第26話「VS 犬神」
犬、神……だぁ?
「かはっ……」
血反吐を吐き、グラングランと揺れる頭でロメオは自らの判断ミス、
敵情の確認不足を恨む。
な、なるほど……。
Aランクは消息不明になるわけだ。
おそらく、対峙した時にこれを食らって人事不詳になったのだろう。
気が付いたときに慌てて追撃────入口を攻めあぐねていたコイツと、ついさっき中ボス部屋で遭遇し、戦闘に……。
そこにノコノコやってきたのがロメオ達だったわけだ。
……が!!!
「がはっ!!」
──ズンッ!
「お、おま……」
倒れる寸前で、意識をつないだロメオが一歩を踏み出す。
ズシンと重々しい一歩とともに、体中から血が噴き出し、鎧からボトボトとこぼれる──同時に、兜が限界を迎えてパリンと割れる。
「は、ははは……大した装備だぜ」
「ばか、な……どうやって?」
なにか魔道具を使ったらしいAランクは、対策のおかげで少々ふらつく程度で済んでいたらしい。
それでも足元はおぼつかないが、ロメオよりは幾分マシなのだろう。
もっとも、そんなロメオがフラフラながら五体満足でいられるのが驚きであったらしい。
普通なら即死──よくて意識不明の一撃が「神の咆哮」だ。
下級の冒険者なら一撃だったろう。
こればかりは彼らが未だに意識を失っていたのが幸いだ。
だが、振り出しにもどったとも──むしろ悪化したともいえる。
犬神が今だ健在で、ロメオ達は満身創痍────いや、まだだ!
まだ負けていない!!
「アンタ、武器は?」
「……ない」
だろうな。
業物っぽい剣が砕けた時点で回避に徹していた次点でおよそ察していたが、状況は最悪だ。
「わかった────大事にしてくれよ」
ポイッ!
「お、おい!! お前の武器だろうが────っていうか、銅の剣なんて借してもらっても……、って!
んなッ!!
「な、なな、なんだこの剣は──……! 魔力が……しかも、付与効果がいくつもあるだと?!」
は?
付与効果?
「──なんか知らんが、まだ、おニューなんだからな。壊してくれるなよ! つーか、もうアンタしか頼りになりそうにないんでね!!」
「ちっ、言われるまでもない!」
銅の剣を驚愕の表情のまま握りこんだAランク。
そして、ロメオは代わりに銅のナイフを引き抜き構える。
それにしてもどうだ──?
『神の咆哮』はそれなりに、奴こと人狼──否、犬神にも負担をもたらすのか、硬直状態が異様に長い。
おかげで一見して無防備に見えるが……あれは、あくまでもクールタイムの時間稼ぎなのだろう。不用意に近づけば強烈なカウンターが待っているに違いない。
スキルを使用し、硬直しているとはいえ攻撃できないわけではないからな。
つまり、このままカウンター狙いで牽制しつつ時間を稼ぎ、
回復次第──あれを連射してロメオ達を封殺。そして、そのまま倒しきるつもりなのだ。
くそっ。手数が全然違う──奴のそれを防いだとしても、
あいつはロメオ達が不用意に攻撃を繰り出せばスキルをキャンセルし、通常攻撃で畳みかけられるのだ。
それでは、まずい!!
どっちにしてもまずい!!
こっちの手数は『特攻』一択。
奴は気づいていないようだが、すでに手数はなにもないのだ。そして、「戦の咆哮」を増幅する兜は、同時にその効果を防ぐ能力もあったらしいも、それを失った今──次のスキルは防げない。
つまり、
次の『神の咆哮』までの短い時間が最後のチャンス!!
だから、
だから勝率を上げるために、ロメオは剣をAランクに渡し──自分のできることを最大限にする!!
そう!
「……俺が囮になる!! アンタは、回復し、最高の一撃をきめてくれ!!」
そして、
さっきの剣戟を決めれば、勝ち目はある!!
あの片腕を切り落とした攻撃──つまり、Aランクの攻撃はこいつに通用するのだからッッ!!
「お、囮だぁ!? 無茶をいうな!! それに私ももう限界で──」
ひゅ!
「っと! な、なんだ? ポーション?!……馬鹿! こんなの気休めにも──」
「気休めでもないよりはマシだろ!!」
上位の冒険者などは、普段より薬効の高いポーションを常用するせいか、低級ポーションではほとんど効果がないことがある。
おそらくこのAランクも同様なのだろう。ロメオが持ちこんだポーションはジュリー特性のそれだが、低級にがちがいがない。
たしかにAランクにとっては薬効はほんとうに気休め程度──……近所の薬草を抽出しただけのそれが、上級冒険者の御眼鏡にかなわないことなどは百も承知!
だが、気休め上等!!
ないよりマシ──!!
「ちっ!! あぁわかった!! だが、無茶をするな! 一秒でも隙を稼いでくれれば、なんとかしてやる!!」
「期待してるぜ、先輩よぉおお!!」
ついでに、よかったら味の感想を聞かせてくれ!
それはウチの目玉商品でね!
「馬鹿が!! 冗談を言ってる場合じゃ────くん?」
ん?
「さぁ、来いよ、ワンころ!! 猫じゃらしがいるかぁぁあ!」
挑発するようにナイフの剣先を振るうと、一気に肉迫するロメオ。
その背後で、Aランク冒険者が渡したポーション数本まとめて一気に煽る気配がした──なぜか、驚愕とともに、
「こ、れ、は────」
しかして、そんなAランクの呟きすら聞いている暇もなくロメオが仕掛ける!!
一世一代、この日この時この瞬間この刹那かぎりの特攻を!!
おおおおおらぁぁあああああああああああああああああああああああ!!
『──ッ!』
突撃するロメオをみて、
しぃぃ……! 牙をむいた犬神。どうやら、来るなら来いとでも言っているらしい──スキルをキャンセルするや否や、体を低く落として、残った手でロメオを切り裂こうとカウンターの下段攻撃!!
「上等ぉぉおおッ!」
──両者突撃!!
突進と突進の速度が加速度的に距離を縮め。
相対速度が音速に近づく!!
刹那ッ!!
「おらぁぁああああああああああああああああ!!」
『ゴルァァァアアアアアアアアアアアアアアア!!』
剣なし
盾ナシ
兜無し!
だけど、
鎧と……、
「──根性だけは残ってらぁぁアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
ドブシュ────!!
ロメオは最初から捨て身の一撃を狙っていた。
左手を顔の前にし、致命傷を避ける盾としつつ、逆手に持ったナイフを右手に高く構えて、
そして、狙い通りに犬神の抜き手がロメオの鎧に突き刺さる!!
「ぐぉぉおおおおお……!!」
刺さる。
刺さるが────!
「……そう簡単に貫けると思うなよぉおおおおららぁぁぁあああああああああああああ!」
ズンッ!! と腹を突き抜けるような衝撃と、それを追うようにして、奴の鋭い爪がロメオを襲う!
その爪は皮の鎧を補強する骨を割り砕き、硬化処理した革を引き裂き、その先を充填している生ゴムを抉りぬき──……ゴムをサンドイッチしている反対側の皮にも突き刺さると、
次に、鍛冶屋の親父に貰った鎖帷子が絡んで……最後にジュリー特性の
──ブシュッ!
そしてついに、ロメオの皮膚を引き裂くと、柔らかい内臓に到達────する、その瞬間を見計らって、
「ふんっ!!」
ナイフを上から降りおろし、犬神の手の甲を貫く!!
「がはっ!!」
『グギャッ!』
かってぇぇえ……!!
銅のナイフぐらいでは引き裂けない体毛と皮膚と骨格!!
だが、鋭い切っ先が突きたつ激痛に奴の顔が歪む!!
「へ、へへへ……な、嘗めんなよ!」
ベッキーが、
プルートが、
ジュリーが、
皆が作ってくれた装備がそう簡単にやられるかよぉぉおおおおおお!!
ガガガガガガガガ────!!
ロメオが背後に押されることで、足と地面が猛烈に摩擦──……くっきり浮き上がる電車道!!
だが、貫けぬ!!
貫かれてたまるかぁぁ!
──おおおおおおおおおおおおおおおおお!!
背後に押しつぶすほどの衝撃でもまだ貫けぬ!!
斬撃と、衝撃と、刺突の全てに対応するお手製装備に数々が犬神の攻撃を受け止める!!
「…………かはっ!」
だが、到達した爪がロメオの内臓に達したところで、ついに、ロメオの力尽きようとしていた。
とっくに満身創痍。
とっくに限界。
とっくに────────……とっくに一秒は経ってんだろうがよぉぉオオオオオ!!
「あぁ、よくやった!!」
よくやったぞ──デカイの!
「そして、いい剣だ。いいポーションだ!!……いい男じゃあぁぁああないかかああああああ!!」
──ブォオオン!!
周囲に立ち込める熱気!
それは金属を溶かすほどの熱気となって独特のイオンの香りを沸き起こす。
その先にあったのは、ロメオの愛剣──銅の剣。
ブラウンゴールドのそれが
ブラウンからオレンジへ──オレンジから赤熱へ、そして、赤く燃える刀身がバチバチッと火花を散らしながらも、ゴールドに輝き高温と高魔力を発して火を放つ!!
「はぁぁぁあああああああああああああああああああああ!!」
高温の生み出す上昇気流が、
彼女を中心に力場を生み出しローブをはためかせる!!
褐色の肌、
細く華奢な体ながらも均整の取れた傷だらけの肢体、
そして、炎よりも赤く輝く瞳と美しく伸びる笹耳が、
彼女の口を彩る凶悪な笑みとともにまさにAランクという強者をそこにたらしめんとしていた!!
ガシッ!!
だから、ロメオはその一撃を完璧にサポートする。
気の遠くなる程の激痛を押し殺し、渾身の一撃で奴の腕をからめとり、全身の筋肉でその場に縫い留める!!
刹那。
犬神は死を覚悟したのか、
直前までロメオから腕を引き抜こうとして
ニィ
……腹立たしいくらいにさわやかな笑顔──否、いい顔だ。
その顔が、
背後から切り裂く黄金の剣戟によって上下に断ち割られ、笑う口元だけを残して、そのままグラリと倒れる。
もっとも、倒れるを良しとせずに、過剰とも思える連撃が繰り出され、
「はぁぁああああああああああああああ!」
斬ッ
斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬──!
……その体を細切れになるまで切り裂くのをロメオが微動だにせずに立ち尽くしていたのであった────。
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