第21話「Bランク冒険者」

 一時的に封鎖の成功したダンジョンの入口ではあったが、その後何度か行われた攻防によって幾度となく封鎖が突破され魔物があふれ出る事態となった。

 その大量の魔物をロメオの獅子奮迅の活躍で切り裂き、凌ぎきったが──夜を待たずに負傷者は山積みとなり、もはやこれまでという所で、ようやくギルドからまとまった増援が到着。


 近隣から駆け付けたC~Bランクの冒険者によって、

 なんとか戦線は遺棄を吹き返し魔物を抑え込むことに成功──夜が到来し、その波も一時的に静まることとなった。


 そして……。



  りー……。


   りー……。



 どっかで羽虫の鳴く静かな音が響く、静かな夜であった。

 昼間の喧騒とは打って変わって、しっとりとした空気すら流れている。


 ……もっとも、ダンジョン内はいつも通り薄闇の洞窟であるためか、入り口付近ではモンスターの洗い息遣いが聞こえていた。

 ただ、奴等もダンジョン外の夜に恐れをなしているか、陽が落ちてからは外に出る気配をなくしていた──。おかげでロメオ達冒険者や、衛兵隊らは一時的に休息がとれるのは本当にありがたい。


 ……もっとも、その衛兵隊も既に壊滅状態。


 反撃など思いもよらず、いまはなんとか軽傷者を復帰させて息をついている状態だ。……なにより無事なものはただの一人もおらず、あの衛兵隊長も一時意識を失うほどの大怪我を負っていた。

 その時だって、士気が崩壊しかけ──あやうく全滅しかけたが、ロメオがギルドに売ったポーションのおかげで事なきを得ていた。

 本当にありとあわゆる物資がそこを尽きかけているのだ。


 ……そして戦力でいえば、残るは冒険者を主体としたパーティだけだが、

 彼らで戦線を支えるのは非常に困難を極めることになった。なにせ、初対面の者も多く──連携という点で言えば衛兵隊にそれには遠く及ばない。


 頭数だけはそれなりに揃えたが、所詮は集団戦においては素人集団だ。

 そして、再び魔物が溢れるような集団戦闘となれば、次はおそらく支えきれないだろうというのがギルドと衛兵隊の出した結論であった──。


「……つまり、夜のうちに打って出ると言うことですか?」

「あぁ、それしかあるまい」


 全身──とくに顔を大きく包帯を巻いた衛兵隊長が難しく頷く。

 それがどれほど無茶か、彼とてわかっているのだ。


「騎士団はいまだ未着──……そして、到着したとて、部隊がこの有様ではな」


 うううう……と、呻く声があちこちから響く地獄の様相だ。

 元気なのは、到着したばかりの冒険者ばかり──しかもその大半は、近隣の村々から来たものばかりだ。


「……現実的には、それしかありませんか──」


 ロメオの苦渋に満ちた声。

 昼間から加わった彼はそれなりに信頼されたのか、軍議の中心にいた。

 そして、方針を求められるまでになっていたが、最終的な決断を下す立場にはない。


「あぁ。今のままでは明日の午前中には戦力が枯渇する。……冒険者諸君は、よくやってくれているが、防戦は難しいだろう」


 ううむ……。

 そう言われるとロメオ以下全員が黙り込む。


 確かに、守ると戦うでは戦い方が全然違う。

 一体一体ならロメオ達冒険者でも負けることはないが、魔物は前後左右どの方向からも押し寄せる。そして、それ・・を凌ぐには衛兵隊の重装隊列が必要であった。


「──だが、反撃もほとんど賭けになる。……失敗すれば戦力を失い、昼を待たずに全滅する──町は滅びる」


 うぐ……!

 隊長の適格に過ぎる状況判断。それは残酷に過ぎる正論だった。


「それでも、やらねばならん。やらねばいずれジリ貧だ。……明日一日はもたんだろう。だから、すべては私の責任の下で行う──ただ、命を張ることになるのは君たちだ」

 そう言って隊長が見渡したのは、ロメオを中心としたここに集うCランク以上の冒険者──10数名。

 もちろん、Aランクはいない……。

「……断ってくれてもいい。私に君たちに命令する権利はない」

 そうだ。


 ロメオ達はあくまでも冒険者──そして、自由人だ。

 ギルドにだって命令する権利はない──ただペナルティで縛るだけだ。


 そして、ペナルティと命なら、誰だってペナルティを取るだろう────。


 それでも……。

 それでも────。


「やりますよ。……考えるまでもありません」

「ロメオくん?!」


 即答したロメオに隊長が驚く。

 居合わせた冒険者も同様だ。


 しかし、ロメオに逡巡はなかった。


「どのみち全滅するなら、勝率が高いほうを選びましょう──……ジワジワ死ぬくらいなら、俺は勝ち目が高いほうを選びますよ」

 それに、ウール・プランツにはお世話になっている。

 みすみす壊滅するのを見守る趣味はない──なにより、

「ここが失陥すれば、次は俺達の村です……早いか遅いかだけ、だったら悩む理由なんてありますか?」

「それは……」


 そうだ。

 ロメオは知っている────話に聞いただけとはいえ、ダンジョンブレイクがもたらす恐ろしさを、耳に聞いて、体に利いている。


 すでに今日一日の戦いで理解していた。

 あの数のモンスターが一斉に飛び出せば、ウール・プランツだけでは済まないだろうことを。


「し、しかし──。もしかすると、明日には増援が間に合うかもしれん! 上級の冒険者だって駆け付けるかも!」

「可能性の話ですよね? それに──冒険者なら、夜通し駆け付けるなんてあり得ませんよ。つまり、今日ここにいないと言うことは──早くとも、明日の朝以降の出発組しかいません。それは、午前中までに駆け付ける可能性のある冒険者はほぼ皆無ということです。……騎士様だってそうですよね?」


「む……!」


 ロメオの言葉に押し黙る隊長。

 ……そうなのだ。昼行性のモンスターが夜を恐れるように、人間だって、無理を押して夜に行動はしない。

 軍隊ならなおさらだろう。

 たしかに強行軍で駆け付けることも可能な距離だが、それをして、即日戦闘に加入??……無茶だろう。


 つまり、隊長の言う可能性がそもそも低く、

 ましてや都合よく『軍団』を蹴散らせるだけの戦力が来るという希望自体がありえないのだ。


「──なら、もうやることは決まっているじゃないですか」

「………………すまん」


 隊長はそう言って頭を下げるが、ロメオだって同じ立場ならそうするだろう。

 ただ、ロメオは冒険者で、いち戦力単位でしかない。

 ならば自分にできることをする────それだけだ。


 ……結局、そのあとは志願制となり、最終確認が取られた。


 意外なことにかなりの数の冒険者がその無茶ともいえる「決死隊」に参加を表明。

 内訳はその場に集ったCランク以上のもので約半数──……Bランク3名、Cランク5名の一個分隊にも満たない数だ。しかし十分に過ぎる覚悟と戦力。


 ロメオたちはすでに覚悟を決めていたのだ。

 

 そして、作戦の最終確認を済ませて、参加する8名は一度街に戻り休息をとることになった。

 作戦参加時刻──夜明けから半刻後。


 モンスターが再び活動を始めるであろう直後をくことになった────……。




 ……そして、街の宿屋にて。




 ジャラリ。


「ふー……」

 鎖帷子を脱いだロメオはぐったりと疲れる体を、ベッドに横たえた。

 普段は泊まれないような高級宿(※ 田舎に街にしては──)の一室を借りて休めるのはありがたかったが、街は静まり返り、食事も最低限しか準備されなかった。


 避難できるものは近隣に避難しているのらしい。

 この宿もギルドが無理を言って借り上げたものだそうだ。


 ただし、本当に宿だけ。

 従業員もいないせいか、お湯を分かることもできず、ギルド職員は無理をして準備してくれた薄い携行食と溶かしたスープと硬いパンだけの夜食だ、

 それでもありがたくいただくと、簡単すぎる食事は一瞬で終わり、それを見届けたギルド職員は一礼して去っていった。


 彼らは、街からダンジョンまでの往復を考えて、黎明時にまた起こしに来ると言う。

 ……監視とは言うまい。



「休まないとな……」



 体は疲れているのに、頭が興奮しているのか冴えているのか寝つけない。

 下手をすれば明日死ぬかもしれないという現実感のなさも手伝っているのだろう。


 シュラン……。


 枕元に置いた剣をなんとなく抜くと、寝ころんだまま刀身をみつめる。すると、手入れをされたそれが部屋のランタンの明かりを受けて鈍く光った。

 あれだけ戦い続けたのに、刃こぼれがほとんどない逸品だ──。


 そう。せめてもの支援・・・・・・・としてギルドが手入れだけしてくれた。

 もちろん、あの鍛冶屋の親父だ。(ぶつくさ言っていたが仕事は丁寧そのもの──)


 ……そして、要望していた装備はやはりどこにもなかった。

 いっそ、負傷して後送された冒険者や衛兵のそれを借りらればと思ったが、それだけの怪我を負った彼らの装備が無事なはずもなく、結局、鎖帷子一つで戦うことになった。


 留守番部隊から借りると言う手もないではなかったが……。

 彼らとて魔物の矢面に立つのは同じだ。

 そんな彼らから借りるなど出来るはずもない。


(……それにまぁ、調整もしてない装備を貰ってもな──)

 履きなれない靴で登山をするようなものだ。それならいっそ、普段通りの方がいいという判断だ。

 そう言った意味では、鎖帷子は鍛冶屋の親父が調整してくれたおかげで中々使い心地がいい。銅の剣は言うまでもない──。


 なにせ、工房のみんなの手の入ったロメオの専用装備だからな。


「はぁ……。皆、今頃どうしてるかな」


 銅の剣の反射面に、ベッキーやプルートの横顔が浮かび、消えていく。

 そして、反射した光が先端に上ったところで、泣きそうな顔のジュリーのそれが交差する。


「……怒るだろうな」


 あれほど無茶をするなと言われたばかりだ。

 それが無茶以上のことをしようとしている。


 ──決死隊だぜ?


 ……それでも、やらねば家族の身すら危うくなるだろう──だから、ロメオに逡巡は全くなかった。

 後悔があるとすれば、皆と最後に交わした会話があまりにもいつも通り過ぎたくらいか──……。


「とはいえ、根性の別れになるなんて考えてもみなかったからな──死ぬつもりはないけどさん」

 いっそ、今から村に行けば、ギリギリみんなの顔をみるくらいは──……ははっ、バカだな。


 それじゃ逃げるのと同じだ。


 逃げたって批判される謂れもないけど、周囲はそう見るだろう。最悪、皆の顔をひと目見て、また舞い戻ることもできなくはない。

 できなくはないけど……、それじゃ本末転倒。──移動で疲れ切った身体で戦いに挑めば確実に死が待っている。



 それでも──それでも……。



 じっと銅の剣を構えたままのロメオであったが、

 いつしか眠りに落ち────夜明けを待たぬ時間にギルド職員によってたたき起こされるのであった。



 そして、



※ ※ ※




 『グギャァァァアア!』

  『ギャギャァァアアア!!』


 バンッバンッ!

  ガンガンガンッ!


 ダンジョンの入口付近は、やはり魔物が集結しているのか、不気味な声とバリケードを内側から叩く音がここまで響いている。

 ただし、威嚇する声や音ばかりで、封鎖を破壊するような気配はない。やはり、夜のダンジョン外を苦手としているのか、朝を待っているらしい──。


 ──総員アーレメナー傾注アハトゥング


「最終確認をする。ロメオくん以下8名は、封鎖を除去したのち、我々の援護のもと、ダンジョン内へ突入──……ボスを発見し、討伐。それを任務とする。相違ないな?」

「「「「はい!」」」」


 しっかりとした声で答えるのは8人の戦士・・たち。


 大半が若い冒険者であったが、ベテランのBランクも一人含まれており、彼が今回のリーダーとなる。

 ロメオも実力は認められていたが、やはり指揮という点では、ベテランに一歩劣るということで特に反対はしなかった。


 いずれにせよ、中に突入すればどうなるかわからない。

 ボスの位置も不明だ。


 だから、冒険者個々の実力に従い、捜索サーチ──そしてアンド殲滅デストロイするのみ。


「すまんな……。本来、我々衛兵隊の役目だというのに」

 だいぶ律儀な隊長さんらしい。

 ほんきで苦渋に満ちた表情でロメオ達を見送る。

 騎士と言えば一応は貴族階級だろうに、平民のロメオたちにも分け隔て内人格者らしい。


 だから、その期待に応えるわけではないが、ロメオたちは力強く頷く。

 そして、作戦開始をじっと待つ。


 ロメオ達の背後に続々と集まる、衛兵隊の残余と冒険者たち。彼らと手痛々しくも包帯を巻き立っているのもやっとの兵士さえいる、

 だが、

 封鎖の解除と同時に、彼らの援護射撃を受けて一気に突入するのだ。


 ──その開始まであと半刻。


「はー……、はー……」

「ふー……、ふー……」


 若さや、いっそ幼さすら見える冒険者たちもいる。

 そんな彼らの心情におもんばかってか、徐々に白み始める空に、ドクンドクンと心臓が高鳴るのが聞こえた。


 ロメオも、静かな緊張を胸に、

 腰に下げた銅の剣の柄に手をかけ、貰ったばかりの鎖帷子の重さを感じる────……くくく、我ながらすげぇ恰好だな。


 ──村人Aか。


 ジュリーやメリザさんの言葉じゃないが、集まった冒険者や衛兵たちに比べてなんて装備だろうかね。

 これは間違いなく死ぬなと、思うとなぜか笑えてきた────そして、突入時刻が近づき、脳裏に過る妹弟たちの顔が浮かんでは消える。


 ベッキー……。プルート。

 そして、ジュリー……。




「突入、5分前!!」




 おう!!


 一斉に上がる声。

 そして、高まるボルテージ!!


 シュランッ! 布を巻いただけの銅の剣を引き抜くと、構えるロメオ────さぁ、



 さぁ、さぁ!



 さぁ──────────!!





 「待て!! 突入、いったん待て!!」




 その声に、一瞬毒気が抜かれるロメオ達。

 訝しがって振り返ると、負傷したままの隊長が慌ててロメオ達を押し留めると、言った。

 なんでも、使いの者が来てどうしても通してくれという────それも、ロメオ宛だという。


「え? おれ──?」


 なんかあったっけ?

 こんな時に来てくれる使いなんて──────……ッ!



「ま、まさか……」






 みん────。

「おーい、ロメオぉ!!」



 って、ええ?


 ぎょ、御者の兄さん?!




 ──ズルッ。




 そこにやってきたのは、最愛の家族の顔ではなく、

 最近、割とよく見ることになった村と街を往復する荷車運航の御者のあんちゃん・・・・・・・・であった──。


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