第7話 分岐点
目を覚ますと、見たことのない天井が視界に入ってきた。
「ここはどこだ」周りを見渡しても何もない。あるのは俺が寝ていたベッドと、イスと机。窓は無かった。ドアはあったが開ける気にはなれなかった。どうしようか、と思っていると誰かが近づいてくる気配を感じた。
隠れないとまずいか?でも隠れる場所なんかないしな。それに敵だったら斬ればいいか。大剣を取り出して身構える。コツコツと硬い靴の音が近づいてくる。
そして、俺の部屋の前で止まった。ガチャリと音を立ててドアが開いた。入ってきたのは、ブランだった。
「ブレイク,,,目を覚ましたのね」泣きながら抱き着いてくる彼女に少しの違和感を覚えた。俺の知っているブランはこんなことはしない。調停者の言っていることが正しかったら、別の軸のブランか,,,
「お前は誰だ?」とりあえず記憶が無い状態で会話を始める。
「誰って幼馴染のbbbbb」名前を言おうとした瞬間に、壊れたラジオの様に、同じ音を繰り返していた。偽物だ。
持っていた剣を握り直して、叩き斬る。辺りには臓物と血、そして涙が散らばった。嫌な感触だ。この手で恋人を斬るなんて。
「あんたが作ったのに,,,」そう言って塵になって消えた。この世界の者じゃないのだろう。死体は残らなかった。それだけが救いだった。
こんな嫌なことがずっと続くのか。早いところあいつらにも教えてやらないとな。
開けたくなかったドアは今は開けたくてうずうずしている。この鳥かごのようなところにうんざりしているのだろう。いま開けてやるから、おとなしくしてくれよ。
体をさすりながらドアを開く。俺を出迎えてくれたのは、何もない草原だった。後ろを振り返ると先ほどまであったはずの部屋が無かった。
「どういうことなんだ?ここは本当に俺がいた世界なのか?」独り言を言いながら空を見る。見慣れた青い月があった。なのに今は昼間の様に明るい。
俺がいた世界じゃないな。どうすれば帰れるだろうか。最近強くなってきた脳みそを使って考える。
「お前、別の軸の俺か!」毎日聞いている声が聞こえた。俺の声だ。しかし、どこから聞こえてきたのかが分からない。
「どこに居るんだ?姿を見せろよ!」大声で叫ぶ。何もないところだから声が良く響く。
「嫌だね。姿を出したら、ブランみたいに殺すんだろ?」あの場面を見ていたのか。こっちの俺からしたら胸糞悪いだろうな。
「それは,,,」口ごもっていると、上から剣が落ちてきた。咄嗟にバックステップを取って回避する。
ザシュッ!心地の良い音を立てて地面に刺さった。あぶねー。
「まぁ、存在できるのは一つだけだし。それに呼んだのは俺だしな」意味深なことを言いながら、剣の隣に俺が現れた。
見た目は全く違うが。青い髪に青い目、設定段階でもこんなんじゃなかったはず。それに強者の余裕を感じる。
「戦いでケリを付けようってか?俺の強さは俺が一番知っているはずだぜ?」こいつと戦ったらほぼ百パーセント負ける。何とか戦闘は避けたい。
「流石は俺だ。覚えが良くて助かる。どちらかが死んだら終わりの戦いをしよう」剣を引き抜いてこちらに向けてきた。
おいおい、尻のところ省略してんじゃねーか。本当にifの俺だな。会話をしながら、そう感じる。
「戦う前に一つだけ聞いてもいいか?」はっきりとさせたいことが火と血だけあるから、確認がしたかった。
「別にいいぞ。なんだ?」向こうは剣を肩に置いて、話を聞く態勢になった。
「お前は何を背負って生まれてきたんだ?」返答次第によっては状況が変わるかもしれない。
「お前は俺だろ?なんでそんなことも把握していないんだよ。俺は武を背負って生まれてきた。そして、絶望の運命に抗っている。今もな」馬鹿にするような言葉から一変して、マジの言葉を放ってきた。
「お前は俺と背負ってるものが違うんだな。俺は自由を背負って生まれてきたんだ」俺がそういうと、向こうは驚いた。
「お前がオリジナルってことか。ならこれはhhhghgjsw」途中で世界が拒むように言葉を抑えつけてきた。
「なんて言ったんだ?」自分自身にもう一度行ってもらうように促す。
「これが聞こえないのか。仕方がないか」アイツは何か考えるようにぼそぼそと独り言を言っている。
「何が仕方ないんだ!教えろ!」胸倉を掴もうとしたが、あっさりと避けられ次の瞬間には空を見上げていた。これが,,,土の味か。
「お前の世界のブランが何をもって生まれたが知らないが、こっちのブランは諦めを持って生まれてきたんだ。この悔しさが分かるか?」頭上から、行き場のない感情の言葉が降り注ぐ。
「俺には分からない。すまん。俺に何かできることは無いか?」俺にはどうすることもできないんだ。どうなっているのかもわからないし。でも、困っているなら助けてやりたい。
「いい、お前にはまだ早い。また会おうか」俺がそういうと、視界が暗転した。どういうことだ?何が早いんだ,,,遠のいていく意識の中、頭を回転させて答えを出そうとする。
しかし、嘲笑うように世界がそれを妨害した。そんなことをしている場合じゃないと言わんばかりに。目を覚ますとまた、同じ空間に居た。先ほど見たのは夢だったんだろうか。
空虚な空間の中で、答えのない問題に頭を一人抱えていた。
「どうだい?ifの自分を見た感想は?それにあれは夢じゃないからね」聞いたことのある声が聞こえる。調停者の野郎だ。
「どうもこうもねぇよ。それにあれは俺じゃないだろ」解決のしない問題の苛立ちをこいつにぶつける。
「まぎれもなく君自身だよ。向こうもそう言っていたじゃないか」調停者は馬鹿にするように、俺の周りを回りながら喋る。
「設定段階では俺はあんな奴じゃなかっただろ」言葉に怒りが籠ってしまう。
「自由にしすぎた結果だよ。いろんな軸が生まれ、交わり、消えてを繰り返しているんだよ。あのブレイクもその産物の一つだよ。初期段階のものが現れたりしてるんだ」全てはお前が招いたことだ、と言うように言葉を並べてくる。
「じゃあ、俺が出会ったのって,,,」
「初期段階のバッドエンドの君だよ。だからあんなに強いんだ。設定もあとから付けられて強くなっているからね」そういうことだったのか。だから背負っているもの自体が違うのか。それにあの強者のオーラにも頷ける。
「今後もあんな奴に会うのか?」もしそうだとしたら力が足りなさすぎる。二人を守ることが出来ない。
「可能性はあるだろうね。消えない軸って言うものがあるからね。僕らが頑張って消してはいるけどね」調停者も今の現状に困っているようだ。
「消える軸と消えない軸の違いってあるのか?」もし、あるとすれば対策を立てることが出来る。最悪の事態を先延ばしにできる。
「難しいね。でも自我が強いところは手を付けられないね。バッドブレイクはあれは絶対に消えないね」まじか。自我が強いやつって結局は強いじゃないか。鍛えないとな。
「それだけ分かっただけでもでかい。ありがとう」気づけば調停者に礼を言っていた。向こうも驚いたような顔をして笑った。
「あっはっは。君のことが好きな人の気持ちが分かるよ」口元を隠しながら笑っている。
「なんだよ。礼くらいは言うだろ。助かってるんだから」本音を言う。また笑い声が聞こえる。
「君には残ってほしいよ。本当に」また 意味深なことを言ってきた。
「その残って欲しいって,,,」俺が聞こうとすると、調停者が遮るように言葉を重ねてきた。
「もうおはようの時間だブレイク。今後の君の期待をしているよ」そう言って手を振る。
視界が真っ白になる。なんだか心地がいいな。
「ブランさん!!ブレイクさんが起きました!!」なんか懐かしい声が聞こえる。やっと戻ってこれたのだろうか。
「ブレイク!どんだけ心配したと思っているの!?」泣きながら怒っているブランの頭を撫でる。
「おはよう。心配かけたな」いつもの調子で、二人に声をかける。いつもの光景だ。何も変わっていない本当に良かった。眼を覚ました俺はここまでの話を二人から聞いた。
グレイ・スカイから逃げてきたということ。今隣の国に滞在しているということ。俺は一ヶ月間寝ていたということ。今は宿を借りて過ごしているということ。
「寝てたってよりは仮死状態から戻すのに手間取っていたんじゃないか」話を聞いている中、思わず突っ込んでしまった。
「し、仕方ないでしょ。それが一番よかったんだから」慌てながら、言い訳をするブランが一番かわいい。
「なら、俺が寝ている間にあったことでも話すかな」二人がここまで来た経緯を話してくれたから、今度は俺が仕入れた情報を教える番だ。
「そんなことってあり得るの?」
「にわかには信じられませんね」この話を聞いた二人は半信半疑だった。
「でもブランはもう一人のブランに会っているだろ?アクセルも見たんじゃないか?」調停者に見せてもらった映像から、聞いてみる。
「確かに私がいたけど、未来がどうとかって言っていたわよ」ブランは見ていると言っていたが、未来から来たブランらしい。アクセルは見ていないと言っていた。
「あれ、おかしいな。調停者との話と噛み合わないな」頭がこんがらがる。ifなのか、未来なのか。分からんな。
「そんな、不確定なことを気にしたって無駄よ。今を大事にしましょ」元気な声が聞こえる。確かにブランの言うとおりだ。その時に考えればいいか。
「そうですよ。ていうかそんな楽しそうなイベントがあるなら教えてくださいよ」アクセルはこのことを軽く見ているな。実際に会わないと分からないタイプだ。
「あぁ、そうだな。伝えとくべきだったな」笑いながら、からかうように言う。
「なんかブレイク変な感じがするわね。ほかに何か隠してるんじゃないかしら?」ブランは鋭いな。俺がまだ本題に入れていないのを見通している。
「よくわかったな。重大なことだから、聞き逃さないでくれよ」重い口を何とか開けて、二人に伝える。
「今日限りでこのパーティーを解散させてもらう」俺の私情が詰まったものだ。そう簡単には受け入れてくれないだろう。
「いいわよ」
「分かりました」よし、すんなりと受け入れてくれた。
「ってあれーーー????こういうのってめっちゃ止める流れじゃないの?なんでそんなにあっさりしてるの?もしかしてNTRされた?こんな展開があるなんてきてないんだけど!?」あまりにも理解度が高い二人に慌てていると、二人は笑って教えてくれた。
「こうなるんじゃないかって、前に話していたのよ。だから、覚悟は決まっていたわよ」ブランは泣いているが、必死に笑顔を作っている
「僕も、覚悟していましたから」アクセルは、顔を下げたままだ。
「今度会うときは元気な顔、見せてくれよ?」俺も泣きそうだ。でも、こらえて別れようと部屋から出ようとする。
「次に会うの,,,いつになるの?」か細い声が背中に当たる。
「分からない。けどまたどこかで会える気がするんだ」核心は無かったけど、こいつらとなら、またどこか遠く見知らぬ地で会える気がする。
「それじゃあな。今まで世話になった。お前たちも気を付けて生きろよ。この先はお前たちで」この言葉を最後に俺は部屋から出た。
この街の名前はなんていうのだろうか。関係ないか。もう俺はここから出るんだから。あてのない人生をただひたすら愚直に生きることしかできないから。
今はアイツらを守る力が欲しい。また、強くなるために戦って戦って強くなるしかない。そうだよな?強い日差しが差す晴天の下、答えが返ってこないと分かったいながら天へと声をかけた。
ここからだと、海が近いのか。じいちゃんからもらった地図を広げて、目的地を定める。ちょうどいいやつがいるな。次の街はグロリアにするか。
街を出て、舗装があまりされていない道を泣きながら歩く。本当にこれでよかったんだろうか。目を覚ましてからあいつらと、しっかりと顔を合わせていなかった。
答えは知りたくない。何が正しいとかはどうでもいい。俺は俺の道を行くだけ。それが俺に与えられてしまった運命。抗えない。
「これからは寂しくなるな」小石を蹴りながら、ポツンと呟く。その時だった。後ろから声が声が聞こえた。
「三年後!!生きていたらドラゴ・ケープに来てね!絶対よ!!」おいおい、今更こんなことを言われた死ねなくなっちまうじゃないか。
「僕もそこで待っていますから!!」二人の顔は見えない。いた、見えないようにしている。今振り返ったら絶対に歩けなくなってしまう。
後ろに手を振って、歩き出す。ここから、三年か、守れるほどの力は身に着くんだろうか。一抹の不安を抱えながら、終わりの見えない舗装が荒い道を進んでいく。
二人と別れてから初めの夜が来た。いつもだったら、笑いながら取っていた食事。分担をして、軽減されていた負担。当たり前が当たり前じゃないことに気が付かされる。
「今日は干し肉でいいか」魔法空間から肉を取り出して、かじりつく。あの店を選んだのは失敗だったな。結構味がしょっぱいじゃないか。流れ星が降り注ぐ空を見上げながら、そんなことを思う。
飯を食べ終わって、片づけを始める。いつものやり取りが無いと、寂しいものがあるな。あいつらは二人で行動するのだろうか。それとも一人で、鍛錬を積んでいくのだろうか。こんなことを考えていても意味が無いな。あいつらの道はアイツらが作っていくんだから。
「そうだろう?俺」何もない茂みに向かって声をかける。
「気づいていたんだな」そうやって出てきたのは、俺とそっくりの俺だった。見た目も声も何も変わらない、正真正銘の俺だ。
「何を伝えに来たんだ?ずいぶん不明瞭だが?」ifの俺は霞んだ見た目をしていた。
「そろそろ消滅しちまうからな。オリジナルにあっておきたくてな」そう言って丸太に腰を掛けた。
「そうか、お前は消えてしまうのか」肩を落とす俺に、俺が慰めの言葉をかけてくれる。
「気にすんな、軸が弱かっただけだ。それの俺とあんま変わんないオリジナルでよかったよ」笑いながら、肩を叩いてくる。
「褒めてんのかそれって?」
「当たり前だろ、自分のことを馬鹿にするはずがないだろ?」この言葉は本音のようだ。
「そんなことより、調停者のことはあんま理信じンあyyyyyyy」大事なことを言おうとした瞬間に、チリの様に辺りに霧散して消えた。
調停者のことをなんて言いたかったんだ?それが分かればもっとはっきりとするのに。でも俺とあえてよかった気がする。寂しさが少しでも紛らわすことが出来たから。あいつの分まで、俺は生きてやるからな。
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