第5話 要らない子

僕は昔から変化に敏感だった。

人の匂いや雰囲気、語調なので感じ取ってしまう。


これが、かなり厄介なものになっていた。



祖母が家に来たあの日から数年が経ち僕も小学生になっていた、またこれも僕のわがままで学校が終わったら学童に行く日と、近所に住む千紗のところに行く日を作って欲しいお願いした。


無事その願いは案外すんなり通って少し安心な日々が続いていた。が、そんなある日、千紗の家で見慣れないマグカップ、お箸、茶碗を見つけた。家の中にも千紗じゃない匂いと雰囲気を感じて家に入って数分で飛び出した。



甘える先が閉ざされた気がした。

もう千紗は遠くに行った。

もう千紗は千紗じゃない、


そう考えることにした。



その日、暗くなっても帰らなくてずっと歩き回って疲れ果ててあの公園の滑り台の下に入って、ランドセルを枕に眠っていた。



「流星…」


誰かが僕を抱き上げた。



「…」

僕がうっすら目を覚ますと、

「流、帰るよ」と千紗だった。


僕は眠たいながらも重い体を起き上がらせてカバンを持ってフラフラ歩き出した。


そして、公園を出て5分歩いた先の橋を渡り始めた。


そのまま真ん中くらいまで歩くと僕は欄干の間に座った。



暫く川の流れを見ていると、

誰かにランドセルごと引っ張られた。


「流星、ダメ。」


そのまま思い切り頬を叩かれた。



「……嫌い!!ばぁば嫌い!!」


体が強ばる中精一杯叫んだ。


するとまた頬を叩かれた。


「命を粗末にするな!!誰が腹痛めて産んだと思ってんの?!」

「頼んでない!!なんで紗里に渡したの?!なんで逃げたの?!」と問い詰めると、


「気付いたらもう堕ろせなかったの。でもあんたは確かにあたしが産んだ。」

「…ばぁば、なんで千紗の好きな人と僕は似てるの?」

「千紗になんか聞いた?」

「僕とお父さんがよく似てるってそれだけ。でも、なんか、千紗、お父さんの話する時、幸せそうなんだ。」

「…そっか。」



「流星ー!」


遠くから僕を呼ぶ声がした。



「ごめん、行くね。」と立ち上がると、

「どこ行くの」と聞かれる。

「分からない。でも、もう千紗のところには行けない。」

「なんで行けないの。」

「…彼氏が出来たみたい。だから僕は邪魔になる。要らないから。」


すると、僕は初めてばぁばに抱きしめられた。


「やめて。僕、ばぁば嫌い。」

「あたしはあんたが好き。あたしの好きだったあんたのお父さんにそっくり。」

「なんで千紗が好きなのにばぁばも好きなの?」

「流星も、千紗が好きだよね?彼氏が出来ても好きで辛いから逃げてるんだよね?」


僕は、祖母に抱かれたまま大声で泣いた。


すると、千紗が走って来た。



「母さん?!…」

「千紗、今はあんたじゃ歯が立たない。火に油。帰りな。紗里を連れてきた方がいい。」

「どういうこと?!」

「…カツシにそっくり。瓜二つ。あんたが本気で惚れた男でしょ?忘れたの?」


千紗はハッとした。


「千紗、自分が幸せになりたいなら突き放さなきゃけならない時も来るよ。それともあれ?今新しい男でも出来て過去の男なんて覚えてない?」


僕はその言葉を聞いて祖母を引き剥がした。



「やっぱり僕はばぁばが嫌い!!嫌いだ!!千紗をいじめるな!!千紗は悪くない!!僕が勝手に千紗を好きなだけ!だから僕が居なくなればいいのにまた失敗した!ママにも千紗にも必要ないのに!!」



「…そこまで似なくてもいいのに。自分を苦しめるだけだよ?…」


そう言ってまた僕を抱きしめた。


僕は大声で泣いた。


しばらく泣いて泣いて泣いたあと、


僕は祖母に抱きついて、


「ばぁば、悲しいこと言ってごめんなさい。僕、ばぁばの事大好きだよ。」


と耳元で言った。


すると祖母は少し笑って、


「そのズルい所もカツシと一緒。…あたしもあんたが大好きだよ。あたしはあんたを死ぬんじゃないかって痛みの中で産んだの。」

「じゃあなんで今まで痛いことばっかりしたの?」

「ばぁばは嫌われ役でいいの。あんたを紗里に押付けたから。」

「僕は嫌わない。ばぁばは本当はママも、千紗も大好きだよね?だから嫌わないよ。」


「……流星、あんたは本当に優しい子だね。腐るんじゃないよ。」




――――――――――――――――――。


僕はそれから数年間、一度も千紗の所に行かなかった。

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