第4話 山龍

「今日から少しの間この町に滞在することにするけどいいか?」説教が終わり、朝食を食べているときに、二人に聞く。


「大丈夫です」アクセルは嫌な顔をせず頷いてくれた。


「私もよ。でもなんで滞在するの?」対してブランは疑問を持ったようだ。


「この街で少し名を売っていこうと思ってな」


「何よ、雲龍でも倒す気でいるの?」まさかの爆弾発言に驚く。


「お前、それ街中で言うなよ。逮捕されっから」この街の雲龍の扱いはモンスターではなく、神として崇められている。そんなものを殺すとか言ったら、速攻死刑確定だ。


「え!?そうなの!?き、気を付けるわね」ブランは口を塞いで周りを見る。誰も居ないことを確認すると、ほっと胸を撫で下ろした。


「ブレイクさんたちは指名手配されてますから、名前を売らないといけないですもんね」こいつも爆弾を投げるのか。パーティーにボ〇バーマンは二人もいらないよ。


「お前らもう口を塞いでくれ」ため息を吐いて、テーブルに顔を伏せる。


「まぁ、アクセルの言うとおりだ。名前売るためには二つ名持ちを倒すのが手っ取り早い」


「そうみたいですね。昨日ギルドに行きましたが、二つ名の話が多く出ていました」


「やっぱりな」この町はディアール森林が近いからな。この森林は、モンスターが生まれやすい特別な環境になっている。そのうえ、質も高い。並みの冒険者はここを目指して散ることになる。俺らはそうならないように。注意はするが。


「今からでも、依頼を見に行くか」欠伸をしながら、宿を出る。ここの宿は俺たちが出るまで使っていいと言ってくれたので、甘えることにした。


「ディアール森林が良く分からないんだけど」ギルドに行く間にブランが質問をしてきた。


「ここのことだよ」俺はじいさんからもらった地図を見せて説明をする。何があるのか、どんな特徴があるのか、なんかを細かく説明していく。


「あんたって意外と博識なのね」説明が終わった後に辛口な言葉が俺のハートにヒット!


「小さい頃から、見てきているからな」刺さった矢を抜きながら、あの頃を思い出す。


「あ、回想のシーンはいらないわよ」


まさかのカット!?ここならあり得るか。


「そろそろ着きますよ」アクセルの言葉で意識が戻った。


「「おぉー」」見えたのは木造の建築で、櫓のような見た目をしていた。


「結界の魔法が使われているから、硬そうわね」まじまじと建物を見ながら、ブランが解析をしている。


「そんなことをしている場合じゃないだろ。行くぞ」嫌がるブランの手を引っ張って中に入る。朝方は皆が依頼を受けて出ている時間だ。中は数人が居るくらいで、静かな雰囲気だった。


「ブレイクさん、こっちです」アクセルが、上に行く階段のほうを教えてくれる。


「依頼はほとんど無いな」依頼板には、紙がほとんど張られていなくて、難易度の高いものと、駆け出しがやるものだけが残っていた。


「でも、二つ名討伐の依頼があるわよ」一枚の紙を取って見せてきた。


「なになに、「混沌」の討伐?ってこれ世界でも有数の死者を出したで有名な奴だろ!却下!!」ブランは渋々戻してくれた。死に急ぎ野郎すぎだろ。なんでこんなものがここにあるんだよ。それに混沌は別の大陸に居るはずだしな。職員も適当なもんだ。


「では、これなんてどうでしょうか」一枚の紙を貰って、内容を確認する。


「どれどれ、「弾丸鳥」の討伐?詳細の紙も見せてくれ」頼むと、アクセルが職員から、詳細が書かれた紙を持ってきた。


「音を置き去りにするほど速い鳥で、民間人にも被害が出ているのか。探すのが大変そうだな。保留で」なかなかいいのが無いな。極端に難易度が高いのか、探すのが困難なものしかないのか。


「これなんてどう?」喜々として見せてきたのは、ドラゴンの討伐依頼だった。


「山龍の討伐か、でかいから見つけやすいし、俺たちは火力も高いからいけそうだな」俺たちは早速受付に持って行き、受理をしてもらった。目的地はディアール森林だ。


「行くぞ、お前たち」マントを翻して、外に出る。ドラゴンは胸が躍るな。今回は大きな怪我をしませんように。地図に祈りを込めて、歩く。後ろからは、分厚い雲が迫ってきていた。


「またこの森に来ましたか」アクセルは森の入口に立って、息を吐く。


「今回は奥まで行かないし、深淵樹も倒しているから大丈夫なはずだわ」ブランは戦闘を甘く見ているところがある。そこが可愛いのだが。それに実力もあるし。


「それでも気を緩めてはいけませんよ」


「そうね、前回みたいに、人は死にそうになるのは嫌だものね」アクセルの言葉が効いたのか、ブランはキュッと顔を引き締めた。


「今回は対象が大きいから、高地に出て、探索をしないか?」盗賊であるアクセルに提案をする。


「いいですね、それならあそこはどうでしょうか?」目線の先にあったのは、切り立った崖のようなところだった。


「モンスターが回ってきたらやばくないか?」見た目は退路が無いように見える。


「最悪飛べばいいんですよ。これを使って」そう言って、渡してきたのはパラシュートだった。なるほど。空中が退路か。


「いい案だと思うが飛び攻撃はどうすんだ?」飛ぶのは別にいいが、ブレスや魔法攻撃が来たときに手も足も出ない。


「ブレイクさんとブランさんの魔法盾で対処できるでしょう。この森の通常モンスターはそこまで強くないですから」懐からメモを取りだして教えてくれた。恐らくギルドで収集した情報なのだろう。


「それならいいか。よし、向かうか」足を進めようとすると、ブランが大きな声を出した。


「なんでこんなので行けると思っているの?馬鹿なの?死ぬの?」早口でまくし立ててくる。


「お前は飛行魔法でいいぞ。じゃあ行くか」また、大きな声が聞こえてきた。モンスターが寄ってきたらどうするんだ。


「そういう問題じゃないの!!誤作動で死んだらどうするの?」正論だな、確かに危ないかもしれない。


「だが、その時はその時だ。お前が直してくれ」アクセルも頷いてくれる。やっぱり漢だな。


「はぁ,,,どうなっても知らないからね」呆れたように、小石を蹴飛ばしている。


「大丈夫だって、これを使うときなんてないから」笑いながら肩を叩く。


そんな数十分前の俺を殴りたい。え?今どうなっているかって?空を飛んでまーす!なにこれ!?無限にたまたまがひゅんひゅんしてるんだが!?


案の定、索敵をしていたら囲まれていた。初めは応戦をしていたんだが、時間が経つにつれて、モンスターの量がありえないくらい増えていたのでジャンプをした次第だ。


いやー良い計画だなって思ってたよ。索敵もできて、ワンチャン空も飛べるかもって。馬鹿野郎!なんで人が地面を歩くようになったか分かったぞ!


怖いからだぞ!高いところから飛ぶなんて言ってるやつはまじでねじが飛んでるよ。めっちゃ時間かけて登ったってのに、着いたーって思った矢先、すぐモンスター。はいモンスター。


舐めんな、まじで。それですぐに下まで着くって労力の無駄やで、ほんま。パラシュートは開かなくて、地面に突き刺さったし。


俺じゃなかったら死んでるぞ。咄嗟の風魔法が無かったら石に突き刺さった死んでたよ。もう、スカイダイビングなんて二度とやらん。


【残念ながら、またやります】


無慈悲!!なんで!why!?気が狂ったか作者!


無視かよ!都合のいい耳してるな!


「あんた一人で何騒いでいるのよ。うるさいわよ」


「頭でも打ったんですかね?病院に連れて行きます?」


「連れて行くな!俺は正常だ!」


「あたおか程そういうのよね」酷いことを言いやがる。自分たちは助かったからって。


「と、とにかく!山龍を探すぞ!」恥ずかしいのを隠すために、ズンズン前へと進んでいく。


「ブレイクさん、そっちの方には,,,」アクセルの声が聞こえた。上から。


「なんでこんなところに、大きな穴が空いているんだよ!」地の底から叫ぶ。上からは、俺を馬鹿にするような、笑い声が聞こえてくる。


「ちょ、ちょっとwいくら何でも体を、張りすぎよw」


「あ、あまり,,,笑わないでください。移りますから」ここからでも、アイツらが腹を抱えて笑っているのが見えるぜ。出たときにはまじで容赦しないからな。怒りで肩を震わせていると、上からロープが下りてきた。


「これでさっさと上がって。討伐が日を跨ぐわよ」前言撤回。このパーティーはとっても最高です。ずっとこのままでいきたいです」


「あざす!」意気揚々とロープに手を掛ける。その時、上から悲鳴が聞こえた。


何があったか分からないが助けないと!急いで上がると笑っている二人がいた。嵌められた。くそが、許しません。


「お前ら、まじのまじでゆるさんからな?」至る所の関節を鳴らしながら近づく


「冗談でやっただけだから!?許して?ね?」上目遣いはずるいだろ。だってクッソかっわいいいぃぃぃぃ!!二人とも許します。アクセルはブランに感謝してください。


「ってこんなことをしている場合じゃないな。さっさと見つけようぜ」体に着いた土埃を払い落としながら、周りを見る。


「あれ?なんか揺れていないか?」微かだが、揺れている感じがする。


「言われてみればそうね」ブランも気が付いている様子だった。そしてなぜかアクセルが青ざめている。


「どうしたアクセル?こんな揺れにビビっているんか?」笑いながら肩を叩く。


「違いますよ」いつもの様に笑っているが目の奥が笑っていない。


「アクセル本当のこと話してみなさいよ」ブランが顔を覗き込んで、問いかける。


「おそらくなんですが,,,」


「なんだ?早く言えよ」アクセルが重そうに口を開く。


「山龍の背中に居ます,,,」


・・・


「「えええええええぇぇぇぇぇぇ!!!!!」」


「山龍って形のことじゃなくて、大きさのことかよ,,,」依頼には山のような形をしていたって書いていたのに。


「二つ名にはよくあることじゃないですか」アクセルが笑いながらフォローをしてくれる。


「それよりも、これを討伐するの?一つの国くらいの大きさがあるけれど」揺られながら、どうするのかを聞いてくる。


「撤退するしかないだろ。こんなのモンスターじゃなくて、神の領域だよ」


「つまり、これを討伐すれば神の領域に行けるってことですか!?」神の領域という言葉にアクセルが反応してしまった。こいつ中二病かよ。


「行けるわけないだろ。比喩だよ比喩。こんな自然の権化を見たら、そういうしかないだろ」大きく揺れ動く地面と森を見ながら、体を震わせる。


「でも、所詮はモンスターでしょ?心臓を壊せば死ぬんじゃないの?」なんでこいつらはなんでこんなにも好戦的なんだよ。


「そうだけど、そうするには体内に入る必要が,,,」説明をしようとするとアクセルが、気の狂ったことを言い出した。


「食べられちゃいましょう」


「あほか!失敗したら死ぬぞ!」頭をポコッと叩く。


「でもブレイクさんも討伐、したいんでしょう」漢同士ならわかってしまうのか。


「当然だ。ロマンがあるからな!行くぞおおぉぉ!!」


「「おおおぉーー!!」」俺たちは山龍の頭部へと向かって走り出した。頭の位置はアクセルが空中に居る時に、確認したらしい。流石だな。


「頭の近くですね。この辺りはモンスターも来ないはずなので、休憩しますか」


俺たちは丸一日走り続けて、頭の付近まで来た。ここまで来ると揺れが微弱な者から大きなものに変わる。立っているのが困難になるくらいだ。


本当に国一つくらいの大きさがあると錯覚してしまう。多分あるのだが。


「そうだな、体力も思ったより使っちまったからな」ここに来るまでの間、何回か戦闘があった。一番疲れたのは、エンシェントゴーレムとの戦闘だろう。


物理攻撃がほとんど通らなくて、タンクとして攻撃をいなし続けていた。アクセルも弱点を探すも見つからなく、ちまちまブランが火炎魔法を打ち込むという作業。


ブランにヘイトが向いたら、俺かアクセルが全力で攻撃をして気を引く。これの繰り返し。体も心も疲れ切っている。


空はすっかりと暗くなっていて、焚火だけが唯一の明かりだった。その明かりも揺れに揺れ見ているだけで目が痛くなる。


「テントはどうする?」二人に問いかけると、視界が悪くなるからパスと言われた。平静を装っていても、強大な敵に近くでは緊張してしまうのだろう。俺だってそうだからな。黒月以来の肌のピリつきを感じる。


「なんがかんだ、こんな風に火を囲むのは久しぶりだな」


「そうね、いつもはテントにいるからね」


「冒険をしているって感じがしますね」大きく揺れる火で照らされた二人の顔が良く見える。そこからは、静寂の時間が続いた。警戒して黙っているとかではなく、この時間を嚙み締めているような、そんな感じがする。


もうこの時間が二度と来ないから、大事にしようって、みんなが心の中で思っているのだろうな。顔を見ればよくわかる。


木が火で弾ける音が聞こえる。葉同士が擦れる音が聞こえる。


そこから数刻の時間が過ぎ、スースーと二人分の寝息が聞こえる。見ると、地面に横になって寝ている二人が目に入った。


「俺もそろそろ寝るか」毛布を三人分取り出して二人に被せる。俺は包まって横になり、空を見る。俺たちが焚いた火の煙は天まで届きそうなほど伸びていた。


東の空が赤くなり始める頃、俺たちは自然に目が覚めていた。


「おはよう」朝の始まりはこの挨拶から始まる。


「おはよう、ブレイク」


「おはようございます」二人から挨拶が帰ってくる。


「なんだか、変に緊張しているから、飯にしないか?」常にぴりつくのは良くないからな。こういうときのほぐし方は飯の限る。


「携帯食料しか無いわよ」ブランが魔法空間から、食べれるものを出してくれた。


「僕もそうですね」目の前には携帯食料の山が出来ていた。


「何も食べないよりはましだからな。ほら食べよう」燻製された肉を口に入れる。うん。不味いな。いつもの料理が美味すぎるせいもあるだろうが、何とも味気がない。


対して二人は美味しそうに食べている。こいつらは、野生人だな。


「今回の作戦なんだが、口から入って、心臓を目指す。この時は胃のあたりまで落ちていく。転送石は頭の先端に置いておいて、万が一のことがあったら脱出。討伐に成功した時も同様だ。心臓の場所は鼓動と、アクセルの探索を駆使して行う。向かう方法は俺の攻撃とブランの魔法で穴をあける。何か意見のある人は?」


「無いわ」


「異論はないです」


二人はこの作戦に賛成してくれた。かなり無鉄砲なものなのだが。ここからはまた、無言の時間が続いた。咀嚼音だけが聞こえる。各自で、覚悟を決めているのだろう。


俺も、全員を無事に帰還させるためにも、命を張らないと。


「いよいよ、討伐だな」朝焼けを見ながら、重い口を開けて二人に言う。


「そうね」


「行きましょうか」顔は見えないが、恐らく、死を覚悟しているのだろう。そう思わせるほどの気迫と意志の籠った声が聞こえた。


「,,,突撃!!」俺の合図で全員が空中に飛び出す。ちょうど山龍が口を開く。


「口の中では止まるなよ!!胃のあたりで止まれ!!」口の中に入る前に後ろに大声で念のために指示を出す。


「わ、、k、t」


「りょ、、s」声がはっきりとは聞こえないが、伝わっているのが分かる。


バクンッ!


俺たちは文字の通り、丸呑みされた。中は暗くてよく見えないが、湿気と臭いが凄い。胃のあたりとは言ったものの、どのあたりなんだ。


落下をしながら、探索をする。今回は初めから、風魔法で減速をしながら降りている。どのくらい落ちたのだろうか。いまだに終わりが見えない。


深淵に落ちえている感覚だ。なんて考えていると、匂いが強烈になった。この辺りだな。


「この辺りだ!!」


上に向かって叫ぶと共に、発光弾を下に放つ。強烈な光と共に、周りが明るく照らされる。原理は簡単で、光る金属を圧縮して爆発させるだけ。欠点はあまり持続時間が無いことくらいだ。


俺は完全に減速をして、ブランの魔法で、床が来るのを待つ。ここまま下に言ったら酸の海にどぼんで即死だ。


「待たせたわね」アクセルと共に、風を纏いながら上から降りてきた。


「そんなことより、魔力が切れそうだから床を頼む」顔を青くしながら、ブランに頼む。


「はいどうぞ」突如俺たちの足元に、十平方メートルの地面が出来た。


「流石の精度だな」この足元の岩の塊は、ブランが魔法で作り出したものだ。おまけに座標を指定しているので、浮きっぱなしだ。


「当然よ。それよりも結構ギリギリだったわね」ブランが下を見ている。俺とアクセルも一緒に下を見る。ゴポゴポと音を立てながら、胃酸が波を打っている。


「高さは,,,あと数十メートル下ってところだな」


「魔法で照らしてくれないか?俺様特製発光弾の効果が切れそうだ」周りが徐々に暗くなっていく。


「分かったわ」彼女が魔法を唱えると、一気に明るくなった。彼女から放たれた光は一定の明るさを保って、壁にまで届いた。


「本当に魔力の量が凄いな」改めて思う。瞬間的に地面を作ったり、ここまでの光を出したり、チート幼馴染だわこんなの。


「褒めても何も無いわよ。それよりアクセル、どっちの方向に心臓があると思う?」


「少し待ってください。音の出所を掴みますので」そう言うと、アクセルは目を閉じて集中をし始めた。凄まじい集中力だ。見ているこっちが圧倒されるほどに洗練されている。


「あっちの方ですね」アクセルが指した方向を見ると、胃酸のほうだった。


「本当か?それとも気が狂ったか?」冗談交じりに聞く。


「まじです。ですが行くなら迂回をしないとだめなので、向こうの壁まで地面を作ってください」言葉には自信が籠っていた。信じるしかないよな。


「ブラン、地面を壁まで伸ばしてくれ。アクセル、ナビは任せたぞ」ここからは、一丸となって探索し、攻略をする必要がある。士気を上げていかなくては。


「ふぅ、何とか繋げたわよ」見る限り、まだ動けそうな気もするが、後のことを考えると休ませておいた方がいいか。今までも、ブランを頼りにしていたから、ここで、回復してもらいたい。


「あとは俺たちが穴をあけていくか休んでいてくれ」目の前にそびえ立つ肉の壁を見て圧倒される。今からこれに穴を作っていくのか。


「アクセルどの方向に穴を空けれいけばいい?」ナビゲータに聞く。


「このまま、斜め下に空けてください」


「オーケー、ちょいと離れててくれ」二人が近くに居ないことをして、大剣を振り下ろす。


ドゴォォオオ!!肉からは到底ならないような音が出た。それと同時に、大きく揺れた。痛がっているのだろうか。そんなの俺たちには関係ないが。


「今できた穴に入ってくれ!ブランは土魔法解除していいぞ!!」俺が開けた穴は縦十、横五メートルの大穴だ。奥行は暗いからよくわからん。


穴の中に入ると、ドクン、ドクンと心臓が動く音が全体から聞こえる。壁からは、血?だろうか、何か液体が流れているような音がする。


「ブレイクさん、早めに次の穴を空けないと血がしみ込んできますよ」まじか。しっかりと肉を見ると確かに血がにじんでいる。


「次も同じ方向でいいな!?」一応アクセルに確認をする。


「はい!その方向でお願いします!」もう一発強烈なのを、肉壁にお見舞いする。だが、先程とは違い、大きさが小さい。もう一回攻撃をしておくか。すると、大きな穴が空いた。


「この辺りに心臓が一つあるはずです」アクセルが前に出て辺りを見渡す。


「部屋みたいなところに、心臓がある感じか」がらんとした、体内の中で、アクセルに聞く。


「そうですね。恐らく、この部屋が心臓につながっているはずです」


「こっちのほうに道みたいのがあるわよ!」ブランのほうに駆け寄ると、管のような道があった。


「この先に心臓がありますね。鼓動も大きくなっていますし」道の奥を確認して、アクセルが確信している。


「了解。だけど、その前に後ろのこいつを倒さないとな」べちゃべちゃと音を立てて現れたのは、人の形をした肉の塊だった。


「こいつがこの心臓を守る抗体の様ですね」アクセルは短剣を両手に構えて戦闘態勢をとる。


「ちゃっちゃと片付けるか。ブランは後ろで、援護だけ頼む」愛剣を取り出して、肩に乗せる。向こうは敵意丸出しだ。


見た目は俺達人間から皮を全て剥ぎ取った様な見た目で、口からは煙が上がっている。手には十センチほどの爪の様な物が握られている。また、触手の様なものが体中を這いずっている、


空間に静寂が訪れる。互いの間合いに入るまであと一歩のところで止まっている。先手か後手か、どちらの方が正しいのだろうか。向こうも同じことを考えているのだろう。


「先手必勝か,,,」呟くと、俺は抗体の後ろに回り込み、大剣を振り下ろす。抗体は俺の動きに反応をして、触手を伸ばして守りを固めた。かかったな。


当たる直前で、魔法空間に大剣を収納して、その場から離脱する。刹那、爆発音と共に火炎が抗体を包み込んだ。俺は囮なんだよ。燃えているマントの火を消しながら、状況を把握する。


アクセルが、背後に回って追撃を加えようとしているのが見える。成功の確率が上がるように俺がヘイトを買うか。抗体に大剣をぶん投げて、意識を俺に寄せる。


おびただしい量の触手が俺に伸びてくる。瞬時に大剣を取り出す。


「こいやあぁぁあ!!」大剣を盾の代わりにして、攻撃を耐える。アクセルが致命的な一撃を与えるまで、ひたすらに耐える。指示は出さない。悟られたらアクセルが危ないからな。


信頼を持ってひたすら耐える。ブランが絶え間なくバフをかけてくれてはいるが、限界がきそうだ。アクセルの奴まだなのか?


「餓狼!!」アクセルのスキル使用の声が聞こえた。やっとか。抗体はアクセルの方を向こうとする。


「おいおい、相手は俺だぜ?」無理やり魔法を構築して、爆発を起こす。自爆だ。体の一部が焼けてはいるが、関係は無い。目指すは勝利だけだ。


「六連閃!!」アクセルの声がまた聞こえた。それで倒してくれよ。アクセルの攻撃を喰らった抗体は、バラバラになり、血の池を作っている。


バシャ!アクセルが血の中に入る。


「何してんだ!?」急いでアクセルを血の中から出す。


「すみません。餓狼は一定の血を浴びないと解除できないので」頭を下げられた。大事なことは初めから言えよ。


「だから、あんなに躊躇っていたんだな」


「すみません」また頭を下げられた。


「気にすんな。戦略の幅が広がったからな。ブランもお疲れ、ナイス支援!」アクセルの背中を叩き、ブランに感謝を伝える。ブランは笑いながら、親指を立てていた。


何が面白いんだ?あ,,,血まみれの俺たちか。魔法で綺麗にしておく。


「それじゃ、心臓を壊しに行きますか」穴の方向に向かおうとする。


「もう壊したわよ」ブランからの衝撃発言。え?なんて?


「いつ壊したんだよ」


「戦闘の間に、爆発魔法を十七発撃ちこんでおいたのよ」さらっと言っているけど、相当やばいな。


「確認をしてきますね」アクセルが焦げている穴の中に入っていった。


「壊れていましたよ」戻ってきたアクセルが言った。


「じゃあなんでこいつはまだ動いているんだ?」心臓を壊したのなら、生命活動が止まるはず。


「ドラゴンの変異種は心臓が二個以上あるわよ」ブランがまたさらっと重大なことを言った。


「まじか、これをあと一回以上か」思わず苦笑をする。


「ま、気楽にいきましょう。ドラゴン系は心臓が全部繋がっているから、道なりよ」軽く言っているが、こいつは滅茶苦茶にでかいから、何日もかかる。


「次の心臓に向かって歩くことにするか」俺の指示に二人は頷いてくれた。空が拝めるようになるのは何日後だろうか。


山龍の体内に入ってから何日が経ったのだろうか。日にちがいつ変わったのかが分からない。しっかりと寝たのは四回くらいだ。ここから考えると、優に一週間は超えているだろう。


飯はとっくに尽きている。なら、どうして活動できているかって?簡単なことだ。肉壁を削って食料にしている。初めは抵抗があった。だけど今は、生きるためと割り切って食べている。


味は酷いものだ。硬くて臭い、寄生虫?のようなものもうじゃうじゃ出てくる。最悪だ。でも、嬉しいこともあった。虫に驚いているブランが見れたことだ。


今はもう見れなくなったが、「キャ!」と飛んで、俺の後ろに隠れるブランには、萌えるものがある。アクセルも「ぶひぃ!」と言って倒れていた。


こんなかわいいのが見れるのはここに居る俺たちの特権だな。話が逸れそうだから戻そうか。探索を続けてはいるが次の心臓が見つからない。道なりとはいえ、いくつも分かれ道があったからな。ちょっと不安になる。


「本当にあっているのか?」探索を始めて、初めてアクセルに聞く。


「あっていますよ。鼓動も大きくなってきていますし」爽やかな笑顔で答えてくれた。そんな顔を見たら、頷くしかないだろぉ!?


「ていうか、音が大きくなっているなんてよく分かるな。俺なんて同じにしか聞こえないぞ。これがアハ体験ってやつか?」


「違うわよ」ブランから鋭い突っ込みが入った。ま、慣れたもんだから?い、痛くないし?


「盗賊ですから。むしろ分からなかったら失格ですよ」結構厳しい世界なんだな。本当にいい仲間を持ったよ。


「ところで、二つ名狩りをしているそうですが、進捗のほうはどうですか?」


「残念ながらゼロ。俺たちが倒した深淵樹も。俺が倒した黒月も駄目だった。文句をつけられてな」首を振りながら教える。


「そうですか,,,なんか悔しいですね」顔を伏せて、拳を強く握っていた。そうだよな、あんな死闘を繰り広げたってのに、認めてもらえないのは嫌だよな。


「でも今回の山龍を倒せば認めてくれるさ。長い間猛者の座いるんだろ?それにこの巨体だぜ?認めざるを得ないだろ」肩を叩いて、フォローに回る。


ブランも、「そうよ、私たちの旅は始まったばかりなんだから!」と励ましている。


「ありがとうございます。僕なんかにこんな言葉をかけてくれて,,,」嫌な言葉が聞こえた。僕なんて、私なんてという言葉が俺は大嫌いなんだ。自分を下げるなんて意味が分からない。そいつにしかできないことがあるのに。


アクセルは気づいていない。この機会に教えるか。こいつがどれだけ凄いやつなのかを。


「僕なんかなんて言葉は使うな。お前がいなかったら死んでいた場面が何回もあった。それに、今もお前の探索を頼りに動いている。お前の変わりはいないんだ。理解してくれ。それに仲間だろ?支えあうのは当然だろ?」肩を掴み、黒い眼をまっすぐに見て、俺の考えを伝える。伝わらなくても言っておきたかった。日にちはまだ浅いがもう立派な仲間だから。


「ブレイク、強く掴みすぎよ。アクセルが泣いているじゃない」ブランが俺の手をアクセルから離す。


「あ,,,悪い」そっと、肩から手を避ける。アクセルの肩には俺の手形がくっきりと残っていた。


「いえ、大丈夫です。それよりもさっきの言葉、しっかりとここに刻んでおきます」胸を拳で叩きながら笑っていた。その笑いには、悲しみが混ざっていたように見えた。


「なんかいい感じにまとまったわね。先を急ぎましょ。ここに居るのもなんだか疲れてきちゃった」笑いながら、彼女が急かす。こんな風に補っていけばいいんだ。まだまだ先は長いからな。


「そういえば、黒月を倒したのってブレイクさんなんですね」歩き始めてすぐに、アクセルが話しかけてきた。


「一応な。さっきも言ったが、認められなかったが」苦笑しながら言う。


「凄いですね。あそこの近くで話題になっていましたから。黒月が何者かに討伐されたと。戦利品とかってあるんですか?」なんか、グイグイ来るようになったな。壁を感じるよりはいいか。


「ほら、黒月の頭と体毛」魔法空間から、頭と毛を出して渡す。


「おぉ、これが数多の人間を殺してきたモンスターですか。死んでいても迫力がありますね」まじまじと頭を見たり、毛を触ったりしている。深淵樹のときよりも食いつきがいいな


やっぱり男は、こういうTHE怪物ってものが好きなんだろうな。キラキラと顔を輝かせているアクセルを見ているとそう思う。


「はぁ、男ってそういうことになると、行動が早いんだから」呆れたようにブランがこっちを見ている。


「なんだブランも見たいのか?アクセル、ブランにも見せてやってくれ!」


「いいわよ!そんなもの見たくないわ!」凄い速度でで俺らから遠ざかった。そんなに拒絶しなくてもいいじゃないか。


「ブレイクさん。ブランさんはこのモンスターの良さを分かっていませんね」挑発をするように、大きな声で俺に行ってきた。ここはひとつ、芝居を打つか。


「本当だな。天下の魔法使い様は、モンスターの良し悪しくらいは分かるものじゃないのかなー?」笑いをこらえながら、会話を始める。


「そうですよね!狼系の変異種で、さらに進化を重ねているのに。この素晴らしさを分かるのは、魔法使いではなく、僕たちのような人達なんでしょうか」アクセルはこっちの意図に気づいてるのだろうか。どっちでもいいか。ブランが食いついてくれたし。


「はあぁ!?私だってそのくらい分かるわよ!馬鹿にしないでくれる?」やばい。ブランの顔に今までにないくらいの怒りの感情がこもっている。この辺で引き上げないと。


「じゃあどの辺がどう凄いんですか?」馬鹿野郎!なんで気づいてないんだよ!こいつ本当に目ついてるのか!?ブランの顔を見ろよ、阿修羅みたいになっているぞ。


「あんたは言わないと分からないの?」こめかみに青筋が浮き出ている。まじで引いてくれ。死人が出るから。


「ブランさんが分からなそうだから聞いたんですけど?」まーじで命知らず。俺が止めないとだめか。


「その辺にしてくれよ。心臓も近くにあるだろうしさ、見逃したりしたら大変じゃないか」言い合いに割り込んで、探索を真面目にやるように提案をする。


「そうですね、この素晴らしい語り合いは別の機会にしましょうか」


「そうね、アクセルがこの私の知識に圧倒される日が来るのを待っているわ」なんで最後までいがみ合ってるんだよ。落ち着いたからいいか。ていうか、原因て俺じゃね?


黒月の頭とか出したの俺だし。気づかなくてもいいことに気づいたのかもしれない。ま、黙っておけばいいか。


そうして俺たちはまた、探索に戻った。そこから、三日くらいだろうか。やっと、二つ目の心臓を見つけることが出来た。


「やっとあったな」


「長かったですね」


「これで終わりね」


どくどくと脈を打つ大きな心臓を目の前に、思い思いの言葉を言う。


「ブランは破壊に撤退してくれ。アクセルはブランの護衛とできれば攻撃を、それ以外は俺が担当する。目の前に現れた抗体を前に指示を出す。前回とは見た目が違うな。今回は蜘蛛のような見た目をしている。気色悪いからさっさと倒してしまおう。


「戦闘開始!」俺は言葉と共に前へと駆ける。俺の目的は、ブランにヘイトが向かないようにすること。


ひたすらに攻撃をして、気を引き付ける。向こうはこちらの意図に気づいている。俺のことを無視して、ブランのほうに跳躍をした。


「アクセル!」二人の方向に行ったことを伝えようとする。熟練の二人はこのことを見越して、回避行動に移っていた。


「すまん!スキルを使う!少しだけ待ってくれ!」


「分かりました!」アクセルがヘイトを買うように攻撃を始めてくれた。俺のスキルは溜めが必要なんだ。この戦いは短期で終わらせたい。だから、この一撃に賭ける。


「避けろおおぉぉぉ!!」巻き込まないように大声で叫ぶ。


自由の咆哮ラグナ・ブレイカー!!」大剣を下から上へと振り上げる。同時に、青色の斬撃が周りを巻き込みながら、驀進していく。


「ギギギイイィ!,,,」抗体に完全に当たった。それどころか、心臓まで飲み込んで進んでいく。最終的には俺の直線上には、何も残っていなかった。流石主人公補正。ところで二人は,,,無事なようだ。


「呆気なかったわね,,,」彼女の一言で、抗体との戦いは幕を下ろした。


「こいつの動きは止まったか?なんかまだ動いているような気がするんだが」心臓を二つも壊したのにまだ動くんだったら、あと何個あるんだよ。


「どうやら、あと一つあるみたいです。それもすぐ近くに」何日も歩くことにはならなくて済みそうだな。


「どの辺にあるんだ?」ようやく終わるとなると、心が躍るな。


「えっと、それが,,,」アクセルが額から汗を流している。まさか分からないってことじゃないよな?そうだよな?


「なんだよ、早く教えてくれよ」こっちはもう出れるってわかってうずうずしてるんだ。


「こっちに向かってきています!!皆さん壁のほうに走ってください!!」突然なアクセルの大声で腰を抜かしたブランを脇に抱え、壁に向かって走る。


ここから壁まで数百メートルはあるぞ。それに向かってきているってどういうことなんだ?


その正体はすぐに分かった。凄まじい音を立てて、何かが奥から向かってきている。


ドラゴンだ。大きさは、縦百、横五十メートルってとこだろうか。


数秒後には俺たちがいた場所を駆けていた。アクセルが気づいていなかったら、死んでいたな。


「アクセル!!あれが最後の心臓か!!」向かいの壁に居るアクセルに聞こえるように叫ぶ。ブランの耳は俺がしっかりと抑えているから、心配はない。


「そのようです!死なないように心臓が形態を変化させたみたいです!!」まじか。あんな巨体に対して攻撃が通るのか?おとなしく逃げた方がいいんじゃないか。


パーティーリーダーとして、選択が迫られる。仲間を危険に晒すことなんかできるわけがない。ここまできての撤退はきついが、命のほうが大事だ。


「お前ら!撤退するぞ!手元にある転送石を砕け!」全員の耳に届くように叫ぶ。次の瞬間には目の前からアクセルが消えていた。緑色の残滓が見える。もう転送されたみたいだな。あとは、俺とブランか。


「ブラン!お前持っているよな!」なかなか転送を始めないブランに確認を取る。


「,,,いわ」声が小さくて聞こえない。


「大きな声で言ってくれ!」


「転送石がないわ!」泣きながら、叫ぶブランが見える。転送石は一つにつき、一人だけしか、転送できない。こうなったのは俺の責任だ。


「お前はこれを使え!」ブランに俺が持っていた転送石を投げる。


「でも、これを使ったらあんたが,,,」ブランが何かを言おうとしていたが、転送された。時間ぴったりだな。壊れるぎりぎりまで傷を入れておいた。あとは、すこしの衝撃で、発動されるってわけだ。


「待たせて悪いな」後ろに居る、圧倒的な力を持つ、ドラゴンに言う。


「ガオオオオオォォンンンッ!!」返答をするように、咆哮が帰ってきた。咆哮でこの威力かよ。なんて思いながら俺は宙に飛ばされる。


音の壁にぶつかったような感じだ。生きて帰れるかな。愛剣を握りしめ、ドラゴンに向けながら思う。見た目は心臓とは思えないな。本当に俺たちを殺すために変異したんだろうな。


赤黒い鱗に、血が滴っている爪と牙。俺を見下ろす双眸は、怒りを体現しているかのように、真っ赤になっている。


弱点である逆鱗も無いのか。観察をしながら攻撃が通りそうなところ、死角になりそうなところを探す。まともに戦って勝てる敵ではない。逃走を第一に立ちまわなければ。


向こうもこちらを観察している。どうすれば一撃で終わるのかを。とりあえず、スキルを使って、生存率を上げるか。


「母なる大ち,,,」スキルを発動させようとした瞬間に、咆哮が飛んできた。まじか、頭回りすぎだろ。


今度は飛ばされないように踏ん張る。グチャアアァ!肉が削れる音が聞こえる。こいつは体がボロボロになってもいいのか。それとも山龍の正体がこいつなのか。


今はそんなことはどうでもいい。攻撃を避けなければ。いつの間にか目の前まで突進をしてきたドラゴン。咄嗟に爆破魔法で自分のことを飛ばして避けようとする。


くそっ!避けられない!左手の感覚がない。いや左腕の感覚がない。肩から先が熱い、熱い熱い!!見たくない、知りたくない。


ぽちゃ、ぴちゃ、と液体が落ちる音がする。でも、戦いを進めるには、見なくては。


「がああああぁぁぁっぁぁぁっぁぁっぁぁあ!!!!」視認をするとともに、常人では耐えられない強烈な痛みが脳に送られてくる。想像通り、左の腕が無い。


「おええぇ」理解が追い付かず、嘔吐してしまう。


「ぐううぅぅぅ!!」これ以上血が無くならないように、魔法で、断面を焼く。臭い。こいつの肉を焼くのとは違う匂いが辺りに立ち込める。


この匂いがまた、腕を無くしたという現実を突きつけてくる。それよりもなんでドラゴンは攻撃をしてこないんだ。ドラゴンがいる方を見る。


そこには見たことを後悔したくなるほど、凄惨なことがされていた。俺の左腕で遊んでいたのだ。あの巨体で、器用に、馬鹿にするように。こちらの視線に気づいたのだろうか。口角をグイッと引き上げると、


腕を、ぐちゃ、ごり、ぐちゃと音を立てながら食べ始めた。やめろ、やめてくれ。それが無いと、剣を、仲間をブランを抱けないじゃないか。


「もう十分だろ。これ以上俺の尊厳を壊さないでくれ,,,」俺の言葉が届かないとしてもこの惨状を前にして、そう懇願することしかできなかった。


俺の腕の咀嚼音が聞こえなくなった。最後に飲み込んで終わりかと思った。


だがこいつは予想と斜め上のことをした。「ペッ」俺の腕を吐き出したのだ。それを腕と言っていいのかも分からないほどの物だった。


赤と白が混ざった肉の塊。所々から、指のようなものが見える。それを見て、また吐いてしまう。そしてすべてがどうでもよくなった。生きるのもあいつらのことも。


腕が無ければ剣を振ることが出来ない。俺のかちはもうないのだ。おとなしく死が来るのを待つ。


ズシン、ズシンと死の音が近づいてくるのが分かる。こんな世界糞くらえ。


バクンッ!!


俺はドラゴンに飲み込まれてしまった。この先何が起こっても、俺の知ったこっちゃない。案外、死というのは優しいものなのかもしれないな。幼い頃からの記憶を辿りながら、そんなことを思い意識を手放した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る