第41話 超特急告白

 酒井がぽかんとしたまま百瀬先生から目前の藤川へと視線を移す。少しずつこの場の注目は藤川に集まっていく。

 藤川は徐々に頬を染めていき――。


「……すっ、好きだっ!…………酒井のこと、俺……好きだよ!」


 ――えぇぇぇぇぇぇッ!!


 藤川の突然の告白に、当然辺りは静まり返った。

 次第に、俺の心臓がどくんどくんと高鳴っていく。


 ――い、今……好きって……言ったよな? 告白……なんだよね?

 こいつすげぇ!! 今の流れからの告白は普通出来ない!


「……なっ、何よ……一体……何を言ってっ」


 困惑した面持ちで唇を震わせる酒井。次第に顔が赤く染まっていく。

 目を泳がせまくる酒井と、戸惑いを隠しきれない俺と花。微笑ましい表情の百瀬先生。このテーブルにはありったけの混沌が降りかかっているのだった。


 そんな中、藤川が困ったように俺に視線を向けて、


「い、言っちゃった……」


 おそらく高ぶった感情に任せたまま口走ってしまったんだろう。


「わ、わわわわたし……よくわかんないっ!!」


 酒井は急に席を立ち上がり、隣の花を押しのけて走り出した。


「あ、酒井! 待ってよ!」


 続いて藤川も、俺と百瀬先生を押しのけて酒井を追った。


 取り残された俺たち三人は、お互いの顔を見合ってから、


「……せ、先生があんなこと言うからですよ」


「えぇ~? 私気がありそうって言っただけよ? 突然告白したのはあの子でしょう。いいじゃない、かわいくて~……はあ、青春羨ましいわあ」


「藤川君と夕ちゃん……追いかけなくていいのかな」


 ぼやく花に百瀬先生がくすりと笑う。


「ふふ、大丈夫よ」


 そして彼女は俺と花を見つめてから、再び微笑んだ。


「ふふっ、あなたたちもかわいいけどね。そうよね……確か幼な――」


「わっー!! わっー!!」


「……?」


 いつしか花と幼なじみであることを悩んでいると相談したことを思い出した。

 そんなこと知られたら、恥ずかしくて死ねるね!


「ふふっ……照れちゃって、かわいいのね」


「な、なんで俺が照れる必要が……!」


 熱を持った耳のまま俺は反論する。


「楽しかったわ。じゃあ先生はこのへんで。微笑ましくてじれったいお二人さん。さようなら~」


 百瀬先生は手のひらをひらひらとさせて、席から立ち上がった。


「……ははっ、何言ってるんだろうな、あの人は」


 とりあえず笑う俺。目の前の花は顔を俯けたまま黙り込んでいた。


 先生の言った『じれったい』という言葉は、間違いなく俺と花のことだった。それは間違いなく彼女の耳にも入っているはずで。


 その……なんだか、妙な感じになるのだ。


「……藤川くんって、夕ちゃんのことが……好きだったんだ」


 ほんのり頬を染めた花がテーブルに載せた手をいじりながら俺を一瞥。


「……うん。いきなり……その藤川が告白したのはビックリだったけど」


「藤川くん……顔真っ赤だったね。夕ちゃんも……二人とも」


「そうだね」


「……なんか、かわいかった」


「え? あの二人?」


「……付き合うのかな? あの二人」


「どうだろね、お似合いな気もするけど」


 俺たちはどうなんだろう、とつい聞きたくなってしまう。

 もしそう言ったら、花はなんと答えるだろうか。


「いいなー」


「……」


 藤川と酒井の関係を羨ましがる彼女の表情を見て、俺は胸の奥がもやもやした。何も言えなかった。


 ――例えば、今ここで俺が告白したとしたら。


 花は……なんて言う?


 俺たちは幼なじみだけど……もしお互い好き同士だったら、恋人になれるのかな?

 逆に、もし花が俺のことを好きじゃなかったら……俺たちはどうなるのかな。

 ちょっと前の何も喋らない関係になってしまうんだろうか。

 せっかくこうして仲良しに戻れたのに。……それが少し怖い。


「……どーしたの?」


 気が付くと、顔を傾けた花が視界に入った。


「ああ、いや……なんでも」


 俺がそう呟いたとき、花の背後からミッチーペア&健治ペアが近寄って来た。

 健治が景気の良さそうな顔で、


「よぉ! オヒサ!」


「健治。藤川と酒井見なかった?」


「あ? あっちのベンチで二人で喋ってたけど…………なんなんだ、あれは」


 すると健治が隣のミッチーの肩をバンバンと叩いて、


「てゆーかさ! おい蝶、コイツ見てみ!?」


 ミッチーはうんざりした顔で健治の手を邪険に振り払った。


「妙に痩せたな……ミッチー。お前なんかごぼうみたいだぞ」


「……他にいい例えはないのかよ。何がごぼうだよ。ワザととしか考えられないんだが……お前みたいな脳天気な野郎にはわからないかもしれないけどな……そういうの、傷付く人は傷付くんだぜ? ああ、実際今俺は胸が張り裂けそうだ…………毛穴の数に比例するほどの傷が俺のハートを刻み込んでいく」


「いや、どういうことだよそれは」


 このネガティブな過剰反応……。間違いなくミッチーである。気分が沈んでるせいか、いつもより相当酷いことになっている。


「花は? 蒼希の指導でちょっとは滑れるよーになったわけ!?」

「あーあ、私は花と組みたかったのになー」


 花の背後から抱きつく中嶋と佐藤。花は満足そうに微笑んだ。


「むっふっふ……もうバッチリだよ!」


「ホントかー!? だったらあとでちょっと見せてもらおうかなあ!」


 はしゃぐ中嶋たちを引き入れて、俺たちはそのまま休憩することにした。



 中嶋がミッチーの肩をベシベシ叩きながら笑う。


「それでさー、コイツ、なんて言ったと思う?」


 一方で生気を感じない表情を浮かべるミッチー。彼に一体何があったというのだろうか。

 我々はその一部始終を知ることとなる。


 * * *


 ミッチー中嶋コンビ 初級コース入り口にて


「ふっ……俺の実力に合った下り坂は……この地球上に存在しないというのにな。……どうやらダメみたいだな、ココも。はぁ……とてもガッカリだぜ……ふっ」


「いやいや、脚ガクブルさせて何言ってんの。それに何回鼻で笑ってんのよ。……因みにここ、めっちゃ緩やかなお子ちゃま用のコースだからね。見なよ、アンタよりずっと小さい子がほら……」


 中嶋が前方を指差す。彼らよりもずっと小さな子供たちが猛烈なスピードで目の前を通りすぎていったらしい。


「まったく…………最近の若いのはアレだよな。調子をこいている。やれ腰パンだ、なんだ、って……のわぁ!! 押すな押すな、一体何をするつもりだぁ!」


「いいから黙って早く行けオラ。あ?」


「え! ちょっと待ってくれ! なんだお前、その顔は! えぇ……恐ッ! ちょっと……マジでそれだけはぁぁぁっ!!」


 * * *


「そしてその男は伝説に……」


「死んでねぇよ!!」


 語り終えた健治に、ミッチーの生気の篭ったツッコミが炸裂する。


「てゆーかさ、ウチ『早くいけオラ。あ?』なんて言ってないし! 三井を被害者ぶらせて話膨らませないでよ!」


「いや、たしかに嘘も混じってるがフライキャニオンの言うこともあながち間違ってはいない。……そう、あのときのお前の顔は物語っていたんだ。なんだコラ、あ? みたいな。せっかく作った長文メールの返信が“あ?”だけだったみたいな……そんな恐怖に満ち足りた悪魔のような……」


「一体どんな顔だよ」


 俺は呆れてツッコミを入れる。

 たわいもない話で盛り上がっていると、ようやくして藤川と酒井が戻ってきた。


「……あ、おかえり」


 気まずさ最高峰である。修羅場という奴なのでは?

 とりあえず触れないでいたほうがいいのか?

 俺は両手を叩いて席を立った。


「よし、とりあえずみんな揃ったし何か食べようか。はい藤川も酒井も座ってさ」


 俺たち八人は再び席に着くと、それぞれ注文をして料理に食らいつく。

 食事中何度か健治が藤川と酒井の間を突こうとしたが、俺がなんとか話題を反らした。ミッチーは無言でカレー食ってた。


 昼食後、女子陣の提案で初心者も滑れるようになったことだし、午後からは男女別にしようという提案が上がり、俺たちは賛成した。

 ミッチーがニヤニヤしていたのが気持ち悪かった。お前はずっとカレー食ってろ。



 そして俺たち男子陣は、明日滑る予定の中級者コースの下見も兼ね、一足先にゲレンデの中部に訪れていた。


「こっ……ここ、こここ……ここっ……」


「なんだニワトリ」


「ここが未知の中級か!!」


 鶏のようになった健治が、一人で盛り上がる。


「なぁ……マジ行くのか? バタフライ……なあなあ」


 隣のミッチーが、震えながら俺の裾を引っ張る。何なあなあ言ってんだよ。カレー臭えんだよ。


「ミッチーカレー臭いって……あんま寄んな」


「ひ、ひでぇ……バタフライのくせに! お前なんか人間じゃねえ! 臭いには人一倍気を遣っているというのに……制汗剤スプレーで口内もリフレッシュしたっていうのに!」


「お前……それは色々ヤバい奴だぞ。医学的に。せめてフリスクとかにしとけ」


「あー今のは微妙だわ。何そのツッコミ。なってない。なってないわー……24点だわ、今の」


「どういう審査基準なんだよ」


 俺のツッコミに勝手に審査し始める健治を放って、俺はぼうっと虚空を見つめたままの藤川に近寄る。


「藤川、どーした」


「ううん、別に? 早く行こう! 男同士だから、存分に滑れるね!」


 藤川はにこりと笑ってから、額のゴーグルで目元を隠した。


「ああ、健治もそこそこまでになったって言うし、ミッチーもなんとかなるでしょ」


「なあなあ……バタフライ。カレー臭いのってどうやったら治るんだ? フリスクで口いっぱいにすればいいのか? 匂いそれで取れるか? なあ、なあ」


 ――大人しく歯磨きしろ。


 * * *


「……くそっー、負けた! 蒼希早い! ウェーデルンも上手だし!」


「まぁ……ちっちゃい頃からやってるしね。藤川だって凄い上手じゃない。……ってかあれは……なんだ?」


「ギャクか? これツッコミ入れたほうがいいのか?」


 いつの間にやら人並みレベルのスキルを手にした健治が、俺たちの元にやって来て、三人でゲレンデの山側を見上げる。


 その視線の先には……。


 ――ミッチーが……膝を抱える形のままスッ――と坂を真っすぐ降りてくる。


 そう、まるでいじけたとき彼がそうするように。体育座りで尻だけ浮かせたまま、真っ直ぐと坂を下ってくる。


「…………………」


 やがて俺たちの前に到着し、ミッチーはすっと立ち上がった。


「なんだよ、そのふざけた視線はよ……三人揃ってキモいな」


「「いや……なんなのそれ」」


 三人のツッコミの声が見事にハモった。


「あぁ……この滑りスタイルのことか……俺は革命を起こそうと思っているんだ。……それなのになんだよお前達は。そんな教科書通りのスタイルで何が面白いというんだ?」


「じゃあ盛大にその華麗なる滑りを流行らせてこい! おらっ!」


 健治が呆れた顔でミッチーの背中を思い切り押す。するとミッチーは反動で真っ直ぐ進み続ける。


「てめえっ!! くっ……くそっ!」


 動き始めると、ミッチーは再び身体を丸めて例のスタイルにシフトチェンジ。


「アッハッハ! あいつ真っすぐにしか進めなければブレーキすら出来ないぞっ! バカだ、大バカだ!」


「中嶋の奴……ミッチーで相当遊んだな、こりゃ」


 俺と藤川は顔を見合わせると、大きく溜息をついた。

 その後も普通の滑り方を教授する俺と藤川の頑張り虚しく、ミッチーの滑りは一切直らなかった。寧ろもうこれミッチースタイルでいいじゃん、マジカッコイイよ。最高だよという流れになった。


 褒められた当人はやけに嬉しそうにしていた。

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