04 恐ろしいのは上から現れる存在ではない。下に潜む存在だ。
救急車のサイレンどころかモニター音も響かぬ穏やかな深夜帯。
遮光カーテンを閉め切り、月明かりも入らない真っ暗な病室の一角から間欠的に呻き声が聞こえてくる。懐中電灯で辺りを照らしても誰もおらず、嫌な予感に襲われた看護師は意を決して病室に踏み込む。
震える声で患者の名を呼ぶも返事はない。固唾を呑んでもう一歩進む。懐中電灯の明かりでベッドを照らし、それから床を照らす。病室を仕切るカーテンから白い手が伸びている。
固い表情を浮かべていた看護師の顔はみるみるうちに絶望に染まっていく。
「なんで、どうして」
直視したくない現実によろけながら、病室の仕切りカーテンを開ける。同時に、間欠的であった呻き声が濁った叫び声と変わる。
認めたくない現状である。看護師は泣きたい気持ちになるが、ぐっと堪えて緊急の二文字が書かれたオレンジ色のボタンを押す。直後、病室の目の前にあるナースステーションから背筋が伸びるアラームが鳴り響く。
「どうして音もなくベッドから転落しているんですかあ!」
発見者となる看護師は膝から崩れ落ちるようにしゃがみこむ。
ベッドではなく床に、枕がある側ではなく足側に頭を向けて仰向けとなる高齢の患者の意識レベルを確認するように声をかけ始める。そうしているうちに仮眠に入っている看護師を含めた三人が病室に駆けつけてきた。
この日、私は目撃者となった。四人がかりで持ち上げ、ベッドに戻される高齢の患者が四方を囲む柵を乗り越えるようにして転落する瞬間の。そして、この一連の流れから私は学ぶ。
この者たちには薄暗い空間の天井から現れるよりも、下方から聞こえてくる呻き声や床を這う手足の方が恐怖を覚えると。なるほど、参考にさせてもらおう。そして、早速実践しよう。
と、意気込んでいたのだが……この後、転落した患者は再度眠りにつくことなく興奮し続け、その上緊急入院が三件くるというあまりにも悲惨な状況に陥っていたため、その日の晩に実践することはできなかった。
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