上野加奈子(ステートメントチーム所属)の証言 1



 心瀬さんですか? わぁ、懐かしい名前。

 5年前、彼女が辞めた時にメールもらって以来です。

 えぇ、はい。彼女の仕事ぶりについては覚えてますよ。正直私の目から見ても、遅いなんてもんじゃなかったですけど……多分、仕方ない面もあると思いますよ。この会社自体に全然慣れなかったみたいだし。

 私、このチームにかれこれ20年くらいいますけど……

 どうして仕事が遅いのか原因を見極めてくれと上司から頼まれたのは、後にも先にも彼女だけでしたね。


 そうです。確かに私が心瀬さんのお仕事の様子、見てました。

 田村さんに指示されて、比較的ヒマな時にかなり長い時間見てたんですけど……

 正直、心瀬さんの仕事が遅い原因、私にも「よく分からなかった」んです。

 特定の業務が苦手で手が止まるとかではなくて、全体的に動作が遅い印象がありましたね。

 常に疑問を抱きながら恐る恐る仕事をしている感じがしました。一度やった作業を何べんも再確認したりとかもよくあったし。分からない部分が多すぎたってのもあるのかな。

 私がすぐ後ろからガン見していたせいで、彼女も緊張して動きにくくなっちゃったってトコもあると思いますけど。

 そう、会社では常に緊張してる感じはしましたね。多分人づきあいとか、人との会話が元々苦手なタイプだったのかな。


 確かに心瀬さんのスケジュール管理は酷かったし、そのせいで私もガチ泣きしたことありましたよ。年間ピークで滅茶苦茶忙しい時に、特定の日までに仕上げておかないといけないデータに全然手をつけてなくて、それが分かったのが当日朝っていう……

 それを必死でフォローしたのも一度や二度じゃなかったから、ホント参りましたね。


 ただねぇ……心瀬さんだけが悪かったかっていうと、私はそんなことないと思うんですよ。

 阿藤マネージャーからも聞いてます? 彼女の試験とその講習の話。

 ピークで業務が詰まってる時でも容赦なく講習は彼女のスケジュールに入ってきたし、他のメンバーより滅茶苦茶忙しかったはずですよ。会社と講習の往復だけでも相当キツそうでしたし、仕事が残ってるからって田村さんに言われて戻ってきた時は、ただでさえ細い身体が一層細くなった感じがしましたし……

 それを「大層な講習受けさせてもらって」「頭いい人はやっぱり違うわねぇ」みたいにあからさまに嫉妬してたベテランさんもいたから、そういう視線もキツかったかも知れませんね。多分田村さんも……あぁ、何でもないです。


 それに、あまり大声じゃ言えないですけど……

 この会社って、慣れるのかなり大変だと思うんです。

 マネージャーもそうですけど、横文字使う人やたら多いでしょ。これ、元々バリバリの日本企業だったのが、強引に大手外資系と統合した影響なんです。

 このチームも以前は「収支チーム」って名前だったんです。無理矢理横文字になって「ステートメントチーム」になりまして。

 正式名称が「コントラクトマネジメント部門ステートメントチーム」です。覚えられないって、よく言われますね。


 そんなんだから、まず社内での専門用語覚えるのさえ大変です。マネージャーはOJTで対処するって言ってたらしいですけど、正直難しいですよ。

 ミーティングでも専門用語が飛び交いまくるから心瀬さん、いつもナニが分からないかさえ分からないって顔でしたし。

 その上、残業規制が厳しすぎる上に仕事は減らないし、人員も全然増えない。おまけにプリンタや電話、FAXといった業務用ツールも滅多に新しくしてもらえなくて、使いづらい。

 パソコンだって急に落ちたり、意味不明のアカウントロックかかること多いですし。しかもIT部門の対応は遅いし。


 そして……正社員がホントに入らないんです。

 だから色んなところを派遣さんで対応してますけど、派遣さんでさえ辛くてすぐ辞めるか、ついていけなくて辞めさせられるかの繰り返し。

 私みたいに、20年以上前の余裕のある時に入社したならともかく、そうでないと大変だと思います。

 ついこの間も、パソコン周りに発狂したかのように何十枚もベタベタ付箋を貼りながら作業してた新人派遣さんいましたし。内容見たら業務に関することだけじゃなく、「弱みは気力でカバーする!」とか「命落としても締切守れ」とか「1円だろうと遅延は遅延」などのメッセージが極太赤文字で書かれてて。ご自分を鼓舞する為だったんでしょうねぇ。

 数か月でお辞めになっちゃいましたけど……



 そうそう、聞いてます? 勉強会の話。

 ウチの部署ではみんな定期的に、勉強会を開催するんです。

 あ、参加じゃなくて、「開催」です。というか、開催「させられる」んです。毎回毎回、これが本当に面倒でねぇ……

 あぁ、参加「も」しますよ、みんな。

 というか、勉強会に参加するのは当然として、開催するのも私たちの業務なんです。

 勉強会というのは、自分のやっている仕事を他の人にどういうものかを説明して、チーム内外での業務の理解を深める……というのが、一応の目的なんですけど。

 何がツライって、この「勉強会開催」が年間の業務目標の中に組み込まれてまして。

 私たち、通常業務以外にも勉強会を開かないといけないんです。

 えぇ、勿論心瀬さんも。えぇそうです、業務内容が半分も理解できていなくても。


 だって仕方ないんです。

 それが強引に年間目標に入れられてしまってるんだから。ほぼ強制的に。


 ……というのもですね。

 私たち事務職は営業職などと違って、年間でどれだけの数値を達成したかというのが分かりにくいじゃないですか。いわゆる「成果」が見えにくい。

 営業職は1か月や1年で〇件〇万売ればいい、という目標設定がしやすい。だけど事務職となると、そういう指標が難しいんです。

 だから私たち、毎年悩みます。年間目標を設定する時に。

 そんなに目標が重要かって? 当然でしょう、給料やボーナスの査定に直結するんですから。

 事務職に目標求めるの自体、正直おかしいですけどね。


「ミスをしない」「締め切りを守る」を目標にすればいいじゃないかって? 

 そんな単純なものじゃありません。ミスをしないとか期限を守るなんて当然だから目標にならない……そう言われて、阿藤マネージャーには受け入れてもらえないし。

 いつもの仕事だけでも本当に大変なのに、「そんなこと」はやって当然のことと扱われて、その上で私たちはプラスアルファを求められるんです。しかも「目に見えて結果の分かるもの」を。

 だから私たちの場合は業務マニュアルを作るとか、仕事に役立つツールを作るとか、皆試行錯誤してます。あとはシステム改善を提案するとか……あ、勿論提案するだけじゃなくて、実際に提案が受け入れられて改善されないと結果として認められないですけど。

 改善を提案して受け入れられたことなんて、めったにないですけどね。ウチのIT部門、ホントにガチで融通きかない役立たずのボンクラばっかり

 ……すみません、言葉が過ぎました。


 その中でも「勉強会の開催」って、目標としてとても分かりやすいんです。準備させられる方はたまったもんじゃないですけど。

 本来の業務をやりながらそれやらなきゃいけないから、本当に大変です。ピーク時に重ならないように努力はしてるんですけど、ピークじゃない時でもそれなりに忙しいですし、残業規制も厳しいから、本来の業務以外の仕事……つまり自身の目標達成のための業務って、優先順位がどうしても一番下になりやすいんですよ。

 だからって無下にしてたら当然、査定は落ちますし。ヘタしたら殆どボーナス出なくなるって聞いたこともあります。


 心瀬さんは……多分ですけど、ボーナス出ないレベルの評価だったんじゃないかなぁ?

 日々の業務だけで精一杯で、とてもじゃないけど自分の目標の為の業務なんて出来る状態じゃなかったし。

 この会社、キツイですけどボーナスは意外と手厚いんです。だからみんな何だかんだ言って頑張ってるし、ボーナス出るとみんなで喜びあってるんですけど、その輪からはいつも心瀬さん外れて、すごく暗い顔してましたし。

 彼女、やっぱり結婚したのは正解だったと思いますよ。私もですけど、何だかんだで旦那がいてくれるのは心強いですから。


 彼女が結婚した当初に「仕事を減らしてほしい」と言ってきた時は、マネージャーもリーダーもみんな怒ってましたけど……

 気持ちは分かるんです。結婚って環境、滅茶苦茶変わりますからねぇ。特に女性は。

 私も結婚当時は旦那のいびきやら何やら大変で、全然眠れない時期ありました。

 けど、それでも睡眠薬とか色々使って何とかしましたよ。だって仕事ですから。


 ただ、子供が出来ても同じようにこの会社で勤められるかは……さすがに分からないなぁ。

 だから私ずっと、子供は作らないようにしてるんです。両立できると思えないから。

 勿論お子さんがいてもしっかり勤めてる人はいますし、会社からそれなりに手当もあるらしいですけど、私自身ができるかというとホント、分からないです。というか年齢的にももう限界だし。

 少なくとも、私がというより会社が変わらないと無理じゃないかな。


 心瀬さんが異動になってからは彼女の動向殆ど知らないんですけど、お子さんって……

 ……

 えっ? 嘘……そんな。

 そうですか。そうだったんですか……やっぱり。



 え、心瀬さんが勉強会をやった結果どうなったかって?

 そりゃもう、大変でしたよ。彼女、自分の業務を教える立場なのに、全然分かってないこと多くてしどろもどろになりまくりで。

 ただ、途中で開き直ったんですかね。一応教える立場でありながら彼女、私たちに質問してきたんですよ。「ここは正直分からないんですけどどういう意味ですか」とか「ここでこの操作で1営業日おかないといけないの意味分からないんですけど何故ですか」とか。

 本来彼女じゃなくて私たちの方が教える立場だからいいんですけど、そんな彼女の質問の連続で……

 30分で終わるはずの勉強会が最終的には3倍ぐらいに伸びて、私もですけど参加者たちのその日の予定は全員、メタメタになってましたね。

 心瀬さん、肝が据わると意外に怖い人なのかも?




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