第41話 主役のいない舞台
「ほら、この先なら誰も来ないよ」
生徒会長は屋上の扉の鍵を開けて俺が入るのを促してくる。ここに来るまでの間、俺と生徒会長の間に会話は一切なかった。俺の記憶が正しければ、生徒は屋上へ立ち入り禁止のはずである。どうやって生徒会長は鍵を用意していたのか気になりもしたが、今の本筋には関係ない。
「それで、話ってなんだい?」
突然の突風が吹き荒れて俺と生徒会長の髪や制服が大きく揺れる。生徒会長は相変わらず笑顔を崩さなかった。
「……俺は鈍感らしいからな」
「…………?」
笑顔のままでも何が言いたい? と生徒会長が無言で俺に問いかけているのが分かった。
この人は笑顔がデフォルトなんだ。誰にでもにこやかに、そして誰にでも優しく接している。だから俺はこの人を良い人だと勝手に解釈していた。……けれど、正確には少し違った。
「生徒会長は初めからカードゲーム部を廃部にするつもりだったんすね」
再び風が吹いてくる。今度は俺の背後から生徒会長の方向へと。
「……具体的には?」
生徒会長は聞いてくる。ほんの一瞬だけ表情が崩れた。
「俺が入部する時……いや、月ヶ瀬先輩が部活を作った時からですかね?」
「そうだね、だいたい合ってるかな」
否定はしなかった。やましい気持ちがあるようにはみじんも感じない。きっと、この人にとってカードゲーム部を廃部にするのにためらいや罪悪感のような感情を一切持ちあわせていないのだ。
「以前、二人で会話したの覚えています?」
「…………」
生徒会長は無言のままだった。俺は気にせずに会話を一方的に進める。
「シンデレラの物語に主役がいなければ物語は成立しない。 あの時は意味が全く理解できませんでした。 けれど、今になってようやく分かった気がします。 あなたにとって月ヶ瀬先輩はシンデレラ、そして生徒会こそがシンデレラの物語の舞台……違いますか?」
「へぇ、よくそんな言葉を覚えていたね」
生徒会長は感心した素振りを見せた。
生徒会という物語においてシンデレラの役割を持った月ヶ瀬先輩は必要不可悦な存在だと、あの時の生徒会長は暗に言っていたのだ。まどろっこしい言い方を抜きで言えば……
「月ヶ瀬先輩を生徒会に連れ戻すためにカードゲーム部を廃部にした。 そうですよね?」
「うん、そうだよ」
迷わずに肯定した。俺の推察は間違っていなかった。
さしずめ生徒会長は王子様といったところだろうか? 正式な部活署名を出しに行ったあの日、俺は生徒会を魔王と例えていたものの、これでは魔王で王子様とか設定盛りすぎだろ、と俺は笑ってしまう。
「僕にとって想定外だったのは有栖川さんと黒崎さんの二人だった。彼女たちさえいなければ部員不足で簡単に廃部に出来た。 部員が集まったなら活動内容を指摘すればよいと考えたが、今度は有栖川さんが積極的になってしまった。 まさか彼女がカードゲームに熱中するなんて思わないだろ?」
「まぁ、そうっすね」
有栖川が本気でカードゲームに取り組み始めるなんて誰も予測不可だったに違いない。生徒会長はあの時、はっぱをかけたのではなく、本気で廃部にしようとしていたのだ。
『君は良くも悪くも鈍感なところがある』
月ヶ瀬先輩の台詞を思い出す。まったく、その通りだ。俺は善意と悪意さえ履き違えていたのだから。
「月ヶ瀬涼子、彼女は天才だ。 君も同じ部活で時間を過ごしたのならわかるだろう?」
「そうですね」
そこは俺も否定しない。月ヶ瀬先輩は周りが言うように天才である。初めて数か月のカードゲームで成績を残し、直近の大会では無敗記録を残した。きっとあの人はどんな事をやっても人の何倍も上手くやってのけてしまうのだろう。
「彼女は昨年の生徒会で大きく成果を出してくれた。 正直、僕よりも生徒会長にふさわしいと思えるほどにね」
「生徒会長も中々のボスの器ですけどね」
生徒会長はありがとう、と返してくる……ラスボスだけどな!
実際、人を掌握する術に関しては天才の先輩を上回っているし、俺も今でさえこの人を嫌いにはなれていない。この人は誰からも好かれる気質の、いわば理想の人間を体現しているのだ。
「今年は彼女の妹さんも入学して生徒会に入ってくれた。 後は彼女さえいれば我が生徒会は創設史上、最高の生徒会になれるだろう」
会長は両手を広げて空を見上げた。まるでどこかの漫画のキャラクターみたいだ。
「どうして最高を目指すんですか?」
「常人の思考なら誰だって一番を目指したいと思うけれど?」
……それは同意だ。俺だってカードゲームをやっている時は常に一番になりたいと思っている。
この人は相変わらず相手が共感できる話をするのがうまい。きっと俺が何を言っても最終的にはなんとなく生徒会長の意見に従ってしまうのだろう。
『相手が勝てないようにあの手この手を使ってこちらが有利になるように進めていく』
また俺は先輩の言葉を思い出す。生徒会長はそうやって廃部にしようとしているのだ。けれど……
「でも、生徒会長、大事な要素が抜けています」
「大事な要素?」
生徒会長は俺のほうに向きなおした。
「目標に向かって全員が意思統一できていますか? もっと具体的に言うのなら……月ヶ瀬先輩は生徒会に入ってそうなるのを望んでいますか?」
生徒会長が初めて部室に入ってきた時、言った台詞を俺はかざした。果たして月ヶ瀬先輩は生徒会に戻った場合、本当に本心で仕事が出来るのだろうか?
近江生徒会長風に言うのであればシンデレラは生徒会という舞台で踊るのを願っているのだろうか?
「ボクは信じているよ。 少なくともカードゲーム部で意味のない時間を過ごすよりかは有意義だ」
「意味のない時間……ですか」
以前オガ先が言っていた生徒会が職員室の教師に聞いていた質問内容からも薄々察していたけれど、生徒会長にとってカードゲームとは意味のないものだと、そう認識しているらしい。
権力には逆らえないと大和田も言っていた。今の俺にとっては生徒会の存在がまさにそうなのだろう。それでも……
「先輩、今度は少しだけ俺の話に付き合ってもらえますか?」
「…………」
変わらず無言の笑顔。再び俺の背後から風が吹き荒れて屋上から見える木々がざわついた。
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