第3話「大臣」



 アルファが退出することで2人きりとなったことで執務室は静かになった。カチカチと机の後ろ壁に掛けられている木製の時計の音が響き渡る部屋でハルはマグナスの処遇について告げる。






「んで、マグナスの処遇だけど……」




「何を迷うことがあるのじゃ。そんなもの頂点待遇に決まっておろう!」




「態度でけぇな、おい! 非戦闘員を含めて最も弱いのお前だぞ!?」




「ぐぬぬ……。核さえあればレベルなんぞに囚われることなどないというのに……」






 その後、数分間言い争う2人であったが、玉座の間に各大臣が集まったことがアルファの<伝言>により伝えられ一時休戦となった。手元で監視しておきたいハルはマグナスを連れて玉座の間へと移動するため執務室を退出し廊下へと出るが、どちらへ向かえば玉座の間へと辿り着くのか分からず、結局アルファを再び執務室へ呼び出すこととなった。




 呼び出されたアルファは呆れた表情をしながら玉座の間へと2人を連れて両扉の入口に案内する。扉の両サイドには大きな1対2枚の羽を持ったグラマスな女型天使を模った大理石製の魔物――ガーゴイルが配置されている。




 レベルにして80程度であるためここまでたどり着いた侵入者相手には心もとないが、ここまで攻めてきた者は誰も居ないため今日まで無意味な石像となっている。




 扉に近付くとゆっくりと開きダンジョン内で最も尊き場所が姿を現す。高い天井には幾つもの荘厳なシャンデリアがあり、玉座の間全体を優しく照らしている。中央には真っ赤な血の色のようなカーペットが敷かれており、吸い込むような踏み心地にハルは昇天しかけた。レッドカーペットの両サイドにはこれまた幾つもの柱があり、一つ一つに細かい装飾が施されている。




 玉座の間の最奥には、周りより一段だけ高い場所に威厳を放つ玉座があり、後方の壁にはエターナル・ヴェインの象徴たるシンボルが彫られている。




 玉座とカーペットの終わり付近には、後ろ姿からでも分かる程美しい容姿を窺える7人程の人影が玉座に向けて跪いている。




 スマホからでは感じることのできなかった玉座の間の威厳に心躍っていたが、自分で呼び出した大臣らが数十分もの間、このように待機していたのだと考えると先程までの気分が消えうせ、罪悪感に襲われるハルであった。




 統括であるアルファを大臣たちのように跪かせ、マグナスをそのまま侍り、玉座に腰を下ろす。威厳たっぷりに8人に告げる






「お、表をあ、上げろ?」






――ことはできなかった。それも仕方が無いだろう。まだ20代中盤で平社員の男に厳かな空間で支配者然とした態度をとることなど到底不可能だ。恥ずかしさのあまり顔を赤くするハル。それに気づいたマグナスはハルを揶揄うように開口する。






「ぷぷっ! 威厳を持たせて話そうとして詰まるとは! 恥ずかしいのぉ~?」




「うるせぇな!? ちょっと黙っててくんない!?」






 厳かな雰囲気には相応しくない会話が玉座の間に響く。跪いている8人の内、黒髪――アルファが咎めるようにハルへと告げる。






「マスター、じゃれ合うのもいい加減に。現在、未曾有の事態にあるのですよ?」




「ご、ごめん」




「はぁ。まぁ我々大臣はそんなマスターを補佐するための存在ですから問題ありませんが」






 「そうですね」と言うように残りの7人の大臣が頷く。変に威厳を持つ必要が無いと分かったハルは驚くほど緊張しなくなった。切り替えるために一度ゴホンッとわざとらしく咳を鳴らした後、再び口を開く。






「ありがとう、アルファ。んじゃ、これからの動きについてなんだけどとにもかくにも魔石だよね。ダンジョン維持、拡充、戦力増強……」




「失礼、マスター。先にお聞きしたいことがあります」




「何かな? デルタ」




「はい、エターナル・ヴェインの資源保有量……魔石量ですが、先程一気に半減以下になりました。……、心当たりはございますか?」






 確認するようにアルファ似のデルタがハルに質問する。もっともデルタ自身は何が原因なのか分かり切ったような目でマグナスを見ていたが。






「あぁ、それを今から説明するよ。結論から言うとマグナスを生み出すために使っちゃった。3神竜配合とかいう前代未聞のことだったからね。いや~、まいったまいった!」




「戦力増強のための経費ということですね。それは喜ばしいことかと存じます。……先程アルファにも確認しましたが、魔石トラップとの接続が切れていました。……、これから先どう魔石を確保するおつもりで?」




「いや、それは、その」




「まさか、何も後先考えずに使ったのですか? マスターともあろうお方が?」




「それは、はい……」




「デルタ、そこまでにしておきなさい。今後の方針について考えるのも我々大臣の勤めよ。マスター、これに懲りたら後先考えない行動は慎んでくださいね?」




「うん、注意するよ。でもどうしてもって時は使うから許してね?」






 ハルの最後の発言にこれは駄目だなと思う大臣一同であった。彼女らは忠告はできるが、ハルの行動を止めることはできない。何故ならダンジョン内において最も優先されるべき御方だからだ。ハルが望めばそれがたとえ無理難題であったとしても達成する必要がある。マスターに作られた存在は、マスターのために存在する。そこに例外はない。




 そんな彼女らの心情など知らないハルは話を続ける。






「とりあえず、必要最低限の施設以外の稼働を停止、周辺に生物が生息しているのなら古典的だけどダンジョンに誘いこんで魔力を貯めようと思ってる。国とかあればいいなぁと思うけど、まだ調査できてないよね? ガンマ」




「仰る通りでございます。未知の土地故、マスターの指示無しでの行動は危険だと判断いたしました」




「ありがとう。とりあえず拠点を中心に半径10kmを索敵して欲しいかな。索敵に関しては……。イプシロン、索敵に適してる低級魔物何かいたっけ?」






 大量の魔物を所持しているハルでは、普段使っている魔物以外の能力を完全に把握することなど困難である。そのサポートに魔物大臣としてイプシロンを配置していた。ボス戦の際に最も活躍した大臣と言ってもいい存在だ。イプシロンはハルの質問に答える。






「スカイ・オーブがよろしいかと。<広域探索>と<視覚共有>を併用すれば、玉座の間ですぐさま確認することができます」




「ありがとう。これが終わったら皆で見ようか。んでとりあえず最後の確認だけど、防衛の配置ってどうなってる? ジータ」






 懸念点だったダンジョン防衛について軍務大臣であるジータに尋ねる。考えれば考えるだけ不安になっていくハルにジータは告げる。






「緊急の際に使用を許可されたアイアン、スピリット・ツリー、テンペスト等の各ガーディアンを各階層に続く空間へ配置しております」




「お、おう。ありがとう。それにしても防御特化だね。良い配置だと思うけど過剰な気がしないでも無いかな?」




「いえ、これぐらいでなければ未知の力には対応できないでしょう」




「まぁそうかもね」






 ジータが配置した魔物はどれもレベル90付近のものだ。中には、ラスボス戦で活躍した魔物もいる。玉座の間の入口に設置している以上の強さを誇る魔物を配置したことに若干やり過ぎ感は否めないが、未知の土地であるため最終的に妥当であると判断した。




 現状、把握できることはあらかた把握した後、先程イプシロンに提案されたスカイ・オーブを召喚する。直径約30cmの球体でなめらかな表面がシャンデリアの明かりを反射しており、召喚されたスカイ・オーブは空中に漂いマスターの命令を待っている。探索距離を広げ<視覚共有>を行うために同じ魔物を追加で数体召喚した。召喚したスカイ・オーブに指示を出す。






「一体はここで<視覚共有>。残りは探索域が被らないように等間隔に並んで<広域探索>をお願い」






 マスターの命令に答えるようにプルプルッと反応した後、一体を残しスカイ・オーブは玉座の間から消えた。数分後配置が完了したのか玉座の間に残ったスカイ・オーブが<視覚共有>を始める。外に行ったスカイ・オーブたちが感知している風景を玉座の間全体に映し出される。






「うんうん、問題無いみたいだね。……、って辺り一面森だらけじゃん。これは古典的ダンジョン運営は厳しそうかな……ん?」






 スカイ・オーブのスキルを使用し、ダンジョン周辺を探索していたハルは、近くに数百もの生命反応があることに気付いた。反応があった場所にスカイ・オーブで近付いてみると少女が高速で走っていた。その後ろを少し遅いぐらいのペースで追いかける1つの馬車と鎧を着た兵士と思われる人たちが馬車を護衛するように並走している。




 シュールな光景にハルは吹きかけたが、玉座に座る者に相応しくない行動だと思い我慢する――ことはできずに結局吹いてしまった。




 スカイ・オーブの視覚共有で映し出された映像を見ていた8人が一斉にハルを白い目で見た。1柱は飽きたのか玉座の隣で寝ていたが。誤魔化すように喉を鳴らしハルは大臣たちに告げる。






「現地人だ! って喜びたい所なんだけど……。穏やかじゃないね。どうしようか」




「……、マスター助けに行くなんて言わないですよね? 相手の強さが分からない状態で」




「いいや、助けに行くさ。美zy、じゃなくて困ってる人が居たら助けるのは当たり前だからね! それにスカイ・オーブに気付いてないじゃん。多分スカイ・オーブ以下のレベルだよ。だから大丈夫」




「そういう問題じゃ「行ってくるね!」ッ!……。はぁ、マスターは相変わらず自由人ですね……」






 ハルが座っていた玉座にはいつの間にかスカイ・オーブが居た。<主従交換>を使って転移したのだと把握したアルファはこれまでマスターの自由過ぎる行動に振り回されてきたことを思い出し苦笑する。そんなアルファを励ますように突然玉座の間に召喚されたスカイ・オーブはプルプルと体を震わせた。

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