4人のアトリエ ~王都で成功したけど、可愛い妹弟分のために借金まみれの実家に一肌脱ぎます!~

LA軍@多数書籍化(呪具師200万部!)

第1話「帰郷」

   宛、ロメオ

 

 『 母、危篤──。

   すぐ、戻れ。 』


   発、ジュリー



 ヒュゥゥゥゥ……。


 冷たい風が吹き抜ける、村の共同墓地。

 そこに案内されて、全てを理解したロメオは、ただただ無言で墓を見下ろした──。

 そこには、もうあの温かな笑みを浮かべていたヒトはどこにもいない。


「ただいま」


 冷たい墓石に花を添えながらそう呟く。

 そこに言葉が返ってくるはずもないけど、それでも語りかけずにはいられなかった──。

 

 今になってようやく実感がわいた。


 そう、お袋は死んだ……。

 あの手紙を受け取ったのは、お袋が病に倒れてから2週間後のことだった。

 王都とこの田舎じゃ、時間差があるのは仕方のないことだけど、

 ……慌てて故郷に戻ったロメオの見たものは、そこにあるお袋の墓だけ。


 …………。


 ……。


「ごめんね……。もっと早く連絡できていれば」


 じっと墓に座り込んで身じろぎもしないロメオにそっと、呟くように話しかけたのは連絡をくれた妹分のジュリーだった。

 そっと振り返ると、顔を伏せた彼女の横顔が見えた。

 サラサラと風にそよぐ……金糸のような髪と、エルフ族・・・・特有の笹耳と寂しい墓場には不似合いだった。


「いやぁ、俺こそ悪かったよ……。もっと頻繁に戻って来てればな」

 そう言ってもう一度、墓に目を落とす。


 エリナ・エーベルト──享年59歳。

  『ビター・スプリングスの発展に大きな功績を残した栄誉をここに称える──』


 それだけ・・・・が、彼女がこの世にいたという証だそうだ。

 心臓の病だったという──。


「……そんなこと──」

「いや、そんなことさ」


 冒険者になると言って故郷をでて早数年。

 がむしゃらに働き、戦い続けたことで、いつしか王都でもそこそこ名が知られるようになっていた。


 ……それに夢中だった。


 ただ、ただ、名声と戦いを求めて、ふと気づいた時Bランクという称号を得ていたロメオ。

 そこで、ようやく少し落ち着くことができた。

 だから、ジュリーのことを……いや、ジュリー達がいる故郷にそろそろ顔を出そうかと考えていた矢先のことだった。


「葬式も手伝えずに悪かったな」

「ううん。……ベッキーとプルートも手伝ってくれたし、近所の人も、ね」


 そう、か。あの二人がな……。


「……うん」

 お袋はアレでいて人望があったからな。

 いつもは頼りがいがあるんだかよくわからない豪快かあちゃんって、感じで──困っている人には手を差し伸べていた。


 そうして、引き取られた4人だからわかる。


 ロメオ、ジュリー、ベッキー、プルート。

 種族も年齢も、出自もバラバラだが、お袋のもとで育った家族だった。


「これからどうするの?」

「ん……。どうしようかな」


 また王都に戻って冒険者稼業をするのが普通だろうが……。

 すぐにその気にもなれない。……死に目に逢えなかった負い目がないといえばウソにもなる。


 それになにより──。


 サラサラサラ……。

 また冷たい風が吹き、ジュリーの髪を揺らす。


「なぁ、ジュリーはどうするんだ?」

 エルフ族なだけあってかなりの長命で、そして、種族特有の儚さと美しさを兼ね備えている。

 そんな彼女が片田舎のビター・スプリングスでずっと燻っているのはどうかと思う。


 もし、彼女が望むなら──。


「ん……。色々片付けなきゃならないことも有るし──」

「片付け──? あ、あぁ、依頼か……」


 依頼クエスト


 お袋の趣味とも仕事ともつかない食い扶持のひとつだ。

 むか~し、王都でそこそこの腕前だったうそぶくくお袋は、ビター・スプリングスに小さな工房アトリエを構えていた。


 作るものは多種多様。


 武器はもちろんのこと、ポーションや煙玉などの錬金術もこなせる万能職人だった。

 そして、ビター・スプリングスを出るまでは、見様見真似でロメオも色々な職人技を覚えたものだった。


 もちろん、ジュリーもその職人技を覚えた一人。


「えぇ、病に倒れる直前まで細々とした仕事を頼まれてたからね」

「そっか……」


 じゃあ、そのあとは?

 お袋の受けた依頼がなくなれば──?


「……なぁ、」

「ねぇ」


 ん?

 あ、どうぞどうぞ。


「何か言おうとした?」

「いや、別に──」


 ……ポリポリ


 彼女を誘って王都に行く──そんな選択肢はずっと前から考えていた。

 別に、恋愛感情だとかそういうものじゃない。彼女は家族だ。


 ただ、あまりにもこの村で一緒に過ごした期間が長かったから、冒険者として独り立ちしても、なかなかその不在感になれなかったのだ。

 もっとも、今となっては、それほどでもないのだが──……あの時、言い出せなかった言葉も今なら言えそうだ。


「ふ~ん?……あ、ロメオはしばらくはこっちにいる?」

「え? あ、あぁ、王都のほうは別に急ぎの仕事はないしな」


 冒険者稼業は自由業みたいなもんだ。

 別に、クエストを受けなければ受けないで誰にとがめられるでもなし。ただ、仕事をしなければ干上がるのが自分だというだけ。

 あえて言うなら。王都での人付き合いと、借りっぱなしの宿が気になるくらいか。


 一括でドカッっと借りているので、すぐに荷物を処分されることもないだろうけど──。


「よかった! ね、ねぇ、ちょっと手伝ってほしいことがあるんだけど──」

 ぱぁと顔を輝かせるジュリー。

「お、おう。なんだ? 俺でできることなら、なんでも──」

「ふふ、実は困ってたの。ロメオの腕さえ鈍ってなければ、母さんの依頼クエスト、手伝ってくれない?」


 は?

 クエストを──……。


「え、えへへ。ベッキーもプルートも器用だけど、さすがに鍛冶とか大工は、ね」

「あ、あぁー。そういうことか。任せとけよ!」


 ニッ!


 ……なるほど。

 昔のように、工房の手伝いってことね。


 おっしゃ、ドンとこいだぜ!


「昔取った杵柄だ。いくらでもかかってこい!」

「あはは、モンスターじゃないんだから、あははは」


 久しぶりに彼女の笑顔を見た。


 ……ま、最近は冒険者いっぽんで通していたため、あまり腕を振るう機会はなかったものの、やってやれないことはないだろう。

 冒険者初級時代は、その手のバイトで食ってきたこともある。なにより、ロメオもお袋の手伝いで工房関係はずいぶん鍛えられたものだ。


 ──ちなみに、お袋こと、エリナは、鍛冶・錬金だけでなく、魔道具や細工物までこなすスーパーマンだった。

 そして、それらを手伝っていたロメオ達もそれぞれに得意分野をもってエリナを支えていたものだ。

 当然、一応はひととり皆できるのだが……やっぱり種族特性というかなんというか、得意分野がある。


  ロメオは、鍛冶と大工仕事。

  ジュリーは、エルフらしく精霊錬金や魔道具と服飾裁縫。

  ここにはいない妹分のベッキーはドワーフなだけあって鍛冶もできるが、なんといっても器用さとパワーを兼ね備えて機械物のほか、応用錬金や道具作成も得意とする。

  そして、同じく弟分のプルートはホビットの特性なのか、手先が器用で細かい作業を必要とする細工物、研磨、宝石細工、魔工学に通じている。


「よかったー。断られたらどうしようかと思って、えへへ」

「ふんっ、俺がいなきゃどうするつもりだったんだよ──ベッキーとプルートに馬車の修理まかせちゃ、すぐに変なものつけるからクレームがくるぞ」

「あはは、言えてる────うん、じゃ、お別れ言って工房に戻ろうか」


「そうだな。今日から一気に片付けちまおうぜ────っと、」


 ふっ、と暗い影が差し、誰かが背後に立つ。


 おっと、墓参りか?

 それにしたって、ロメオ以外に────。


「エリナ・エーベルト女史──ここに眠る、ね」

「……え?」


 チャリンチャリン……♪


「な?! 何をする!!」

「ふふふ……」


 ……やや雑に投げよこされた金貨が数枚──綺麗な放物線を描いて、エリナの墓に投げ入れられる。

 その金額にして銅貨6枚。


 墓参りにしては乱暴だが、鋳造したてのそれはキラキラと弱い陽光を反射して輝いていた。


「いや、失礼──こちらの地方の風習だと聞いたものでね。たしか、あの世への交通費だとか?」

「……あんた誰だ?」


 そんな誰でも知っている田舎の風習を得意げに語るのは、慇懃な態度の男が一人。


「ふむ……。人に名乗るのなら、まずは自分から──な~んてセリフを一度使ってみたかったのですが、ふふふ……意地悪してもしょうがありませんね。申し遅れました。私、アイゼンと申します」


 そういって、

 黒い帽子をそっと胸に当てて足を引いた慇懃いんぎんなお辞儀──。


「アイゼン……?」


 初めて聞く名前だな──。

 誰だ?


「……母のお知合いですか? 失礼ですが、初めてお会いしますね」

「いかにも。……もっとも、故人と面識はありませんよ」

「はぁ??──えっと、ジュリーは知ってるのか?…………ジュリー?」


 突然の来訪者に面食らうロメオの前、小さく口に手を当てるジュリーの表情の変化を見逃さなかったロメオ。

 知り合いか? それにしてはなんだか──。


 訝しむロメオの前で、

 すぅ──と、雲に隠れていた陽が差すと、そいつの容姿が明らかになる。


 若い…………貴族?


 陽光の元に照らし出されたソイツは、いわゆる紳士──とでもいうのだろうか。

 王様のような豪華で美しい衣服に、ステッキに片眼鏡モノクル。そして洗練された所作と、光沢のあるブラウンの髪に透き通った碧眼の美青年は一般人のそれとは明らかに異なる。


 間違いない……。

 この雰囲気は、貴族だ。


 しかし、貴族がなんでこんなとこに?


「失礼。……少し話が聞こえてしまったのですが、君たち、これからあの工房アトリエに戻るつもりですか?」

「あ、あぁ。そりゃ、まぁ」


 ふふん。

 ツツッと、胸のリボンを治す伊達な仕草のあと、手にしたステッキをくる~り。


「……ふむ。それは困りましたねー」

「は? 困る……?」


 なんで?

 チラリとジュリーを振り返ると、なにやら事情がありそうな気配。


 えっと……。


「ま、ここではなんですから、一度工房アトリエに行きましょうか」

「え? えっと? どういう……」

「はい……ご案内します」


 ジュリー?!


 そう言ってロメオが呆気に取られている中、鎮痛な面持ちのジュリーが静々とアイゼンを案内するのだった。



※ ※ ※



「──というわけです」


 ふふん。


 いつものだてな仕草のあと、羊皮紙を突き付けたアイゼンは、茶の用意された席に座ろうとするが、

 その席に何か思うところがあったのか、片眼鏡をキラリと光らせると、厭味ったらしくハンカチを取り出し、表面を軽くふいてそいつをポイッと投げ捨てる。


 さらにもう一枚取り出すと、ようやく腰かけ、茶を指ではじいて遠ざける──……。


 む……!

 な、なんか一々癇に障る奴!


 ──というか、 

「な、何だこりゃ?! き、金貨1万枚だぁぁあああ?!」

 (※注:額にして10億円──とんでもない金額)

「いかにも。正確には、利子が発生しておりますので、今月末で1.2%加算して、金貨1万枚ととんで金貨120枚になりますねぇ」


 な、な、な、な……。

 なんじゃこりゃぁぁぁあああ!


「おいおい、そんな大金あるわけないだろ?」

「でしょうねぇー」


 カラコロと音を立てながら懐から取り出したキャンディを口に含み、なんでもないように言う。

 その仕草といい、舐め腐った様子にいら立つも、ジュリーも──久しぶりに顔を見たベッキーとプルートも無言で佇んでいる。


 どうやら、周知の事実らしい。

 知らないのは、ロメオばかり。


 なつかしさに浸る余裕もない。


「ふ、ふざけんな! お袋がどうやってこんな借金こさえたかしらねぇが、でたらめだ!」

「でたらめ?──はははぁ、こんな田舎くんだりまで来て出まかせをいうと? こう見えても、私──国家委員会の役員なんですけどねぇ」


 こ、国家委員会?!


「──ぎ、議員先生が一体なんでこんなとこまで」

 国家委員会。

 早い話が、国会だ。


 国の行政を担うのが国王だとすれば、立法をつかさどる機関が国家委員会。

 委員長をトップに、数百人の役員からなる組織で、名前の通り国家を預かる議会は、この国において凄まじい権力を持っている。


 もっとも、選ばれるのは主に、貴族から半分、平民から半分で、近年ではやや貴族の発言力が落ちていると言われる。


「そりゃあ、エリナ女史が亡くなられたとあっては、その負債を回収せねばならないでしょうに──」

 ……はぁ?

「ふ、負債だとぉ!」

 バンッ!

「ロメオ!」

 く……!

 憤るロメオを諫めるジュリー。

 どうやら、どうにもならない事情かつ、アイゼンのいう借金は本物なのだろう。

 だが、こんな借金返す当てもなければ道理もない。


「どうします? 返せますか?」

「返せるわけないだろうが!」


 最悪、こんなもん踏み倒せばいいんだ!

 言葉は悪いが、お袋はくたばった・・・・・んだ! 金が欲しけりゃ、あの世に回収にでもいけ!


「と言いたそうですね──」

「あぁそうだ」


 誰が払うか。


「ふ~む、とすると、困ったことになりましたねぇ」

「ふん。獲れるもんなら取ってみろ!」


 無い袖は振れねぇ!


「では、御一人頭、金貨1000枚。お嬢さんはエルフ族なので、少々プラス査定して金貨3000枚。……ホビットと生意気な君は、せいぜい金貨200枚程度ですが、まぁ、若いので加算してあげましょう」


 ……は?


「ん? わかりませんか? 全員の身柄を金貨6000枚分の価値あり──として買いましょうと言っているのですよ、残りはまぁ……この汚い、工房で相殺しましょうか。いやー大損ですねぇ」


 な。な。な──。


「何をバカなことを!」

 人身売買だと?!


 たしかに、奴隷の売買は禁じられていないが、何の落ち度もないロメオ達が金で買われるいわれはない!


「ふざけるな!」

「おや、おや。これはこれは……。どうやら、君は何一つ、事情を知らないようですねぇ」


 じ、事情?


「君──見せてあげなさい」


 ビクッ!

 チラリと冷たい目で見上げるアイゼンに恐れおののいたのかジュリーが震える足取りで、工房に奥に下がるとすぐに書類をもって帰って来る。

 それが随分古そうなものだが──……。


「一時譲渡証明書……? 人族、ロ、ロメオ──」


 そして、エ、エルフ族のジュリー。ドワーフのベッキー。……ホビットのプルート。


「いかにも。……これでわかったかな? 君たちの身分を」

「ま、まさか……」


 う、嘘だろ。


「おやぁ、本当に聞かされていなかったようだね? ふふん────いいでしょう。簡単に教えて差し上げますよ。商品・・くん・・


 がーん


 それからアイゼンの言った言葉は、ほとんど耳に入らなかった。

 だが、事実は事実らしい。


 かつて、王都から逃げるようにして、この田舎町ビター・スプリングスに来たお袋は、二人の子供を連れていた。

 それがロメオとジュリー。


 ロメオが物心つく前に亡くなったという知り合いの子供だという二人を、エリナが奴隷市場から買い上げたのだという。

 それも、大金を借りてまで。

 さらに数年後、ベッキーとプルートの二人を加えて、莫大な借金を負いながらも、この街で4人を育てていたのだ。


「バ、バカな……」

「同感だねぇ、払える保証もないのに、なんでまた、こ~んな小汚い子供を奴隷商人から引き取ったんだか──理解に苦しむね、いやはや」


 その譲渡証明は、もとは王都の奴隷商のものであったらしいが、譲渡人の欄がアイゼンの名前に変わっている。

 どうやら、すでにその商人間での売買は成立し──譲渡証明はアイゼンのものらしい。


「エリナ女史だがね……。その奴隷商には、君たちの代金として、そこそこの利子を毎年払っていたみたいだねぇ? 元本はち~っとも減ってないが、強制徴収されるほどでもない──しかし、女史が亡くなった今」


 ニィ……。


「その利子は一体どこの誰が払ってくれるというのかね?」


 パンッ!

 柏手一つ、それを広げて──芝居がかった仕草で、うくくくくくくく……! と楽しげに笑うアイゼン。


「……く!」


 利子の金貨120枚だって、相当な大金だ。

 少なくとも、この工房にそんな大金転がっていないだろう。


 最悪、工房も担保になっているようなので、それを肩にすれば、一時的には借金の一部が払える。

 ……だが、踏み倒すことはできない。


 なぜなら、ロメオ達自身が担保なのだから……。


「さぁて、私も鬼じゃあ~ない──……だから、君らに一週間の猶予をあげよう。村の宿にしばらく滞在するから、そこに──今後どうするか、話に来たまえ」


 自らを売るか。

 工房を売って、一時しのぎとするか。


「あ。首をくくるって言う手もありますねー。オススメですよ、これ────あーははははははははは!」

 ま、そのあとはエルフの肝でも採って、少しでも元を取りましょうかねぇぇえ!


   わーはははははははははははは!


「くそぉっ! この外道がぁぁあ!」


 アイゼンが飲まなかった茶のカップをぶん投げるロメオ。

 もちろん、充てることなどできないので、せいぜい叩きつけて脅しにする程度。


 もっとも、アイゼンがそれで怯むわけもない。


「ぐぐぐ……。畜生ぉぉお!」


 ゲラゲラ笑いながら去っていくアイゼンの後ろ姿を見ながら、ロメオはギリギリと歯噛みするのだった。







※ ※ ※


 一口メモ


 ●《ポイント1》エリナの工房


 田舎村のビター・スプリングスに居を構えるエリナの経営していた工房


 主に、薬の調合を行う村の御用聞き。

 他にも、村の雑事を賄うことで生業としており、薬調合や簡単な鍛冶・錬金のほか、ちょっとした裁縫などもできる。


 工房主が逝去して以来、業務はストップしているというが……。


※ ※ ※




─────あとがき─────

久しぶりの投稿です!

カクヨムコン用に頑張って15万文字ほど書きました! 毎日更新目指して書きます、一日に複数投稿もするかもッ!


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