第24話 バタフライとミッチー

 班内のメンバーも無事決まり、放課後になった。

 花の洗濯物を持ってきているから、なんとしても花と二人きりの時間を作らないといけない。


 帰りの挨拶と共に、教室中の生徒が椅子から立ち上がる音が響く。

 俺は鞄を背負って花に視線を注ぐ。

 しかし――。


「花~、今日部活ないし、一緒に帰れるよ! 亜由美は?」


「ごめん、今日ダメなの。二人で帰って」


 中嶋が机に駆け寄り、花の腕をぎゅっと掴んだ。どうやら今日はテニス部は休みらしい。佐藤は手をひらひらとさせる。


 その光景を見て、俺は踵を返す。

 この数日間花を独り占めしてた。でも、彼女にだって付き合いがあるだろう。

 鞄を背負った健治に、声をかけると、


「わり、今日は用事あって俺速効で帰るから。走るわ、じゃな!」


 片手をぴっと立てて、教室から走り去っていった。

 今度は、ふと藤川と目が合った。

 俺はバットを振るマネをしてみた。『今日部活?』という意味だ。


 しかし藤川。笑顔でなぜかエアボールを投げ返してきた。

 ノリがいいのは大変ありがたいのだが、そうじゃない。案外天然気質なのかもしれない。


「違う違う、藤川。今日部活あるのか、って意味だ」


「あ! そーいうことね! 今日は部活だね」


「そうかー」


 せっかく同じ班になるんだし、もう少し班のみんなと仲良くできたらよかったのだが、部活ならしかたない。暇人は俺くらいだろう。


「なんで?」


「いや、一緒に帰ろっかなーって思っただけ」


「おー、誘ってくれんの!? それ凄い嬉しい! でもごめん、気持ちだけもらっとくね!」


 ――笑顔が眩しい。キラキラしている。太陽のようだ。

 何? 藤川くん男の俺を落とすつもりなわけ? それなんてBL《ボーイズ・ラブ》?

 男女どちらからも好かれる人懐こい性格と、爽やかな雰囲気は自然と俺の頬を緩めた。


「あ、三井は? あいつ誘ってあげてよ」


「……三井」


 自席で窓を眺め、黄昏れていた三井と一瞬目が合った。


「おお、わかった。聞いてみるよ、ありがとな、部活……頑張って」


 藤川は笑顔で手を振って、大きめのエナメルバッグを肩に掲げて去って行った。


 三井の机の前まで歩く。

 ――あれ。なんで寝てんの? さっき普通に目合ったよね?

 三井は顔を机に突っ伏して、不自然な寝息を立てている。俺の視界には綺麗に整えられた黒光りするオールバックしか映らない。


「おいっ」


 軽く肩を揺する。


「ん……? あ、あぁ……ふぁ~あ」


 三井がわざとらしくあくびをして、大きく伸びをする。

 狸寝入りだろ、完全に。この流れいる? なんで寝る必要があったんだお前。


 そこで俺は閃いた。もしかしてこいつ……。

 ぼっちが――寂しいんじゃないか。

 さっきの俺と藤川との会話も聞いていたんだろう。俺がここに来ることもわかっていた。狸寝入りをすることで俺は別に「お前のことなんか別に知らないんだからな」的なツンデレ対応を取っているというわけか?

 実は一緒に帰りたいと思っているのに、素直に言えないから?


 俺と同じ……だと! ミ、ミッチー……。お前は、俺と仲良くなれる。

 オーケーわかった。お前が待ちのタイプなら俺が誘ってやろうじゃないか。


「起きたか?」


「あ、あぁ……クソ眠みぃ。ああ、眠いわー」


 まあいい。お前はたった今起きた。そういうことにしておいてやる。ちょい前に目が合ったことなんて忘れてやるよ。


「三井、今日一緒に帰ろーぜ」


「なっ――な、ななな、なんでだよ……! 誰がてめえなんかと!」


 かなりの動揺を見せる三井。かなり面倒くさいやつらしい。でも放ってはおけない。俺たちは――同士だ!


「でも、お前も一人で帰るんだろ? 帰りのルート一緒だし、別にいいじゃん」


「………っ」


 途端に言い返せなくなる三井。唇を噛みしめながらだんまりである。

 多分口喧嘩弱いタイプだ。


 三井は俺の言葉に返答することもなく立ち上がり、そそくさと教室を出て行く。


「おいおい。なんか言えよ。まったく、何考えてんだか」


 三井に置いていかれた。薄情なやつである。仕方なく一人で帰ろうと鞄を担ぎ直す俺に――入り口から怪しい視線。


「何……見てんだよ」


 あれだけ早足だったのに、三井はドアに隠れて俺を凝視していた。

 一応待ってくれていたらしい。


「明日への――希望に決まってんだろ」


「は? 何言ってんの、お前」


「るっせえ、お前なんか帰れ!」


 三井は吐き捨てるように言って、冷たい瞳で俺を一瞥した。

 言われなくても帰るわ。ていうか俺のこと絶対待ってたやん。完全に。


 * * *


「結局一緒に帰ってるじゃん」


「は? 何言ってる、お前が勝手に着いて来てるだけだろ」


 三井は靴を履く間だってしっかり待っててくれるいい子である。外見とは裏腹に。

 俺たちは下駄箱で靴を履き替えて、外に出る。


 学校外の信号待ちをしていたときだった。


「……なあ」


「…………あんだよ」


 三井は俺の一語一句にわざわざきょどる。何をそんなに臆病になっているのか。


「ミッチーって……呼んでもいいか?」


「ミ、ミッチー…? 俺を? それは三井だからか?」


 妙に頬を上げていて、嬉しそうだった。


「ああ。俺のことも蝶って呼んでくれていいよ」


「ふ、ふざけんなっ……そーゆうのはだな、ちゃんと友情が芽生えてからっていうか……そーやって聞くようなことじゃなくて……こう自然に、だな」


 何やらぶつぶつ言い始めるミッチーさん。


「いいだろ別に。男同士なんだし、その辺テキトーにいこうぜ、ミッチー」


「な! お、おまっ……マジでそう呼ぶつもりかよ……ホントかよぉ、チッ」


 舌打ちをしながら、ニヤニヤと頬を上げていく奇妙な男。

 どうやら愛称を気に入ってくれた……のか?


「おい、青になったぞミッチー」


「あぁ、じゃあ行こうぜ……バ、バタフライ」


 ――なんて?

 バタフライ? 何、これスルーべきところなのか?

 いやめっちゃ気になるよ? なんで英語にしたの? 謎でしかないだろ。


「バタフライってなんだよ」


 結局聞いた。地味に返答が怖い。


「……い、嫌か?」


 しょんぼりした顔で、ミッチーは肩を落としながら聞いてくる。


「え、いや……別に嫌ではないんだけど」


「ならいちいち指摘してくるんじゃねえ! そんなことを言っていると、俺の中の友達ポイントが急降下するぜ、バタフライ」


 俺たちはかみ合わない会話を続けながら、ヒロユキのいる公園に差し掛かる。


「……犬だ!」


 ミッチーが瞳の色を輝かせながら、子供のような顔になる。


「あぁ、ヒロユキって言うんだよ。いつもこの公園にいて――っておい!」


 口を開けたままのミッチーが、ヒロユキの元へ駆けていく。ガキかこいつは。

 そのまま彼は鞄を開き、何やら取り出す。

 プラスチックの餌入れにドッグフードを山盛りに詰めて、ヒロユキに差し出す。


「ほら、食えよ」


 ヒロユキは差し出された餌を遠慮無くガツガツと頬張る。ミッチーはそれを座ってずっと眺めていた。


「お前、見かけによらずいいやつなんだな」


「は? なんでそうなる。俺の鞄にたまたまあっただけだ。邪魔なんだよこの餌」


 なんで常に犬の餌持ち歩いてんだよ。ちらりと開いたままの彼の鞄を一瞥すると、

他にも猫や鳥、金魚の餌のパッケージまで確認できた。かなりの生き物好きらしい。


 ヒロユキは満腹になると、その場でお腹を見せながら眠った。


「……ふっ」


 ミッチーがほくそ笑む。端から見たらかなり奇妙である。


「ミッチー……」


「……あ!? なんだよてめぇ! 不細工な顔だなーって見てただけじゃねえか! ……べ、別にかわいいなんて思ってねぇから、マジで! おい、バタフライ。なんだよその顔はよ……マジでマジだからなッ!! おらっ、さっさと行くぞ」


「はは、じゃあ行きますかー」


「チッ……マジお前はなんだよ。俺を狂わせやがるぜ、お前は」


「どんな風に生きてきたらそんなセリフが口から出るんだよ」


 公園を後にして、しばらく歩いてからミッチーが突然足を止めた。


「じゃあ、俺こっちだから」


「ああ、じゃあな」


 手を振る。


「……じゃ、行くわ」


「……? うん」


 ミッチー歩き出す。しかし、わりとすぐに振り返ってきた。


「行くわ」


「はよ行けやっ!」


 流石にツッコミを入れた。

 その後もミッチーはチラチラと振り返ってくる。俺は彼の姿が見えなくなるまで、その寂しげな背中を見送ってやった。


 ようやく彼の姿が消えたのとき、彼の振り返った回数はなんと14回だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る