第1話

※11月17日 公開分(2/3)

本日2話目の更新です。



第1話「伝説の夜明け」


 まだ西歴と呼ばれた時代。

 文字通り世界を巻き込んだ大戦が、この世の文化のすべてを焼滅せしめた。


 生き延びた人類が渇望したのは、かつての豊かな暮らし。


 それすなわち、家電に囲まれた生活。




 ――世界の『大崩壊』から百年。


 人々の努力と幾許かの奇跡により、文明の再興は成った。


 しかし、重要度が低いと見做された文化の再現は遅れ、時に見下され、その連続性を絶たれていった。

 伝統芸能、スポーツ、そして美食――


 世紀末美食伝説。


 それは、活路を貫く一角獣の鋭鋒。






「…………ん、んん~~~」


 関東の地方都市に居を構える小さな鮨処、『江戸前寿司』唯一の男児である少年、シローは、心地よい微睡みに身を任せようとしていた。


「――起きたか」


 それを遮ったのは、凄みのある男の太い声だ。すぐさま現実へと戻ってきたシローは、


「お、おはよう、ムラサキのあんちゃん」


 男、ムラサキに朝の挨拶をした。




 夢のような激闘の後、半ば無理矢理の形でムラサキについてきたシローだったが、今の所そう邪険に扱われることも無く過ごせている。


「朝食にするか。このホテルは無料だ」


 二人の移動手段は徒歩に限られていたため、初日である昨日はそう遠くまでは行けず、こうして最寄りの駅近くにあるホテルに泊まったのだ。


 シローを朝食に誘うムラサキはどことなくウキウキした様子だったが、彼の素性を思えば恐らくそれは見間違いか何かだろう。




 朝食を摂り終えた後は、速やかにチェックアウトする。

 着の身着のまま出てきてしまったシローは当然として、見た所ムラサキも手荷物らしい手荷物を持っていない。


 シローは疑問に思ったものの、あまり出しゃばれるような立場でもないことは自覚しているので、深く追求しない事にした。


「……まずは情報収集だ。ヤツの息がかかっていそうな店を、片っ端から当たるぞ」


 ムラサキの旅の目的は、いつも持ち歩いている写真の人物の捜索らしい。

 その人物と彼との関係は分からないが、大事そうに仕舞う様子からも非常に近しい間柄であることが予想できる。


 そんな人物の行方を知る存在――それが、ムラサキと同じ『美食五聖天』と呼ばれる男、ヴィネガー澤なのだと言う。




 ――美食五聖天。


 料理の方向性を決定付けるとされる五つの調味料、それを極めし五人の料理人。


 シローは昨日、生まれて初めて耳にしたが、世間一般ではそのように認知された存在らしい。


 ならばこそこの戦いは、神々による聖戦に他ならない。

 一体この先にどんな激しい激突が待っているのか――シローには想像だにできない世界であった。


「……」


 だが、だからこそ。


 歯を食いしばってついて行くのだと固く決意した。

 送り出してくれた父に報いるために。

 何より、自身の真価を見定めるために。






 午前中の調査は芳しくない結果に終わった。

 なぜなら、どの店もまだ開店前であり、まともに応対してもらえなかったからだ。


 それでも十一時頃になると、ポツポツと暖簾を掲げる店も出始めたが、今度は多忙を理由に相手にされなかった。


「……そろそろ昼だ。一旦、どこかに入るとしよう」


 ムラサキはそう言って、手近の店の扉を開けた。






『――次のニュースです。先ごろ頻発していた、医師が襲われ、顔面を青い塗料で塗られるという事件について、県警は近くに住むりんご農家の男性を暴行容疑で逮捕したとのことです。容疑について男は、「自分は古文書を読み解いた」などとした発言を繰り返しており、警察では精神鑑定も視野に――』


 カウンター席に通されたムラサキとシローは、手早く注文を済ませた後、よく冷えた水を飲みながら何とはなしに備え付けのテレビを眺めていた。


「最近物騒だなー」


「…………そうだな」


 短い付き合いではあるが、シローにも分かったことがある。

 このムラサキという人物は、自分からはあまり話そうとしない性質タチのようで、放って置けば恐らく何時間でも無言で過ごしてしまえるだろうということだ。


 本人は沈黙を苦とも感じていないのかもしれないが、喋りたい盛りのシローにとってはたまったものではない。

 なんとか話題が無いかと辺りを見回し――ふと、厨房の奥の方にいる人物が目に入った。

 こちらに何度も視線を向けながら、どこかに電話をかけている。


「! 兄ちゃん、あれ――」


「ああ、わかっている。最初からそのつもりだ」


 シローに衝撃が走る! 何の気なく入ったこの店が、実は敵の勢力圏なわばりだったとは!


 しかし、一体どのようにしてこの店に当たりをつけたのか。シローには皆目見当がつかなかった。

 超一流の持つの力は、食材だけでなくこのような場面でも発揮されるのだろうか。


「――へいお待ち。酢豚と、酸辣湯麺ね」


 そうこうしている間に、注文していたこの店のオススメが出来上がり、二人は舌鼓を打ったのだった。






「ふ~、食った食った」


 食後に追加注文した愛玉子オーギョーチは程よい酸味が効いた逸品で、もたれかけた胃に清涼感を与えてくれた。

 お陰で今日も一日頑張れそうだ。


「――お食事は終わりましたか?」


 それを見計らって、入口から入ってきたのはスーツを身に纏った慇懃な雰囲気の男だった。


「かのご高名な五聖天、ソイ・ソースのムラサキ様とお見受けいたします」


 男は厳つい筋肉ダルマを複数従え、ムラサキらの座る席まで歩み寄って来た。


「わたくし、澤様の下でテクニカルアナリストを務めさせて頂いております、ビトーと申します。この度はわたくしの留守中に、コンベヤ寿司をお叩き潰しになったと聞き及んでおりますが――」


 ビトーと名乗る男は両手で名刺を差し出しながら、油断ならない目線を送る。


「――相違ございませんか?」


 尾頭ビトー暮夜クレヤ


 そう書かれた名刺には、確かに澤の関係者を示す透かし、柑橘類の断面の絵が入っている!


「テ、テクニカルアナリスト……? なんとなく響きが卑猥だ……な、なあ兄ちゃん、これって小学生が聞いて良い単語か?」


「テクニカルアナリストはイヤラシイ単語じゃないわ小僧ッ!!」


 恐る恐る尋ねるシローに、豹変したビトーが一喝する。

 シローはたまらずムラサキの陰に隠れた。


「……それで、俺に一体何の用だ。お礼参りのつもりか?」


 ムラサキの眼光に射抜かれたビトーは、本能的に半歩後ずさった。


「い、いえ。滅相もございません。美食争覇は神聖な儀式、その勝敗に否やを唱えるつもりは毛頭ありません……ですがこちらにも面子というものがある。どうです、わたくしと勝負をいたしませんか? 


 ビトーの口元が怪しい微笑みに歪んだ。


「…………いいだろう」


 挑戦を真っ向から受けたムラサキは立ち上がる。その気迫に、ビトーの後方に備えるSPセキュリティポリス達も圧されている。


「それで、一体何の料理を――」


「いえ、先ほど申し上げた通り、わたくしは料理人ではございません。ですので、ムラサキ様にはこちらで出題する問題に答えていただきたく存じます」


「問題、だと?」


 不可解な単語を耳にしたムラサキが、怪訝な表情で聞き返した。


「ええ。なに五聖天の方々にとっては児戯に等しいものでしょうが――入生イリオさん、こちらへ」


 不敵に笑ったビトーが指を鳴らす。


 それが何らかの合図となっていたのだろう、店の外から布を被せられた小さな机が運び込まれた。


「今回挑戦して頂くのは……ずばり! こちらに用意した『胡麻油』、『米油』、『オリーブオイル』、『EXVエキストラヴァージンオリーブオイル』! どれがどれかをお答えいただきたい!」


「!」


「き、利き油ぁ? 利き酒なら知っているけど……」


 机を運んできたSPが机から布を取り去ると、そこには五杯の紙コップが置かれている!

 そのうち一杯は『白湯』と書かれており、残りには蓋とストローがセットされている。色で判断することは禁じられているようだ。


「……良いだろう」


 テーブル席に場所を移したムラサキは、自身の前にすべてのコップを置いた。






(利き油……実際のところ、初めての試みだ……だが――)


 ムラサキは鼻から深く息を吸い込んだ。


(この条件で問題となるのは、十中八九オリーブオイルがEXVであるか否か! 奴は既にある罠を仕掛けている……実に巧妙な罠だ。だが、そんなもの、この俺には通用しない!)


「始める前に一つ聞いておこう。貴様は先程、『オリーブオイル』という表現を使ったが、具体的にどういったオイルなのだ?」


「えっ?!」


 ムラサキの鋭い質問!


 彼の言う通り、一口にオリーブオイルと言ってもその種類は豊富。

 現在、国際オリーブ協会で定められている分類の数は、実に八種類にも及ぶのだ!


(『オリーブオイル』と呼称したからには、定義的にはピュアあるいは二番絞りポマースを指すはず。だが、単にEXVでは無いという意味でのオリーブオイルという表現であれば、選択肢の幅は大きく広がる……)


「……近所のスーパーで買ってきたものです」


 ビトーは若干の気不味さを滲ませつつそうに言った。


 これは大きな問題である!


 日本は国際オリーブ協会に加盟していない数少ない国家であり、そのためオリーブオイルの表記に関する規制がほとんど無いに等しいからだ!


 そもそも、オリーブオイルの本場イタリアにおいてさえ、自国内の消費を賄い切れない事に端を発する偽装事件が後を絶たない現状。

 いわんや遠く海を隔てた異国においてをや!


 国際オリーブ協会の規定では、EXVの認定を受けるためにはオレイン酸の含有割合や専門家による官能評価テイスティングなど様々な条件をクリアする必要があり、なおかつラベルには生産者の社名や住所などの情報を載せねばならず、封印方法までも指定がある。


 一方の日本はどうであるかと言えば――そもそも、EXVという枠組みが存在せず、非常に緩い酸度の規定があるのみなのだ。

 酸度の値は脱酸剤でどうとでもなってしまうため、結果として現在市場に出回っているEXVを謳うオリーブオイルのうち、実に九割が偽物という嘆かわしい状況!


 すなわち、巷はEXVを名乗る不の輩で溢れかえっており、食の安全を脅かしているのだ!


 ――なお、ほぼほぼ同様の現象が『大崩壊』以前にも起きていたとする資料が存在するが、この奇妙な一致に関しては「歴史は韻を踏む」ものとご理解いただきたい!


(こうなると、EXVの方も怪しいものだ……)


 正当なEXVオリーブオイルとそうでないオリーブオイルとの差は、五聖天でなくとも一瞭然である。


 だが、その辺のスーパーで購入した怪しげなオイルとなれば、果たして違いを看破できるかどうか……


 ならばルールの不備を理由に、無効を訴えるか?


 否! 断じて否!


 一度受けると言った以上、吐いた唾を飲み込むわけにはいかない!


「……」


 ムラサキはまず右端に置いたコップを手に取り、ストローで中身を吸った。


(これは……)


 特に言及に困る味わいが口腔内に溢れる!


(何となく、まろやかな甘みを感じる……ような気がする……米油か?)


 ムラサキはここで安易に結論を出すことはせず、すぐに次のコップを手に取った。相対的な差異で判断しようと考えたのだ。


「……」


 ムラサキが、右から二番目のコップを手に取り、同様にストローで中身を吸った。


(!)


 途端に広がる鮮烈な芳香と痺れるような苦み!

 間違いようが無い、これはまさしくEXVオリーブオイル!


(よし、次だ!)


 確かな手応えを得た事による緊張の緩和。それがムラサキに、普段ならあり得ない失態を犯させた!


(しまったッッ!!)


 痛恨のミス! 白湯による口腔内リセットを失念していたのだ!


 EXVオリーブオイルの芳醇な香りが残ったまま次なる油を口にした結果、今感じているこれがEXV由来のものなのか、それとも新たな油のものなのか、判断が困難になってしまったのだ!


(――残る油は一種。ここで白湯を飲むか……いや!)


 今更白湯を口にしたのでは、うっかり忘れていた事は誰の目にも明らかとなってしまう。

 事ここに至っては、あえての「飲まない」が正着!


 なぜならば、口腔リセットをせずに正解を言い当てることができれば箔が付くし、万一間違えたとしても「白湯の存在を忘れていたから仕方がない」感じに持っていくことも、決して不可能ではないからだ!


 幸いにして残りの予想はつく。

 これまでその特徴的な香りを口にしていない胡麻油だ。

 であるならば一層、このタイミングで白湯を飲む選択肢は無い!


「……最後か」


 ムラサキは焦る内心をお首にも出さず、左端にあるコップを手に取り――


(??!!)


 またも押し寄せるよくわからない味わいが、ムラサキを混乱の極致へと誘う!


 今回のルールにおいて、キーとなるのはEXVオリーブオイルとオリーブオイル、もしくはオリーブオイルと米油のにある。

 なぜならば、質の良いピュアオリーブオイルは評点ギリギリのEXVオリーブオイルに比肩する味わいがあり、粗悪なオリーブオイルには独特の風味がほとんど無いからだ。


 とは言え、食の素人ならともかく、美食五聖天たる自身がそれらを誤るなど無いはず――そうした自負をもってこの勝負に挑んだのだ。


 翻って今の状況はどうか。


 確実に分けられたのは二番目にテイスティングしたEXVオリーブオイルのみ。


 ――だが、これは明らかにおかしい。


 四種の内訳は開始時点で明らかにされている通り。すなわち、『胡麻油』、『米油』、『オリーブオイル』、『EXVオリーブオイル』。

 明確に他とは異なる風味を有する胡麻油を分けられないということは、いくらなんでも考えられないのだ。


 意図的に、キャノーラ油など別種の油を入れたか。あるいは間違えて米油を二つ用意してしまったか……

 いずれにせよそれは、流石にルールの不備どころの騒ぎではない。


 ムラサキは抗議と無効試合言い渡しのため席を立ちかけ――


(!)


 意味深に笑うビトーの顔を目にし、硬直した。


 あれは自身の勝利を疑っていない男の顔だ。この利き油、何か絡繰が仕込まれている……!


(! そうか、太白胡麻油ッ!!)


 太白胡麻油!


 胡麻油と名がついているものの、未焙煎のため独特の風味を有さない胡麻油界の異端児! その存在を思い出したのだ。


(やられたッ! 胡麻油と聞けば、否が応でも一般的な胡麻油を想起させる。オリーブオイルの詳細を語らなかったのはその隠れ蓑かッ!)


 わざわざEXVと銘打っておきながら、もう一方は単にオリーブオイルと紹介する。当然、挑戦者は詳細を聞くがその際の問答はしどろもどろ……これにより、他の油もよくある一般的な商品であると思い込むよう、思考を誘導したのだ!


(ならば一体、どれが太白胡麻油だったんだ?!)


 思えば最初からすべてが仕組まれていた。恐らくムラサキが口にする油の順番もコントロールされていたのだ。

 まず利き腕に近い物から手に取り、特徴を記憶するため、その後は順にコップを取るという人間心理を突いた完璧な読み――!


 ここに来て、今対峙している相手が、統計と人の心理を専門とするテクニカルアナリストである事を思い出すムラサキ。だがすべてはもう遅いのだ!


「いかがいたしましたか、ムラサキ様。すべての油を口になさった後、すべき事は一つ……さあ、お聞かせ願いましょうか、それぞれのコップには、何の油が入っていたのかを」


 挑戦的な表情で催促するビトー。

 猶予はあまり残されていない。ムラサキは思考をフル回転させ、この試合のすべてを思い出す!


 まず最初の一杯、よくわからない味の油だ。二番目はEXVで確定として、三番目……これもEXVの残り香のせいでよくわからない。そして最後の油、これもよくわからない。


(駄目だ、全然わからないッッ!!)


 味や香りを思い出そうとするが、正直違いなんかまったく判別できていなかった。


(落ち着け……こういう時は、発想を切り替えるんだ……相手の立場に立った時、俺ならどの順番で出す……?)


 常人なら恐慌に陥り店内に破壊の限りを尽くすような局面で、流石五聖天は格が違った! 今までの方策に芽が無いと断ずるや躊躇なく切り捨て、新たな視点で考えを巡らせ始めたのだ。


(奴の切り札は太白胡麻油……これを想定させないまま最後の油をテイスティングさせる事にある。ならば最初に持ってくるのは、あえての太白胡麻油か……いや、そう思わせておいての米油か? わ、わからないッ! 選択肢が無限通りだッ!)


 EXVの位置が決まっているので、正確には六通りだ。


(いや、慌てるな……付け入る隙が一つだけ存在する。奴がまったく想定していなかった事態……つまり、白湯によるリセットを行っていないこと。三番目が何油なのか分からない最大の理由は、俺が困難な道を選んだがゆえ。よって、飲む順番が奴の思惑通りなら、EXVの直後にオリーブオイルを飲ませて比較させる愚は犯さない。もっと言えば、EXVとオリーブオイルとは最も離れて置きたいはず! すなわち四番目のコップこそ、オリーブオイルだ!)


 何と言う明晰な思考回路! ムラサキは逆境をも味方につけ、見事敵の策を看破せしめたのだ!


(残るは一番目と三番目……ここでポイントになるのは、白湯によるリセットがあるとは言え、EXVの香りは強烈だということ! つまり、伏兵である太白胡麻油を少しでも隠したいのなら……EXVの直後に配置するはずだ!)


 冴えわたる推理! これが、今まで数多の料理人を打倒してきた漢の実力!


(――謎はすべて解けた)


「俺が飲んだ順に、『米油』、『EXV』、『胡麻油』、『オリーブオイル』だッッ!!」


 そう宣言してビトーに鋭く指を突き出す! その勢いで、左端にあったコップが二つ落下した。ムラサキはそれらを拾うと、それらを置き直し、再び鋭く指を突き出した。


 ビトーは俯き、


「…………太白胡麻油にお気づきになったのは、流石と言わせていただきましょう。ですが――」


 再び上げたその相貌は、歓喜の感情に打ち震えるが如き喜色満面!


「残念ッ! 不正解ですッッ!! 正解は向かって左から『米油』、『EXV』、『オリーブオイル』、『太白胡麻油』の順ッ! 五聖天敗れたりィッッ!!!」


 そう高らかに宣言し、ムラサキに鋭く指を突き出し返した!


 嗚呼、何たることか!

 美食五聖天たるこの物語の主人公が、こんな所で訳の分からぬ虚業の輩に敗れてしまうと言うのか!


「――――左から順に、だったか」


 否! 断じて否!


「なら、確かめてみるとしようじゃあないか。このを」


 自らの敗北を言い渡されたムラサキはしかし、まったく動じる事なく答え合わせを所望している!


「なっ……往生際の悪い、正解は先程申し上げた通り――」


「いいや、それはあんたが指示した内容というだけで、実際に机に並べられた順番かどうかは定かでは無いはずだ」


 悪足掻きと断ぜられても仕方のないような主張も、それを発する人物によっては何か意味のあるもののようにも聞こえる気がしないでもない事もないかもしれない――曖昧模糊とした危機感を抱きながらも、ビトーはムラサキの提案を飲んだ。有無を言わさぬ完全勝利のために。


「――そこまでおっしゃるなら……いいでしょう。最後の二杯の中身を確かめようでは――」


 勝利の美酒に酔いしれていたビトーは、そこで漸くムラサキの張った巧妙な罠に気付いた!


(!! 最後の二杯、これは先程机の下に落下したコップ! まさかあの時、入れ替えていた?! 不正解に備えるため! もし正解なら、何事もなかったかのように振る舞えば良いッ――!)


 ビトーの額に脂汗が滲む。


(入れ替えたと糾弾するか? ――いや駄目だ、決定的な証拠を突きつけなければ、やったやらないの水掛け論になるのが落ち……そもそも、その順番にコップを置いたというのはあくまでこちら側がそう言っているだけだと指摘されれば、互いにイーブンのまま決着など付こうはずもない……! やられたッ!)


 苦渋に歪むビトーの目が、ムラサキを見据える。ムラサキもまた、挑むような視線をビトーへと送る。


 互いに立場の異なる両者は、明敏に互いの有利不利を感じ取った。


 引き分けだ。いや、ここまで準備しておきながら引き分けることしかできなかったビトーの敗けと言っても良いだろう。


 だが――


「――エキシビションはここまで、とした方が、お互いのためでしょう」


「……そうだな」


 次の手は既に打ってある。


「お見逸れいたしました、流石は五聖天。ですが次こそが真の勝負。料理人同士による、ね」


 本命の手が。


「銀さん、よろしくお願いいたします」


「……」


 ビトーの呼びかけに応じ、一人の男が店の入口に姿を現した。


 白髪の目立つ壮年。頭にはキャップを被り、その眼光は鋭い。


 間違いない――こいつは、目利きだ!





第1話「伝説の夜明け」・了





――次回


 やめて! フードファイターの特殊能力でコース料理を平らげられたら、料理で自分の身を守っているムラサキのライフまで燃え尽きちゃう!


 お願い、敗けないでムラサキ!


 あんたが今ここで倒れたら、コトブキさんやシローとの約束はどうなっちゃうの?


 料理はまだ残ってる。ここを耐えれば、ギンジに勝てるんだから!




次回「農耕地、滅す」 料理スタンバイ!


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