依田たまき(元・ペイメント部門所属)の証言


 あー……心瀬さんですか。

 ホント懐かしいなぁ。彼女と私ってほぼ同期だったし、よくランチを一緒に食べて仕事の愚痴を言い合ったりしてたもんですよ。もう何年前になるのかなぁ。

 そうそう、私たちだいたいいつもランチは一緒で。

 そんな時はだいたい、お互いの愚痴の嵐でしたね。今日もリーダーに叱られたとか明日の締切がキツすぎるとか。

 部署が違っても、この会社はどこも同じだなぁとよく思ったものですねぇ。



 最初は、有名な大学を出て優秀で頭もいいって話だし、凄く難しい試験の講習も受けてるから、私には手の届かない人なのかなぁ……と思ってましたよ。でも話してみたら、実は良くも悪くもそうじゃなかったんだとすぐ分かりましたね。

 勉強で高得点が取れるかどうかと、仕事で要領よく出来るかどうかは多分、別なんだと思います。

 実際、彼女本人が何度もそう言ってましたし。自分は口下手で要領がよくないから、学校では部活もろくにやらず、必死に勉強だけを頑張っていた。だから学校の成績がいいからというだけで、仕事が出来ると思わないでほしいって……


 考えてみれば確かにそうですよね。

 学校じゃテストの時は滅多に横やりが入らないから、カンペキに集中できる。だけど会社じゃそうはいかなくて、テストに集中している時に当然の如く電話がかかってくるようなモンなんです。

 さらに言えば、誰よりも早くその電話に出なきゃいけない。その上電話だけじゃなくて、上司や同僚からの突然のダメ出しや突然の会議も当然にある。

 さらにさらに、学校のテストじゃ80点でも褒められましたけど、会社じゃ常に100点を求められるんです……100点じゃないと0点も同然扱い。

 いや、ザクシャルの場合は100点でもダメでしたね。100点どころか120点ぐらいを常に求められていた感覚でした。

 仕事を100点満点にこなすのは派遣や契約社員でも出来る。そういう理由で、正社員はさらなるプラスアルファを求められてたんです。


 そう話したらウチの子、言ってましたねぇ。絶対そんな会社就職しねぇって。

 そりゃ、学校の試験みたいに静かに集中できる環境で一気に全力出すタイプの子は……

 いざそういう会社に入ったら面食らいますよね。


 心瀬さん、こうも言ってましたねぇ。この会社は毎日どころか、毎時間毎分が戦場だって。

 私もザクシャルじゃ毎日リーダーから色々叱られてましたけど、心瀬さんは多分それ以上だったんじゃないかなぁ。毎日毎日スケジュール確認で居残りさせられるの、本当に辛いっていつも漏らしてましたし。

 労基に駆け込んだらちょっとは聞いてくれるかな……とも言ってましたね。

 とはいえ私もあの頃、似たようなことよく自分で考えましたけど。



 私も心瀬さんもザクシャルの正社員でしたけど、いつもいつも「正社員だから」ってことで色々なことを押し付けられてました。派遣だったら許されることでも、正社員だからこそ許されないことはたくさんありましたね。

 それにザクシャルって、派遣や契約社員でも結構優秀な人が多かったんですよ。多分、私や心瀬さんより出来る人もたくさんいたんじゃないかしら。派遣であってもフルタイムで働いて、きっちり17時に業務を終わらせて帰る人もかなりいましたね。

 だから余計に、正社員にはプレッシャーがかかってました。心瀬さんなんか、10年以上勤めてる派遣さんからは明らかにバカにされてたし。


 私も今でこそ別の会社で派遣として働いてますけど、ザクシャルの時より遥かに気楽ですね。

 ボーナスは殆どないですけど。たまーに、派遣元の社長のポケットマネーからご祝儀が出るくらいかな。

 でもその程度だったら実は、ザクシャルでもそこまで変わらなかったんですよ。仕事の分量に対する報酬の割合的には。

 勿論金額自体はかなり違いますけど、ザクシャルはあそこまで激務とプレッシャーを強いておいて対価がこれだけ?とはよく思いました。

 今の会社だと、私がこんなにもらっていいの?とよく思いますからね。どれだけザクシャルが酷かったかって証明だと思いますよ。



 ザクシャルじゃ正社員と非正規社員との待遇の差って、実はそこまでないんですよ。

 ボーナスは貰える人は貰えますが、そうでなけりゃ雀の涙ですし。

 出産や育児手当はそこそこ手厚かったですけど……それぐらいかなぁ。

 ザクシャルって女性社員多いですけど、お子さんのいる社員はその割に少ないですからね。

 お子さんいなくて正社員で、そこまで要領よくない心瀬さんみたいなタイプが、一番バカを見る会社だと思いますよ。



 そうそう、心瀬さんはウチの子におみやげも買ってきてくれたりしたんですよ。

 彼女、結婚してからは旦那さんと一緒に旅行行くことが多くなったんですけど、その先で珍しいお菓子があるとちょいちょい買ってきてくれて。それで私だけじゃなく、ウチの息子たちにもお菓子もらったりしました。

 旦那さんとの二人の写真も見せてもらったけど、とっっっても仲良さそうでしたね。ホント、うらやましくなるぐらい。

 旦那さんは「開」っていうお名前で、心瀬さんは「カイ君」っていつも呼んでたみたいですよ。

 いつもは「夫」とか「旦那」って堅苦しく呼んでるのに、ついつい「今日はカイ君が……」って漏らすこともあったりして。可愛くてうらやましかったです。



 ……だからこそ彼女のお子さんのこと聞いた時は、本当にショックでしたね。

 ステートメントチームからインスペクションチームに異動して、1年ぐらいの時でしたかね。

 心瀬さんが流産したのは。

 彼女、もう見てられないくらいゲッソリ痩せてて――



 その頃、心瀬さんはよくボヤいてたなぁ。

 この会社の人たちは、誰かのミスには光の速さで気づくくせに、その人の体調やメンタルがボロボロになってるのには何で気づかないんだろうって。



 あ、ごめんなさい、子供から連絡が。

 ……

 ……え? 電車止まった? また?

 じゃあ今日の買い物はいいや。お母さん買ってくるってことで。今日はあんたの好きなオムライスだよ~♪


 しょうがないなぁ……最近多いですね、こういう事故。

 今の会社でも何故か頻繁にシステムトラブルが起こるんですけど、電車やバスの急なトラブルも以前より増えてる気がします。

 子供が巻き込まれないといいんですけど。




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