2019年9月20日


 舞音まいねが生まれて、2か月。

 舞奈は今日も、仕事と「育児」に追われている。

 僕自身も仕事が忙しくなり、なかなか舞音の面倒は見られていないけど――

 それでも、何の問題もなくすくすく成長する「我が子」の笑顔には癒される。


「舞音」はAIだ。

 だから勿論夜泣きをすることはないし、理不尽に泣き叫んで僕ら両親を困らせることも滅多にない。

 パソコンを起動しさえすれば、いつでも笑って「だぁだぁ」と手を振ってくれる。

 ミルクは勿論必要ない。ただ、舞音用にとパソコン内に作られた部屋に可愛らしいキッチンがあり、そこで舞奈がミルクを作り舞音に与えることで、舞音の好感度が徐々に上がっていく……という仕組みもあったりする。

 ミルクを作るのは簡単だ。部屋のすぐ外の草原で飼っている牛から乳を搾り、それをキッチンにセットして、ボタンをタップすれば出来上がり。

 乳を搾るのはどうやるのかって? そんなもん、牛をタップすれば一発だ。牛だってパソコンの中にいるんだから。


 いわば俗にいう「クラフト型ゲーム」と同じ感覚で、舞奈は子育てをしている。

 部屋自体は研究所で用意されたけど、部屋の家具とか可愛いおもちゃを用意したのは舞奈だ。

 アプリについてきたツールを使って、ベッドやキッチンやおもちゃを作り出して色や形を設定し、好きなように設置する。牛も、牛を飼う為の草原も積みわらも、舞奈が作った。

 それだけでも、舞奈にとってはとても楽しいらしい。


 そんなものは子育てじゃない……多分、世の多くの親たちはそう思うだろう。

 僕も最初はそう思ったけど、舞奈の考えはちょっと違っていた。


「これが子育てじゃないなら、じゃあ、苦労を重ねれば子育てなの?」と。

 さらに彼女は、こうも言った。


「子育てだけじゃないよ。仕事でも、みんな同じこと言うよね。

 少しでも楽な方法でお金を稼ごうとしたら、そんなのは仕事じゃないとか何とか。

 舞音のことだってきっと、そんなものは育児じゃないとか、みんなきっと言う。

 勿論、舞音自体が子供じゃないとか言う人だって……」とも。


 そんな彼女の言葉に、僕は何も言えなかった。


「でもね、開くん。

 泣き声がうるさいって理由で、子供を叩いてさらに泣かせたり。

 子育てに疲れたっていう理由で、子供を放置したり。

 イライラするからっていう一方的な理由だけで、子供を怒鳴ってトラウマにさせたりするような人たちには、そんなこと言われたくない。

 怖がる子供を叩いて怒鳴っていたぶるのが、子育てであり親の愛情だっていうのなら――

 私は子育てなんかしないし、親にもならないよ」


 仕事も子育ても、苦労はつきもの――大概の人たちはそう言うだろう。

 だけど舞奈は違う。

 彼女はその苦労を「何とかうまく軽減できないか」「楽にできないか」を常に考える傾向にある。

 そのせいか、「自分がしてきた苦労は他人もして当然」という考えの持ち主を最も忌み嫌う。

 そう、ちょうどあの阿藤マネージャーのような人物だ。

 もし、僕の両親あたりが「そんなのまっとうな子育てじゃない! ちゃんと子供をそのお腹で産みなさい!」などと舞奈に説教したりすれば、両親は舞奈に離縁されてもおかしくないだろう。幸い僕の母はそこまでうるさいことは言わないけれど、父は少し言いそうで心配だ……



 パソコンの中ですくすく育ち、夜泣きもせずぐずりもせず、夜中に急に熱を出すこともない

 ――舞音はそんな子供だ。

 恐らく世の母親は誰もが、この子育てを否定するだろう。

 だけど僕はやっぱり、舞奈も舞音も否定することは出来ない。

 だって……何だかんだで舞音の笑顔は癒されるし、自分の子供だと思えるから。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る