心瀬舞奈は『厄災』である
kayako
阿藤信之(コントラクトマネジメント部門マネージャー)の証言 1
何せ彼女をわが社ザクシャルに入社させたのは、この私ですからね。しかしまさか、あそこまで酷い社員だとは、夢にも思わず……
面接というのはアテにならないものだと、改めて痛感させられましたね。もう退職して5年ほどになりますか。
最初に面接した時の印象?
かなり大人しめで服装も地味ですが、真面目そうな娘だなと。長い髪を後ろで結んで、スーツもちゃんとしていたし、最初は本当に仕事が出来そうな印象の女性でしたね。後々どんどん身だしなみも残念になっていきましたが。
正社員としての勤務経験がなく、派遣や契約社員として多くの会社を渡り歩いてきたのは若干気になりましたが、それでも私が特に惹かれたのは……
彼女が学生時代、理系の学科に所属していたという点。そして情報系の国家資格を持っているという点でしてね。これは優秀な人材がきたと、確信したものでした。
資格というのはやはり採用では重要なんですよ。特に国家資格ともなれば、相応の勉強を要するものも多い。持っていればそれだけで、仕事に対する努力を惜しまぬ人物という評価も出来る。最悪その資格がなくとも、その資格に向けて勉強しているというだけで評価することもありますよ。
それにご存じのとおり、ザクシャルは金融商品を扱う会社ですからね。勿論、数学の知識を必要とする部門もあります。
将来的には彼女をそこに配属させたいと思いましてね。入社して最初の年に早速、試験を受けさせましたよ。
はぁ……まさかあんな結果になるとは。
難しい試験とは分かっていましたがね。いやはや、面接と同時に筆記テストも行なうべきでしたねぇ。
しかもその後も何度か講習と試験を受けさせましたが、成績は酷くなる一方で。
あぁ、講習というのはその試験に関わる講習です。勿論普段の仕事と一緒に講習を受けさせましたよ。1週間に数回、業務の合間をぬって講習に参加させました。それだけ難しい試験なんですよ。
それでも彼女ならと思っていたのになぁ……
え? 普段の業務に関わる研修ですか? そりゃもうOJTですよ。仕事は実際にやってみて身体で覚える、これが鉄則でしょう?
中途入社なのに、新人研修なんぞやっている余裕などないですよ。中途入社であれば電話応対やら基本的なことは全て出来るはずです。こっちはそのつもりでわざわざ、新卒以外の人間でも採用しているんですからねぇ。
他にも中途入社の人間は多くいましたが、落ちこぼれたのは心瀬さんだけです。何故他の人間が出来ているのに、彼女はあぁまで不出来だったのやら……
試験と同じく、普段の仕事についても酷いものでしたよ。
最初に彼女が配属されたのは、ステートメントチーム……つまり収支報告書を作成する部署だったんですがね。
締切を忘れるのは当たり前、計算ミスも当然のように毎回やらかし、確認する担当者が毎日のように音を上げていたそうで。
それに電話の受け答えも酷くてねぇ。他の社員より反応が鈍いのは勿論、たまに電話を取れても応答が要領を得ず、内容を誤解して伝えてしまうことも日常茶飯事だったようです。
そもそも、元々声の小さい人間でねぇ。定期面談の時も飲み会の時も、殆ど何をしゃべってるのか分からず、聞き取るのに苦労しましたよ。
電話になるとさらにその声が小さくなりがちで、苦情が寄せられるほどでした。
何年たっても目標の半分も成果をあげられず、定期面談のたびに「講習と試験がきついからやめさせてくれ」「強制的に設定させられる目標が多すぎて達成なんてとても無理」だの、泣き言ばかり……
私は勿論、他の社員はほぼ全員が当たり前に出来ていることなんですがねぇ。
そうそう、彼女が結婚した直後に「新生活が予想以上に大変だから、少し仕事を軽くしてくれ。出来れば試験も辞退させてほしい」と言われた時には心底呆れましたね。生活環境が変わって大変なのは分かりますが、そんなもんは結婚すれば誰しも一緒ですよ。
業務を軽減したのかって? するわけないでしょう。
ただでさえ残業規制が厳しく時間は限られ、さらに人員も切り詰められているんです。今もそうですが、彼女みたいな落ちこぼれでもいなくなられては困るんでね。
……は?
彼女に対するパワハラ、モラハラ疑惑が?
いやいや、とんでもない。何のエビデンスがあってそのような。
我々は何とか彼女をまともな社員として更生させるべく、あえて厳しく接したまでです。あれをパワハラなどと言い出したら、我々は部下の指導など何も出来なくなってしまうでしょう。
そうだ。貴方、シュガー社員という言葉をご存じですかね?
社会人としての自覚やモラルに欠け、問題行動をたびたび引き起こす社員のことです。要するに自分にとことん甘く、会社よりも自分優先という人間ですよ。
その上少々つらい目に遭っただけで、すぐ会社にパワハラだのと責任を押し付ける。
シュガー社員というのは、間違いなく彼女のことですな。
そう。間違いなく、会社を溶かす『厄災』でしたよ――彼女の存在そのものが。
あぁ、もっと詳しい話は別の人間に聞いてください。
今日もまたインシデントが発生してて、緊急で対応しなきゃならんのです。全く、また遅延利息が……あぁ失礼、こちらの話で。
正直、最近は彼女を思い出させる社員も増えてきていますな。思い出したくもないんですが。
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心瀬舞奈は『厄災』である kayako @kayako001
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