浅川瑞樹の備忘録 3



 今日も今日とて心瀬舞奈に関するインタビューをまとめていると、彼女の夫・開が例の資料を持ってきた。

 それはパソコンに保存されていた、開自身の日記。2019年の5月から、ずっと記録を続けているという。つまり今から5年ほど前からだ。

 参考資料ぐらいに考えていたが――

 そこには、驚くべき事実が書かれていた。


 それは勿論、コノハナ研究所で生みだされたAI「舞音」の存在。

 橘所長に話を聞いた時からかなり怪しいとは思っていたが、まさかAIで擬似的に子供を産みだすとは。

 開の日記ではそこまで深く触れていなかったが、医療データは勿論遺灰までもを要求されていたとは思わなかった。舞奈自身はいつまでも大切にとっておきたかっただろうに……

 それでも遺灰の提供を決断したということは、「子供を持ちたい」という希望はそれだけ彼女の中で大きかったのか。いや、それだけではないだろう。

 開との夫婦仲は非常に良好に見えるし、新たに子供を……という考えになるのが普通だ。

 単純に「新たに子供を持つ」だけなら、AIの研究所になど行く必要はない。開の日記を見る限り、舞奈が不妊になったという記述はないのだし。

 しかしそれでもAIでの子供に拘った理由は、やはり「失った子供を取り戻したい」という想いが強かったのだろうか。たとえそれが、どれほど不可能な願いであろうと。



 AIとして生み出されたその子供「舞音」との生活。

 それが幸せなものであれば良かったが、恐らくそうではない。少なくとも開の目からはそう見えていない。

 だからこそ開は今、俺のところに来ているのだろうか。



 そして開の日記で語られたのは、舞奈に対するザクシャルのさらに酷い実態だった。

 これまでのインタビューから、舞奈本人からの意見を聞きたいとは思っていたが、もうこの日記だけで十分すぎる。

 どれほど無茶な転勤であろうと、仕事であるならば受け入れなければいけない――

 確かに、そうして仕事に魂を捧げる「モーレツサラリーマン」によって、日本は成長してきた。昭和や平成の時代は、親父や旦那が単身赴任など当たり前だった。

 だがそれが、まだ幼い子をもつ母親でも同じかといったら全く話は別だ。それは俺でも感じる。

 俺の親父も晩年よく言っていたな……

「仕事をしたい女は好きにすればいい。だが国が男女平等などと言い出したばかりに、仕事に向かない女までが仕事にかりだされ、子供を産まなくなっている。このままじゃ子供がいなくなって日本が滅ぶぞ!」などと。

 今こんな発言をネットにでもあげたら大炎上もいいところだろうが、昨今の状況を見ると親父に一部同意せざるを得ない。


 ましてや、子供がいないとはいえ――

 流産からそこまで経過していない舞奈を開から引き離し、パワハラまみれであろう地方に一人で転勤させるのは無茶苦茶すぎる。

 流産というのは女性にとって酷いトラウマとなりうる。場合によっては10年が経過しても、ふとした時に不意に死にたくなるほどの傷だ(夫が留守で妻が一人になっていた時、唐突にマンションから飛び降りた、といった類の事件は俺も実際に経験した)


 そんな彼女に対してモラハラにつぐモラハラを行なった上、転勤を指示し、従えないとならば自主退職を強要。

 この事実だけでも、開からの調査依頼はほぼ達成したと言っていいだろう。ザクシャルには明らかに舞奈に対するパワハラがあったと。


 ――だが、俺には何かが引っかかった。

 まだこの裏には、何かがある。


 心瀬開からの依頼は、「ザクシャルで舞奈に何があったか、真相を調べてほしい」というものだった。

 そして開自身は日記を見ても分かる通り、舞奈を通してかなりの事実を知っている。

 社員たちのインタビューと照らし合わせても、そこまで矛盾するところはない。

「ザクシャルには明らかに超絶パワハラがあった。それで舞奈さんは傷つけられ、流産した。それが事実じゃないですか。

 これ以上、一体何を調べろってんですか?」とは、関口もボヤいていた。


 だが開はここまでの調査結果だけでは満足せず、もっと調べてほしいと言ってきた。

 ザクシャルの「過去」もそうだが、「現状」を知りたいというのだ。


 その時点で俺は、この依頼自体に何かがある――そう思った。

 しかし開は恐らくそれを知らない。知らずに、ひたすら舞奈の為に俺のところに来ている。

 舞奈の為に、自分の日記まで俺に渡している。


 ――もしや、開を通して舞奈が俺に、何かを頼んでいるのか。

 全くの直感で俺はそう思った。が、だとすればその舞奈の願いは何なのか。



 そう考えあぐねながら開の日記を読んでいたら、どうも奇怪な記載があった。

 2019年5月5日の日記の途中で、何故か「×××××罰罰罰罰罰罰罰罰」で始まる記述。

 そこから数行は、カタカナとひらがなが混じった妙な言葉が並んでいる。開が書いたものとは思えない。

 要約すると


「お父さんはお母さんを助けなかった

 お父さんが無理にでも辞めろって言わなかったから」


「お父さん」とは開で、「お母さん」は舞奈のことだろう。

 つまりこれは……まさか、AI「舞音」が書いた記述なのか?



 そのことについて開にも事情を聞いてみたが、その部分を見て開は心から驚いていた。

 初めてそれを知り、恐怖していたと言っても過言ではないだろう。


「どういうことですか? 

 僕はこんな書き方したことないですし、一体誰が……?」


 表情や口調を観察する限り、その言葉に嘘はなかった。

 開の日記は彼自身のPCに保存してあるという。だとすれば――



 嫌な予感がする。

 この前、K川病院の常盤凛子との面談の時に見た、あの奇妙なPC画面。

 そしてあの直後に起こった、大規模ネットワーク障害事件。

 もしかしたら、舞音g



 ここせまいねここせまいねここせまいねここせまいねここせまいねここせまいねここせまいねここせまいねここせまいねここせまいねここせまいねここせまいねここせまいねここせまいねここせまいねここせまいねここせまいねここせまいねここせまいねここせまいねここせまいねここせまいねここせまいねここせまいねここせまいねここせまいねここせまいねここせまいねここせまいねここせまいねここせまいねここせまいねここせまいねここせまいねここせまいねここせまいねここせまいねここせまいねここせまいねここせまいねここせまいねここせまいねここせまいねここせまいねここせまいねここせまいねここせまいねここせまいねここせまいねここせまいねここせまいねここせまいねここせまいねここせまいね





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