第8話「タールの活用法!」
「さーて、釣り舟をつくるのはいいんだけど──」
舟と言っても、いきなり新規から作るとなると工程も材料も馬鹿にはならない。
それがあの値段ではさすがに割に合わないので、ロメオの目星をつけたのは
村の湖には多数の釣り舟の運搬舟がある。
湖周辺はド田舎特有の耕作地帯となっており、その作物の一部は水路を使って各都市に運ばれることもある。
──というわけで、この湖は意外と舟が多く竣工しているのだ。そして、その舟も当然ながら使えば壊れるし、放置すれば朽ちていく。
そんなわけで、湖の周辺を探せば結構見つかるものだ。
……ほーら。
「お、あったあった」
思った通り、廃舟がいくつも岸辺で砂や水草に埋もれていた。
その中でも状態に良いものを探し出すと、それを引き上げる────おも!
「んぎぎぎぎぎぎ────」
くっそー。
び、びくともしねー……。
「だが、もう一度──……ふんっっっ、って、あれ?」
ズズズ──う、動いた?!
俺スゲー……。いつの間にこんなパワーが────って、
「……なんだ、ベッキーかよ!」
「なんだやないでぇ──ロメ兄、気付くの遅いわ」
びくともしないそれが突然軽くなったかと思えば、いつの間にか作業を終えたらしいベッキーがそこに。
ねじり鉢巻きに、タンクトップに短パン──って、どこのおっさんか! と言いたくなるが、彼女の種族特性かよく似合っているし、汗臭さは感じない。
八重歯がチャームポイントの顔に、
小柄な体にアンバランスな──意外と豊満な胸のせいでちょっと目のやり場に困るロメオ。
……幼い幼いと思っていたが──立派になってまぁー。
「どないした?」
ゲフンゲフン。
「い、いや、なんでも──」
うん、
っていうか、ちょっとは格好に気を遣えと言いたい──。
……まぁいいや。
「ん? なんやねんさっきから? ま、ほんなことより……ほれ、これ
ざばー!
ドロドロドロ……!
「お、おう。そうだな」
さすがはドワーフ。そして、我が工房の娘よ。
ロメオの魂胆を完全に理解したベッキーは、引き上げた舟をゴロンと逆さにして中に溜まっていた水やら砂を掻きだし、どれどれと中を検分する。
「ふーむ。悪ないでぇ……これならいけるんちゃうか?」
ニッ! と八重歯を見せて笑うベッキー。
「お、そうか?」
「おうおう、思ったより状態はええで──さすがに穴は塞がんとあかんし、腐っとる部分も多いが
「さすがベッキーだな。頼りになるぜ」
「ふふん、褒めても何も出せんでぇ」
出さんでいい、出さんでもいい。
なんも、出さんでも──。
「……そういや、ほかの作業はどうした?」
たしかベッキーはいくつか掛け持ちしてたはず。
「ん? あー。鳥小屋の方は半分終わらせたでぇ。基礎を組んで、あとは網の張り直しやが──そっちはプルートが仕上げるから、あとはアイツに任せてきた」
おぉ! 仕事が早い!
「瓶の代わりは──?」
「うん、今は溶鉱炉に火入れしとる──材料は割れたもんそのままもろてきたわ!」
ジャラジャラと音がする袋。
どうやら、酒場で割れたコップなんからそのまま貰ってきたらしい。
「まぁ、ガラス瓶いうても
ちょっと残念そうな顔のベッキー。
ドワーフなだけあって半端な仕事しかできないのが歯がゆいのかもしれない。
「まぁ、もともとガラス製品は高価だし酒場でもウチの工房にそこまでは求めてないんだろ?」
「そらそうやがな……。せっかく頼まれたからにはエエの作りたいやん?」
うむ。それは分かる。
このあたりは、職人ならではの感覚だな。
それにしても、
「うーむ。設備か……」
そうなんだよな──基本的にウチの工房って旧式器材しかないので、あまり大掛かりなことができない。
……この辺は要改善だな。
「そうだな。後々その手の依頼が増えてきたら、溶鉱炉とか錬金セットも改良か買い替えよう。ま、今のところは設備投資は一時、保留だな」
本当なら設備投資こそ早めにしたいが、
まだ時期尚早ともいえる。
「オッケー。ほな、まずはこっちやろか」
「そうだな」
ベッキーと頷きあったあと、まずはロメオのほうも作業を進める。
瓶の作成は工房に帰ってから検討しよう。
「ほんでロメ兄、これどなすんねん?」
「穴は
「おー! ええんちゃう! これを煮詰めて、端材で穴補修すんのやな?」
「その通ーり。さすがベッキー呑み込みが早いな」
タールマジで万能。
「うへへへ。……ん? ロメ兄、ちょいまち!……も、もしかして、これ──全体に塗ったら、防水加工もできるんちゃうか? 水弾くし」
…………なに!
「お、おぉ!……ほんとだ。水をめっちゃ弾くなこれ──。うん、その案、頂きだな!」
「を、やったでー♪」
ニヒッ! と可愛らしく八重歯を見せて笑うベッキー。
褒められたのが嬉しかったのか、ウイ奴め──。
なでりこなでりこ
しかし、まぁ──手はべたべたになるけど、油みたいなもんか。
さすがベッキー。ドワーフならではの観点には今の今までロメオも気付かなかった。
廃船がいくつもあることからわかるだろうが、舟は、なにせ維持管理が大変だ。
それがこのタールを塗るだけでかなり耐久性を上げることができるとなれば、依頼としては百点じゃなかろうか?
「よーし、そうと決まったら木を取りに行こうぜ」
「オッケィ! 工房の裏山やな」
イエス!
補修のめどが立てば早い早い。
ロメオを先頭に、馴染みの裏山の向かう二人。
──わっしょいわっしょい♪
そして……。
「──うひゃー、裏山、久しぶりに来たけど、結構整備されてるのな」
あっという間に工房裏に到着すると、懐かしそうに山を見渡すロメオ──。
明るいところで見るとまた違って見えるものだ。
「そらそうやでー。ウチラの煮炊きの薪はここの使こうとったでな──」
あー、どーりで。
「それに、オカンも生前は細工物の材料採りに利用しとったで──ほれ、そこ」
「お」
これはありがたい。
確かに、すでにいくつかの材が乾燥状態で置かれていた。これなら、すぐにでも使えそうだ。
(※注:生木は材としては非常に使いにくいし、重いのだ……)
「あ、でも──俺らの借金のカタって……多分、この山も含まれてるよな?」
工房を丸ごと。
……いわゆる差し押さえ中なんじゃ?
「かまへんかまへん、アイゼンの奴も木の一本一本数えとるかいな」
「まーそうなんだろけど──……まいっか」
よし、ウジウジ悩んでてもしゃーない。
ここは思い切って使っていこうー。
「おー♪」
ベッキーのテンションに助けられるようにして、工房から持ってきた鋸と斧でちょうどいいサイズに木を加工していく。
板材があれば便利なんだけど、そんなもの製材所にでも行かないと作れない。
ぎーこぎーこ♪
「うーむ、手間だな。いつか製材機も欲しいな」
「せやなー」
ふぃ~。ちょっと休憩とばかりに、ベッキーが製材中に出てきた、幼虫をムシャムシャ。
……って、をぉぉおおい!
何喰うとんのん?! 虫食うとんのん?!
「食う?」
「え、遠慮しとく……」
ビ、ビックリしたー。
ナチュラルに虫を食うなよ。
…………あと、せめて火を通せ。
ひょんなところで我が家のたんぱく源を垣間見て、ちょっと目の前が暗くなるロメオ。
あかん、早めにお肉の供給をなんとかしないとと、硬く決心。
そうしてこうして、虫食いベッキーにドン引きしつつも、作業を終える二人。
「ふー。切った斬ったー」
「ん、そうだな。まーこんくらいか?」
トントンと、器材で肩を叩きつつ、首をゴキゴキ。
手作業はなかなか疲れるぜ──。
そして、軽い休憩を挟んだ後、木材を運んで山をおりる。
この作業だけで一日仕事だ。
「つーか、ベッキーすげぇパゥワー……」
「ウチ舐めたらあかんでぇ」
──ムキィ!
ガハハ! と豪快に笑うベッキーはロメオの3倍近い材を軽々と担いでいる。
そして、再び湖に到着すると、舟の修理開始。
あらよっと、
カンカンカーン♪
「どうだ?」
「順調順調~」
いいねいいね。
「そっちふさがってるかー?」
「多分、いけてるでー」
船の反対側に回ってベッキーの声がくぐもって聞こえる。
オッケーそうだな。
「じゃ、俺はタールの準備するな」
「あいよ~」
ベッキーに木材の加工の仕上げを任せて、出てきた端材で火を起こすと、タールを煮詰めるロメオ。
ついでに木の皮を煮込めば、なかなかいい感じに補修材になりそうだった。
ぐつぐつ
……げほげほっ!
「うわっ、くっさー!」
「ゲホゴホッ! おえー。……こりゃ~、また帰ったらジュリーにどやされるな」
「うはは、そりゃ勘弁やでぇ──ゲホッ」
それでも、モクモクと立ち上る黒い煙に辟易しながら、補修を進めていくと、
「どうだ?」
「んー。ええんちゃう? こっちも穴は塞げた思うでぇ──」
お互いに顔を真っ黒にしながら補修材とタールを塗りっこ。
うんうん。
よしよし! 予定通りだな。
タールの性質なのか、混ぜ物をすると硬化するらしい。これは大発見だな。
「─よーし、オッケィ! んじゃ、舟板は張り替えたし、あとは試しに進水してみるか?」
「せやな。防水用に底にもタールも塗ったし、うん。ええんちゃう?」
タールのせいで真っ黒な顔のベッキーが歯を見せて笑う。
「ひひっ、ベッキーひでぇ顔だぞ」
「ロメ兄もええ勝負やでぇ」
にひひ。
そして、ベッキーのそのパワーのままに、湖へ──スルスルスル。
「お! おぉー、いいね!」
「ほんまや──滑るような勢いやん。ちょい水が汚れたけど、これは順調ちゃうか?」
確認すると、少し浸水があったが、許容範囲。
それもタールと煮詰めた木の皮で、すぐに塞いでみせると頑強に埋めていく。
そしてついに──……。
「おー!」
「ええやんええやん!」
よっしゃー!
「「完成~!」」
いえーい♪
二人でハイタッチしたあと、そのまま舟を漕いで村の桟橋へ──さっそく村長に報告だ。
「ほぃ、ベッキー」
「はいな!」
ついでに作ったオールで漕ぎこぎ。
あっという間に、村についたところで、ヒーヒー言いながら水くみ作業中の村長を発見。
「おっす村長~」
「ちわ~す、ロメオです。さっきぶりでーす」
桟橋に船を止めつつ軽い挨拶。
「お、おぉ、ベッキーに……ロメオか、今日はよく会うのー」
「朝ぶりやなー」
どうやら、ベッキーのほうも鳥小屋の修理で顔を見せていたらしい。
「……つーか、珍しいやん、村長が水くみて」
「ほ、ほっほっほ。たまにはの。たまには……。うん、たまにしてくれ、あいたたた」
……ジロリ。
なぜか睨まれるロメオ──。
おっふ。
村長……なんかすまんス。
どうやらさっそくロメオ作の井戸のつるべ落としの犠牲者になった様子の村長。奥様にもうこき使われているような。くわばらくわばら。
(……あの様子だと、
「──で、なんじゃ? 急ぎの用事か?」
「あ、いや──急ぎっていうか、ほら、釣舟ができたから見てもらおうかと──」
な、なんと?!
「昨日の今日で──もう!?」
「せやでー。ウチとロメ兄の結晶や!」
言い方……。
「ふむ。しかし、雑な作業だとさすがに報酬は出せんぞ? まずは見せてもらうかのー」
「はいはい、そう思って村の桟橋に付けといたぜ」
背後を親指で指すと、桟橋に括りつけた
「おぉー。仕事が早くてよいことじゃ──む……」
むむむ……!
ツカツカと舟に歩み寄ると矯めつ眇めつ────……ふむッ!!
「こ、これは、面白いッ! ただの中古舟かと思いきや……。す、凄いぞ、凄いじゃないか!──おい、ジョン! ジョーン!」
呼ばれてやってきたのは、湖の釣り人ジョンさん。
どうやら、発注主らしい。
「なんだよ、村長──おりゃ、腰が痛くてだな……」
おっふ。
この人もか──……なんか、すんません。
「なんや、奥さんとハッスルし過ぎか?」
「ベッキー……言い方──じゃなくて、水くみのしすぎだろうな」
あえて誰のせいかは言うまい……。
「水くみぃ?」
「まぁ、それはおいおいな」
あとで、家に帰ったら報告しようかね、諸々と……。
「若いもんが情けない。ちょ~っと数回汲んだくらいで大げさな──わしなんかこれで何往復しとると思って──おっと、」
うむうむ……。
流石にロメオの前ではまずいと思ったのか、さっそく舟の検分開始。
「ほれ、お前が要望しとった舟の代わりじゃ」
「かわりだぁ? そんなすぐにできるわけね────ん? これ新品つーか、中古か?」
なんでも、この発注主の──ジョンさん。先日、大物を釣った時に、舟を壊してしまったらしい。しかたなく、なけなしの貯金で舟を注文していたらしいが、さすがに銀貨46枚程度では中々いい舟が見つからなくて難儀していたんだとか──。
「いえ、リフォームっすね」
「りほーむぅ?」
あー、通じないか。
だけど、決してただの中古ってわけじゃないのよ?
「ふむ。……
「まー、あれじゃ新造舟は無理だわな──よっと、お!」
試しに乗り込んだジョンさんが、すぐに満足顔。
どうやら、釣り人ならではの感覚でわかるんだとか。
「お、おおお? こ、こりゃいいじゃねーか! 水の乗りが軽いし、気の利いたレイアウトも気に入った!」
「せやろー」
えっへん!
デカい胸を張るベッキー。ぶるるん
なんたって、穴を補修してタールを塗るだけじゃなく、ありあわせの材料で、わざわざ釣竿を置く台や、釣り道具をしまう棚をササっと作り上げてしまったのだ。
やはりドワーフの血筋。ベッキーはなかなかの腕前だ。
そして、どうやらジョンさんにとって隠しギミック的なそれが男心をくすぐったらしい。
「ふむ、ふむふむ! しかも、これは凄い……。画期的じゃないか、水を弾く防水仕様とは──!」
「えぇ、ちょっとしたアイデアですよ。もし継続して使われるなら格安で防水材をお譲りしますので、お申し付けください」
さりげな~く防水加工とタールの販売もアピール。
そりゃ、一度塗れば長く持つが、一生モノというわけではないしね。
「うーむ! うむうむ!……村長、俺ぁ、コイツが気に入ったぞ!」
「お、おぉ? おぬしがそれでええならええが……? 中古じゃぞ?」
中古じゃねーよ!
リフォームだよ! リユースだよ!
「いやー。そういうこっちゃねぇ、これは俺の釣り魂が叫んでいる。──いい舟だってな!」
「ふむ、よかろうぞ……。ロメオにベッキー、よくやった! これは報酬じゃ、ちょっと色を付けといたぞぃ」
お、マジか!
「「あざ~っす!」」
いえーい!
井戸と舟でダブルボーナスゲットだぜ!!
そうして、ホクホク顔で帰路に就くロメオとベッキーなのであった。
ロメオの依頼
井戸の修理、新規釣り舟作成────完了~♪
チャリーン♪
銀貨46枚⇒46枚! とボーナスで銅貨5枚!
──報酬~~~~ゲットだぜッ!(しかも、依頼者からのボーナス付き)
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