05 暗闇よりも怖いものがある。廊下に続く血痕の正体だ。
ぺたり、ぺたり。床に張り付くような足音が暗闇から迫ってくる。足音が聞こえる方向には赤黒い血痕が続いている。
点々、点々と。童話に登場する姉弟がパンくずを帰り道の目印にしているように、血痕が続いている。
血痕を辿っていくと、暗闇からぼんやりと白い影が浮かび上がる。ゆらり、ゆらり。左右に揺れる白い影は次第に動きを大きくしていく。
懐中電灯を握り締め、看護師は走り出す。
「白木さん、探しましたよ」
「もう外が暗いでね。家に帰ろうと思ったのよ」
「今日はここでお泊りですよ」
「明日も朝の手仕事をしなきゃならんのよ。だから帰らないとねぇ」
「もう時間が遅いので、バスもタクシーもありません。泊まる部屋に戻りましょうね」
看護師は病室前の壁に備え付けられたサージカル手袋をはめてから、背を丸めた白髪の高齢の患者の手を引く。点滴を留置していたのであろう前腕は表皮がべろりとめくれ、今も血が流れている。看護師は患者を処置室の椅子に座らせ、ガーゼを当てて止血をする。その間も患者はずっと家に帰らないといけないのだと主張していた。
消灯時間を過ぎた病棟は暗闇に包まれる。巡視をする看護師は懐中電灯を片手に、もしくはペンダントのようにライトを首から下げている。尿意で目を覚ました患者たちも壁を伝うか、手持ちの携帯電話のライト機能を使用して移動している。暗闇とは恐怖心を煽るお手軽な装置だ。
今回、私はこの装置を利用して看護師たちを恐怖のどん底へ突き落そうとしていた。先客がいたので私の計画は不発に終わる。点滴を自己抜去するという小技はずるい。そんなことされたら私がどう頑張ったところで看護師の視線を誘導することができないじゃないか! そうやって、幽霊の私にはできない小技に地団太を踏んでいるうちの夜が明けていった。
今日もまた、私は高齢の患者に敗北したのである。
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