第25話「その名は亜神」

 人狼。


 人と獣の合成生物で、一説には、狼化することのできる種族を指すとも、

 なにかの病気で狼化現象の進んだ人間であるともいわれる。


 月夜に血と肉を求めて人里を襲撃し、

 ときには軍隊すらも翻弄する上級モンスターだ。


 もとは人間だと言われることもあるが、

 この状態の人狼とあって生き残った者は稀であり、一様に意思の疎通は不可能──強力な攻撃を繰り出す化け物として戦闘が始まるのだと言う。


「冗、談──じゃねぇ……!」


 そんなの、ぶっちぎりでAランクモンスターじゃねぇか!

 しかも、人狼はいわゆる人間型タイプの魔物だ。

 その傾向によってランクが大きく変わる。


 人型は大型種もいれば小型種もいるし、

 長年わ、かけて戦闘建研を詰んできたものもいれば、獣化して間もないものもいる。


 ……共通しているのは恐ろしく凶暴なことだけ。


 しかも人狼とくれば平均してかつ甘く見積もってAランクだ!

 そして、コイツはかなりの体躯を誇る。

 どう見積もってもAAダブルエーは軽く超えているに違いない!


「なんだってこんな奴が、『夕闇の洞穴』に?!」


 どーりで、ダンジョンブレイクを起こすわけだ。


 獣と人の中間のようなコイツの性質はまだまだ不明なところがあるものの、おそらく、そのどちらも統率可能!


 狼の強さと、人の知恵を併せ持つなら、動物系モンスター、亜人系モンスターの両方を従え、軍団すら作れるだろう。


 否ッ、コイツにそこまでの知識と本能があるかは不明──だが、こんな田舎の初心者ご用達のダンジョンのモンスターなら黙って従うだろうさ!!



  グルルルルルル────!



 ギギギッッ、キン!!


「こ、このぉぉ!!」


 人狼の強烈な一撃が、剣を……そして、盾を通して伝わって来る!

 そして、奴の凶悪な爪が、銅の剣のそれを徐々に切り裂かんとする!

「はっ!そりゃあそうだよな!! 騎士様の鋼鉄のプレートアーマー切り裂くと言われる人狼だもんな!」


 だけど、こっちの装備だって見てくれはアレだがなかなかのもんだろ!!


 もっとも、かろうじてベッキーの盾が防いでいるがこっちもかなり分が悪い。

 大亀の甲羅はそのまま盾にも使われるほど頑丈なそれだが、やはり鉄の装備には遠く及ばない。


「ぐ、ぐぬぬぬ!」


 ギシギシと不気味な軋み音を立てる盾。

 い、今にも割れてしまいそうだ……!


「ぐ、ぐぉおお!」


 気合を入れ直し押し返すロメオ!

 だ、だが…………。


(な、なんつーパワーだよ!)


 パキンパキンッ!


(げっ?! スパイクが!)


 カウンター用のスパイクとして付けられた一角兎の角が奴の爪が滑るたびに折れる嫌な音が響く!


 な?!

 冗談だろ?!毛皮が厚すぎて効いてないのか?!


「なんだよコイツ──!!」


 なんで、こんなのがこのダンジョンにいるんだよ!


 そんで、リーダー!

 他の連中も何やってんだ──さっさと支援しろよ! 呑気に寝てんじゃねぇぇぇええええええ!!


 だが、ロメオの心からの叫びも通じない!


 形成が有利と見て取ったのか、盾と剣の先の人狼がニヤリと笑いやがる!


 体格からして違うのだ! そりゃあ、勝てると思うわな!

 大柄なロメオをよりも二回り以上も巨大な体躯──人狼らしい、黒い体毛と…………って、黒い体毛じゃない?!


「な?! おいい! て、てめえ!! 本当に人狼か!?」


 な、何だよコイツ──────!


「……し、白い、体毛?! いや、これは銀色!」


 そんな人狼聞いたことないぞ?!

 いや、まさか……!


「おい、そこのデカイの!! 何とかして隙をつくれぇぇえ!!」


 は?


 誰だ、この声────って、

「お前は、行方不明のAランク冒険者か!!」


 ロメオから視認距離。

 ユラリと立ち上がった人影が、なにやら手にした剣を真っ赤に滾らせ不躾に叫ぶではないか。


 しかし……。


「なんとかって具体的にどうしろってんだよ! 見りゃわかんだろ、押し込まれてるんだよ!!」


 身動き一つできねぇっつーの!!


 だいたい、

「俺がデカいんじゃねー!! お前がチッこいんだろうが!!」


 ぬんっ!


 だが叫びながらも、なんとかしようと・・・・・・・・剣と盾をクロスして押し返そうとするロメオ!


 もちろん、パワーですら勝てない以上、何意味もなかったがそこに────パラリっ。


「へ? メ、メモ??」



   ……しかもこれは、ベッキーの字?




  『ヤバなったら、これ押しやー』





「ッ!!」


 まさに、ヤバなった状況。

 ヤバい状況。


 つまり──────「いま、押せってことか!」


 ……ポチっとな!


 刹那ッ!!



   キュバーーーーン!!



 なにかが、

 盾の奥から何かが作動する音!!

 その瞬間、目の前で勝ち誇った顔の人狼が、突如跳ねるようにして顔をのけぞらせる!!


『キャウン!!』

「……デカいのよくやったッ!! そして、転がれぇぇえ!」


 ──おうよ!!


 Aランクに言われるまでもなく、この隙をついて背後に転がるロメオ。


 何が起こったのか、

 何が起こるのかを、その刹那の間に全て間に焼き付ける──────バァァァン!!


 転がった瞬間、

 そして、人狼を奇襲した瞬間、ロメオの盾がついに破壊される。


 その時見た。


 否、その前にも見えていた────ベッキー特製の「秘密ギミック♡」ボタァン! を押した瞬間、盾の前面に取り付けられていたスパイクが何と全弾発射!


 それが、至近距離でロメオを押しつぶさんとしていた人狼の顔面を強襲────目に突き刺さり、奴に重傷を与える!!


 僥倖!!

 まさに僥倖!!


 いや────ナイスだベッキー!!!


 ベッキー特製ギミックの正体は、スパイクの全弾発射か!


「はは! 帰ったらハグしてやるぜぇ!」


 射程は短いものの、ゴム動力を内部に仕込んでいたのか、至近距離ではショットガンのように面制圧で退治する物を奇襲する素敵装備だったのだ!!


 そして、

 どうやってできた隙かは知らなかっただろうが──状況を柔軟に判断したAランク冒険者がその隙を逃さず一気に突きかかる!


「さぁぁあああああああああああああああああ!」

『グルアアァァアアアアアアアアアア!』


 あの真っ赤に燃えた剣が、ロメオの視界を覆いつくすように、這いつくばる人狼目掛けて────……。



   ガギィィン!!



 剣士の気合いと人狼のそれが一瞬で交差し、

 刹那の邂逅を経て両者が切り結ぶ!


 剣士の一撃は見事!!


 そして、超反応でそれに対応した人狼もまた見事────見事すぎる!!



   ボンッ!!


『グガァァァ!』


 ゆえに互角!

 いや、剣士の必殺の一撃が僅かに人狼の攻撃を上回り、奴の片手を爆散させる。


「やったか?!」

 その光景を目に焼き付けていたロメオであったが、刹那。


 ──バキン!!


 人狼の片手の爆散とほぼ同時に、剣士のあのいかにも業物っぽい赤い剣が激しい爆砕音を残して砕け散る。


「ちぃぃいい……!」


 そして、舌打ちする時間すら無駄とも思えるほど、人狼の反撃もまた早い!!


 片腕を失い──目に傷を負いつつもなおも失せない闘志と憤怒に顔を染め、そのまま体を反転すると、残る手一本でAランクを薙ぎ払おうと一撃にかけるその姿!


「らぁぁあああああああああ!!」

「な!!」


 全てが一瞬、

 全てが超反応────だから、ロメオも動いていた!!


 それはほぼ反射的な行動だった。


 両足で一気に跳躍すると、空中には失った盾の破片が未だ舞う中を突っ切り、開いた手で予備のナイフを引き抜くと、銅の剣と合わせて二手に構えてクロスし、人狼とAランクの間に割って入る!


「守勢にまわったら、負ける!!」


 もちろんこうなることを考えていたわけじゃないが、この規格外に強い人狼相手にロメオ達がいくら束になってもかなわないのは道理────ならば!


 ギィィイイイン!


「ってぇ……!」


 だが、ギリギリのところでAランクへの直撃を逸らす軌道に体をねじ込んだロメオ。


 鉄すら切り裂く爪と、甲羅の盾すら砕くパワーの一撃に、剣とナイフと鎧だけで防ぐ無茶な行動だ!


「か、片手のくせに攻撃が重てぇ!」

 なんつーデタラメなパワーだ。


 腹から背に突き抜ける一撃に息がつまる。

 たが、Aランクをカウンターで仕留めようという必殺の一撃だ。当然だろう。


 そして、普通ならロメオに防ぎきれるはずもないが──……。


「……ぺッ!」


 血反吐一つ吐くと、ロメオはいまだ無事の体を起こして、ニヤリと笑う。


「へ、へへ……。すげーだろ、ウチの工房の鎧はよー」

『グルルルル……』


 剣とナイフで受けた一撃!


 しかし、衝撃は殺しきれずそれ・・がロメオに突き刺さり普通なら内臓破裂で、ジ・エンドだ。


 ……だが、そうはならない。


 なぜなら、ロメオの装備は工房製の特注品!

 一見、ただの骨と皮で作っただけのその鎧だが、中身は完全にオーバースペックのそれ!


 そう。

 鉄でも、鋼でも、ミスリルでもない──ただの皮の鎧に見えるが…………。


「──そのへんの鎧とは一味違うぜ!!」


 どっせい!!


 ロメオ、驚愕した人狼の腕をひねり、体術の要領で転がすと、そのままマウントをとり顔面を強襲!


「こちとらゴムを仕込んだ衝撃吸収材つきなんだよ!」


 工房装備を宣伝する場面じゃないのが残念だが、それでも命があっただけ儲けもの。


 そして、攻撃は最大の防御!


「まだ、おわりじゃねーぞ!!」

 うらぁぁああああああああああああああ!

『ギッ! ガッ!』


 ロメオはがっぷりと組み合った姿勢から、攻撃に転じると息もつかせぬラッシュを浴びせる!

 もちろんゼロ距離。

 つまり、剣でもナイフでもない拳打による強襲だ!


 剣すら通りにくい毛皮と分厚い筋肉に所詮は拳打などゴミクズほどのダメージしか通らないだろう。


「──だからぁぁあああああああああああ!!」


 手数で稼ぐ!!


 殴る!!

  おらぁぁああ!!

    殴る!! 殴る!! 殴る!!


「おらぁぁあああああああああああああああ!!」


 一発が弱くても、100発もブチかませば別だろうが!


「死ねやごらっぁああああああああああああああ!!」

『ゴォアアアアアア!!』


 ドガガガガガガガガガガガガガッ!!


 ほぼゼロ距離で放たれるそれ。

 もちろん狙うは急所だ。狼でも熊でもサメでも、人間でも急所となる鼻っ面に叩き込む無数のパンチ!


 次第に、腕がしびれるのを感じるが、まだまだぁぁああ!! ドガガガガガガッ! と叩きこまれるそれが、奴の鼻と口から血を吹き出すまでになり、その銀色の体毛を染めていく──……が、


「い、っってぇ…………。どんんっだけ硬いんだよ、おめーはよぉ!!」


 奴の鼻と口に付いた血は、なんとロメオ自身のものだった。みれば、ロメオの拳はひしゃげ、爪は割れているではないか。


「は、針金かよ!」


 さらには、体毛の硬さもさることながら、その下の皮膚は脂肪と筋肉に守られており、一切の衝撃を通さないようだ。


 そして、ロメオの拳を見やりニヤリと笑った人狼の野郎は、拳を破壊するや否や、一気に体を刎ねさせると、そのまま大口を開けて喉笛を狙おうとする!


(────あ、これは死ぬやつだっ)


 どこか冷静にそう考えていた時、誰かに首根っこを誰かに掴まれて背後に猛烈に転がされる。


「あだっ!」

 ゴン! と、地面に強かに打ち付けた頭に、声が降ってくる。

「馬鹿が!! あれがそんなことで倒せたら苦労などいしない!!」


 Aランク冒険者だ。


 よく見れば華奢なその腕で、よくもまぁロメオを引き抜いたものだが、ローブから覗く細い手足は筋肉に包まれている──同時に無数の傷も。


「ったく。……それで、お前らは増援か?────いつ来た?」

「は? たった今だよ──アンタらが……いや、アンタが帰ってこないから、最後の最後で俺たちが行くことになったんだっつの!!」


 最後??


「おい、待て!! 今何日だ────いや、私が突入してから何日たった?!」

「何日って──……二日だけど?」



 グルルルルル……!



「ふ、二日ぁあ?!……ばかな!! よくもまぁ、それだけ防げたものだ!」

「何を他人事みたいに──……生きてたなら一回帰って来いよな」


 おかげでこっちは大損害だっつの!!

 未だ起き上がってこないリーダーと他の決死隊メンバー。


「うるさい!! こっちも予想外だ! まさか、あんな規格外がいるなんて聞いてないっての」


 まるで少年のように高い声。

 そしてヒステリックに騒ぐ態度に、とてもAランク冒険者と対峙している気分にならなかったロメオはついついため口で話す。


「それに、増援がお前みたいな──こんなの・・・・がくるってことは、よほど戦力がないのか?!」

「こんなので悪かったな!!」


 骨の兜に、

 骨付き鎧、

 甲羅の盾、


「オマケに──『銅の剣』だぁぁああ?! 素人しろうとか!!」


「うっせーな!! これしかなかったんだよ!!」

 つーか、これでもBランクだっつの!!

「そんなBランクがいるか、バカ!!」

「馬鹿っていうな、自慢の一品だっての──あーん、もういい!! 仲間を収容して一回退くぞ!!」


 チラリ。

 ようやくフラフラとではあるか、意識を取り戻しつつあるリーダーたちを尻目に、ロメオは人狼を油断なく見ながら身構える。

 どうやら、Aランクと合流したことで、一筋縄ではいかないと思ったのか速攻で攻めるような雰囲気はない。


 もっとも油断は一個もできないのだが──。


「引くもなにも、ここで倒さないととんでもないことになる! それともなんだ? 外には増援がまだ来るのか?」

「あぁ、領主軍がな!……早ければ今日の午後──騎士を引き連れてくるし、明後日には本隊もな!」


 き、騎士?!


「馬鹿な! Aランクは?! 王都からの増援は?! 騎士なんぞ、いくらいても、こいつには────」


 よほど失望したのか、戦慄わななくAランクはついに目を見開き声を震わせる。

 しかし、なんだってそんなに失望する? 確かにこの魔物はつぇーが、騎士が到着すれば──人狼の一匹や二匹……。


「何言ってる? コイツが人狼だって?!」

「は?」


 人狼だろう?

 二本の脚で立ち、狼のごとき体毛の──────……銀色の体毛?


「人狼相手なら、私が負けるはずが────」



    キュィィイイイイイイン!!



 その時、空気が冷えわたる様な奇妙な音が耳朶を討つ。

 何事かと見れば、あの人狼(?)が口になにか光のようなものを収束させる。


 な!

 なんだあれは────……。


「ぐ! またあれだ!!! おい、なんでもいいから耳塞げ────!! あれは、」


 あれは────!




 ゴオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!



 刹那、世界が揺れる。


 キーン……。という音だけに閉ざされ視界すらも真っ暗になる。


 そして、

「か、ご……」

 意味をなさない呟きとともに、目と、鼻と、耳から血が噴き出すのを確認したロメオは片膝をついて呆然とする。


(なんっ、だ。これは……?)


 咆哮?

 いや、ただの咆哮でこんなにダメージを受けるはずがない。


 ならばいったい?


「う、ぐ……」


(そういや、あのAランクがなにか、口にしていたっけ?)


 そうだ。


 たしか、超上位種のモンスターが稀に習得している「戦の咆哮ウォークライ」などの上位スキル。


    神の咆哮ゴッドブレス


「は、はは……」

 たしか、そんな名前のスキルだ。

 通常の魔物ではありえない、防御不可の神が扱うチートスキル。


 つまり、

 あいつは人狼なんて生易しい相手じゃなく────。



「亜神系のモンスター……『犬神』か──」



 くそっ。

 銀毛の時点で気づくべきだった──……。


 そう。

 奴こそ、人狼のさらに上位種──Aランクをぶっちぎる、AAAクラスのモンスター。




 …………まさに厄災そのものだ。


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