第4話「出会い」
<主従交換>でスカイ・オーブとの位置を交換しダンジョンの外へ出たハルは、外の景色の良さに目を奪われていた。どこまでも続く大地に緑豊かな自然、直ぐ近くには大きな湖がある。前世のハルは田舎出身であり、幼少の頃自然と共に育ってきたため都内で働くようになって自然が恋しく思う時があった。
感動していたハルであったが、1つ見落としていることがある。空中に漂っていたスカイ・オーブと位置を交換したことだ。徐々に見える範囲が狭くなってきていることに不思議に感じ地面まで後数mというぐらいでやっと上空に転移したのだと気付いたが、特に対処することなくそのまま自由落下した。
地面に激突したハルはミンチになる――ことなく逆に大地の方が力負けし、ハルが落ちた所を中心に小さなクレーターができた。落下した時の衝撃により辺り一面は大量の砂煙が舞い、一時的に視界がとてつもなく悪くなるがハルは中級風魔法を使用し、すぐさま砂煙を晴らした。
辺りを見渡すと疲労困憊なのか肩で息をしながら地面に座り込んでいる少女が驚いた表情でハルを見上げていた。
少女へと近付こうとしていた兵士は、落下した際の衝撃波を喰らい主人の馬車まで吹き飛ばされる。混乱する両者であったが、その静寂は馬車が開く音によって終わった。豪華な馬車から出てきたのは、牛蛙のようにまるまると太り、油でてかっている醜い男であった。
馬車から出てきた男があまりにも悪徳貴族のそれであったため、ハルは逆に関心してしまった。馬車から下りた男は忌々しくハルを睨みつけ、私兵たちに指示を出した。
「貴様! 私とセレネの逢瀬を邪魔したんだ……。ただでは済まないぞ?」
「ッ! 私のことは置いて逃げてください! 旅の御方!」
少女――セレネは、複数の兵士が剣を構えながら男に近付くのを眺めることしかできない。突然現れた男は豪華な服装を着ているだけで丸腰だ。では魔法タイプなのかと言われると周辺国随一と謳われるセレネが魔力を把握することができないことから魔力を持たないことが分かり、武力を持たない一般人であると推測した。自分が原因で自国の民が殺されるのはたまらないセレネは、突如現れた男に悲鳴に近い声を上げながら逃げるように叫ぶ。
しかし、男はまるで事態を把握していないかのように呑気な雰囲気のままであり、複数の兵士から剣を向けられている状態に微塵も焦る様子を見せない。
男が呆然としている間に兵士が包囲網を形成し、徐々に距離を詰めながら確実に男の息の根を止めようと画策する。
徐々に距離を詰め剣と男の距離が1mかどうかという時点で兵士たちの主である牛蛙のような貴族は無情にも告げる。
「このアルドリン様の機嫌を損ねた大罪人だ。殺せ」
「や、やめてッ!」
これから起きる惨劇に耐えられず叫ぶセレネであったが、現実は無情だ。男――アルドリンの私兵はセレネの心からの叫びを聞いて誰も手を止めることなくハルに向かって剣を振り下ろす。
セレネは助からないことに絶望し反射的に目を瞑ったが、突如自身の両手にぬくもりを感じ目を開く。するとそこには信じられない光景が広がっており、驚愕の余り言葉を失った。先程殺されたと思われた男がセレネの手を握っていたのである。
言葉を失ったセレネに男は、道端で出会った人に挨拶をするぐらい気軽な口調でセレネに話を掛ける。
「やぁ、俺はハル。困ってるなら力になるよ?」
「貴様、何時の間に……ッ!?」
いつの間にか兵士の包囲網から抜け出しセレネの目の前に現れたことに驚愕するアルドリン。しかし、ハルはアルドリンを気にする様子など見せず、そのままセレネと話を続ける。
「君の名前を聞かせて欲しいな?」
「え、えっとセレネ・アーヴェルと申します」
「セレネって言うのかぁ~。いい名前だね!」
「あ、ありがとうございます?」
セレネはハルのテンションについていくことができなかった。そもそも先程まで命のやり取りをしていた場で自己紹介をするなど狂気の沙汰だ。それにセレネは周辺国において魔法が逸脱していると有名な存在である。容姿が分からなかったとしても名前を聞いて驚かない人などこれまで会ったことが無い。
度重なるイレギュラーと疲労困憊が重なり脳がショートしかけるが、公族としてのプライドを保つために気合いで何とか持ちこたえる。だが、そんなセレネの心情を知らないハルは話を続ける。
「それで最初に戻るんだけど。手をかそうか? その代わり君には色々とやってもらうことがあるけど」
ハルの言葉を聞いてセレネは自分の体を守るように抱きしめた。この男もアルドリンと同じ自分の体目当てだと思ったからだ。だが、ここで選ばないという手段はない。セレネには最後の公族として再びアヴェリス公国を興す義務がある。アルドリンの手を取れば一生奴隷生活だろう。実際にアヴェリス公国よりも先に悲惨な末路を辿った小国の第一王女がアルドリンの奴隷になったという事件が発生した。腐っても大国であるエルドリオン王国の第三王子。被害に遭った小国と親しい国は抗議したくてもできない。
だが、そんな中でも抗議した小国があった。それが原因で王国の両派閥の怒りを買い公族一人を残して滅ぼされてしまったのだが。
目の前の男も同じように自分を奴隷にするのかもしれない。だがアルドリンよりも御しやすいだろう。それに所持しているだけで嫌悪感に襲われる魔封じの首輪を持っている気配を感じない。ハルの実力は未知数だが最悪の場合、魔力が回復次第逃げだすこともできる。
セレネは思考を巡らせ答えを導き出す。その間約数秒。今際の際で<並列思考>を獲得したことが大きいのかもしれない。答えが出たセレネは差し伸べられた手を握りしめ告げる。
「お願いします、助けてください」
「何を言って「うん、任せて!」ッ 貴様、誰の許可を得て言葉を遮っているのだ! 兵士ども! あの不届き者を串刺しにし私の前へ引きずりだせ!」
『はッ!』
数百人の兵士が主の命令を遂行するために武器を構え突撃する。数百人が一斉に行動する様は圧巻だ。並の者であれば、足がすくみ怯んでしまうだろう。しかし、目の前の男――ハルは別である。一斉にこちらへ向かってくる兵士たちに背を見せることなく対面する。ハルの表情は絶望に染まって――いるわけではなく何やら困っている様子だ。
「うーん、魔物召喚も手だけど……」
『うぉおお!!!』
「殺してしまうだろうしここは「死ね!」」
「街級雷魔法」
最初にハルへ辿り着いた兵士がハルの首目掛けて剣を横に振る――よりも前にハルの魔法が発動する。突如晴れていた空が暗雲に覆われ、轟音とともに竜を模った雷が兵士たちへ向けて落ちて行く。本来であれば、絶命するほどの威力であったが情報収集と魔石収集の為に瀕死手前の威力へと落ちている。
加減しているとはいえ街級魔法。魔法が放たれた場所にはハルとセレネ以外に気を保っている生物はいなかった。魔法が終わると同時に空も晴れていく。
ハルの魔法を見たセレネはそのすさまじさに呆然とした。魔法において周辺国随一と謳われた自分が恥ずかしくなるとともにハルの力があれば、アーヴェル家復興に大きく貢献すると思いセレネは行動する。
ハルは上手く魔法が発動したことに満足していたが、馬も一緒に気絶していることに気付き「悪いことしたなぁ」と呟く。気を紛らわすためにセレネの方を振り向くとまるで自分の沙汰を待っている罪人のように土下座し震えている。
困惑したハルは、セレネに話かける――よりも前にセレネの言葉に遮られた。
「ハル様。先程のご無礼をお許しください。私は、愚かにもアルドリンとハル様を比べよりマシだと思うその手を握りまた。私にできることは何でもします。慰め者として生きろと言うのであればその通りいたします。ですので、そのお力を我がアーヴェル家復興にお役立て願いないでしょうか! 伏してお願い申し上げます!」
「う、うん。いいよ?」
「ありがとう、ございます……ッ!」
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