第17話「緊急クエスト」

「お、おぉ! ロメオか! よかった!」


 え?

「あれ? そ、村長っすか? どうしたんです──…………それに、御者のお兄さんも」


 はぁはぁ、と肩で息をする村長と、眉間に皺をよせた御者のお兄さん。

 いつもは午前中に、荷車か馬車で街へいき、帰りは夕方になるはずなのに今日は早い──しかし、ちょうどいいから午後にも乗せてくれと言えるような雰囲気でないことだけはわかった。


「あ。村長さん、お水です」

「お、おう、すまんの──」


 ゴクゴク


「ぷはー!」

 御者のお兄さんは、そうでもないのに村長さんは年のせいか息も絶え絶え。

 そして、気を利かせたジュリーの水を一気に飲み干すと、村長はやおら顔を上げると、難しそうな表情で一気に言った。


「じ、じつはな──町のギルドから急報がきておってな。御者が急遽引き返して連絡をもってきおったのよ、だが対応に苦慮しておってのー」

「へ? ギルドから??」


 どうやら、ウール・プランツに馬車を出している御者のお兄さんに何か連絡が託されたらしい。

 そして、ギルドとはもちろん冒険者ギルドのことだろうけど、こんな田舎村に?


 一体なんだろう──。


「ほれ、これじゃ──こんなこと今まで一度もなかったし、領主さまからの指示もなくてのー」


 そりゃそうだ。

 ギルドは全国展開しているとはいえ、準民間組織。

 領主権限の村になにか支持することなどできない。


 つまり、在郷の冒険者に伝えるための回覧程度の意味なのだろうが──。


「村の冒険者といえばお前くらいじゃしの──聞けば他の村にも配られておるそうじゃ。どうすればいいと思う?」

「いや、俺に聞かれてもな……」


 とはいいつつ、差し出された回覧を確認するロメオであったが──。


「ッ……!」


 思わず紙を取り落としそうになる。

 だけど、まさか──こんな……。


「ど、どうすればいいと思う? ウチからも男衆を出すべきかの……?」

「いえ、それは止めた方がいいです──それよりも、」


 キッ。


「村長。馬を貸してください。……俺、行かなきゃ──」

「む? それは構わんが……明日になれば、御者が車を出すぞ?」


 明日か──。

 いや、それでは遅いかもしれない……。


「ど、どうしたのロメオ? 緊急?」


 ひょこっと顔を出したのが心配そうな顔のジュリー。

 そして、ベッキー、プルートもいぶかしんでいる。


「あぁ、緊急だな……。ほら、」


 パラっ。


 そうして、ロメオが示したギルドからの回覧は、各村への協力要請であった。

 在郷の冒険者への連絡と、

 Bランク以上の冒険者への通報・・依頼──。


 そして、ロメオはこうみえてBランク……。


「こ、これって……」

「あぁ、間違いない」


 この地方で初と言ってもいいほどの未曽有の大災害の前触れ──。



「ダンジョンブレイク──……ウール・プランツ冒険者ギルドからの緊急クエストの招集命令だ!」






※ ※ ※




「ダ、ダンジョンブレイクって……」

 思わず口元を抑えたジュリーと、

「マ、マジかいな? ダンジョンの魔物が溢れて周辺にエライ被害をもたらす──ちゅうあれか?!」

「うっそ……! ウール・プランツのダンジョンで?! そんなの今まで一度だって」

 その後を継ぐベッキーとプルート。


 ……あぁ、その通り。


 ダンジョンブレイクは、ダンジョン内で起こる原因不明の魔物の暴走現象のことだ。

 一説には、ダンジョン内での繁殖などで数を増やした魔物が一気呵成に膨れ上がり、その新天地を求めて起こす現象だと言われている。


 もっとも、その説には疑問点も多く、余り支持されてはいないが、

 ギルドは念のためダンジョンでの定期的な討伐を行っているというわけ──。


 それが常設クエストでの形で冒険者に推奨されている理由なのだが……。


「だから、通常は、管理されていないダンジョンや、管理しきれないダンジョン──あるいは難易度が高すぎる高レベルダンジョンで起こるのが一般的なんだけど──」

「う、うむ……。わしも詳しくはないが、ウール・プランツが開設されて以来、そんな事態が起こったことは一度もなかったはず」


 村長さんの年齢で知らないと言うことは、相当珍しい現象だ。

 それにしても、それが今──?


 しかも、

「ちょ、ちょっとロメオ! あなたまさか……」

「あぁ、悪い……。仕事の途中なのに、ごめんよ」


 そんな!!


「──し、仕事のことじゃないわ! だ、だって、アナタ装備もなにもないのに……。この前だって、Eランクのクエストに失敗したじゃない!」

 そ、それを言うなって!!

「それでも俺はBランクなんだぜ? ギルドの招集を拒むわけにはいかないさ。そにれ、」


 シュラン……!


「武器ならあるさ──」

「ッ!……で、でも!」


 仕上がったばかりの銅の剣を掲げるロメオに食い下がるジュリー。

 ベッキーもプルートも途端に心配そうな顔を浮かべる。


「ぼ、僕そんなつもりで作ったんじゃ──」

「せ、せやで……そんなつもりの剣ちゃうやろ」


 武器を作ったことが原因かと、おろおろとした二人。

 ロメオは慰めるように頭を軽くなでる。


「大丈夫だ。すくなくとも、俺一人でいくわけじゃない──ギルド中の冒険者が動員されているはずさ」


 そのための緊急クエストだ。


 ……もっとも、内部に突入するのは選抜チームになるだろう。

 それが最低でもBランク以上を招集する理由だ。


「それに、緊急クエストってのは、知った以上断れないんだよ」

 それが冒険者の義務であり、そのためのランクだ。

 もちろん、その分の特権もいくらかは貰っている。──……先の融資についてもそうだろう。当然、理由もなく断ればペナルティが課される。


 ──そして、今……。ロメオがペナルティを課されるのは致命的ですらあった。


「わかるだろ──ギルドには借りが多いんだ。俺の都合で断るわけにはいかない」

「で、でも!」


 そう。

 現時点でかなりギルドから実力を疑問視されているロメオ。


 自業自得ではあるが、今ペナルティを課せられれば、おそらく降格は免れない。そして、降格になれば自然と金貨1000枚分の融資の話が怪しくなる。

 即金で返せとまでは言われないだろうが、実際のところはわからない……。ギルドだって取りっぱぐれたくはないだろうしな。


「そ、そんなのって……」

「ジュリー、いずれにしても誰かがいかなくちゃならないんだよ」

 そして、ロメオがその義務を負っている。


「それに、さ」


 ニヤリ──。


「……今回の件、俺たちに恩恵・・がないわけでもないんだぜ?」



 「「「え?」」」



 驚いた顔の3人に、ロメオはしたり顔で笑うのであった。




※ ※ ※



 はー。

「恩恵っていっても──」


 疲れた顔でため息をつくのはジュリーだ。


 そして、

 ムスかしい顔のベッキーと、しょんぼりしたプルート。


「ゴメン……。僕が剣を研がなかったら──」

「そう言うなや……。それゆーたら、剣つくったり、素材集めたウチもやで」


 ず~ん……。


 一家の大黒柱ともいえるロメオがウールプランツへ向けて出発したのはついさっき。

 なにやら、「恩恵」があるとのことだが、持って行ったのは今日の午前中に歓声したジュリー特性の低級ポーションと、製錬したばかりの「銅の剣(仮)」5本だった。


 ほかにも薬草やガラス瓶の試作品をいくつか持ち出したロメオ。

 それらを村長さんに借りた農耕馬に詰め込むと一路町へと駆けだしていった。


「──特需・・があるって言ったって、死んだら元もこうもないじゃない」

「ほんまやでー。ロメ兄らしいっちゃらしいけど……」

 ロメオのいう恩恵が特需のことを指すのか不明だが、

 どうやら各村には薬品などの供出も要請されていたらしい。

「それに、剣だけで大丈夫かな……? 兄貴はギルドで借りれるって言ってたけど」


 うーん……。


 駆け出していったロメオの姿をみて不安しかない3人。

 ……だって、剣は傑作だと本人は言っていたけど、それ以外はただの「布の服」を来た村人Aだ。


 そして、その剣だって、初心者御用達の装備の「銅の剣」だ。

 そのせいで余計にモブ感マシマシで、大丈夫と言われても説得力が全くなかった。


 当然、心配したジュリー達が一緒に行くと言っても聞き入れられるはずもなかった──。


 そも、言ったところで冒険者でもないジュリー達では役には立たないだろうし、

 ロメオ曰く、ダンジョンブレイクが本当に起こった場合、この村も危険なのだそうだ。


 ──他国の話だそうだが、ダンジョンブレイクによって滅びた城塞都市もあるんだとかなんとか。

 そして、その影響は周辺の街だけでなく、この国の一部にも及んだと言われているらしい。


「そんで、どないするジュリ姉ぇ?」

「うん、午後もやることはあるけどさー」


 しゅーん……。


 ベッキーもプルートも留守番を預かるジュリーの顔色を窺う。

 ……皆、ロメオに割り振られた作業はまだ何も手を付けていなかった。

 仕事をしなければ、この工房の未来も危ういとはいえ、正直それどころじゃない雰囲気もあるし、

 ──なにより、さぁ、ロメオのことは一端おいといて仕事をがんばるかー! というのも、正気を疑われそうだ。


 なにより、ここはジュリーが年長者として仕切る場面だが、感情的には彼女とて同感であった。

 だから……。


「うん」


 二人の不安そうな視線を感じつつも、一度瞑目し、

 頭に浮かぶ様々な感情を処理するジュリー。そして、去来する言えなかった言葉を飲み込んでいく……。


 ロメオ、

  ロメオ──。

   ロメオ……!


 後悔、

 逡巡、

 怒り、

 思慕、


 そして──。


 うん……。

 うん──。


「──うん……! そうね……。そうよ、決めたわ」

「「え?」」


 クルリ。


 何か決意を秘めた顔のジュリーが振り返ると、どこか憑き物の落ちたような彼女の表情を訝しみ思わず顔を見合わせるベッキー&プルート。

 しかして、そんな表情に気付いているのかいないのか、ジュリーは、クワッ! と目を見開くと言った。


「いい、二人とも? ちょ~~~っと手伝ってほしいことがあるんだけど」

「へ? お、おう、もちろんやで!」「な、なにする? なんでも手伝うよ!」


  二コリ


 うん!

 頼もしい妹弟たちの言葉に、力強く頷くジュリー。


 そうだ……。

 待つだけがジュリー達の仕事じゃない。


 ここは工房。

 そして、ロメオの家族────だったら、




「……じゃあ、まずはサルマン・・・・さんのところにいくわよっ」

「「…………へ?!」」



  ……サルマンさん?



 ふふん! と不敵に笑うジュリーを見て首をかしげるのベッキー達。

 いや、だって──そりゃそうだろう。


 この状況、

 そして、今の3人のできること・・・・・と、村の偏屈親父こと猟師のサルマンさんがま~~~~ったく繋がらなかったのだから。


 しかし、ジュリーは動じない。

 すでに頭のなかには何かの青写真があるのか、先頭にたってズンズン歩いて行くのであった。




 いーくわよおぉお!



「おー!!」




 一人気炎を上げるジュリーと、

 そして、首をかしげる妹弟二人……。




「……どゆことなん?」

「……さ~~~ぱり?」

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