第40話 廃部の理由
『生徒会及び教師による協議の末、以下の部活動を廃部とする 石神高校カードゲーム部』
次の日の朝、校内の掲示板に大きく掲載されていたその用紙を見て俺は目を疑った。
「どういう事ですか!」
放課後、生徒会室に大きな声が響いた。声の主は三人目の部員である有栖川によるものだった。生徒会役員たちが座る前に設置されていた机を有栖川はドンと叩いて訴えていた。
「どうもこうもあの紙に書かれた内容が真実です。 カードゲーム部は本日をもって廃部となります」
月ヶ瀬先輩の妹が冷静沈着に返答する。以前のような慌てぶりは一切みせなかった。
「……近江生徒会長、理由を教えてもらっても?」
部長の月ヶ瀬先輩が最奥に座っていた生徒会長に話しかける。生徒会長はいつものようにニコニコと笑顔を崩さなかった。
「理由はいくつかある。 順番に追って話そうか」
近江生徒は人差し指を伸ばしながら話を続ける。
「まず一つ目は顧問が責任を持って活動をしていない点だ。君たち部員の活躍は我々も伺っている。 けれども肝心の顧問は部活に対して放漫だ。 これは見過ごせない」
「先週の土曜日に本来ならオガ先……鬼道先生は俺たちと大会に出る予定でした。 けれども生徒会から強制招集を受けて行けなくなったと聞いています」
廃部の理由としてはいささか弱い。このような返しを想定してないほど生徒会長が頭の悪い人間とは思えない。だからこそ俺は生徒会長の回答を待った。
「その大会に鬼道先生は本当に出るつもりだったのかい?」
「当たり前でしょ。 あの人は大会に出られなくて心底悔しがってた」
「たとえ本人がそう言ったとしても、顧問が部員の活動を見届けなかったのは事実だ。 教師を弁護する君には悪いけど、事実は変わらないよ」
「な……」
いくらなんでも横暴すぎる。俺は生徒会長の期待とは異なる、まるで上からの物言いに思わず絶句してしまう。
「それなら顧問を変えれば……」
有栖川はおずおずと提案する。オガ先まさかクビになるの?
「カードゲーム部の顧問になりたい教師がいるか確認を取らせてもらった。残念なことに週末まで生徒のカードゲームを一緒に付き合う教師は我が高校にはいなかったよ」
「そ、そうですか……」
これはオガ先も言っていた。いくら時代が多様性を重んじるようになったとはいえ、カードゲームというものに対する世間の目はまだまだ冷たい。オガ先以外に率先して顧問を請け負う人はいないのは安易に想像できた。
「二つ目は有栖川さん。 君だよ」
「わ、私ですか?」
有栖川がびくりと肩を揺らした。生徒会長は中指を立てて二つ目の要因を告げようとする。
「正確には君とここに来ていない黒崎さんかな。 君たち二人は大会で結果を残していないそうじゃないか」
「そ、それは……」
「それはいくらなんでも無理がありますよ」
有栖川が返答に困っていたのを察した俺は一歩前に出た。
「有栖川はカードゲームを始めてまだ一か月もたっていない。 それで早急に結果を求めるのはおかしいでしょ? 他の部活で入部した初心者にいきなり大会で入賞しろって無茶ぶりを言うのと同じだ」
「でも、月ヶ瀬さんは結果を残しているよ? 彼女は大会に出てわずか一週間でその存在を証明した。 つまり、カードゲームというものは始めてから一か月もあるなら、結果を示すのに十分というわけだ」
平然とした態度で近江生徒会長は話す。天才の月ヶ瀬先輩と比較するのもおかしいが、そもそも先輩はこの三ヶ月俺と部室で対戦をしている。有栖川とはその点でも相違点が生まれているのだ。
今日の生徒会長の理屈は全体的に粗がある。そこを指摘しようと考え、口を開きかけた、その時だった。
「そして最後は君だよ」
「俺……ですか?」
三本目の指を立てて生徒会長は俺の方を向いた。彼の笑顔は崩れることは無かった。
「君の噂は他校にまで広がっている。 初めは担任の鬼道先生も擁護していたが、ここまで来ると一教師だけではかばいきれない」
「俺の変な噂と部活にどう関係するんですか?」
「簡単だよ。 君が退学になってしまえば必要部員数は足りなくなる。 そうなれば廃部になるしかないというわけだ」
「な……」
今この人はなんて言った? 俺が退学? 噂が広まったせいで? それで部活も廃部?
「ま、待ってください近江生徒会長!」
最初に声を出したのは俺ではなく、月ヶ瀬先輩だった。
「天野君が退学って……どうしてですか! 学校は根も葉もない嘘を信じて一人の生徒を見捨てると言うのですか!」
先輩は机に半分以上体を突き出して生徒会長に迫った。こんなに迫真の月ヶ瀬先輩を今まで俺は見たことがなかった。
「今の時代ならありえる話だよ。 SNSに不適切な動画を上げて人生を終えた学生を君たちも見たことはあるだろ?」
「話の論点がずれています。 天野君は決してそんな事をしていません!」
「なら、どうやってそれを証明する? 広がった噂は留まることをしらない。 このままでは学校にも悪い評判が流れてしまう。 そうなる前に根源を取り除いて何がいけない?」
「だからといって退学なんて……」
月ヶ瀬先輩は机に顔を俯きながらそうつぶやいた。先輩が俺の為にここまで思ってくれているなんて知らなかった。
「……けれど、僕たち生徒会はそれを黙って見過ごすつもりはない」
近江生徒会長の言葉を聞いて月ヶ瀬先輩は顔を上げた。有栖川も、そして俺も同じように生徒会長の方を見る。
「彼も我が校の大切な生徒だ。 退学にさせないように僕たち生徒会で教師陣と話し合い、折衷案を模索した」
「……それが結局カードゲーム部の廃部ですか?」
「その通りだよ」
俺の言葉を生徒会長は首を縦に振って正解だと示した。
「この噂の発端は君とあの部室にある。 ならばその部活動自体を解体すればいい」
「でもそれって、天野の噂が本当だったと肯定するようなものじゃ……?」
「幸い、カードゲーム部なんてものは月ヶ瀬さんが勝手に作ったのもあって、存在自体ほとんどの生徒に知られていない。 やっかいなのは今現在君の周りに三人の女性がいる、そこが問題なんだよ」
「部活を解散して俺が一人になればすべてが丸く収まるってわけですか?」
「そうなるね」
「な、何よそれ! いくらなんでも筋が通ってないわ!」
有栖川が感情を高ぶらせた。しかし近江生徒会長は動じない。
「筋は通っているよ。 退学を防ぐために部活を解散させる。 それがこの場にいる全員を考慮した、たった一つの冴えたやり方だよ」
「この場にいる全員……?」
その言葉に俺は違和感を持った。果たしてそれはどこまでの人物を指しているのだろうか。
「とにかく、これで話は以上だ。 誰も彼の退学を望んでいないならこうするしかないよ」
生徒会長は両手を叩いて解散だと合図する。納得のできていない部活メンバーはなかば無理矢理退出させられた。
「意味が分からない!」
生徒会室を出るなり有栖川は地団太を踏んだ。
「どうして私達と一緒にいるだけで天野が退学になるのよ!」
「その原因を作ったのは有栖川さんですよ」
「ひっ!」
突然背後にした生徒会室の扉が開かれて声が飛んで来たので有栖川はぴょんと跳ね上がった。声の主は先輩の妹である月ヶ瀬夕里だった。
「あなたが彼によって部室に連れ込まれた噂が発端です。 あなたのおかげでカードゲーム部は廃部になったのですよ」
「私のおかげ……?」
有栖川のせいではなく、有栖川のおかげ。 似ているようでこの意味合いは変わってくる。前者は責任を取らされるような後ろめたさがあるのに対して、後者はまるで誰かが利益を得られたような物言いである。
「生徒会長に許可をもらってきました。 お姉ちゃん、もう一度生徒会に戻ってきてください」
「……夕里、何を言っているんだ?」
「部活が無くなればお姉ちゃんはやることがなくなる。 それなら昔のように生徒会を一緒にやれるよね?」
月ヶ瀬夕里は先輩に身を寄せながら話しかける。口調も生徒会というよりは姉妹として接しているように、そこには彼女の願いのようなものが込められているような気がした。
「……私は生徒会に戻るつもりはないよ。部室が無くなったとしても、天野君と放課後に遊べなくなったわけではないからね」
「何を言っているの? 有栖川さんもだけど、お姉ちゃんだって彼の近くにいたら、噂が信憑性を増すんだよ?」
「そ、それは……」
先輩が妹に対して珍しく言い詰まった。
「彼の将来を考えて上げるなら、お姉ちゃんは近くにいない方が良いんだよ」
「…………そうか」
そこで俺はようやくすべてを理解した。……そう、すべてを。
「天野……?」
有栖川が心配そうに俺を見てくる。俺は無言のまま月ヶ瀬夕里が開けた生徒会室の扉から再び中に入った。中にいた生徒会メンバーは驚いた様子で俺を見てくるが気にせずに俺は最奥で座っている近江生徒会長の前まで進んだ。
「生徒会長、少し話をいいですか?」
「……外の空気でも吸いながら聞こうかな」
生徒会長は立ち上がると先に出ていく。俺は無言のまま後を追いかけた。
「天野君……」
「先輩、昨日の言葉の意味、ようやく分かりました」
俺はそれだけ言うと外に出ていた三人を背に歩き始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます