5 二宮さんと塾のセンセ

 塾でも二人の話題が出た。他の学校の生徒が休憩中に映像を止めて話してきた。高浜は付き合っていないと答えた。廊下の自販機で水を買っていると、付き合っているのかと尋ねられ、遅れてきた定本も恨めしそうに聞いてきた。

「マジなんだな?」

「マジだよ。たまたま塾へ行こうとしてたとき一緒になったんだ。そしたら上に何か見えたから行ってみたら鍵が壊れてた」

「で、何かしてないよな」

「するかよ。だいたい俺は好きでもないし、あっちも同じだ」

「でもよ、クリスマス前くらいの受験の前に塾に来ただろう。おまえを追いかけて来たんじゃないか」

「塾にいたのは知らない。何せ俺は個別で鍛えられてたからな」高浜は呆れ気味に「バスケ部で秀才のおまえだぞ。俺なんかと比べるなよ」

「だよな。帰宅部でギリギリ入れたおまえと比べるのもな」

「腹立つな」

 高校受験のときからの付き合いのセンセが歩いてきた。高浜を鍛え上げたセンセだ。いつの間にか鍛え上げられていた。高浜には恩師だ。

「デートの邪魔でもしたか」

「高浜が美人と」定本が高浜を指差して「噂になってるんですよ」

「みんなそんな二宮が好きか」

 定本が自習室の方へと歩いていく姿を見ながら、

「奴、ロリコンじゃね?たぶん二宮を狙ってるんだ。盗撮とかしてるんじゃねえのか。気持ち悪い」

「おまえの方が気持ち悪いわ」


 二宮は自習室にいた。白髪が混じっていても気にしない、メガネの下で眠そうな目の講師が来た。いつもは中学生や小学生を相手にしているが、たまに自習室で待機させられているのだが、彼が現れると一気に静けさに包まれて雑談なども聞こえてこなくなる。幻妖の類だ。

「センセ」と二宮。

「カタカナで呼んだな」

「いつもです」近づいてくるのを待った。「高浜は憑かれてますか」

「白狐にか」

「わたしは二宮以外に憑きません」

「殺せばいいのに。二宮も彼から放たれた力を掴めるかもしれん」

「……」

「殺せんか。冬だな。自分を救ってくれたしな。冗談だよ」

「殺さないでください」

「今のが君の気持ちだ。もともと僕はただの石ころだ。いつしか誰かが手を合わせてくれて、祠を立ててくれて、いつしか忘れ去られた。人を殺す力も守る力もないんだ」

「忘れ去られたのに、まだこの世にいるのはなぜですか」

「不思議だねえ。まだどこかで誰かが覚えていてくれるんだろうね」

「ところで今わたしは誰と話していますか。センセ?神様?」

「僕の場合、二宮と同じで一心同体だね。彼も僕もない。たまに石ころに憑かれたと嘆くくらい」

「センセが憑いたんでは?」

「否定はできないな。もしかして石ころは迷惑してるかもな」

 センセの話に二宮は唇に指をつけて小さく笑うと、聞いてもらえますかと頼んだ。


 センセは聞いた後、

「人を寄せるんなら悪意があるのかもしれないし、訴えたいことがあるのか、ただ遊んてほしいのか」

「遊んでほしい。センセ、自殺したのは高校二年生の子ですよ」

「子どもでないと言いたいのか。ちなみにセンセも遊んでほしいぞ」

「センセが遊ぶと相手の気が狂いますよ。では自殺した人が」

「どうかな。決めつけたくない気もする。他にも見えたんだろう?」

「高浜が見ました。でもわたしにはだいたいの気くらいしか」

「ニコイチは不便だね。どうにかならないのか。力も彼がいないと使えないんだろう。ま、生きてる奴のこと調べたのか。自殺に多かれ少なかれ関わった人か物だな」

 二宮は考え込んだ。

 ふと廊下から、

「ヘルプお願いします」

「へるぷ、あいにーど……♪」

 センセは姿を消していた。


 この塾に来たときの驚きは忘れはしない。センセの二宮を見ているようで見ていない、もっと深くを見ている瞳だった。何の変哲もない人に見えたが、彼のことを意識しているとすぐに二宮の身がバレた。

「うどん好き?」

「え?」

「きつねうどん」

「好きでも嫌いでもないです」

「高浜くんを追いかけているみたいだね。高浜くんはついこの前に何かに憑かれてる。匂いがする。二宮さんと同じ匂い。たぶん狐だ」

 二宮は意識が遠のくようにセンセを睨み据えていた。

「誰だ」

「怖い顔しないの。僕はしがない石ころだよ。路傍の石だ」

「わたしには彼が必要だ」

「吉野か信太か」

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