第20話「ダンジョン前攻防戦」

 わーわーわー!!


「そっちだ!! 逃がすな!!」「くっ、このぉぉ」


 きーん!

  かーん!!


『『ギャァオォオオオオオオオオオオオ!!』』


 ダンジョンの入口はさながら地獄のような様相を呈していた。

 築き上げた簡易のバリケードはあちこちで突破され、ダンジョン入口から波状攻撃を仕掛けるモンスターの大群に押し切られそうになっている。


 それを必死で食い止めるのは街の衛兵たち。


「怯むな!! 押し返せ!!」

「「「うーらー!!」」


 ドガァッァアン!!


 肉体と盾で城壁となし、集団戦法でなんとか押しとどめている。

 それを支援するのは、いかにもロートルと言った感じの傭兵たち。

 腰に曲がった爺さんや、手足を欠損した彼らが、投石やボウガンで支援し、少しでも数を減らしていく。


 そして、負傷した衛兵を後方に運び、待機している治療班に渡す役目を負っているのが、E、Dクラスの冒険者たちだ。

 彼らはすでに集団戦に移行している今、自らの実力ではかえって足を引っ張るとわかっているのかサポートに徹しているらしい。


 それぞれが出来ることを全力でやる──。

 その連携のおかげでなんとか凌いでいるが、衛兵たちの負傷が重なり、交代要員もそこを突きかけているらしい。指揮官の衛兵隊長が必死で、領主さまの援軍が来ると士気を鼓舞しているが、それが嘘なのは明らかだった。


 ……もちろん、領主とて座してみているはずもないが、そんなにすぐに駆け付けられるはずもなし。

 常駐の騎士ならともかく領民を徴兵し軍団を編成してからの援軍ともなれば早くとも数日はかかるだろう。


 ──だが、その数日が凌げる状況ではない。


 しかし、今ここで諦めればあっという間に防衛戦は破られ、街までなだれ込まれるのは目に見えていた。

 そんなじり貧のところに現れたのが──……。




「前列、頭を下げろぉぉぉおおおおお!!」




 うぉぉおおおおおおおおおおおお!!


 背後から響く猛烈な大音声に、思わずその場の全員がビクリと震えると、それを奇貨として何かが一気に戦場になだれ込む。

 それは、衛兵たちの間を縫って一気に肉迫すると、前列が首を竦めたそこに割り込み、ブラウンゴールドの輝きを一閃させる。


「しっ!」



   ──ブシュ!!



『『ゲギャァァアアア!!』』


 目にも留まらぬ疾駆とそれに続く一閃!


 ──ゾンッ!! という湿った音を残したかと思えば、直後──汚い血をまき散らして首を飛ばすのは、今まさに衛兵たちを飲みこまんとしていた魔物の群れであった!

 コボルト、ゴブリン──そして、一角兎などの魔物が一瞬にして無力化され地面に転がる、そのあとに立っていたのは、銅の剣を振り抜き剣の軌跡をくっきりと血の跡に染めた冒険者が一人──そう、もちろんロメオだ。


「ふぅ!」


 ビュンッ!!

 血振りすると、パタタッと地面に滴り弧を描く。


 いいね。この手応え──。


 魔物の群れを薙ぎ払いつつも、手にした銅の剣の感触に満足げに口角を上げるロメオ。

 そして、その早業と不敵な笑みに呆気にとられたのはこの場の人間たちであった。


 刹那──。


「おぉぉ!」

「うぉおおおお!」「来た!! 本当に援軍がきた!!」


 わぁぁああああああああああ!!

  わぁぁあああああああああああああ!


 その活躍を目の当たりにして、一気に士気のあがった衛兵たちは、逆に、怖気づいた魔物たちに一斉に突撃し、なんとか洞窟入口の封鎖を一時的に成功させたのであった。



  わーわーわー!!



 ガンガンッ! とダンジョンの向こう側から積み上げたバリケードを叩く音が響くもなんとか防いでその場を濁す衛兵隊。

 そして、それを見届けた後、


「び、Bランクの冒険者か?! た、助かったぞ」


 衛兵隊の隊長が、兜のバイザーをあげてロメオに握手を求める。

 どうやら。初対面らしく、ロメオの顔は知らないらしいが、それでも感謝の念だけは伝わった。

「いえ、こちらこそ遅れてすみません。ビター・スプリングスのロメオです。──その、戦況は?」

「……うむ。今朝方から一気に数が増えてな──どうやら、ボスが地上付近にまで上がってきているらしい。物見の冒険者が確認した」


 なんてこった?


「ダ、ダンジョンブレイク間近じゃないですか!」

「あぁ、そうらしいな──我々もこんな事態は初めてで苦慮している」


 苦慮どころではないが、衛兵隊長はよくやっている方だろう。

 もっとも、入り口を封鎖するだけではそう簡単に事態は収まらない。


 ダンジョンブレイクを収めるためには、概ね3通り。


 一つは内部に突入し、ボスを倒し、指揮系統を破壊すること──これは軍団を形成した魔物に有効だ。

 もう一つは、全滅させるか魔物が過密状態となり共食いや餓死を始めるまで徹底的に封鎖を続けること──これは軍団のいない魔物の群れに対しては有効だが時間がかかるうえ、おわりが見えない。

 最後は、ダンジョンそのものの消滅だ。主にボスの攻略に近いが、ダンジョン最奥にあるコアの破壊により、ダンジョンを消滅させることでダンジョンブレイクを防ぐ方法だが──これは、あまり現実的ではない。ただでさえダンジョンコアの破壊が困難だというのに、ダンジョンブレイクを熾さんとしているダンジョンに突入し、それを成し遂げるのは至難の業だ。


 そして、今は二つめの封鎖を試みているわけだが、相手が軍団を形成している以上、過密状態による圧殺は期待できないだろう。

 かならず封鎖の突破を試みるに違いない。


「だが、今は抑え込むのに手いっぱいでな──とても内部に突入する余裕はない」

「ですね……」


 ぜいぜいと荒い息をつく衛兵たち。

 すでに満身創痍で、怪我のないものはほとんどいなかった。おそらく、後方に下げた軽傷者も逐次、戦線に投入していたのだろう。


「それで、なにか策はあるんですか?」

「……ない。と言いたいところだが、いくつか考えはある」


 おぉ、ちゃんとした指揮官らしいなこの人。

 名前も知らない人だが、一人気を張っていたところを見るに、男爵家の騎士だろうか。


 そして、その彼の案を黙って拝聴することにしたロメオ。


「……一つはこのまま防戦を続け、男爵様の増援を待つ。なーに、我が騎士団は精強だ、主力が到着しさえすれば魔物なんぞ鎧袖一触よ」

 はっはっは!

 そう言って豪快に笑うが、もちろん問題がないわけではない。

「──ただ、到着は早くても三日後……。ちゃんとした編成を整えるなら数日から十数日はかかるな」


 マジかよ!

 間に合うわけねーだろ!!


「わかっておる。一部だけでも増派してほしいと要請はしているから早ければ、明日か明後日には騎士が数名到着するはずだ」

「数名って……」


 だが、そんなものか。

 男爵家の騎士の数は多くても十名を満たすかどうか。

 それら騎士も常に領都にいるわけでもなく、それぞれが衛兵隊長のように仕事についているため、招集に応じてから派遣してもどうしてもそれだけの日数がかかる。

 さらに領民を徴募するならもう数日────現実的ではない。


「幸いにも、このダンジョンの魔物は夜行性のものがほとんどいないらしくてな、夜には多少余裕ができる」

「えぇ、それは間違いありませんね」


 だからこそ「夕闇の洞穴」なのだ。

 薄ら明るいダンジョン中で生活する彼らは、ダンジョン外では昼行性の魔物として知られているモノばかり──一角兎ホーンラビットしかりね。

 つまり、昼間の攻防を凌げば一息つけるわけだ。──再編成もできるだろうし、増援も近づきつつあると言う。


 ──現状、時間は魔物にとって味方であり、敵となるというわけだ。


「……もう一つは、手持ちの戦力でダンジョン内のボスを討伐することだが」

「それだけの手練れがいないと──」


 ……うむ。


 難しく名指揮官、その際に、チラリと視線を感じるロメオであったが、

 ロメオとて、期待に沿って安易に自分が行けるとは言わない。


 ──おそらくこの場ではロメオが最大の戦力であろうが、

 すでにAランクほか数名のBランクすら消息不明となっている以上、Bランクでかつ装備に欠くのロメオが単身で乗り込んでも勝ち目はないだろう、


「あぁ、だから、今はどちらにせよ動けない──増援まちだな」

「わかりました、その間協力します」

「助かる」


 そう言って、指揮官硬く握手を交わすと、ロメオはダンジョン入口の封鎖に向かってドッカリと座り込むのであった。



※ ※ ※


 ●《ポータル1》夕闇の洞窟


 ウールプランツ郊外に位置するダンジョン


 初心者から中級までが利用するダンジョンで、難易度は低め。

 主にウールプランツ出身の冒険者が利用する。そのありきたりな構成のため他所からのダンジョントライはほぼない。


 また、出現モンスターもほとんどが虫系、動物系と比較的脅威度の低いもので統一されている。稀に亜人系が出現。

 内部は洞窟のような構造だが上下左右ともに広く、閉塞感は少なく冒険者の鍛錬にうってつけ。


 ギルドは深部まで掌握しており、このダンジョンでの遭難者は非常に少ないことも特徴のひとつ。

 産出するアイテムは少な目だが、モンスター肉のドロップでウールプランツの食肉事情は非常に豊かでもある。



 その構造及び出現モンスターの携行から過去にダンジョンブレイクを起こしたことはないとされているのだが……。


※ ※ ※

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