2019年6月5日


 舞奈が本格的に「ミタマプロジェクト」への参加を決めてから、1か月。

 橘所長にその意思を伝えると、簡単な意思確認書などの手続きを終えた後、プロジェクト用のパソコンを新たに頂いた。

 舞奈は今、そのパソコンに夢中だ。

 僕はここ数週間、日記もつけられないレベルで忙しかったけど。


 橘所長曰く、舞奈は約3か月間、パソコンの中で「赤ちゃん」を育てることになるらしい。

 ちょうど母親がお腹の子供に声や歌を聴かせるように、パソコンにインストールされているプロジェクト用アプリに舞奈の声を入力していくことで「赤ちゃん」が育つとのことだ。

 勿論その時には、「父親」である僕の声を入れることも出来る。というか、入れてくれと橘所長には強く言われた。

 そりゃ父親なんだから当然といえば当然だが、どうもその実感がわかない。パソコンの中に自分の子供がいるだなんて……


 そういえば、舞奈が妊娠を僕に教えてくれたあの時もそうだった。

 ちょっと恥ずかしそうで、それでもとても嬉しそうな顔で「ちゃんとお医者様にも言われたよ。妊娠してるって!」と言われたあの時。

 僕だってとても嬉しかったけど、やっぱり実感がわかなかった。

 ようやく本格的に喜びがわいてきたのは、舞奈のお腹が少しずつ膨れ始めてきた時だったっけ。この中に僕の子供がいるんだなって。



 ――でも、その子はもういない。

 そのかわりに――パソコンの中に、僕らの子はいる。



 その子をとても大事に、舞奈は育てている。

 まるで本当にお腹の中にいるように慈しみ、ご飯を作る時も掃除の時もいつでもそばに置き、声をかけている。時には画面を直接撫でさえする。

 そこにはアプリの、無機質な画面があるだけなのに。ピンクのハートの中で丸まってすやすや眠り続ける、赤ん坊が描かれているだけなのに。

 僕はここ最近仕事で忙しかったからあまり協力も出来なかったが、その分舞奈は一生懸命だ。

 ザクシャルに勤めていた時とはうってかわって目が輝き、かつての笑顔を取り戻しつつある。

 コノハナ研究所のプロジェクト。最初は半信半疑だったけど、舞奈にとってはすごく良かったのかも知れない。



 しかも今日、舞奈はいきなり驚きの宣言をした。

 もう一度働きたいと言い出したんだ。




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