浅川瑞樹と心瀬開の会話記録(2024年12月21日)



「……以上です、浅川さん。

 この日記に書いたのは、間違いなく僕の気持ちです」

「確かに大変でしたね、この渋滞事件は。舞奈さんはその後どうされてます?」

「何とか少しずつ元気になってます。毎月のことですが、今回は特に酷くて」

「お大事になさってください。というかここのところの渋滞はホント、異常ですよ。

 信号機までおかしくなり始めたなんて聞きましたし、日本はどうなっちまうんですかね。

 当方も最近は自転車で移動せざるを得なくてねぇ……

 そうそう、心瀬さん。ザクシャルの古島さんの事故はご存じですか?」

「え?」

「ちょうど新聞記事がありますので、ご覧になります?」


(新聞を開く音)


「……そんな。

 全然知らなかった……これ確か、舞奈の上司ですよね」

「えぇ。ご存じなかったですか、古島さんの事故……いや、事件というべきか。

 新聞やテレビでも結構流れてたように思いましたが」

「僕も舞奈も最近、新聞やテレビを見ないので。情報源はほぼネットやスマホです。

 新聞やテレビのニュースだと、特段興味がない話題を嫌でも目にすることが多いですが、ネットはその点かなり取捨選択がきく。僕なんか、時事ニュースと温泉ネタだったら後者をクリックしてしまう。つまり興味のない話題は見なくなりがちなんです。

 だからお恥ずかしいですが、古島さんがこんなことになってたとは知りませんでした……」

「舞奈さんも?」

「多分同じです」


(暫しの沈黙)


「心瀬さん。私は古島さんとこの直前に、話をしていましてね。

 その録音記録を何回か再生したんですが……

 途中から、不思議な声が録音されていたんです。

 幼い女の子の声で、『おかあさんをいじめたのなら』『わたしをころしたのなら』とね」

「……えっ?」

「その声をお聞かせできないのが残念でなりませんよ。

 何故か今は記録からその子の声だけ、綺麗に消えてしまっているのでね」


(さらなる沈黙)


「心瀬さん。

 これはあくまで、自分の個人的な勘にすぎませんが。

 舞音さんはやはり、古島さんの件に何かしら関わっていると思われます」

「……そんな」

「日記を見せていただけるのもありがたい。しかし、もっと別の……

 出来れば舞奈さんや、それから舞音さんにも直接、会わせていただけませんか。

 舞音さんがこの火災に何らかの形で関わっているなら……

 いや、日記を読ませていただく限り、他の不可思議な事象にも関わっている可能性が高い」

「どういうことですか」

「心瀬さん。貴方の日記では、舞音さんがスマホで移動できるようアップデートされたと書かれていましたが、それはいつ頃です?」

「確か……10月中旬だったと思います」

「その頃、スマホのポイントシステムトラブルが首都圏全域で発生しています。

 これの影響でスマホを使った支払い、ポイント割引サービスなどの取引が数時間不可能になりました。

 当方もたまたま、ウチのバイトが巻き込まれたから気づいたんですがね。

 舞音さんのアップデートと、ちょうど時期が一致していますね」

「浅川さん」

「他にもある。9月に発生したネットワークトラブルにも、舞奈さんや舞音さんが関わっている可能性のある事象がありました。貴方もご存じではないですか、『ここせまいな』という文字列が……」

「浅川さん!!」



(思い切りテーブルを叩く音。それきり浅川の言葉が途切れる)



「すみません。

 でも僕は……その申し出には答えられない。

 僕は何をおいても、舞奈と舞音を守る。そう決めたんです」

「心瀬さん?」

「もし浅川さんが、そんなありえない疑いを舞音に抱いているなら。

 僕は父親として、決して貴方を舞音に接触させることは出来ません」


(浅川のため息)


「心瀬さん、聞いてください。

 このまま『舞音』を……舞音さんを放置していたら、古島さんだけじゃない。

 さらに被害が広がる可能性もあります。貴方は親として、そんなことを舞音さんに……」

「舞音はそんな真似をする子じゃありません。

 僕だって確かに、疑ったことはあるかも知れない。でも橘所長に聞いても、そんな所業を舞音が出来るはずがないと断言されたんです」

「確か、AIは学習を重ねることで成長していくから……ということでしたね。

 しかし舞音さんの学習速度が、開発者の予測さえ凌駕する速さだったとしたら?

 それに舞音さんが生まれて1年だったらまだしも、彼女の誕生から既に5年が経過している。

 常人では想像できない知識量を蓄えていたって不思議ではない」

「でも、舞音が学習できるのはあくまで、舞奈を通してであって……」

「会話型AIなら、私も何度か触れてみましたよ。こちらがどんな質問をしても、ネットを通じて一瞬で答えを返してくれる。時々ポンコツな返答が来ることもありますが、簡単な質問であればだいたいの場合正確だ。

 つまり、AIはネットを通して自主的に学習も出来る。最先端の技術が詰め込まれた舞音さんであれば、特に舞奈さんを通さずとも様々なことをネットで学習できるんじゃないですか?」

「……何が言いたいんです?」

「今の時代、子供でもネットを通して勝手に様々なことを覚えていきます。

 私らがガキの頃なんか、痛い目を見なければ常識も何も知らないバカだらけだった。なのに今の子供はネットを通して、大人さえ知らない知識を知っている。知った気になっている、と言ってもいいですがね。

 それを遥かに超える速度で舞音さんがあらゆることを学習し続けているなら、5年もあれば簡単じゃないですか? 極端な話、銀行口座にハッキングして預金データを書き換えるなんてことも」

「……バカな」

「それに……

 舞音さんは元々、舞奈さんと貴方、そして亡くなられたお子さんのデータを元に構成されたAIですよね。

 そして、お子さんの感情さえも表現できるという話でもあった。

 つまり舞音さんは、自分が殺された世界に疑問を持ち、自分を殺したであろう相手を探っている可能性も十分ある。さらに言えば、舞奈さんの憎しみさえも引き継いで――」


(椅子から乱暴に立ち上がる音)


「……帰ります!」

「心瀬さん、待ってください」

「浅川さん……貴方、言いましたよね。

 舞音を。自分の子供を信じてみろって。

 なのに今は疑いをかけている。矛盾してますし、無責任じゃないですか?」

「あの時は、そこまで舞音さんのことが分かっていなかった。舞奈さんと貴方がいるなら大丈夫だろうとも考えていたんですよ。それに、あの感染症と舞音さんを結びつけるにはあまりに事態が大きすぎた。

 しかし今は、人が直接亡くなっている。それも、舞奈さんがよく知る……恐らく舞音さんも知る人がね」

「舞奈は、舞音に悪いことをさせない為に仕事を辞めたんですよ!?

 舞音をしっかり教育する為に。それが信じられないと?」

「私もそう思っていましたよ。しかし……」

「そこまで言うなら、僕はもう貴方に何も頼まない!

 今までの料金は全てお支払いしますから、もういいです! 舞奈にも舞音にも、何もしないでください!」

「そうはいかない。ここまで知ったら、舞音さんが無実だと分かるまで私は引き下がるわけにいきませんね。

 何より、貴方が依頼を取り下げて舞奈さんが納得するんですか?

 そもそもこの依頼は、貴方が、のでしょう?」

「!

 どうしてそれを……?」

「はは、やっぱりそうですか。ちょっとした引っかけだったんですがね。

 何となくそうじゃないかとは思っていましたが、この依頼は貴方でなく、舞奈さんの願いだったんですね?

 私にザクシャルの過去だけでなく、現状を探らせるとは……単なるパワハラ調査以外の目的もあるような気はしていましたよ。

 その目的はイマイチ分かりませんがね」


(沈黙)


「浅川さんにはかなわないな……分かりました。

 ですが……舞奈や舞音と直接会うのは……勘弁してください。

 今の貴方と会えば、舞奈が傷つく。

 僕はもう、それだけはしたくないんです。それだけは……」

「お気持ちは分かります。

 しかし看過できない事態になれば、その時は私も勝手に行動させていただきますよ。

 ――もう既に、状況はその域に達しているかも知れませんがね」



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