第11話「冒険者ギルドに行こうッ!」

 ざわざわ

  ざわざわざわ


 村とは打って変わって、かなりの喧騒。

 大きな中央通りの先には役場があって、街の中心を形作る。

 その両脇には様々な店舗が並び、開いた広場には露店が所狭しと並ぶ。


「いらはい、いらは~い! ビター・スプリング産のお魚が安いよー」

「へ~い、よってらっしゃいみてらっしゃい! こっちのリンゴは取りたて新鮮、お安くしとくよー」

 

 わいわいと、通りを埋め尽くす喧騒に、ちょっとワクワク。

 ま、王都に比べればまだまだ田舎だけどね──。


「そりゃ、王都と比べちゃダメよ」

「まぁな」


 ここは、男爵領第二の都市『ウール・プランツ』。その名が示す通り、羊毛で有名な街だ。

 郊外の長閑な牧草地では、羊がのびのびと育っており、その羊毛とお肉で潤う街だ。


 ちなみに第一の都市は、男爵の領都・・『グラン・ベルモント』──名前の通り、ずばりベルモント男爵の居城のある街だ。

 そして、「領都」というだけで、実際の賑わいはそれほどでもない──。


「さーて、それじゃそろそろ種明かししてよ?」

「種明かし??──……あぁ、依頼と肉のことね!」


 さっすが肉食エルフ。忘れておりませんなー。

 ま、そんな大したもんじゃないけど、


「肉食って。もー……」

 ジュリーちゃん、ぷりぷり。

 そんな妹分を微笑ましく見ながらも、ロメオは先頭に立って歩く。


 たしか──。


「こっちだ」

「ん? あれ? こっちって──」


 ロメオが向かう先は、役場を中心とした官庁街。

 様々な公的機関の支所のほか、準民間組織も多く並んでいる。


 そして、その中に鎮座している大きな建物こそ──。


「え? ここ?!」

「おう」


 ちょっと慣れた様子でドヤ顔のロメオさん。

 その先には、最近までお世話になっていた巨大組織があった。


 そう、

「な~んだ、冒険者ギルドじゃない」

 いやいや、な~んだじゃないよ。YOUはロメオさんの本職忘れてない?

 まぁいいけど──。

「はは……。だから、大したことじゃないって言ったろ──」

「そうだけど」


 よーし、早速行こうぜ。


 釈然としない顔のジュリーの手をひいて、ぐいぐい先に進むロメオ。


 そういや数日ぶりだな~っと、

 慣れた様子でスイングドアを胸で押し開けるロメオ。



   カランカラ~ン♪



 「冒険者ギルドへようこそー」


 涼やかなカウベルが鳴り響く先から、喧騒にかき消されまいとかすかに響く受付の声。

 そう、こここそジュリーのいうとおり泣く子も黙る『冒険者ギルド』であった。


 ……ちなみにここはその支部というか、ウールプランツ支店といったところ。

 そのギルドに踏み入るや、慣れた様子でカウンターに近づくロメオと、おっかなビックリのジュリーはロメオの背中をきゅっと掴んで離さない。


「どした?……別に取って食われはしないって」

「そ、そんなこと気にしてないわよッ」


 とか言いつつ、服は掴んだまま。

 ──どうやら、入るのは初めての様だが──。


「なんだよ? 町にはよく行くんだろ?……まさか入ったことないのか?」

「な、ないわよ! こんな野蛮なとこ──。おっかない・・・・・し、柄が悪いし──そもそも用事ないし」


 まぁ、そうだわな。


  ぽりぽり。


 一般人にとって、普通はホイホイ入っていける場所じゃない。

 ロメオだって、初めて王都の冒険者ギルドの戸を潜った時はドキドキしたものだ。

 実際、柄が悪いし、一般人はほぼいない。


 ──そして、その治安の悪さを示す通り、入って早々絡まれたものだ……う~ん、懐かしい。


「おうおう。何だ、テメェ──てめえみたいなガキが、エルフなんざつれてよー。へへ、もしかして僕ちゃんたちで観光かー」


 うんうん、そうそう、こんな感じ──……って、

「きゃー! 誰かお尻さわったー!」

「へへ、かわいい子じゃん、ワイのパーチーに入れてやろうかぃ、げへへへへ!」


 うぉぉおい!

 な~んで入って2秒で絡まれてんだよ!


 つーか、ケツ触られたら殴っていいのよ──こういう風に、なッ!!



  ──おらッ!



「人のツレに手ぇだしてんじゃねー!」

「あだぁ!」


 ゴキィ! とキレにストレートを決めると、酔客らしきおっさんがスッとんでいく。

 それを見ても特に動じないのはさすが冒険者たち。一瞬、おっさんのスッとんでいった先の酒場では視線が集中するが、またか──程度で平常運転。うんうん、冒険者ギルドはこうでなくちゃね。


「ひーん、ロメオー……」

「はいはい、怖かったねー」


 お尻スリスリ。ジュリーちゃんが涙目。

 ちなみにさっき、ぶん殴ったおっさんは、ムッキー! とばかりに反撃しようとしていたが、ロメオの胸に輝くシルバーの認識票をみて、押し黙る。


 そう。

 銀色はBランクの証──オッサンの銅のCランクの認識票とはわけが違う。


「うぅ、ここやだー」

「まぁまぁ、そう言わずに──」


 今後、だいぶ世話になるかもしれないし……。


「──おんやぁ、ロメオさん。早速もめ事ですかにゃぁ」

 さわさわっ。

「おわ!! びっくりしたー! お、お触り禁止ですよ、メリザさん……」


 にゅー……と、ロメオの肩と筋肉にまとわりつく様に現れたのは、当ギルドの受付嬢をしている職員のメリザさんだ。

 軟体動物のように、柔らかい体に、人懐っこい顔は獣人族の猫族キャットピープルのそれゆえだろうか。そして、なぜか筋肉を揉む揉む。……おっふ。


「にゃは~。減~るもんじゃないでしょぉにぃ。……んん? お~やおや、今日は珍しいね。お友達連れかにゃ?」


 はは、友達っつーか。


「ウチの身内みうちです。今日は、営業も兼ねてきました」

「へ? 営業~? 仕事なら、商業受付カウンターに、」


 あーじゃなくて。


「依頼じゃなくて、依頼を貰う方です」

「んにゅ? 貰う?? クエストじゃなくてかにゃ?」

「えぇ。まぁ──」


 ハテナ顔のメリザさん。

 クエストなら言うまでもなく掲示板に貼られているそれを持っていけばいいし、逆に依頼を持ち込む方なら商業カウンターで申し込むものだ。

 だけど、わざわざ窓口で身内を紹介してまで欲しがる依頼というのは──……?


「ほれ、ジュリー……」


 未だプルプル緊張しているジュリーを肘でつんつんとしてやると、ハッ! とした様子で、ペコリとお辞儀──。


「あ、あの! じ、じじ、実は私たち隣村の──」



   かくかくしかじか



「──というわけで、工房のほうでなにかお手伝いさせていただけることがありましたら、御贔屓にしていただけると助かります」

 ペコォ。

「おやおやぁ、これはこれはご丁寧に──てっきり、装備品のカタ・・にエルフでも攫ってきたのかと思いましたよ、ニャハハハハ」

「おおい!」


 なんなの?!

 ……ロメオさん、何だと思われてるの??


「そりゃー、借金のカタに装備品一式置いていく、おまぬけ冒険者──おっとゲフンゲフン、我がギルド金融をご利用頂いたお得意様ですよぅ」

「あ、あはは……おまぬけは否定できませんね──……」

「ちょ、ジュリーまで……ったく」


 ガシガシッ


 ……ま、まぁいい。

 今日の目的のひとつは顔見せだし、とりあえずこれ目的のひとつは達成だ。

 あとはジュリーやベッキー達が定期的に顔をだして、ギルドで使うアイテムの納品や雑用の仕事を貰えるようにすればいい。


 ──もっとも、来て早々だし、今日の今で、そこまで仕事はないだろうけど、

 なんだかんだで冒険者ギルドは年中人手不足だったはず。


 バイトのカウンター職員の募集はもとより、解体やら、鑑定やら仕事は腐るほどある。

 それに、消耗品系アイテムの需要は天井知らずだ。


 切った貼ったの冒険者稼業のこと。ポーションはもとより、解毒剤に、魔力回復アイテムやら、時には武器・防具。

 街には専用店もあるが、ギルド自体にも武器屋やレンタルが併設されているので、そちらの需要もかなりのものだ。


 王都の冒険者として長らく過ごしていたロメオならそれらをよ~く知っている。


「……──ですが、お間抜けなところはありますが、ウチのロメオの鍛冶師としての腕はたしかですし、」

 お?

 ジュリーちゃんどした?

「──彼以外にも、私どもの工房でしかできない万ごとがございますれば──必ず皆さまにご満足いただけると自負しております」


 スッ。


 そういって、今度は45度の角度で、丁~寧~にお辞儀するジュリーちゃん。

 おぉ、余所行きの挨拶でもできるのね、ちょっと意外────お、ごふっ!!


「ひ、肘で……」


 余計なことを考えていたのを見透かされたロメオが腹を抑えてうずくまる中、

 和気あいあい握手を交わすジュリーとメリザさん。


「ふむふむ、それは御丁寧にどうも。──わかったにゃ、マスターに取り次いでみるにぇー。……、あー、今日は所用で不在ですが、後日来てくれれば面通しできるようにはからうけど、それでいいかにゃ?」

「あ、ありがとうございます!」


 おぉ、ジュリーの熱意が通じたのか、メリザさんは二つ返事で了承してくれたのだった。

 ふぅ~。やるじゃん。


 ……これで、当初の目的である営業の第一歩は成功。


「やったな!」

「うん!」


 パチンとハイタッチ!


 ──これ営業は、さすがにプルートやベッキーだと難しいしね。

 あと、冒険者のロメオがやるのも色々問題ありなわけです、はい。


 そうして、今日のところは挨拶だけに留めて、後日ギルドマスターに正式に顔見せを済ませたら、いくつかの依頼を出していただけるところまでとんとん拍子で話が進むのであった。




 ※ ※ ※




「はー……ちょっと、緊張したね」


 ぐでー、とテーブルに突っ伏すジュリーさん。

 ちなみに、今は休憩がてらギルド併設の酒場の中だ。


「嘘つけ。緊張してるやつが交渉中に肘を──」

 ジロッ。


 ……はい、さーせん。


 またよからぬことを言いだそうとするロメオに釘をさすように、黒い表情で睨むジュリーに素直に謝る。

 すると、今度は表情を一転して、酒場で注文したジュースを啜りながらジュリーは、言った。


  ちゅー。


「あ、ねぇねぇ。そう言えば──お肉の件は?」

「……あ、忘れてた」


 さすがジュリー。肉食エルフは忘れな──……だから、さーせんて。


「もう!──それで、お肉はどうするの? ここで買うの?」

 チラリとジュリーが視線を寄越すのは、解体カウンターに持ち込まれる様々なモンスターであった。


 一角兎ホーンラビットに、

 地猪グランドボア、そして、豪傑ワイルドベアーと様々な動物型のモンスターが運ばれる様子にゴクリと唾を飲み込む。


「はは、買うんじゃなくて──あっち側さ」

「……あっち?」


 ニッ。

 頼もしく見えるように豪快に笑うロメオ。その親指が差す先には、モンスターを持ち込む冒険者の姿。


「あ、え? ロメオがお肉に?!」


 ガンッ!


「なんでやねん!!」

 なんでそうなるねん! つーか、発想が怖ッ!


 え?

 何その場合、ロメオさん、自分で自分の肉を持ち込んでギルドで加工してもらって、村まで戻るということ?!


 ……どんなサイコパスだよ!!

 つーか、いくらギルドでも人肉は買わねーよ!!


「え? 違った──…………あ、ああああ!」


 そっかー!!


「……おう。多分それだ────つーか、今、『ロメオってそういえば冒険者だったわねー』って、顔してただろ」

「あはは、そ、ソンナコトナイデスヨー」

「嘘つけ! まったく、みんなして──」


 これでもBランクですよ!

 Bランク!


「……え、えっと、じゃ、じゃー」


 あ。

 これはBランクの凄さを知らない人だ。


「はぁ。……ま、百聞は一見に如かず──見た方が早いな」


 こっちこっち。


 そう言って、二人分のジュース代をテーブルに置くと、ジュリーをいざなうロメオ。

 そこには、冒険者ギルドならどこにでもある依頼掲示板が燦然と輝いて(?)いたのだった。


※ ※ ※


「え、えっと、これって??」

「ふふん。これがお肉の発注──もとい、モンスターの討伐依頼だ」


 そう言ってロメオが示したのはたいていのギルドに置かれている常設依頼クエストのそれ。

 ギルドの傍にあるダンジョンに出没するモンスターが主な駆除依頼だ。


 ちなみに、ダンジョンというのは、モンスターが生息する危険空間のことで、主に魔力で構成されるそこには、モンスターが無限に涌き続けるという。


 そのため、ダンジョンからモンスターがあふれ出すのを阻止するために、冒険者ギルドでは定期的ないし、こうして常設の駆除依頼を置いてモンスターの討伐を冒険者に推奨しているのだ。

 そして、たいていはダンジョンの傍にある街にはギルドが置かれているため、

 冒険者ギルドをあらため、別名『ダンジョンギルド』なんて俗称で呼ぶものもいる始末──。


「……ってな感じで、近くのダンジョンでモンスターを狩れば──クエスト報酬を得つつ、お肉もGET!」

 つーわけよ。


 ──ニヤリ


 そして、ダンジョンに潜るついでに、冒険者ギルドへの依頼や納品を済ませれば、さらに報酬GET!


「──どうだ! まさに、一石二鳥──いや、三鳥だろぉ!」


 と、ロメオがドヤ顔をするのをビミョーな表情で見るジュリーなのであった。






  「え? なんでぇ?」







※ ※ ※

 一口メモ


 ●《レビュー2》ウール・プランツ


 男爵領第二の都市。

 第一の都市は領都である『グラン・ベルモント』だが、人口じたいはウールプランツがはるかに凌ぐ。


 そのため、実質的に男爵領では一番栄えている街である。


 郊外に農地と広大な牧草地が広がる都市は、その名が示す通り羊毛産業が盛んな街である。

 羊がのびのびと育っており、その毛と皮とお肉で潤っているほか、

 郊外にダンジョンを有する都市でもあり、ダンジョン都市の側面も持ち合わせている。

 そのため、街の中心地には冒険者ギルドや商業ギルドなど支所以外にも、冒険者を目当てにした武器防具を販売するなど鍛冶屋などが立ち並んでいる。


 人口およそ30000人。


 主な名産は、その名のとおり、羊毛、皮革製品、毛織物、食肉。

 そして、ダンジョン資源。ダンジョンは獣系モンスターが多く出没するため、なおのこと職人や毛織物などが栄えている。

 また、ダンジョンを除けば、モンスターの脅威は過少であるが、冒険者の流入のため、都市の治安はあまりよくない……。


 街の施設は、衛兵隊屯所、魔塔支部、町役場、教会のほか、駅(公共馬車)、

 民営施設は、各種ギルドの支店、武器防具の商店、宿屋、雑貨屋、リサイクル業、娼館、その他──傭兵募兵所、怪鳥郵便ガルダポスト、羊飼い等など。


※ ※ ※

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