第19話「戦士の値段」

「ばっかやろぉぉおおおおおお!」


 ドカーン!!


「ひぇ?! す、すんません!」


 ギルド内に併設されている鍛冶屋に顔を出すなり、そこの店主(?)のドワーフの親父に怒鳴りつけられるロメオ。


「すんませんで済むか、バカ野郎!! 見りゃわかんだろ! 装備なんざ、レンタルから店売りまで全部だしてるっつの!!」

「そ、そうですよね……」


 実際、店はスッカラカン。

 このギルド内の鍛冶屋こと武器屋は、店売りだけでなくレンタルも行っており、ロメオは剣はともかくせめて防具なりを借りられないか期待していたのだが──御覧の有様だ。


「ったく、アホかおめぇは!! 引退寸前の傭兵まで駆り出してんだぞ! EランクDランクのひよっこ冒険者もな! そいつらのために昨日から大分振る舞いよ!! みろよ、ナイフから、皮の盾から何から何までスッカラカンだよ!」


 ったくよー。


「俺っちの可愛い装備が、ひよっこどもに荒く扱われるのを覚悟で送り出してんだぞ? それをなんだぁ? 後から来て、装備か~してってか!! ろくな金もねーくせにふざけんじゃねーぞ!」

「うぅぅ……」


 ──しかもだ!!


「聞けばてめぇ、自分の装備を質に出したらしいな?」

 ギクッ!

「アッホか! おめぇ! そんで装備を貸してくれなんざ虫が良すぎるんだよ!!」

「で、ですよねー……。あ、あーでも、今の間だけでもその装備を返してくれたりなんて──」


 ばっかやろぉぉぉおおお!!


「んなもんとっくに、王都の冒険者ギルドが保管してるに決まってんだろ!! そんでオメェが金返さなきゃそのまま質流れって寸法よ。べらんめぇ!」

「うげ……!」


 マジかよ。

 そんなシステムになってんのかよ──てっきりここの保管庫にあるものだとばかり──。


「ちっ。テメェみてぇな愚か者は初めて見たぜ? なんでも、兄弟分の金をつくるために自分の相棒たる装備を質に入れたって? アホか!! それを本末転倒っつーんだよ!! 冒険者なら、テメェの腕で金を稼ぎやがれ!!」

「うぅ……おっしゃる通りです」

「ったく、バカバカしい、こっちはこの状態で今からナイフ一本こさえるのも、一苦労だってのに──みろよ、ギルド中の物資が不足してやがる、ったくよー」


 確かに武器屋だけでなく、魔道具屋も錬金事務所も、薬屋も在庫がスッカラカン。

 ろくな準備もない状態に冒険者を送り出すために、せめてもの支援として物資を潤沢に与えたのだろう──その結果がこれだ。


「わかったら、自分で何とかしやがれ!! まったく……装備が必要なのはこっちだっつの!」

「そ、そうですよね。す、すんません…………あ!」


 そ、そうだ。


「そ、装備と言えば──……その、」

「んあ、まだあんのか!!」


 いやいや、イージーイージー!!

 お、落ち着いて──。


「そ、その。そ、そうじゃなくて──よ、予備の剣だけならあるんですが……いります?」

「あああん? 予備の剣だぁ? 装備をくれとか言った奴が一体何をいまさら………………っと、なるほど。ふむ、剣だけはいっちょ前にいいの持ってやがるな」


 怒髪天をついたドワーフの親父が、一点ロメオの腰に下げている剣に目をつける。


「……ふむ、いい研ぎだな──それに…………む!」


 ──ひょい。


 さっきまでの怒髪天はどこへやら、ロメオが下げている銅の剣に目をつけると、有無を言わさず取り上げると────くわっ!!


「な、なんだと……。純度、強度、それに────重心、おい!!」

「え? はい?」

「お、お、お、おまえ! おまえ、これは誰の作だ! め、銘がないが……!」


 は?

 銘もなにも、銅の剣にそんなもん掘るわけないでしょ? つーか、自作だよ!


「……俺と、家族でつくりましたが──」

「んんな!!」


 ややブスッとしたロメオであったが、言ってしまってから慌てて口を抑える。


 し、しまったー。ま。まずいよな?

 そういや、無許可だったわ、剣……。


「は?……じ、自作だと? バ、バカな。こ、こここ、これをお前が?!────そんなばかな! こんな……むぅぅぅう」

「あ、あはは。恥ずかしながら、武器がないもんで──その、」


 わなわなわな……。


「うぬぬぬ……。わかった──!! 一本っ、一本あたり銀貨2枚でどうだ?」

「……え?」


 ビシィ、と二本指を突き付けられるロメオ。


「ぬ? 安いか? う、うううむ、なら3枚!! 3枚で買おう!! さ、さすがにそれ以上だせん!!」

「い、いやいやいや!! ちょ、ちょ、ちょ! そんなに貰っていいんですか? それに、これは俺専用なので──売るのは荒仕上げ・・・・しただけの予備ですよ」


 そういって、馬から降ろしていた荷物から銅の剣を5本取り出す。

 プルートの砥ぎの入っていない奴なので、やや野暮ったい感じがするが、頑丈さで言えばこっちの方が上だろう。


「な、なんと!! 仕上げ前のものか!! いい!! いいぞ、お前!!」


 へ?


「うーむ……! いいな、この剣──」


 シュランッ!

 さっそく布に包まれたその二本を抜いて矯めつ眇めつ──眉間に皺を寄せつつもどこか楽し気に銅の剣を見つめるドワーフの親父。


「いやぁ、眼福眼福──……これほどの出来栄えの剣は久しぶりに見た」

「え? そ、そんなに、っすか?」


 割とパパッと作ったんだけどなー。

 まぁ、慣れている剣なので、難しくはなかったけど──。


「ふん……。銅の剣なんぞ、作ったのは遥か昔よ──……だが、鍛冶屋にとっての初心はこの剣にある。……最近は弟子どもの下手糞な剣ばかり見ているからなおさらな」


 あー。

 そう言えば、銅の剣は鍛冶屋の見習いの腕試しが基本の一品だったな──。

 まぁ、そんなのに比べたらはるかに質はいいだろうけど。


「そのうえ、この状態からの剣なら、客のオーダーに合わせやすい。なにより、銅の質がいい! 素晴らしい──!!」

「あ、そ、そっすか」


 素材の出所を聞かれたらどうしようかと冷や汗をかくロメオであったが、その心配は杞憂であったらしい。

 むしろ腕前を褒められてちょっとむず痒い。


「ふん、いいだろう。こんな事態だ──まとめて全部買ってやる! それにそっちはポーションか?」

「え? はい──……え?」


 鍛冶屋の親父は、ロメオが何か言う前に、

 おもむろにポーションの詰まった木箱を開けると、それを一本取り出し後ろ手に投げる──って、ちょっと!!



  パシィ!



「ほほーう! これはもしや、ジュリーさんの作で?」

「うわ! びっくりした!!」


 いつの間にか鍛冶屋の背後にいた薬屋が、器用に受け取ったそれをヒト嘗めして、ズバリ的中させる。


「え、えぇ、そうです──もともと後日卸しに行く予定でしたけど……」

「いえ、助かります! ポーションが今非常に貴重でして──」


 でしょうーねー……。


 ポーションどころか、在庫が何もない状態を見れば何でもかんでも品不足なのが見て取れる。


「いいでしょう! ひと瓶銀貨2枚!──今だけの特別価格でお買い上げしますよ!」

「へ?! マジっすか!?……いや、助かりますけど──」


 特需・・を見越していたとはいえ、下手な値段のつり上げ交渉はのちのち禍根を残しかねないと警戒していただけに、向うからの打診に拍子抜けするロメオ。

 ……なんと、普段の4倍だ!


 そして、3ダース……つまり36本のそれが、一気に売れた?!


「えー……」

 まじかよー。銀貨3枚×36本で──え~っと、銀貨144枚に、銅の剣が5本で銀貨15枚の……合計159枚?!


 や、やべぇ……。


「いえいえ、こちらこそ助かりますよ、それにジュリーさんのポーションは先日扱わせてもらいましたが、質の良さから飛ぶように売れましてね──」

 ホクホク顔の薬屋。

 どうやら、既存のそれよりも遥かに効果が高いらしい。


 成分そのものは変わらないと思うんだけど、なにかが違うのだとか──。


「しかも、味がいいとかでリピーターも多いんですよ」

 そうはいっても、ギルドとしては普通の低級ポーションの一本として売っていたため、後日、普通のポーションを買った冒険者が味がおかしいと苦情を言う一幕もあったんだとか。


 ゆえに、現在、別物として売るかどうかを検討しているところだと言う──。


「──ま、そういうわけだ。俺もコイツも、品が気に入ったってことだ。遠慮せず持っていけ」


 ちゃりーん♪


 さっきとは打って変わった表情の鍛冶屋の親父が銀貨の詰まった袋を投げ渡しつつそう告げると、

 続けて言った。

「……ふん。今はこんな騒動のところだから、後々の話になるが──……まぁ、次から武器を売りたいならウチに持ってきな」

「へ?」


 ふんっ。


「俺が買ってやるって言ってんだよ!! 言っとくが、ウチくらいだからな、怪しげな出どころの剣を買う奴なんてのはよー」


 え?

 あ──わ、わわ!


「あ、ああ、ありがとうございます!!」

「ふんっ! わかったらとっとと行きな──お前も冒険者なら、いま緊急クエスト中だろ?」

「え、ええ、まぁ──」


 その通りだ。

 その通りなのだが──……元々の思惑であった装備にレンタルができなかったので、ちょっとがっかり。


 最悪、村人Aの恰好で行くしかないのだが、

 特需のほうは期待通りに上手く言ったけど、それも生き残れればの話だ。死んでしまえば元もこうもない──鍛冶屋の親父が怒鳴るのも当然だな。


 はぁ……。


「ふんっ。ちょっと待ってな──」

「え?」


 ため息をつくロメオを繭尻をあげて見上げると、鼻息をつく親父。

 それだけ言うと、有無を言わさず背を向けてノッシノッシと鍛冶屋のカウンター奥へ。


 どうしたものかと思案するうちに、すぐに引き返してきた鍛冶屋の親父が──。


  ジャリンッ!!


「わ!!」

「ほれ。これをくれてやる──ワシが昔使っていた品だ。……高価なもんじゃねーが、手入れはしてある」


 え?

 わ──こ、これは、


鎖帷子チェーンメイル……」

「ふん。布の服よりはマシだろうさ」


 あ、あ、

「ありがとうございます!!」


 思いがけず装備を貰うことになったロメオ──その足で緊急クエスト先となった『夕闇の洞穴』入口へと向かうのであった。






※ ※ ※

 一口メモ


 ●《ポイント5》冒険者ギルド内商店(ウール・プランツ支部)


 ウール・プランツ支部内に店舗を構える商店群。

 主に冒険者向けの商店であり、彼らの需要にこたえる様々な商店が並ぶ。

 つくりは貸し店舗風で、一階部分を店舗、そして、直通する地下も備えており、主に倉庫や作業台などが設けられている。


 ウール・プランツでは、半分以上の店舗が埋まっており、それぞれ鍛冶屋(兼武器防具屋)、魔道具屋、薬屋、仕立て屋などが並ぶ。

 そのほかにも、食料品店や嗜好品店が軒を連ねる。王都などの大都市ではさらに店舗数が多くテナントも埋まっていると言うが、ここウール・プランツではこれでも需要は十分に満たしているらしく、冒険者人気は高い。

 また、各商店は店売りだけでなく、買取やレンタルも行っており、初心者が利用するためおハードルを下げているが、その分持ち逃げや保証金の返金などのトラブルが絶えないことでも有名である。


 有事の際は、商品をギルド権限で強制的に買い上げないしレンタルされることもあるが、店主自ら進んで差し出すことの方が多く、冒険者ありきの商売であることを強く意識させられる。



※ ※ ※

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