第18話「川を渡って、木立を抜けて」

 その頃──。



 ダカカッ、ダカカッ!



 威勢の良い蹄の音を響かせながら一路ウール・プランツの街を目指すロメオ。

 もっとも、足音のわりには村長から借りた馬の速度はそれほどでもない。


 その代わり、農耕馬由来のパワーは健在。

 ロメオ一人と、工房から持ち出したポーションや銅の剣数本の重さにも全く音をあげずに、速度を維持し続ける。


 まぁ。もともと農耕馬でガタイのよさとパワーそして、持久力が売りのそれなので、速度は二の次なのだ。

 もちろん、その荷物以外にも薬草やらの詰まったズダ袋に、背にはジュリーが急いで作ってくれた行動食が一式。

 冒険者としては最低限にすぎる荷物であったが、幸いにも今回のクエストは街近郊のダンジョンが舞台だ。


 耐えりないものは街とギルドで補えるだろう──っと、


「うわ!」


  ろー!

   ろー!!


 ブルルル……!


 ようやく街が見えてきたところで、街からの脱出者と逆に増援ですでにごった返している場面に遭遇したロメオ。

 衝突しそうになり、あわてて手綱を引く。


 危なかった……。もう少し早い馬なら激突していたかもしれない。

 しかし、

「やっぱり後発組か──」


 実際ことが起こったのがいつかは不明だが、通信技術の整っていない田舎のこともあって、唯一の連絡手段であった御者が顔を見せたのが昼過ぎだ。

 この分だと、今日起こったと言うわけではなさそうだ。


「すみません! 通して──通してください!」


 脱出する人々の波に逆らい進むのは容易ではなかった。

 だが、近傍の街から駆け付けた自警団や、冒険者──そして、在郷の傭兵なんかも続々と駆け付けているのか、途中でその波に乗りつつ、逆に逃げ出す商人たちのをかき分けるように進むロメオ。

 そして、ようやく街の衛門が見えるころになって、その胸から下がる冒険者認識票に気付いた衛兵が特別に通用門を解放してくれて通してくれた。


「すみません!」

「いいってことよ──詳しい話はギルドで確認しな!」


 はい!!


 礼を言って背を向けると、ごった返していた街道とは打って変わって街の中は閑散としており、いつもは羊毛などの買い付けでどごった返していた市場や競りの会場も人っ子一人いない。

 いっそ理に聡い商人なら、逆に商機だと足を運びそうだが、それはまだ少し先らしい。そして、脱出する商人は、羊毛目当ての服飾系の人々なのだろう。

 ──とはいえ全くの無人でもない。

 衛兵詰め所や傭兵たちのたまり場など、僅かにある人気ひとけの先はどこかピリピリとした空気を感じる。


(まるで嵐の前の静けさだな……)


 そんなことを考えながら街中を行くと一か所場違いなほど人であふれかえっている場所があった。

 そう、言わずと知れたギルドだ。



  カランカラ~ン!



「はーい、冒険者ギルドへようこそ、にぇー」

 そこにはいつも通りの乗りのメリザさんが、茶目っ気たっぷりに出迎えてくれる声──って、おいおい、緊張感どこ行った?

「おんや? そこにいるのは、最近調子が悪いロメオさんじゃないですかー」

「一言──いや、二言くらい多いですよ!」


 あっはっは。


「いやいや、これはごめんなさいにぇー。ジュリーちゃんにマスターを紹介する前にこんなことになっちゃって」


 たはは、と軽い調子で笑う彼女を見るに、まだそこまで深刻な状況ではないのかもしれない。

 いずれにせよ、まずは状況確認からだな。


「それも大事ですけど、村に救援要請寄越したでしょ? その件については、」

「え? ありゃ! も、もしかして──」

 うぉおぃい!

「もしかしなくても、それです!」


 他に何だと思ったんだよ!


「あ、ああー!! あわわ、ご、ごめんさいにゃ! なんか布の服きた村人Aな感じで対応しちゃってましたけど、そうでした!!──ロメオさん、Bランクでしたね!」

「誰が村人Aですか! 帰りますよ!」


 あわわわ!!

 待って待って!!


「す、すまませんー、ど、どうぞこっちに来て、一緒に対策会議に参加してくださいー」


 そういって平謝りのメリザさんに連れられて馬を預けたロメオは、あれよあれよという間に、ギルド奥の会議室に連れ込まれてしまった。

 どうやらそこが対策室になっているらしく、多数のギルド職員が詰め、怒号で溢れていた。


  ざわざわ

   ざわざわ


 「ロッテン村に要請は?」「出してるに決まってるでしょ!!」

 「パーナンベルグの傭兵団が近くにいただろ?! なんで誰もこないんだ!」「知りませんよ!」

 「領主軍の現在位置は?!」「動いていませーん!!」


  わーわーわー! 


 ……どうやら、状況はあまり良くないらしい。


 様々な報告の書かれた羊皮紙に、巨大な地図が二つ掲げられているのだが、

 一つは周辺地図、もう一つはダンジョンの地図だろう。

 その上に、いくつかの符号が貼られているところを見るに、派遣された冒険者の数を把握しているらしかった。


 ただ、それら符号の表示はレッド。……行方不明か死亡を示すものだ。

 オマケに時間経過とともに死傷者なんかを示す表示もドンドン黒板に増えていく始末。


「……状況は?」

「はいー……芳しくないですねぇ」


 だろうな。

 見るからに悪化しているとしか言えない状況だ。


 それに弱り切った顔のメリザさん。

 さっきのそれとは打って変わった様子で、よく見れば目の下に隈ができている。飄々としているのも、ブラフだったのかもしれない。


 そして、詳しい話を聞くに、

 メリザさんの肩った内容は概ねこんな感じ──。


「実は──」



  かくかくしかじか



 ──ええええ?!

軍団レギオン、ですか?」

「みたいですにぇー」


 ……ロメオが驚愕する軍団レギオンとは、文字通り軍団のこと。

 知性あるモンスターが、部隊を編制し、モンスターを統べる現象のこと。おおよそゴブリンやオーガなどの亜人種系モンスターにみられる現象だ。


 メリザさん曰く、

 昨日の夜、いつも通りに多数の冒険者がクエストなどから帰還し、ギルドはピーク時間を迎えていたという。

 ダンジョンで訓練や狩りをしていた中堅も続々と帰還してきており、さながら戦場のような忙しさでギルドは怒号に包まれていたのだが……、


 突如、このギルドでは比較的古参のベテランのパーティが半壊した状態で帰還したのだ。

 その凄まじい様相に一時ギルドは騒然としたものの、その報告内容によって、さらに悲鳴に包まれる。

 彼らはダンジョン深部にトライしていたパーティであったらしいが、最奥付近でまとまった数のモンスターの強襲を受け、あえなく敗退──それだけならよくある全滅話かと思ったのだが……。


 そのまとまったモンスターはそのままパーティを追撃──それも、かなりの数の亜人系モンスターに率いられた一群であったらしい。


「い、いやいや、おかしいですよね? 確かここって──」

「はいー……。亜人系モンスターはほとんど確認されておりませんですにゃー」


「だったら!」


 ……そう。

 このウール・プランツ近郊のダンジョンは通称「夕闇の洞穴」。

 その言葉通り、淡い夕日のような光に照らされた洞窟型ダンジョンだ。

 もっとも、洞穴と名はつくもの閉塞感はあまりなく、比較的広いフィールドとなっており、死角も少ない初心者向けの所でもある。

 飛行型モンスターすら出現するそのダンジョンだが、出現するモンスターは主に動物系か、虫系で、大量発生の『群れホード』化することはあっても、すぐに蹴散らされ──以来、ダンジョンが崩壊するほどの災害に見舞われたことはないと言う。


 稀にコボルトやゴブリンなどの亜人系も確認されるが、部隊を編制するほどの数は多くなく、

 過去の事例を見ても、せいぜい群れホードになりかけ程度の魔物の集合現象が見られた程度。


 ……そんなところで「軍団」?? 「群れ」の間違いではなく??


「もちろんギルドもそう思って、急遽調査隊を派遣したんですが──」


 なんと、報告は正しく、

 ダンジョン入口付近にまで押し寄せた魔物が、一気に入口にまで到達──そして、その証言によってギルドは確信したという。


「……さらにその一団のなかにボスモンスターらしき、大型個体を確認。──間違いありません、軍団レギオンですにゃ」

「馬、鹿な……!」


 メリザさんの語尾のせいで一々緊張感に欠けるが、そのは話の内容は衝撃だ。

 もし事実なら、適切に対応しなければ間違いなくダンジョンブレイクが起きる。


「だけど……それって、今まで見過ごしていたってことですか?!」

「め、面目ないですぅ」


 いやいや、面目次第だよ!

 中程度のダンジョン──しかも人里に近く冒険者ギルドが管理している場所でこんな事態が起こるなど通常考えられない。


「そのうえ、最後に確認されたのは既にいくつかの入口の封鎖を突破した魔物の一団だったそうですにゃ」

 げッ!

 もう、ダンジョンから出ているのか!

「はいー。今は何とか街の衛兵と共同で抑え込んではいますが、いつまで持つか──」


 そりゃそうだ。


 街の衛兵とはいっても、基本は治安維持が任務だ。

 モンスターの多い地方ならともかく、この辺ではほとんど魔物被害もない土地。まともなモンスターとの戦闘経験すら衛兵が大半だろう。

 もちろん、ギルドとてそのことは理解していたと言う──。

 だから、近隣の町に救援要請を出すとともに、


 ダンジョンブレイクを静めるため、軍団を統率しているであろう──キングないしボスの討伐を決意。

 手持ちの戦力だけで事態の収拾を図り、急遽編成したパーティを派遣したのだという。


 しかも、たまたまギルドに立ち寄っていたAランクに緊急クエストを要請し、

 その一名を中核に、サポートにBランク数名の最高戦力を送り出したそうだが……。


「それも、今朝から連絡は途絶えていますにぇ……。討伐情報が上がっていない以上、すでに──」


 お、おいおい。

 まともな情報もないのに、部隊を送り出したのか?


 しかも、Aランクだって……?!


「なので、事態を重く見たギルドマスターが、領主に騎士団の派遣を要請しているところです」

「な、なるほど……」


 ギルドマスターの姿が見えないと思えばそう言うことか。

 しかし、騎士団ねぇ……。


 ベルモント男爵はかつて戦争で名をあげた家系の出身だ。

 もともとこの地方を収める騎士の家系だったらしいが、戦争で活躍し領地を賜ったらしい。


 その影響もあってか、比較的小規模な貴族家にしては常設の騎士団を持っている。もっとも、その数は十名にも満たなかったはず……。


 本格的な戦争や、領地戦なんかが行われるときには領地から男衆を徴兵し、軍を編成するのが常だ。

 しかし、その騎士だって……。


「うーん。高位っては何ですが……騎士様がダンジョンで役に立つとは思えませんね」

「同感ですにぇ」


 Aランクの冒険者が消息不明になる災害だ。


 いくら騎士が強くとも、所詮は対人戦の専門。

 ……よくて亜人系のオーガまでの対応が関の山だろう。

 ──伝説なら徒党を組んでドラゴンを倒すこともあるのだろうが、実際の所は平野で馬を駆っての機動戦が主体の兵種なのだ。それでも、こんな状況では頼らざるを得ないのだろうが──。


 うーむ。


 実力を疑うわけではないが、それがダンジョンのような、あるいみで屋内戦で活躍できるとは思えない。彼らが本領を発揮するとしたら、実際にダンジョンブレイクが起きて、魔物があふれ出た時だろう。


 ……もっとも、その時はすでに手遅れともいえるけどな。


「とにかく状況は理解しました。それで、俺はどうすれば?」

「はいー。今は封鎖部隊に加わっていただければと思います──その後の対応はマスターが戻って来てからとなりますにゃ」


 だよな。

 了解、了解。


 早速向かおうとして、村人Aことロメオさん──肝心なことを思い出す。


「あ──」

「にゅ? どうかしましたぁ?」



 いや、どうかしたって言うか────。

 村人Aの悩み、





 え~っと、

「そ、装備って、借りられるかな?」

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