第22話 これはでーと?
午後四時の過ごしやすい天気に、つい頬が緩む。気持ちのいい風が、身体の隙間を通り抜けて、俺はそっと瞼を閉じた。
――ああ、最高かよ。
花とお出かけ。お互い私服なのが新鮮だ。ちらりと横を歩く彼女を見ようとしたら――おばさん。え、なんで!?
花は後方を歩いていた。じっと俺を見た花は、風に靡く髪を押さえて声を上げる。
「ちょ、ちょっと……早いよ。ま、待ってー」
「……あ、ごめん」
歩くスピードが大分違っていたらしい。精一杯駆けてくる花を待つ。
この光景に、俺は既視感を覚えた。幼顔の泣きべそ花が思い浮かぶ。
――懐かしいような、でも新鮮な。大きくなった俺たちのお使い。
「ふわっ!!」
突然、つま先を地面に引っかけて、花が体勢を崩した。
「おっと」
俺はほとんど反射的に身体を低めて、花の身体をぎゅっと抱きしめた。
ぽすんと花の小さな顔が、俺の胸に埋まる。
「だ、大丈夫……?」
「……う、うんっ」
家に帰ったときにシャワーでも浴びたのだろう。彼女のふわりと広がる美しい髪から、新しいシャンプーの匂いが香った。残り香と共に花が身を引く。
俺たちは再び歩き出す。何事もなかったかのように、耳を赤くしながら。
* * *
「やっぱ人凄いね、土曜だと」
俺たちはショッピングモールへやってきていた。二年ほど前に駅に併設する形で建てられたレジャースポットである。
洋服や書籍、食材はもちろん、生活必需品はなんでも揃う。それに加えて、映画館や芸能人のミニライブなんかも行われるこの場所は、人でごった返していた。
花が人混みを眺めながら頬を緩める。
「迷子にならないでよね」
「あれ、ちょっとまって。俺相当バカにされてない? 今の」
「何回か迷子センターに迎えに行ったことある気がするんだけどな~」
「残念、その経験俺にだってありますから」
「それは……ち、蝶が勝手にどっか行っちゃったからで――」
「いいからいいから、早く行こう。暗くなっちゃうよ」
「なんか……バカにされてる気がする」
「お互い様でしょ」
ぷくっと頬を膨らませる花を笑ってから、歩を進める。
隣を歩いている花との間に様々な人がてめそれワザとか! という具合に入り込んできて、俺たちはときに引き裂かれたりしながら人混みの隙間を縫って歩く。
後ろを振り返り、ちゃんと花がいるか確認する。
「大丈夫? ちゃんと着いて来てる?」
「待って……」
シャツの裾が、くいっと引かれる。
「……はぐれちゃう」
視線を落とす。遠慮しがちに花がシャツをつまんでいた。
――なん……だと。袖……だと。萌える……これは萌えるぞ。
じわりと背中に汗が噴き出るのを感じる。
――これ、手とか繋いじゃってもいいんじゃないか。
息を飲み込む。きっと今ここで手を繋いでも周囲の人間は不自然には感じないだろう。カップルだと思われるだけだ。
――カップル。カポー。…………なんという幸せな響きなんだァ!
小さいときみたいにそっと手に触れたら、繋ぎ返してくれそうとか、そんな淡い期待をしてしまう。
――手、近づけてみるか。
花の手に、少しずつ俺の手を近づける。
「…………」
「あっ、えっと……ここにしよ!」
「……えっ、あ、はい」
花は俺の袖に触れていた事実を誤魔化すように、手を離して目の前に見えるメンズ・カジュアルファッション店を指差した。
洋楽の流れる小洒落た店内を俺たちは進んでいく。
言っておくが、俺は一人でこんな洒落た店などに来ない。服と言えば、デパートの安売りセール品を適当に見繕うだけだ。基本的にあんまりイケイケしい店にはこない主義の俺である。緊張するからね。因みに美容院も嫌い。
店内に展示されるマネキンファッションショーを眺めていると、腕を組んで顎に手をやる花が、
「ん~と……うん! ちょっとここで待っててね!」
にこりと笑って、そそくさとどこかへ行ってしまう。
「……えー、置き去りっすか」
唯一の心のよりどころがいなくなって、不安な気持ちになる。
一人になった俺が、正面にあるマネキンくんの指をひん曲げたりして遊んでいると――。
店員が、俺の背後でやたら咳払いをしながら、少しずつ距離を詰めてくる。
別に人見知りというわけではないが、服屋で店員に話しかけられるのは苦手だ。
ふと視線を落とす。――マネキンの指っ!!
通常の人間だったら完全に骨がバキバキになるほど歪にねじ曲がっている。小学生低学年のような俺の行動が、さらに己を辱める。
俺は瞬時に指から服の値札へとスライドし、どれどれといった表情で眺める。
――さあ、消えろ! 俺はただ服の値段を調べているだけだ。好きにさせてくれ、買い物くらい!
「どのような物をお探しですか?」
来ちゃったよ。
「……そうっすね」
こういう洒落た店に来ると、気の利いた言葉の一つや二つ言えないとダメみたいな空気が辺りに広がっている気がして俺は嫌だ。
「思わず……おぉ~! って称賛したくなるようなのがいいっすかね」
何を言っているんだ、俺は。
「……称賛、ですか。これなんてどうでしょうか」
俺のわけわからんトークに乗ってくる店員。分厚い黒革のファー付きジャケットを勧めてくる。なんだこのギャル男御用達みたいなのは。6万なんだけどこれ。
「あぁ、なるほどなるほど……ここが、あぁ~そういうことね」
なぜか語り出す俺。服の細部を褒め始める。……花早く帰ってきて。
「ご試着なさいますか……?」
本格的に面倒くさい方向になってきた。
「そ、そっすね……」
「ではコチラに」
うわぁぁぁぁもうめんどくせええ!! 普通に断れよ、俺。なんでできない!
そう思いつつ、厳ついジャケットを持った店員の後に続く俺だった。
「あれ、蒼希?」
俺を呼び止める声。自動扉の外に顔を向けると、そこには。
「……藤川」
爽やか系男子、野球部の
藤川が、店員の持つ厳ついジャケットを一瞥する。
「服、買うの?」
「いや、違う」
「え、違うの?」
「いや、違くないけど、違うんだ」
「なんだよ、それ」
藤川が笑う。イケメンかよ。こいつイケメンかよ。お前にやるよこのジャケット。
まだ新クラスになってちゃんと喋ったこともないからか、不自然な会話になってしまうのは致し方ない。
「なんでそんなきょどってんのさ、いいじゃん堂々としてれば。人のセンスなんてそれぞれなんだし」
藤川が俺の奇抜な行動を可笑しく思ったのか、吹き出した。
「……藤川は? 部活の帰り?」
「練習試合の帰りだよ。ここ帰り道だからさ。そしたら蒼希が見えたから。……ってか一人?」
藤川が周囲をきょろきょろ見渡しながら言う。
――そうだ。花と二人きりだった。
心臓の鼓動が途端に加速する。
花と一緒にいる姿を見られるのが……なんだか恥ずかしい。
「具合悪いの? 平気?」
「あーっと……」
悩み始める俺に、横から声。
「あ、あれっ!? 藤川君」
「お、赤希だ。……ってことは……」
藤川が花から目線を俺に泳がせて、にやりと唇を上げた。そのまま俺の耳元で、
「デート、楽しんで」
もちろん花には聞こえないくらいの声量で。
「じゃ、俺行くから。じゃね二人とも。月曜日また学校で」
藤川は笑顔で手を振りながら、店を出た。
――イケメンかよぉ!!
俺と花は藤川を見送って、ついでにギャル男ジャケットも断った。
ようやく花に目を向ける。彼女はいくつか洋服を抱えていた。
「藤川くん、なんて言ってたの?」
「えっ!?」
「さっき耳元で何か言ってなかった?」
「いや、特に……?」
「ふ、ふーん」
妙な空気が俺たちの間に流れる。
「あっ、そうだ。こ、これ……着てみてっ!」
気まずい空気を吹き飛ばすように、花は洋服の束を、ぎゅっと俺の胸に押しつけてくる。
「……これ、全部?」
「……嫌?」
「そんなことない! 着るよ」
身体を回した花が、試着室を指差した。店員に一礼をしてから中へ。
「着替えたら見せてね」
カーテンの向こう側から、内緒話のような花の声。
布で遮られているとはいえ、花の前で服を脱ぐのか。なんかあれだ。背徳的だな。
俺は妙に緊張した面持ちで、彼女の持ってきてくれたカットソーと、テーラードジャケットを羽織る。シンプルでかつお洒落。これぞ最強。
鏡の前で何度かポーズを取ってみる。ふむ……着られてる感が半端ない気もするが、なかなかお洒落なのでは?
花の前で見せる表情をいくつか作ってから、俺はカーテンをスライドさせる。
「キャ」
「のわっ」
カーテンの真ん前で突っ立っていた花が、突然驚いたように身をビクッとさせる。
「近っ、何、覗きでもしてたの?」
「ち、違うよ!」
「……で、どうかな。これ。サイズはピッタリだった」
「…………いい」
「え?」
「あっ、とっても似合ってると思うよ! 次! 次の着てみて」
「よしきた、待ってて!」
テンションが上がっていく。花と一緒に買い物ができて、しかも彼女がセレクトしてくれた洋服を着て、見てもらえるという至福。是非とも今後は彼女の気に入ったファッションセンスを取り込んでいきたいと思う。
いくつか試着を試したが、結局最初に着たジャケットとカットソーを購入。
紙袋を片手に店を出ると、花がにっこり笑って向かいの店へと駆けて行った。
レディース・ファッションショップだった。
「ん~……どーしよー」
花が可愛らしいハイネックニットと、膝上フレアスカートを身体に引っ付けて、鏡をじーっと見つめる。
それを隣で見つめる俺は彼氏面である。――彼氏! 最高の響きだ。
それにしても、花は相当お洒落さんである。いつ洒落っ気が目覚めたのが気になるところだが……。
「どっちも買っちゃえば? ……その、似合ってるよ」
「え? ホントに?」
大きな目をまん丸くさせて、花が首をくいっとこちらに向けてきた。
ファッションについてはよくわからないが、花が着るならなんでも似合っているように思う。それにしても頑張った俺。似合ってるとか言えてよかった俺。
「……じゃあ、今日は奮発して二つ買っちゃおうかな」
「いいんじゃないかな! あれでしょ、女同士点数とかで比較し合うんでしょ」
「何それ! 絶対しないよ、そんなこと! ……似合ってるって、言ってくれたから、だよ」
頬をぽっと染める花。正直堪らない。抱きしめちゃったりしてもいいですか!
そのまま花の買い物は一時間続いた。脚は少しだけ疲れたが、花とずっとたわいない話ができて、俺は嬉しかった。彼女と二人で街に出るなんて、十年ぶりで。
当たり前の話だが、当時の花とは手に取る物も、目を輝かせるものも全然違った。
そんな花の一面を知れたことが、俺の今回一番の収穫だったかもしれない。
* * *
暗がり始めた空の下、出店のクレープ屋で、少し休憩。
「どっちがいい? チョコバナナとストロベリー」
ベンチに座る花に、ストロベリーを差し出しながら聞いてみる。
「ストロベリー!」
「そう言うと思った」
幼いことからイチゴが好きだった花を思い出しながら、俺はクレープを渡した。
俺は彼女の横に腰を下ろして、チョコバナナを口にする。
「おっ、美味い。ここ前から気になってたんだ」
「甘いの結構好きだったもんね」
「よせやい照れる」
「何それ……もう、おかしいっ」
花が俺の行動に一々反応して、笑ってくれたりするのが俺は嬉しかった。
「……それは? 美味しい?」
「美味しいよ! ……食べる?」
すっと彼女の口からとんでもないワードが飛ぶ。……“食べる?”――だと。
そりゃ昔はよくしたものだが、流石にもう高校生だぞ。間接キスというか……その辺の扱いは一体どうなってくるんだ。
昔の感じのまま来るのだというなら、俺は喜んで受け入れさせてもらおう。あくまでも、“幼なじみの特権”を行使させてもらうだけだ。
「えっと……じゃあちょっとだけももらおうかな」
「はいっ」
赤い果実の乗った、香ばしい匂いと共にクレープを俺の口元に持ってきてくれる。
――くっ。…………イイッ。実にイイ。なんだこれ。幸せすぎるだろ俺。
俺はそのまま花が食べかけていた部分に容赦なく齧りつく。
新たな歯形がクレープに残り、俺はもぐもぐと頬を膨らませる。
「あ~! すっごい食べられた!」
「……んへっ? だっで、たべていいっふぇ」
「もう……ちゃんと飲み込んでから、でしょ?」
花が穏やかに微笑んで、俺のハムスターのように膨らんだ頬にそっと指を当てる。
「クリーム……付いてるし。子供みたい」
さりげなく頬に触れられたからか、それについて何も言えなかった。
そんな俺を花がくすくすと笑う。指先に付いたクリームを彼女はぺろりと舐めた。
「ち、違うし!」
「子供だよ、蝶は……ふふ、かわいっ」
――いま、さりげなくかわいいって言ったように聞こえた。しかし俺はタイミングを掴み損なってスルーしてしまう。でも、嬉しかった。
「次、それちょーだい」
「あ、ああ……」
俺が包み紙ごと花に手渡そうとすると――。
「あ~ん」
瞳を閉じて、大きく口を開ける花。
「……食べさせろって?」
「そ、そういうこと聞くかな! わたしはやってあげたのに!」
「はは、ごめんってば……はいっ」
むくれそうになる花の口元に今度は俺がクレープを運ぶ。
もう完全にカップルの立ち振る舞いである。口内のクリームと一緒に、そのうち溶けるかもしれない。
「……チョコ、付いたよ」
「……へ、ほんと? どこ?」
「このへん」
俺は自分の唇の端を指しながら答える。
「……じゃあ、お返しして」
「お返し――」
「……取ってよ」
花が、綺麗な茶色の瞳で真っ直ぐ俺を見つめてくる。
口がぽかんと開いてしまうくらい綺麗な視線に、淡い魔法をかけられて。
俺は彼女のチョコを人差し指で取り去った。
「……はい、取れたよ」
「ありがと」
指先のチョコを見つめながら、俺はぐっと手に力を込める。
花もさっきやってくれたが、やっぱり恥ずかしい。
――舐めるか。……舐めないか。
「指、舐めちゃいなよ……あ、それとも」
花が肩にかけた小さな鞄からハンカチを取りだして、俺に手渡す。
「いいよ、舐める」
俺は彼女の手を拒んでちゅっと指を吸った。
なんか微妙に気まずくなる音である。
俺たちはしばらくベンチでだらりとしながら、景色を眺める。
家族連れはそろそろ帰り始める頃だろう。
「……随分と暗くなっちゃったな」
街ゆく人々の割合は、俄然若い男女が多くなってきた。夜は恋人たちの時間ということらしい。
このロマンチックな空間で、俺と花はどう映っているんだろうか。
花との距離は、ちょうど一人分。決して、恋人の距離ではない。
近すぎず、遠すぎないもどかしい距離。
大人に近づくにつれて、離れていくばかりだと思っていた。縮むことなんてないと思ってた。でも――。今、こんなに近くに。
俺は、もっともっと花との距離を縮めたい。
このベンチの距離も、心の距離も。
俺はそっと身体を滑らせて、花に少しだけ近づく。
花は目の前の人混みに目を取られていて気がついていないらしい。
――いつか、恋人の距離になれるかな。
昔の君じゃない、今の花がもっと知りたい。
一瞬、花と身体が触れた。俺はぴたっと動きを止めて、彼女の横顔を一瞥する。
不自然なくらい真っ直ぐ前を見つめたまま、花は動かなかった。耳が、少し赤い。
そんな彼女を見て、俺の耳も熱くなる。
恥ずかしくて、嬉しくて。でも緊張して。
この甘酸っぱくて歯がゆい時間が――俺は好きだ。
道行く人々はベンチに座る俺たちになんか目もくれない。
きっとみんな自分たちの世界があって、他にかまけているヒマなんてないのだ。
だから、俺は花との二人っきりの時間を大事にしたい。
* * *
「そろそろ、帰ろっか」
「格好いいお洋服、見つかってよかったね」
「花の……おかげだよ」
「そんな、わたしだって……これ」
お互いの紙袋を向け合って、俺たちは目線を反らした。
そんなもだもだしたやり取りをしていると、隣のベンチにカップルが座った。
何やら楽しそうに喋りながら――女が男の膝の上に座り、首に手を回す。
――お、おう。これは見ちゃいけないやつだな。
途端に、カップルの間に甘くて色っぽい雰囲気が漂う。
俺は慌てた動作で花に目配せをする。
「い、行こう」
「……そ、そうだね。行こ行こっ」
花は俺の視線に気が付くと、隣のカップルから瞬時に視線を外した。耳が真っ赤
である。俺たちはそそくさとその場を立ち去った。
とんでもない気まずさである。少しは周りの目を気にして欲しい。
ショッピングモールを出て、俺たちはいつもの帰り道を歩いた。
お互いに会話はなく、頭の中は先ほどのカップルが愛し合う姿ばかりである。
夜空を見上げると、綺麗な星と月の光が瞬いていた。熱のこもった顔を心なしか冷やしてくれる気がする。
空を仰ぎ見ながら進んでいると、横を歩く花から視線を感じた。
「何?」
「髪の毛、何かつけてるの?」
「……ワックス? つけてるけど」
「どうしてつけてるの?」
「……そ、それは、花が化粧をするのと同じ理屈な気がするんだけどな」
「格好よくなりたいってこと?」
「いや、別にそういう…………まあ、いいやそれで」
「なんでそんな投げやりなの」
「別にいいじゃん。そんなにヘン?」
「ううん、そんなことないよ。なんか……男の子っぽい」
遠回しに褒められているような気がして、俺はにやつく頬を抑えられなかった。
軽く談笑しながら夜道を進み、気がつけばもう家の前。
「じゃあ……また明日」
「明日学校ないぞー」
「あ、そうだった!」
日曜日を挟んで、来週また会える。
こんなに月曜日が待ち遠しかったことなんて、過去に一度としてない。
休日を挟んでまた喋れなくなってしまわないといいけど……。
「えっと、今日は……楽しかったです」
花が太ももの前でもじもじしながら、顔を俯ける。
「……俺も、楽しかったよ」
俺たちは見つめ合う。
「……そ、それじゃおやすみなさい」
「うん。また来週、学校で」
照れ笑いを浮かべる花に手を振って、俺たちは別れた。
もう大丈夫だ。俺たちはきっと。花の言葉を頭に反芻させて、俺は自宅へ戻った。
「あら、お帰りなさい!」
やたらご機嫌の表情で、母さんが首元を光らせる。
「見てみて、買って貰っちゃった! シャキーン!」
「擬音としてどうなんだよ、それ」
俺は半ば呆れた顔で、ソファに座る父さんの背中を見つける。
「何、父さん買ってやったの?」
「蝶、母さんに余計なことを言ったな」
「うん、ごめん」
「……おかげさまでこの様だ。かなり泣きたいよ」
使い込まれた革財布を揺らすと、中から一円玉が七枚落ちた。
「まあ、今度奢るよ」
「……しかたないな、父さん優しいから許すとしよう!」
父さんはニッコリ笑って大きな掌で俺の頭をぐしゃぐしゃに撫でた。
「そういやなんだ、今日は花ちゃんとデートだったんだって?」
「いや、デートでは……?」
「ハハハ! 仲良くな」
「そうそう、聞いてよあなた。蝶ってば今朝花ちゃんおんぶしてきたのよ。どうも同じ部屋で寝たみたい。下着も洗濯機にあったし……」
俺と父さんの会話の中に、ニヤついた表情の母さんが割り込む。
「下着――だと? それは花ちゃんのか」
「モチ。これはつまり――」
父さんと母さんは緊張した面持ちで顔を見合わせて、
「「そのうち孫が生まれるかもしれない!」」
「ちょっとマジで静かにしてくれ! 頼むからもう何も言わないでー!」
花ともう一度仲良くなってからというもの、父さんも母さんもなんだか嬉しそうだ。
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