第2話

※11月17日 公開分(3/3)

本日3話目の更新です。



第2話「神を超えろ! 究極の無限攻撃力」


 まだ西歴と呼ばれた時代。

 文字通り世界を巻き込んだ大戦が、この世の文化のすべてを焼滅せしめた。


 石器時代への回帰を望まぬ人類は、それを成せる唯一の存在を祀り上げた。


 それすなわち、理系。




 ――世界の『大崩壊』から百年。


 人々の努力と幾許かの奇跡により、文明の再興は成った。


 しかし、重要度が低いと見做された文化の再現は遅れ、時に見下され、その連続性を絶たれていった。

 伝統芸能、スポーツ、そして美食――


 世紀末美食伝説。


 それは、運命を切り開く絶対の覚悟。






 世紀末美食伝説 ムラサキ、前回までは――


「わたくし、澤様の下でテクニカルアナリストを務めさせて頂いております、ビトーと申します」


 旅を続けるムラサキとシローの下に突如現れた刺客、尾頭ビトー暮夜クレヤ


 人間の心理を突いた巧みな戦法でムラサキを追い詰めるが――


「いいや、それはあんたが指示した内容というだけで、実際に机に並べられた順番かどうかは定かでは無いはずだ」


 潜ってきた修羅場の数が違う!

 見事に不利を撥ね退けたのだった。


 だが、そこまでは敵の計算の内。ここからが真の戦いとなる――!






「銀さん、よろしくお願いいたします」


「……」


 ビトーの呼びかけに応じ、一人の男が店の入口に姿を現した。


 白髪の目立つ壮年。頭にはキャップを被り、その眼光は鋭い。


 間違いない――こいつは、目利きだ!


「う、魚河岸っぽいおっちゃんが来た……」


 様子を窺うシローの言う通り、男はまさに早朝の場内で魚類を競り落としていそうな外見をしている。

 常人ならば、その見た目だけで萎縮してしまうだろう!


「…………木野銀侍ギンジと言う」


「――ムラサキ」


 銀さんと呼ばれた男の自己紹介に返答するムラサキ。

 共に寡黙な両者の視線が激しくぶつかる。

 戦いは既に始まっているのだ!


「銀さんは我が澤グループの中でも随一の目利き。その優れた洞察力は澤様も一置くほど……彼にジャッジできないものは、この世に無いと言っても過言では無いでしょう」


 大仰に褒め称えるビトーの言葉が、ムラサキの料理人としての自負をくすぐる。


「ムラサキ様はあくまで料理がご専門……目利き勝負となると、プロ相手では些か分が悪いかもしれませんが――」


 続くビトーの言葉が、仕草が、そして慮るかのような声音が、ムラサキの闘争心に火を点けた!


「上等だ、その勝負受けてやろう。マグロでもカワハギでも何でも構わん。持って来るがいい!」


 だがそれは敵の思惑通り! ビトーの細めた目が妖しく光った!


「今、何でもとおっしゃいましたね……?」






 数分後、ムラサキ達はまったくの意想外の場所に立っていた!


 そこは先程の勝負の舞台となった店舗の向かいの店!

 ムラサキ達の周囲には、手の平サイズの長方形の物体が収められたショーケースが並び、その一角には複数の机と椅子が置かれている。


 そう、ここは――


「って、カードショップじゃねぇか!」


 カードショップ!


 国産・海外産問わず、様々なトレーディングカードを取り扱う専門店! なぜか午後から開店する事が多いことでも有名だ。


「『万能の天才、分野を選ばず』……おっしゃいましたよね、と」


「じゃ、じゃあ……」


 緊迫する店内に、シローの唾を飲む音が響く。


「ええ、目利きをしていただきましょう。国民的トレーディングカードゲーム(TCG)、『Food: The Cooking』のね!」




 Food: The Cooking!


 『食』をテーマにしたカードゲームであり、老若男女問わず幅広い世代で愛される一方、賞金の出る国際大会も開かれる間口の広い純国産TCGの雄!


 近年では食育の効果もあると、政府主導で学校教育の現場にまで導入され、子供たちは週に一度の道徳の時間を楽しみにしているのだ!


(『Food: The Cooking』! 通称FtC! これならおいらにもある程度分かる。ムラサキのあんちゃんは……)


 だが! 嗚呼、だが……!


「……むぅ」


 料理の修行に明け暮れたムラサキの日々には、趣味に費やす時間など無かった!

 その存在だけは見聞きしていたものの、詳細など知る由も無い!


「! 兄ちゃん、まさかこのカード知らないのか?!」


 迂闊!


 客観的に見てそうである事は反応から明らかだったとしても、一度口にすれば疑いは確信に変わってしまう!


「……」


「あっ――ごめん、なさい……」


 ムラサキは、この勝手についてきた足手まといを一睨みした。


「……さて、続けさせていただいても? お二人にはこちらに並んだ商品のうち、一箱をしていただきます。目利きの勝敗については……誰のにもな形の方がよろしいですよね? そう、つまりは――」


 両手を広げ、厭らしく笑いながら発せられたそれは――


「選んだカードでの勝負、その勝敗により決着といたしましょう!」


 ルールも知らぬムラサキにとっての、死刑宣告に他ならなかった。






「兄ちゃん、ごめん……おいら、ルールならある程度教えられるからさ、それで何とか手打ちにしてくれよ……」


 気落ちしたシローが申し訳無さそうに言うが、今のムラサキにそれを聞いている余裕は無かった。


「――後にしてくれないか」


(どれだ……どの箱に、レアカードが入っている……?)


 ムラサキの眼の前には、先週発売したばかりの新弾、『基本セット・第五版』の箱が並んでいた。ビトーがわざわざ、「どうぞお先にこの中からお選びください」と提示したのだ。


 今回の勝負は、『シールド戦』と呼ばれる遊び方に倣ったものだ。シールド、つまり『封をされた』の言葉通り、未開封の箱やパックから入手したカードのみを用いての決闘となる。高額レアカードの所有状況など、単純な財力に左右されないことから一定の人気を持つ勝負方法だ。



 ――ただし、今回は少々事情が異なる。



 カード同士には相性の良し悪しがあるため、一箱購入しただけでは満足に戦える『デッキ』――対戦に用いるカードの束――を構築することはまず不可能だ。


 そのため、実際に用いる三倍以上の枚数のカードを用意し、その中から選定するというのが基本的なルールであり、このフォーマットの醍醐味でもあるのだ。


 それが今回はどうであろうか。


 たった一箱を選び、それをそのまま用いるなどと、まともな試合になりようはずもない! ただでさえ運の要素が強いこのシールド戦を、その極致にまで貶める蛮行と言ってよいだろう!




(この『外道シールド戦』とは、その昔銀さんが作って全国的に広まった対戦フォーマットの一つ。当然、ルールに長けているこちら側の有利は揺るがない。それ以外にも備えは万全! 敗北のヴィジョンは欠片も浮かばない!)


 ビトーがニヤリと嗤い、


(レアカード、レアカードは……)


 ムラサキは脂汗を流す。


 ムラサキの探す『レアカード』、単に希少度を意味するのであれば、実の所それはどの箱にも一定枚数封入されている。だからこそ、真に探すべきは所謂『ぶっ壊れボムレア』!。


 必然、カードパワーの低いデッキ同士の戦いになるこのフォーマットにおいて、それが存在するだけで勝敗の行方さえ左右するような強力な効果を持つレアカードは、まさに終末を齎すものエンドカード


 競技シーンにおいては対策することも可能であるが、事前準備なしに組まれるデッキでは、当然そう都合よく解答を用意できるとは限らない。


 それゆえ、そんなものが出てしまえば『あーもー無理だわ終わり終わり』というとっちらけた空気になること請け合いなのだ!


「…………決めた、これだ」


 ムラサキは鋭い眼光と共に、並み居る同様の見た目をした箱達からある一箱を決断的に選び――


「いや、やはりこれだ」


取ると見せかけ、その隣に鎮座する箱の方に手を伸ばし――


「もとい、こちらだ」


た後、その手前の――


「からの――」


「いやさっさと決めようぜ……」




 永きに渡る格闘の末、ムラサキは選び取った箱を会計した。自腹!


「……オノレはコレだ」


 目利きの対戦相手、ギンジはまったく迷うことなく、無造作に一箱を手に取った。それを横目に見ていたビトーが、その厭らしい笑みを深くした。






「ムラサキの兄ちゃん、ルールで分からない事があったら、何でも聞いてくれよ!」


「……ああ」


 カードショップの一角、対戦スペースの机についたムラサキとギンジは、ギャラリーが見守る中、それぞれの購入した箱を開封した。


 初めて見るカラフルなカード達。そこに書かれた記号や数字は綺羅びやかだが、何を意味するのかはまったくの不明だ。


「おいらにもちょっと見せて」


 多少なりとも心得のあるシローに見てもらい、どれが強いカードなのか判断してもらう方が良いだろう。そう考えたムラサキは「頼む」と言って束を手渡した。


「…………お前さん、ルールも分からねぇってツラだな」


 向かい合うギンジが声を掛けてきた。


「何なら手解きレクチャーしながらでも構わないぜ。己が先んじて進めてみせるから、その通りにやってみりゃあいい」


「助かる」


 顔に似合わず親切な申し出。実際、右も左も分からないムラサキにとっては願ってもない話だ。

 ムラサキは二つ返事で了承した。


 しかしこれは悪手!


 こと勝負の世界において先手が有利な事はもはや常識であり、FtCにおいてもそれは例外ではない。定期的にじゃんけんゲーと揶揄されてきた過去があるのだ!


 だが、後手の勝率が異様に高い料理界に身を置いてきたムラサキは、それに気付かなかった!


「よし……じゃあ早速始めるとするか。まずはデッキを、向かって右側に裏向きにして置くんだ」


「あ、もう始まるのか! 兄ちゃん、良かれと思って既にシャッフルは済ませておいたぜ!」


 カードの確認に集中していたシローが、そう言ってカードを手渡す。


「シャッフル……?」


 ムラサキは首を僅かに傾げながらデッキを受取り、


「なッ――順番がバラバラじゃないかッ! 馬鹿野郎ッ、折角揃っていたのにッ!」


中身を確認するやいなや、猛烈な勢いでシローを問い詰めた。


「えっ?!」


 だがその指摘はお門違い!

 FtCは他の一般的なTCG同様、不正防止のためゲーム開始時はデッキをシャッフルすることがルールで定められているのだ!


「――若いの、シャッフルはするもんだぜ……」


「むっ…………そうか」


「兄ちゃん、そこからなのか……」


 見かねたギンジがシローに助け舟を出し、その場は収まった。

 だが、ムラサキの知識不足は、間違いなく敵に露呈してしまった!


「……気を取り直して、始めるぞ。まずよく切ったデッキの上から七枚を初期手札とする――まだ見ては駄目だ。次いで、更に上から七枚を手前のゾーンに裏向きにして置く」


 ムラサキはギンジの説明の通り、カードを裏向きにめくっていく。


「伏せた七枚は順に、『先付』『向付』『焼物』『煮物』『揚物』『止椀』そして『甘味』。このゲームにおけるライフポイントだ。聞いての通りだが、コース料理の名前がついている。些か足りない品もあるが、それはゲームバランスを鑑みてのことだろう。……攻撃を受ける度これらが一枚ずつ無くなっていき、何も無い状態でさらなる攻撃を受けた瞬間、敗北となる」


「なるほど」


「……他にも色々と説明せにゃならんことは山程あるが――まあ、残りは決闘の中で身に着けてくれや。実に勝る経験なし、だ」


 ギンジは言いながら、伏せていた初期手札を自分だけに見えるよう持った。ムラサキもそれに倣う。


「各プレイヤーのターンはデッキからのドローで始まる。先攻の第一ターンを除き、な。よって己は、これからメインフェイズに移行する」


「なるほど」


 先程とまったく同じ調子でムラサキが応える。


「FtCのカードは大別して二種類。『農地』と、それ以外だ。実際に見せてみよう」


 ギンジは手札を一枚、表向きに場に出した。


「FtCでは『農地』以外のカードには、それぞれコストが存在する。右上に描かれた数字やら記号やらがそれだ。そのコストを産出するのが五種類の『農地』というわけだ。今、己が出したのは『田』のカード! これを右向きに倒すことで、『米』が産出される」


 むくつけき男二人が小さい文字の書かれた紙をいじくる様子は実際地味だ。

 そう感じたシローは幼さゆえの有り余る想像力をフル回転させ、スペクタクルな映像を夢想した。

 以降の描写は主にシローの脳内で繰り広げられているものである!




 ギンジが『田』を右向きに倒すと、そこからローマ数字の『2』のような記号(Ⅱ)が描かれた白い珠が出現した!


「田、畑、荒地、果樹園、そして茶畑……カードのコストは、それら基本となる『農地』に対応した特産品から賄わねばならない。例えば、このように」


 ギンジが更に手札を一枚場に出す。浮かんでいた白い珠がそれに吸い込まれるように消滅した!


「『農夫』、採用!」


 ギンジのフィールドに、稲の苗らしきものを持った男が現れた!


「『農夫』は米一合で採用できる、FtCを代表するモンスターだ。右上のコストにそう描かれている」


「なるほど」


「……モンスターカードは勝敗を左右する重要な存在だ。右下に『1/1』と書かれているのが分かるな? これがそれぞれ、攻撃力と守備力を表している。どう作用するかは――まあ、おいおいだな。己はこれでターンエンドだ」


 ギンジはそう言って「どうぞ」の形で右手を出した。


「なるほど……いや、俺のターンか」


 後攻・ムラサキの第一ターン!


「…………俺も『田』を出して……こう、か? 『農夫』も出そう」


 ムラサキの場にも、ギンジ同様『田』と『農夫』が揃う!


「言い忘れていたが、『採用』したターンのモンスターは『試用期間』扱いで攻撃できない。『即戦力』の能力持ち、あるいは『中途採用召喚』なら話は別だが……今は関係ないだろう」


「……ターンエンド」


「ならばもらおう。己のターン!」


 第一ターンは互いに大きな動きは見られない。

 それもそのはず、『FtC』はコスト制を採用したゲームである。

 そのため、必然的に派手な効果を持つカードはコストが大きく、ゲーム終盤でなければ活躍することができない。

 ゆえに序盤は、来たるべき時のために粛々と準備を進める地道な展開が繰り広げられるのだ。


 そうして始まる、ギンジの第二ターン!


「己は一枚の『荒地』を場に出す。『荒地』が産出するのは『炭』だ。そして、『米』と『炭』の二種類の特産品を必要とする『建物』カード、『技能実習生派遣会社』を『設立』!」


 ローマ数字の2のような記号が描かれた白い珠と、同じく3のような記号が描かれた黒い珠とがカードに吸い込まれ、ギンジの場に新たに怪しげな建物が屹立した!


「『建物』カードもまた、勝敗を左右する重要な存在だ。モンスターとは異なり戦闘を行うわけでは無いが……様々な能力を有している。この『技能実習生派遣会社』は、毎ターン『即戦力』能力を持つ『外国人技能実習生』モンスタートークンを一体場に出すことができる!」


「……闘君?」


「トークンとはカードの効果で生み出される、実体を持たないモンスターと思ってもらえば良い」


「と言うか、『即戦力』ってことは! このターン攻撃ができるって事じゃ?!」


「坊主の言う通りだ。ただし『実習生』は攻撃したターンの終わりに消滅するし、『派遣会社』もそれなりの維持コストを払うか、そうでないならば破壊されてしまうがな。今回は戦闘の手解きレクチャーが目的だから、維持はしないでおこう」


 ギンジの攻撃が始まる!


戦闘バトルだ! まずは『農夫』で攻撃。モンスターも『農地』の特産物産出と同様、攻撃の際には右向きに倒す」


 ギンジの操る農夫が、鍬を持ち上げて走り出す! 一揆!


「右向きになってモンスターは、相手モンスターの攻撃をブロックできる。ライフを守りたければ、攻撃だけではなくブロックの事も考えねばならない」


「……ならばこちらも『農夫』でブロックだ」


 ムラサキの採用した農夫が、鋤を振りかざして相手の農夫を威嚇する!

 世界の終末の如き恐るべき光景だが、安心してほしい!

 現実の世界では、農夫同士の主戦場は深夜の水口栓であり、このような直接殺り合う事態は稀だ。


「戦闘の結果は攻撃力と守備力の値で決まる。守備力をヒットポイントと考えると分かりやすいだろう。互いの値を見比べ、攻撃力が守備力以上であれば戦闘相手を破壊できる。今回は両者揃って攻撃力守備力共に『1』! よって――」


 互いの武器が互いの頭部に炸裂し、農夫達の頭蓋骨が砕け散った!


「両者、消滅」


 撒き散らした血と脳漿を輝く粒子に変えながら、二人の農夫は同時に地面に倒れ、そして消え去った。


 壮絶な戦いが終わりを告げた。だが――


「己のターンはまだ終わってはいない。『実習生』トークンのダイレクトアタック!」


 血眼の技能実習生が危うげな手つきで三角ホーを振り回す!

 彼らを即戦力足らしめているのは知識や経験ではない。

 ただ、やらねばならぬと言う危機感がそうさせているのだ!


「――まずは『先付』、いただきます」


 ギンジが祈るように両手を合わせ、実習生が三角ホーを戈のように振るう。


「ぬっ、ぐわぁあああッ!!」


 実習生の一撃が、ムラサキを守る七枚の守護のうち、最初の一枚を打ち砕いた。

 その衝撃に思わず苦悶の叫びを上げるムラサキ!


 なお、この反応は実際の痛痒を伴うものではなく、ゲームで操るキャラクターがダメージを受けた時思わず「痛っ!」と言ってしまうのと同様のものである!


「――このゲームも他の勝負事と同様、攻撃側が有利。だが、攻められる側が不利になり続けるだけでは、面白みがないと言うもの」


 破られた『先付』は、そのまま墓地トラッシュへ――いや、そうではない。


「七枚の守護は、それらが破られた時、


 『先付』が空中へと浮き上がり、ゆっくりと表になっていく――


「ゆえに、コースの進行は敗北へのカウントダウンであると同時に逆転の好機チャンスでもある。さて若いの、何を引いたかな」


 表となったそれには、真円の上にのような棒が伸びた図形が描かれていた。


 赤の農地、『果樹園』! 特産品は『林檎』!


「農地か。まあ、悪くはない。場に出すがよかろう。特に何もなければ……己のターンは終了だ。『派遣所』の維持コストは支払わない」


 損切りされた『派遣所』は崩れ落ち、消滅した。


「……なるほど、大体理解わかってきた。……俺のターン、ドロー!」


 ムラサキの第二ターン!


「…………『茶畑』を場に出す」


 ムラサキは、三つの点が正三角形の頂点を構成するように並んだ記号の描かれた農地を場に出した。

 『茶』を生み出す緑の農地、『茶畑』だ。


「……ぬぅ」


 眉を顰めるムラサキ。


(兄ちゃん、まさか出せるカードが無いんじゃ……)


 心配になったシローが、後ろからムラサキの手札を覗く。


(あぁ、やっぱり!)


 シローが目にしたのは、必要な特産物が不足していたり、単純にコストが大きすぎたりしているカード達だった。




(……どうやら、相手の手札は相当に悪いようですね。そのようなを感じます)


 内心でほくそ笑むのは、このゲームの仕掛け人、ビトーだ。


(ですが二重三重に張った罠の力、まだまだこんなものではありませんよ……)


 その眼光の先で、ムラサキは苦悶を浮かべながら、ターンの終了を宣言した。




 ギンジ、第三ターン。


「出せるカードが無い、そういうターンもあるだろう……己のターン! 己は、米と炭を使い、モンスターカード『フードファイター ONE』を採用!」


 ギンジの場に新たなモンスター!


「フ、フードファイター? 嫌な予感がするぜ……」


「坊主の読みは当たりだ……『フードファイター ONE』の持つ能力は『大食漢』! コイツの攻撃が通った時、進めるコース料理は通常の倍! となる!」


 裏向きピースと共に告げられた、情け容赦無い現実!


「二品もッ?! そりゃ食いすぎってもんだぜ!」


「防御に回るモンスターを出せなきゃ、あっという間に平らげちまうぜ。己のターンは終了だ」


 渡されたムラサキの第三ターン。

 ギンジの言う通り、ここで打開策を打ち出せねば不利な状況を変えることはできない。

 幸いにして『ONE』の攻撃力と守備力スタッツは共に『1』だ!

 農夫でも相打ちが取れる。


「…………俺のターン、ドロー」


 この状況にムラサキは――!


「…………『荒地』を場に出し…………ターンエンド」


 何も出来ない!


「そうか。ならば遠慮はすまい。己のターン、ドロー! 『ONE』の攻撃! ダイレクトアタックだ!」


 ムラサキを守るものは何もない! 『ONE』はその食欲をもって、『向付』と『焼物』を一気に平らげた!


「『向付』と『焼物』、いただきますッ! さて、一体何が出るかな?」


 食べられたのは同時だったが、ゲームとしてはコースの順番通りに処理されていく。

 まず『向付』の正体が顕わになった。


「なるほど、『農家』か」


 それは果樹園から算出される『林檎』1個で採用できる攻撃力1/守備力1のモンスター。白の『農夫』と対を成す存在だ。


「そして『焼物』は――」


「!」


 ムラサキの目が、一瞬だが僅かに見開かれる。『焼物』に描かれていたのはローマ数字の5のような記号。

 『ブルーベリー』を特産品とする、青の農地、『畑』だ。


「――随分と運に見放されているようだな、若いの。折角無料で出せるのだから、それなりに強力なカードの方が当然だがありがたい。農地もあって困るものではないが……あり過ぎて洪水フラッドを起こしてもしようが無いってもんだ」


「……」


 有利な立場からの一方的ダメ出し!

 それを受けたムラサキは言い返す事もできない。たまらずシローが援護の声を上げた!


「そういうおっちゃんは、農地が全然出てないじゃないか! ……安心してくれ、ムラサキの兄ちゃん! このゲーム、何をするにも農地が資本。農地が出せなきゃ強いカードも出てこないはずさ!」


「クックックッ……?」


 余り表情の動かなかったギンジの顔に、明確な笑みが浮かんだ。


「……攻撃後メインフェイズに移行。己は手札の『田』を場に出す」


「あ……えっ……ぁ……」


 ショック!

 農地が手札に来ない『農地事故』を起こしていると思わせ、油断させてからの農地セット!

 行けるかもと思った直後のやっぱ無理そうは、極めて大きなダメージとなる。

 これは、人間の心理を知り尽くした者にしかできない高等テクニックだ!


 それすなわち! そのような手管を意のままに操るこの男は!


「ま、さか……まさか……」


 シローが、はたと当たりを見回し始める。


 カードが収められたショーケース群が目に付く中、壁面に目を遣ればそこに何枚もの写真が飾られている事に気が付く。


「ああ、なんてこった……」


 そこに写るのは何らかのトロフィーを持った男の姿。

 それはまさしく、今ムラサキと対峙しているギンジの姿に他ならない!


 それが示す事実はただ一つ!


 カードゲーマーのボリューム層(※未来の統計です)とはまるで趣を異にするこの強面は! その実、名のあるプレイヤーだと言う事だ!


「ああッ、あの写真にも……兄ちゃん、こいつはッ」


「ああ、間違いない。……こいつは、エースだ」


「そんな! じゃあムラサキの兄ちゃんは、ズブの素人なのに強豪と戦わされてたって事か?! こんなのインチキだ!」


 あまりの非道な行いに、シローの遣る方無き憤懣が爆発する。


「おっと、暴言はそこまでにして頂きたい! ムラサキ様ははっきりとおっしゃいました。勝負の内容にケチはつけないと!」



『上等だ、その勝負受けてやろう。マグロでもカワハギでも何でも構わん。持って来るがいい!』



「こいつ、最初ハナっから………………じゃ、じゃあまさか」


 綿密に練られた敵の戦略になおも憤るシロー。

 だが、辛うじて残されていた冷静な部分が告げるのだ。ここまでの準備をした相手、恐らく仕掛けはこれだけでは無いと。


 シローは、対戦に用いる机の脇に置かれたゴミ箱を掴んだ。


「ああ……ああッ! おかしいと思っていたんだ……だけどこんなの、あんまりだ!」


 涙目になるシローがゴミの中から箱のようなものを取り出し、その場に居る全員に見えるように掲げた。


「『構築済みデッキ』だッ……! こいつ、『構築済みデッキ』を使っていやがるッッ!!」




 構築済みデッキ!


 そも、ムラサキの購入した『基本セット』は、実に四百種類以上の中からランダムに選ばれたカードが封入された商品である。

 それゆえ、箱毎の内容の個体差は大きく、そもそもそれ単体ではデッキとしてまともに機能するかも怪しい。


 ならばなぜこのような商品が売られ、そして買われているかと疑問に思う人も居るだろう。だが逆に問おう。何が入っているかは開けてからのお楽しみ……という夢以外の理由が、果たして必要だろうか?


 対して構築済みデッキとは!


 あらかじめ、封入されるすべてのカードが決められている商品だ。

 そんな夢の無いものがなぜ売られ、そして買われているのか……それは、狙ったものが確実に手に入るという安心感、そして、この商品自体が『テーマに沿ってバランスよく組まれた買ってすぐ遊べるデッキ』だからである!


 具体的に、ムラサキの使うデッキが五色すべてのカードがごちゃまぜに含まれているのに対し、ギンジのデッキはなんと二色! 安定性が段違いなのだ!


 ビトーが『この中から』と指定した机には、確かにこの構築済みデッキも置いてあった……だが、大量の基本セットを前にしたムラサキは、当然その中から選ぶものと勘違いしたのだ!

 洗脳一歩手前の、卓越した思考誘導!




「勝ち目なんてあるはずないじゃないか! む、無効だ! 無効試合だ!」


「黙っていろ、シローッ! 一度受けた勝負に、後から文句を言うような人間になるな」


「!!!」


 恐慌状態のシローにムラサキの一喝!

 この極限的不利な状況下において、この男はまったく諦めていない!


「意気や良し……ですがその威勢、いつまで持ちますかね?」


 ビトーが挑戦的に笑う。


「『漁師は潮を見る』の格言通り、銀さんは流れを読む力に長けている。実にカードゲーム向きの才をお持ちだ。そして状況はシロー君の言う通り、不利という言葉では足りないくらいの、そちらの圧倒的不利。一体何を見せてくださるのか……楽しみにしていますよ」


「……タネが割れたことだし、これも用意しておくか」


 ギンジは隠し持っていた数枚の束を机の上に置いた。


「構築済みデッキに含まれていた、『エクストラデッキ』だ」


 エクストラデッキ!


 特定の条件を満たした時のみ採用することができるモンスターを擁する、新たなデッキ!

 通常、モンスターは手札に来てはじめて採用することができるが、エクストラデッキに含まれるモンスターはそういった心配から解放されたインフレの嚆矢こうしだ。


「隠していた?! そんなの認められ――」


「お前さんのデッキにも、本来エクストラデッキに入れなきゃならないカードが混じっているんじゃないか?」


 シローの抗議はギンジの指摘に遮られた。


「なぁに、この場でジャッジキルするなんて、無粋なことはしないさ」


 だからこの件は互いに不問としろ――ギンジの瞳がそのように語っていた。


「己のターンは終了だ。念願のブロッカーが出てきて良かったじゃないか。さて次は何を見せてくれる?」


「…………俺のターン、俺は――」


 ムラサキはその強力な目力でもって、ギンジを見据える。


「『農家』で攻撃!」


「何ッ?!」


 何か策があるのか、防御を捨てた攻撃宣言!


「兄ちゃん、そんなことしたら、次のターンまたフードファイターが――」


「いや、これで良い。攻める姿勢を見せなければ、何も掴むことはできないッ!」


 攻撃の撤回なし!


「単純に、防御に回せるモンスターが手札にあるのか。――良いだろう、その攻撃、甘んじて受けよう!」


 農家が両手に持った高枝切り鋏が、ギンジに直撃!


「ぐふっ……『先付』、召し上がれ……」


 初の有効打! ギンジの『先付』がひっくり返り――何の効果も発揮することなく消滅した。


「……ちぃッ、『罠』カードか」


「『罠』?」


 またも登場した新たな種類のカード。

 『FtC』はその人気ゆえ定期的に新しいセットを発売せねばならず、その内容もマンネリ化しないよう、新機軸のギミックを搭載し続ける事を余儀なくされているのだ!


「良い機会だ。『罠』は自陣に伏せ、適切なタイミングが来た時にコストを支払って発動できるタイプのカードだ。タイミングが限られるため、今のようにコース料理に含まれていても、場合によっては発動できない。だが一方で強力な効果を持つものが多いのだ」


「……なるほど」


 ムラサキはそう呟き、


「『罠』を三枚伏せてターンエンド」


 早速活用せしめた!

 何と言う学習能力の高さ!

 逆に言えば、超一流の料理人となるには、一度見聞きした事は即座に自分の物にできねばならないのだ!


「これは、敵にを送ってしまったかな」


 ギンジの言葉に、ムラサキが即座に反応した。何気なく零した風を装い、その実ある一箇所の語気を意図的に高めていたのだ。


「澤グループの情報網、舐めてもらっては困ります。探し人の件、既にこちらも把握しているのですよ」


 ギンジの代わりにビトーが応えた。


「勿論お教えして差し上げますよ。勝てれば、ですがね」




 ギンジの第五ターン!


「……ここいらで一気に攻めさせてもらおうか。『荒地』を場に出し、再度『派遣所』を設立だ!」


「ぐっ……」


 毎ターン捨て駒を生成する強力カード、『技能実習生派遣会社』再び!


 これが構築済みデッキの持つ優位性! 同じカードが複数枚収録されているのだ!


「更に――」


 ギンジが一枚のカードを『ONE』に重ねた!


「『獣の直感』を『ONE』に『装備』ッ!」


「装備カードッ?!」


「『研修生』トークンを場に出してバトルだッ! 『ONE』のダイレクトアタック!」


 謎の装備カードを身に纏った『ONE』が、再びムラサキへと迫る!


「くッ、『罠』発動!」


「無駄だッ! 『獣の直感』が罠の存在を看破するッ! 『ONE』は罠の効果を受けない!」


 荒ぶる『ONE』の箸が、コースを二品進めてしまう!


「『研修生』も攻げ――何?」


 『ONE』に続き攻撃するはずの『研修生』の姿がどこにも見当たらない!

 言葉の壁や待遇に耐えられず逃げ出したか? いや――


「『罠』カード、『猛暑の夏』――すべての攻撃側モンスターに1ポイントのダメージだ……『ONE』には効かないが、『実習生』には効いたようだな」


「なるほど、油断できぬ男だ」


 罠の効果で何とか追撃を躱したムラサキ。だが、『ONE』によって食べ進められた事実は覆らない。


 ムラサキを守護していた『煮物』『焼物』が表となる。


 『煮物』は二枚目の『畑』。そして『揚物』は――


「何ッ、『連作障害』だとッ?!」


 『制約』カード、『連作障害』!


(同じ種類の『農地』を二枚以上使って特産物を産出した次のターン、その『農地』が使用できなくなる嫌がらせカード! こんなものを引き込んでいようとはッ!)


 ギンジの場の『農地』は『田』と『荒地』が二枚ずつ。そのすべてを使用してしまっている。次のターンは身動きが取れない!

 ここに来て、大きなピンチ!


「流石だな、そう安々とは勝たせてもらえんか。……己は『派遣所』の維持コストを支払ってターンエンドだ」


 ギンジが告げると、彼の『向付』が光の粒子となって消滅していく。


「ご覧の通りだ。『派遣所』の維持にはコース料理を一品捧げる必要がある。コストとして支払った場合は、当然だが無料で発動することはなく、直接墓地トラッシュ行きだ」


 強力ゆえの余りに大きな代償!

 だが、ギンジの擁するコース料理は未だ残り五品! すでに二品にまで減じたムラサキと比べ、まだまだ余裕がある。


「…………俺のターン」


(ムラサキの兄ちゃん……)


 一般的に、カードゲームにおいて手札の枚数は多ければ多いほど有利と言える。

 現在の手札は、ギンジが二枚に対しムラサキが今のドローで五枚。

 これだけを見て論じれば、ムラサキに分があるようにも見える。


 ――だが現実は異なる。


 ムラサキのデッキはあくまでランダム封入された紙束!

 そこには使用する意味の無いカードや、そもそも出せる見込みのないカードも相応に含まれている。

 ムラサキの手札には、そういった愚にもつかないカードばかりが雁首を揃えているのだ。


 しかし、ムラサキの目の奥に滾る炎は未だ衰える事を知らない。


 ならば、この状況を打破するカードが存在するのか?


「……俺は、『アドベンチャー』カード、『誤発注』を使う。その効果はデッキの一番下のカードを確認し、望むなら『甘味』と入れ替える――」


「何ぃッ?!」


 ムラサキの用いた奇々怪々なる効果のカードに会場が俄にざわめく!


(デッキの一番下ボトムのカード! 本来であればこの試合中、一度も日の目を見無いと運命付けられていたはずのカード! それが――)


「俺は、入れ替えることを選択」


(今、舞台に上がった!)


 ムラサキの行動に、ビトーが総毛立つ。変わったかも知れないのだ。運命が、今まさに!


「俺はこれでターンエンド」


(最後の砦、『甘味』……奴め、何を仕込みやがった……?)


「己のターン……」


 ギンジの第六ターン。『連作障害』の効果により、所有する農地はこのターン特産物を産出することができない。


(『誤発注』の効果は選択式……つまり、デッキの一番下ボトムは余程有用なカードだったと言う事か……このゲームは守護をすべて剥がした平らげた後、更に一撃を与えなければ勝利にはならない……ゆえに、『甘味』はそれを防ぐことのできるモンスターカードである事が最優とされている。奴もそれくらいの事は、これまでの戦いで学んだはずだ……)


「ドロー……」


(流れは依然こちらが有利! 攻めるべきか……いや、迂闊に踏み込んで強力なモンスターを呼び込まれれば形勢が傾きかねない……ここで下手を打つリスクは避けたい……)


「!」


 加速する思考の中、ギンジは今ドローしたカードに目を瞠った。


(来たかッ……! これならば、奴がどのようなモンスターを出そうが関係が無い。次のターンだ……次のターンで決着ケリを付ける……!)


「『派遣所』の効果で『研修生』を生成! そして攻撃だ!」


「『農家』で防御!」


 相討ち!


(やはり! 今の状況……残り二枚のコース料理に対し、『研修生』の攻撃を防御する意味はほぼ無い……なぜなら、『ONE』の『大食漢』はあくまでコース料理を二品食べ進める効果であり、たとえ一品しか食べられなかったとしても超過分がプレイヤー本体に及ぶわけでは無いからだ。『研修生』を無視すれば、『ONE』と相討ちが狙える――だが当然その場合、こちらは攻撃をしない。だからこそ、『ONE』の攻撃を誘うために敢えて『農家』を犠牲にしたのだ……すべてはこのターンに『甘味』に伏せた鬼札を引かせるため!)


「……その手には乗らぬ。己は『焼物』を『派遣所』のコストに献上し、ターンエンドだ」


 ギンジの深い読み! それは、海底に身を潜める高級魚の位置を、船上に居ながらにして暴き出すが如き洞察と智謀!


 果たして、ムラサキに策はあるのか!


「…………俺のターン」


 ムラサキの第六ターン!


「『果樹園』を場に出し、『米』を消費して『農夫』を採用…………ターンエンドだ」


 目立った動き、無し!!


「ふっ……『農地』ばかりがたんまりと……よく引いたものだ。そいつは過剰開拓ってもんだぜ」


「そ、そっちは逆に全然『農地』を引けてないじゃないか!」


「まあ、それに関しちゃ坊主の言う通りだ。あと一、二枚ほど引けてれば、もっと早い段階で王手を掛けられただろう」


「なっ――」


 ギンジの挑発に乗るシロー。

 だがそれは敵の撒いた罠! 逆に恐るべき事実を突きつけられる羽目になってしまった!


 平常心とポーカーフェイスが大きな強みとなるカードゲームにおいて、精神攻撃は基本なのだ!


「それにそもそも、このデッキは少ない農地でも回るように設計されている。明確な意図を持って組まれているのさ。寄せ集めのそちらと違ってな!」


 勝利を確信したギンジの顔面が紅潮する。


「己のターンッ! 見せてやろう、スペリオルの勇姿をッッ!!」


 ギンジ、第七ターン!


「『連作障害』から回復した農地をすべて使いッ! 己は『チャンピオン降臨』の儀式を執り行うッ!」


 ギンジの放った一枚のカードが光を帯びて空中に浮かび上がった!


「召喚条件はカードを『装備』した『ONE』一体! 頂の女王、今ここに顕現す! エクストラデッキから出よ傑物ッ! 『王者チャンピオンSスペリオル―ONE』ッッ!!」


 『ONE』の体が光の粒子に分解され、浮かび上がった祭壇へと吸い込まれた。次の瞬間、祭壇から現れたのはより強大なプレッシャーを放つ新たなる儀式モンスター、その名も、『Sスペリオル―ONE』!


 ちなみに召喚に際して放たれた口上は、ゲーム進行上、特に必要は無い!


「『研修生』を生成ッ! そして戦闘バトルだッ! 『Sスペリオル―ONE』で攻撃ッ!!」


「……『農夫』でブロ――」


「無駄だッ! 『Sスペリオル―ONE』は頂点捕食者! モンスターによってブロックされず、その食事は誰にも止めることはできない!」


「何ッ?!」


「そんな!」


「更に『極大食漢』の効果で三品もの料理を食べ進めることができるが――」


 ギンジはムラサキの場に残るコース料理を一瞥する。


「空腹を許す王者チャンピオンでは無いッ! この時不足した料理の数だけ、他の自分モンスターもブロックされなくなるッ!」


「ぐッ……『罠』発動――」


「『Sスペリオル―ONE』は『罠』の効果も受けないッッ!!」


 貪欲なるプレデターの牙がムラサキに迫る! 絶体絶命!


「――さすがは銀侍さん! かの高名なムラサキ様と言えどこれでッ! 『天上三日、底三年』! 貴方の輝かしい昇り調子も、今この時をもって終わりを告げるのです!」


 興奮したビトーの声が響く!

 彼の言う通りなのか!

 ムラサキは本当に、こんな場末のカードショップで終わってしまうのか!


「『罠』カード、『強制争覇』……互いのモンスター一体ずつを、強制的に戦闘させる――」


「何ィッ?!」


 無理矢理戦場に立たされた『研修生』と『農夫』が相討つ!


「だ、だが『Sスペリオル―ONE』の攻撃は続いているッ! これでそちらを守るものは何もないッ! 『止椀』、そして『甘味』ッ! ごちそうさまでしたッッ!!」


 すべてを飲み込む『Sスペリオル―ONE』の一撃が、ムラサキのコース料理を跡形もなく平らげた!


「――――食後の挨拶には、まだ早いんじゃあないか?」


 不敵に笑うムラサキ。

 その背後で、破られた二枚のコース料理がその真の姿を現す――


 『止椀』は発動できぬ『罠』……そして、『甘味』は――


「……シロー。レッスン1だ。店を繁盛させるために必要な三要素とは何だ?」


 ムラサキはシローに問いかける。

 それこそは美食問答。

 師匠が弟子にそうするように、未熟な彼に福音を授けるように。


「えっ…………そりゃあ…………①美味しい料理、②適切な価格設定、③おしゃれな店構え、かなぁ?」


 凡百なシローの答えにムラサキは、


「……まったく違う。正解は、①コネ、②レビューの星、そして――」


 そして。


「――③運だ」


 『甘味』が開かれた。


「イベントカード『緊急採用』。次のターンの通常のドローをスキップし、デッキの一番上のカードがモンスターであれば、それをコストを支払わず『即戦力採用』召喚する――」


「そっ、『即戦力採用』召喚だとッ?!」


「料理人の大成に欠かせぬ『運』。それはカードゲームの勝敗にも深く影響する……ゆえにこの勝負ははじめから、運を競う勝負だったのだ」


 断定的に紡がれるムラサキの言葉は確かな説得力を持っており、誰も口を挟むことができない!


(『即戦力採用』されたモンスターは、その名の通りそのターン中の攻撃が可能となる……対してこちらは防御に回せるモンスターが存在しない!)


「み、見せてもらおうか、その運とやらを。……己はこれでターンエンド……『派遣所』のコストは払わない」


 ターンの終了を宣言するギンジに、ムラサキの鋭い眼光が飛ぶ。


「強力な『派遣所』を捨てたか。維持コストで守護が薄くなることに、怖気付いたな?」


「!」


「ビビったんだろう? この俺の『運』を前にして」


 挑発!

 幾度となくされたそれが、今度はギンジに降りかかる! まさに因果応報!


「いや! こちらは既にブロックされない『Sスペリオル―ONE』を擁している! だからこそ不要と断じたまでのこと! どの道モンスターを引けねばだ! ――――ハッ?!」


 失言! 大失言!

 ギンジはつい口を突いて出てしまった己の発言に海より深く後悔した!


(言ってしまったッ! 敗北フラグッ! ああっ、な、流れがッ……)


「俺の――」


 ムラサキ、運命の第七ターン!


「――ターン」


 『緊急採用』の効果で、このターンのドローは飛ばされる!


「最強料理人の調理はすべて必然――」


「運はどうなった」


「俺は、デッキの一番上のカードを――」


 ムラサキは自身のデッキに手を置いた。


「『即戦力採用』召喚するッ!」


 無論、それがモンスターカードでなければ『緊急採用』の効果は無効だ!

 だがムラサキは確信していた! 自身の運を! いや、運命を!


 ムラサキが場に出したカードが光り輝き、そこから現れたのは――!


「ま、さか……引いたというのか……伝説レジェンドを――」


「限界を超越せし特異点! 常識を喰らい、猛れ尊き裁きの覇王!――『伝説の食豪THE LEGEND TAKERU』、降誕ッ!!」


「『THE LEGEND』?! そんな馬鹿なッ! すべてを平らげる『無限食』の能力、無限の攻守、そして無限のコストを持つ、あの?!」


 フィールドに降り立った伝説の存在が放つ圧倒的オーラ!

 そして伝説レジェンドの眼差しは、今やギンジを守るコース料理に注がれている!


戦闘バトル! 『即戦力採用』召喚したモンスターは、場に出たターンに攻撃可能! 『THE LEGEND』のダイレクトアタック!」


「ぬっ……ぐわぁぁぁぁあああああッッッ!!!」


 『THE LEGEND』がギンジの『煮物』を、『揚物』を、水に浸けつつ瞬時に平らげていく! そのスピードはまったく衰えることを知らない!


「『無限食』の効果により、進むコースの品数は文字通り無限! 喰らい尽くせ伝説レジェンド!」


 ムラサキの声に呼応するかのように、『THE LEGEND』が存在するすべての皿を空にしていく! 『止椀』が! そして今、『甘味』までもが!


 破られた『煮物』が表になる。『荒地』だ。


 続く三枚はすべてモンスターカード! それぞれ、『農夫』、『農夫』、そして『地域再生本部職員』――


「……こ、ここに来て『THE LEGEND』とは恐れ入った……さすがは名高き五聖天。だがこのゲームは、すべてのコース料理を平らげた後、がら空きとなったプレイヤーへの直接攻撃を通すことが勝利条件! そちらには追撃の手立ては無い一方、こちらは今の攻撃で三体ものしもべを得た! やはり己の勝利は揺るがん! 次のターンで決着――」


「まだ俺のバトルフェイズは終了していない」


「――何ッッ??!!」


 ムラサキは徐ろに、伏せていたカードを表にした。


(あれはッ――最初に伏せた後、ずっと使われていなかった『罠』カードッ?!)


「……『久遠なる呵責』。自身のコース料理が一品も残されておらず、かつ相手フィールドに存在するモンスターの数が自分フィールドのそれよりも多い場合にのみ発動できる――」


 おどろおどろしいその罠の効果は――


「その効果は、このゲーム中に貴様が使い潰したすべての『研修生』トークンの復活――」


「!!!」


 ムラサキのフィールドに、地の底から四体もの『研修生』が生え出るように現れた!


「『研修生』の攻撃!」


「ブ、ブロックだ従僕どもッ!」


 ギンジの従える三体のモンスターがそれぞれ『研修員』と戦い、共に砕け散った。

 これでギンジを守る者は居らず、対して生前の怒りに燃える『研修員』は一体が残っている。


「最後だ。『研修生』の攻げ――」


「いいやまだだッ! 『地域再生本部職員』の効果発動! このモンスターが死亡した場合、墓場トラッシュから『派遣所』1枚をフィールドに戻すことができる! そして『派遣所』のトークン生成効果は同名カードの制限なく1発動可能! 行け『研修生』! お仲間と相討ちだッ!」


 土壇場でギンジが発動した『派遣所』が新たな『研修生』を採用し、ムラサキの操る最後の『研修生』と共に消滅した。


「だ、だいぶ肝を冷やされはしたが……こ、これで――」


「――そして、使


 今度こそ難を逃れたと確信したギンジに、ムラサキが静かに宣告する。


 つい今しがた玉砕を命じられた『研修生』が、ムラサキの場に再び姿を現す。

 『研修生』は『即戦力』だ。

 本人がそう望んだのではなく、ただそうあれとされたがゆえに。


「あ……あ、あぁ……」


 守るものの無いギンジの顔に、『研修生』の持つマルチが押し付けられた。

 黒いポリエチレン越しに浮かぶ苦悶に満ちた表情は、ギンジのデスマスクとなった。





第2話「神を超えろ! 究極の無限攻撃力」・了





――次回


 食う者と作る者、つまみ食いを狙う者。

 才を持たぬ者は生きてゆかれぬ暴力の街。

 あらゆる悪徳が武装するマッドシティ。

 ここは大崩壊が産み落とした、惑星地球の酉の市。

 ムラサキの躰に染みついた醤油の臭いに惹かれて、危険な奴らが集まってくる。


 次回「出店でみせ」。

 シローが飲むムラサキのコーヒーは、美味い。



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