第2話「負債」
「よ、よぉ、ロメ兄ぃ──久しぶり」
「──だね。僕のこと覚えてる?」
床に拳を叩きつけたまま硬直しているロメオに話しかける二人。
言わずと知れたベッキー&プルートだ。
「なはは、た、大変なことになったねー」
そう言って強がりとも見える笑いを浮かべるのは、八重歯がチャーミングポイントの、燃えるような髪をしたドワーフの少女ベッキー。
「いやー。僕も最近まで全然知らなかったんだよ──姐御くらいかな、事情知ってたの」
そう言ってばつが悪そうに、ジュリーを見上げるのは、グルグル眼鏡の小柄な少年──ホビット族のプルートだ。
「ごめんね、皆。私も母さんが体調を崩した時に初めて聞かされたの」
そう言って顔を伏せるジュリー。
だが、ジュリーが罪悪感を感じる必要はない。一番悪いのは……。
「お袋──なにやってんだよ!」
バンッ!
「ま、まぁまぁ、事情があるんだって。だから、今まで必死でウチらにバレないように借金返してたんだろ?」
ベッキーはそう言ってお袋を庇うが、
だからって……。
「いずれにしても、一週間かー……まいったねー」
全然参ってなさそうに頭の後ろで手を組むプルート。
「奴隷かー。ウチ、可愛いから、ナニされるかわからないにぇー」
「姉貴は大丈夫だよー」
「そっか、にはは──ってどういう意味だよ!」
ぎゃー!
ドタバタと、仲良しの二人を見て、少し表情を緩めるロメオ。
そうだった。
こうしていてもしょうがない。
今できることを一つ一つ考えなければ。
幸いにも猶予が一週間。
それまでに、工房を売って一時しのぎするか、全員であきらめて降伏するか──……首をくくるか。
ロメオ達が金貨6000枚なら、工房が金貨4000枚相当という計算だ。──……売れば、少しは時間稼ぎにはなるはず。
……だけど──。
「逃げるって言う手もあるんちゃうかー?」
あっけらかんというベッキー。
「そうだねー。幸い、僕らは一応手に職はあるし、どこでも再出発できるよ。……いっそ隣国にいっちゃうか」
王国は前後左右を、多種多様な民族や大国に囲まれ、なかなかの緊張状態にある国だ。
大昔にデッカイ戦争で、勝利してから、しばらく戦争はないというが、いつ侵攻されてもおかしくない状況だという。
ロメオは、冒険者として王都にいたのでその辺の肌感覚はわかる。
「無理だ。……議員先生のことだ。国境には手を回しているだろうさ」
密出国という手もあるだろうが、国境警備は厳重だ。
それに、密出国して、その先安全に暮らせる保障もない。逃げるということは即ち追われるということだ。そんなお尋ね者を隣国が温かく迎えてくれるとは思えない。
「じゃーどうすんの?
ごんっ
「一言多いねん、お前は! だいたい、そうなったらお前みたいなチビはデブの変態に買われるのがオチやでぇ」
「げぇー」
あまり深刻さを感じていないのが救いだが、それは現実を知らないからでもある。
ロメオは王都で奴隷を実際に見ている。
まぁ……お世辞にも言い環境で過ごしているとは言い難いし、ベッキーくらいの女の子も、その……なんだ、ろくな目に合わない。もちろん、プルートもね。
「あ、でも──ロメオだけなら大丈夫かも」
「え?」
ふと思いついたような顔のジュリー。
「え? どういうことだ? 俺のケツなら大丈夫ってこ──」
「ね、ねぇ、ロメオは今冒険者なんでしょ? しかも、Bランク──」
おっふ。
そっちか。
「……あ、あぁ、一応な。Bランクと言えばそこそこのグレードなんだぜ…………って、」
お、おい、まさか!
「うん。Bランクなら
ば!
「馬鹿なこと言うなよ! それってつまり、俺だけ皆を見捨てて、逃げろってことか?!」
そんなことできるかよ!
だいたい、それはつまり──……。
「ううん。きっとそれが正解。だから母さん、ロメオが冒険者になるのを反対しなかったんだと思う」
「お、おいおい……」
「うん。そうして頂戴──。一人でも母さんの意志をついだほうがいい。……大丈夫、私達は──」
「そうやなー」「だねー」
な!
「……お、お前らは奴隷の扱いを知らないからそんなのんきなこと言ってられるんだよ!」
奴隷は人じゃない。
物だ!
「だけど、じゃあ、どうしようっていうのよ! 相手は権力者。……しかも、書類は本物なんだよ! それとも、なに──?」
キッ!
「ロメオにお金があるの?! アナタが金貨1万枚も持ってるっていうの!!」
「──ッッ」
……弾かれたように、体を硬直させるロメオ。
ジュリーの怒気を間近で感じたのは生まれて初めてだ。
だが、そうじゃない。
ロメオが驚いたのはそこじゃあなかった。
「そう、か。……金、だ」
そうだ。金だ。金だ。
──金だよ!
「これは金で解決する話なんだ!」
……はは、簡単じゃないか!
「え?」「兄貴ぃ?」「ど、どうしちゃったの」
あははははは!
「……みんな、降伏でも、逃亡でも、自殺でもない──第4の選択肢だ」
「「「は?」」」
にっ。
「──金を払っちまおうぜ!」
※ ※ ※
「ふーむ。田舎ですねぇ」
村一番の宿に滞在しているアイゼンは、窓枠に腰掛け、閑静な田舎ビター・スプリングスを見下ろしていた。
人口はそこそこ、産業は貧弱、村からギリギリ町になれないってところの……農産物以外に、何の魅力もない田舎の村だ。
「しかし、だからこそ、不思議ですねー。こんな田舎村にどうしてあの
きゃー、あはははは。
村のことも達が貧相なおもちゃを手に、村の広場を駆け回っている。
それを汚らわしそうに見つめるアイゼン。
「ふん。あの女……老後を静かに過ごしたいというほど
──エリナ女史。
そう言って目を細めて、エリナの功績とも、功罪ともいえるものを思い浮かべるアイゼン。
彼の手には、ぶっちゃ
「譲渡証明」だか「借用書」だかは、本来
そんなことより、
それはきっとあの工房にあるはず。……なければ、奴らを拷問してでも口を割らせればいい。
必ず
それの回収が任務。
それこそ、アイゼンの使命。
それだけが、この国を侵略から守るための唯一の手段──……。
「
バターン!
「むぉ! なんなななななッ……っと、アナタ達ですか」
突然宿の扉を蹴破らんばかりに入って来たのは、あの生意気そうな青年──ロメオと、あの工房に巣くうネズミどもがなんと全員お揃いだ。
おやおや。
おやおやおやおや。
「……困りますねぇ、人様の宿をノックもなしで」
だいたいカギはどうした鍵は。
「あいにくだな。田舎に鍵なんてないぜ」
「知ってますよー。……まったく驚きましたよ、宿にも鍵のない部屋しかないなんてね」
田舎の防犯意識はどうなってることやら。
「ふん、泥棒が入っても全員顔見知りさ。だいたい、盗むほど高価なもん、持ってるやついるわけねぇだろ!」
「しかり──……ですが、私を君たち貧乏人と一緒にいないでほしい。見てください。金貨6000枚相当の書類に、金貨1万枚の借用書ですよ」
ふん。
「君らには一生かかっても返せない額ですよ。それを鍵もかからない部屋に保管しなければならない私に気持ちがわかりますか」
「わからないねぇー」
ごッごッごッ!
「ちょ、ちょっとちょっと、部屋に入っていいとは誰も──」
「なにが、一生かかっても払えないだ」
あいにくだな!
──バンッ!
「……なんですか、それは」
「はっ! 見てわかんねぇのか! お前の大好きな金だよ、金!」
……金だぁ──。
チラリとアイゼンが視線をよこした先。
そこには粗末な革袋に入った金貨が見えた。
「……な?!」
ま、まさか?!
「ふん。……利子。そして、滞納した分も含めておおよそ半年分、金貨600枚だ!」
「……ば、ばかな!」
「はっ! 俺たちを舐めるなよ。借金を返済したら文句はないはずだ。今日のところは、まずは利子の分──ゆくゆくは元本を返してやろうじゃないか」
ずい!
「──そうさ。俺たち
すぅぅ、
「「「
な、なんだとぉぉおお!
「バ、バカな! 私の言った意味がわからなかったのですか?」
「はぁ?」
馬鹿な、バカな!
馬鹿どもがぁぁあ!
「あの工房を明け渡し──……そのこのエルフ一人差し出せば、あなた達三人は放免してあげようと……」
「あ゛あ゛ん゛? そういう意味だったのか? 回りくどくてわかんねぇよ!」
「わかりなさいよ、バカたれ! あーもう、これだから田舎者は!」
──エルフが金貨3000枚、そして、人族やらドワーフにホビットの価値はないと暗に言ったはず。
つまり、エルフと工房以外には
そうして、工房を手に入れ、エリナと通じていたこのエルフのガキを尋問できればそれでよかったのだ。
……ぶっちゃけ、金貨1万枚もどうでもいいし、ロメオだかなんだかしらんが、クソガキ三人もどうでもいい!
そうとも、目的はエリナの残した遺産ただ一つなのだから!
「わかったでしょう! もう、大サービスなんです。……理解できたら、そのエルフを置いて三人とも、さっさと工房からでていきなさい!」
ふーっ、ふーっ……。
荒い息をつくアイゼンに居も返さぬ様子のロメオは、言った。
「……アホか、行く分けねぇだろ、このロリコン」
「な?!」
っていうか、ロ、……ロロロ、ロリコン?!
「ちょ、ロメオ!」
「へ。笑わせるなよ、この変態が! 悪いがなぁ、ジュリーはウチの大切な──」
ぎゅっ!
「え? ロ、ロメオ……?」
肩を抱き寄せるロメオに柄もなく顔を赤らめるジュリー。
え? え? え? こ、これって──。
「そう、大切な──」
とても、とても大切な────……!
「ロメオ……」
ウルウル目のジュリーにパチリとウィンク。
「そうさ、とっっっても大切な、俺たちの母ちゃんだからな──」
ゴキィ!
「あッだぁ……! な、なに? なになになに?」
若干、体が浮きましたけどぉぉお!
なになになにぃ?!
「誰・が・母・ち・ゃ・ん・だ。誰がぁ!」
え、ええー。そこぉ?
「……っていか、私もロリコンではなーい! そのエルフが一体いくつだと思っ──ごっふ」
って、えええー。
ぐーぱんちぃ?
ジュ、ジュリーさん、アイゼンの顔面にぐーぱんちを決めていらっしゃるぅぅ。
「うぐぐぐ……。な、殴ったね? お、親父にも殴られたことないのにー」
「殴って悪いか! 殴られもしないで──……つーか、殴り足りんわぁぁぁああ!」
どわぁぁぁあ!
あかん! あかんで、あかんあかんあかーん!
人様を殴っちゃダメぇぇぇえ!
「と、止めろー!」
「お、オーケーロメ兄ぃ!……って、ジュリ姉、力つっよ!!」
「つーか、姐御。めっちゃブチ切れてるけど──何歳なの?」
……さぁぁ?
「ウガーーーーーーーーーー! レディの年齢聞くんじゃねぇぇぇえ!」
聞くんじゃねぇぇぇええ!
ぇぇぇええええええ!!
「あーあーあー、もー。カオスやでぇ」
※ 仕切り直し ※
「く……。まさか、こんな手に出てくるとは予想外でしたよ」
アイゼンが苦々しく見るのは、テーブルに叩きつけられた金貨の山。
その数、間違いなく金貨600枚。
……そして、その額は利子を補って余りある。
「やってくれましたねぇ」
それを悔しそうに見つめるアイゼンは、今にも噛みつきそうな顔だ。
だが、合法だ。
逃げるわけでも、降伏するわけでも、自殺でもない。れっきとした借金の返済だ。
つまり、法律上は金貨1万枚の返済中なわけで──……。
基本的に、銅貨1枚でも返済中の債権は強制執行ができない──……基本的には、ね。
「──ふんっ。どうだ、これで手は出せないだろ」
「いや、手ぇだしたやん」
いや、それはそれ──仕切り直したやろが!
「くっ。た、たしかに、返済金ではありますが……。こ、こんな金どうやって!」
「お前に言うわけねぇだろ!」
「ふ、ふん! ま、まぁいいでしょう。小銭を集めてきたことは評価します。……ですが、」
キラーン!
片眼鏡を光らせたアイゼンが勢い込んでロメオ達を指さすと、
「半年! そう、たった半年の猶予を得たにすぎませんよー。はーっはっはっは!」
高笑い。
半年後も利子が払えるのかとあざ笑っているのだ。
──だがそれがどうした。家族のためだ、払うに決まってる! やる以外に選択肢なんてないさ!
「ふふん。まぁ、いいでしょう──そのあがきがいつまで続くか、見せてもらいましょうか。……あぁちなみに、」
くくく。
「工房どころか、この村の資金をすべて合わせても、金貨1万枚には足りませんよ、あーっはっはっは!」
そう笑いながら、金貨の入った袋と、書類をワシ掴みにして去っていくアイゼン。
まだ宿泊日数は残っているが、あの様子だともう残る気は無さそうだ。
さりげなく残されていた名刺──……どうやら、今後はそこに連絡を取れということか。
全面降伏するか、
借金を返済しきるか──……人生を駆けたレースというわけだ。
「上等だ」パンッ!
拳を掌に打ち付けると、にっと不敵に笑うロメオ。
そして、
「えぇ、上等ね」
「上等やん」
「上等だね」
がっ!
語らずとも、4人は拳を合わせると、ニヤリと笑いあう。
……そうとも、4人で力を合わせればできないことなど何もない!
俺たちは、
ロメオ、ジュリー、ベッキー、プルート!
よーし、
「やるぞぉぉおおお!」
「「「おー!」」」
こうして、借金返済に向けての奮闘が始まるのであった。
……ことの真相を知らぬままに──。
※ ※ ※
一口メモ
●《ポイント2》村の宿屋
宿屋とはいっても、ほとんど普通の一件家。現代風で言えば民泊施設である。
大きめの家屋の二階を宿屋として提供しており、部屋数4つ。
鍵のかからない部屋、風通しの良い窓、賑やかな村通り──……とてもアットホームな宿泊環境が売り。
※ ※ ※
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