺たちが笑い合っていると、前方に見覚えのある後ろ姿。
――花だ。俺はつい目で追いかけてしまう。
「あれ花ちゃんじゃない? ……行けば?」
「なんでよ、別にいいよ」
「行けばいいのに……」
なにやら不満そうにする酒井。俺たちが花に注目していると、花の隣に藤川がやってきた。二人はそのまま土産棚を眺めながら立ち話を始める。
「あれ、藤川じゃね」
「……う、うん」
「いや行きなよ」
「や、やだ」
俺たちはなぜか二人で同時に溜息をついた。
「……何か話せるかもよ」
「な、なんでよ……蒼希だって、花ちゃんと話せばいいじゃん」
「だ、だから俺は……」
「またそんなこと言って!」
お互いに一歩を踏み出せない二人。なんだかんだで俺たちは似てる気がした。
それにしても……花と藤川は一体何を話しているんだ……?
あ……、花笑った。
クソッ、藤川め……爽やかな笑顔しやがって。イケメンなんだからお前はもう少し周りに気を配ってくれよ。うっかり女の子のハートをすべて盗んで行っちゃいそうだ!
ああ、本当に、お前が花を好きでなくてよかったよ!
気付けば俺は隣の酒井のことなど忘れ、土産棚に隠れながら和やかに談笑する二人に瞳を奪われていた。
「……すっごい見つめてるじゃん。やっぱり気になるんでしょ?」
「なっ……か、勝手に人の視線を見るんじゃない!」
「気持ち悪い……」
「キモくない!」
いや……キモいか。
「…………まあ、蒼希が気になるっていうんなら、手伝ってあげても、いいけど?」
「……は?」
次の瞬間には俺と酒井は土産棚に身を隠して、前方の花と藤川を捕らえていた。
恋するストーカーペアの誕生である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます