第39話 反省&祝勝会②
「ハンバーグセットをお持ちしました」
店員さんが目の前に来たので俺たちは慌てて広げられたカードと剥いたパックを片付ける。
しまった……よくよく考えたらファミレスでカードを剥くってなかなかにマナー違反だよな。
「今日もずいぶんと楽しそうだね、ヒロ君?」
「すみません、ご迷惑を……ヒロ君?」
聞き覚えのある声に呼び方だったので気になって店員さんの顔を見上げると……黒崎先輩だった。
「うわ、出た」
「お化けが出たみたいな反応をして有栖ちゃんは失礼だなー。 ほらご注文の品だよ」
黒崎先輩は彼女の前に鉄板で熱されたハンバーグを置いた。昼にポテトしか食べていなかった有栖川もここではがっつりと食事を取るみたいだ。
「黒崎先輩、ここでもバイトしていたんですか?」
「うん、そうだよー」
先輩は商品を置くとくるりと一回転してエプロンの裾を指先で少し上げる。白いカチューシャ、フリフリのレースも相まってその仕草はさながら宮廷に仕えるメイドのようだった。
「ごほん。 店員さん、私たちの頼んだ商品も早く持ってきてくれるかい?」
「かーしこーまりー」
月ヶ瀬先輩の咳き払いを聞いて黒崎先輩は片手を頭につけて緩い敬礼ポーズを取ると厨房に戻っていった。相変わらず神出鬼没、どこでアルバイトをしていても制服は見事に着こなしているなー。
「……今度の部活の罰ゲームはメイド服にしようか」
「先輩、それ俺が負けた時のリスクでかすぎません?」
先輩や有栖川は女性だから似合うだけで済むかもしれないが、男の俺はキツすぎる。猫耳カチューシャの時点でイエローカード級だったのに、服まで重ねたら一発レッドカードで退場である。お嫁に行けなくなっちゃう……いや、元から行けないし、行かねぇよ。
「大丈夫、天野君は負けないから」
先輩、それフラグですよ?
「今の先輩と戦ったら正直勝てるかわからないし……というか、それなら誰が負けるんですか?」
「それは罰ゲーム後のお楽しみ」
先輩は人差し指を唇にあててウインクする。経験を積んだ今の先輩と戦うとなると普通に負けそうだ。先輩の事だから本当に実行しそうだし、もっと練習しないとなぁ……
「お待たせしました。 ビーフ&チキンセットとチーズグラタンです」
黒崎先輩が両手に商品を持って戻って来る。俺は黒崎先輩から頼んでいたセットを受け取り、月ヶ瀬先輩はグラタンを彼女の前に置いてもらった。
「二人共ご飯は食べないんですね」
「こーらヒロ君。 年頃の女の子にそれ以上聞いちゃだめだよ」
黒崎先輩に頭を軽く叩かれる。しまった。また俺はデリカシーのない発言をしてしまった。
「ご注文の品は以上でしょうか? それではごゆっくりどうぞ」
先輩は言い終えるとすぐに別のテーブルに向かっていった。彼女を目で追うと接客相手に頭を叩くオプションでもあるのかと聞かれていた。とんでもない変態が来店しているな……
「天野、食べるわよ」
「え、あ、ごめん」
有栖川にせかされながら俺はフォークとナイフを受け取る。どうやら俺と先輩の料理が来るまで待っていてくれたらしい。そういう細かい気遣いが出来るから俺と違って有栖川はクラスの人気者なんだろうなぁ。
「それじゃ、いただきます」
三人で手を合わせ終えると俺たちは夕餉を始めた。一人でいる時や大和田と一緒でもファミレスに入る機会は少ない。共に今日を戦い抜いた月ヶ瀬先輩や有栖川と食べる夕飯は格別においしく感じられた。
「先輩、部活の存続って大丈夫そうですかね?」
「そうだな。 今日鬼道先生がこれなくなった理由は生徒会側にも原因がある。 それを考慮してもらえれば問題はないと思う」
「そもそもの疑問なんだけどさ、なんでうちの学校は急に部活動を廃部にしようとしたわけ?」
有栖川が口元を紙のナプキンで拭き終えると口を開いた。
「それは生徒会が予算や部屋割りの関係だって言ってただろ。 有栖川もあの場にいたよな?」
「確かに私も聞いてたけど、でもそれって変じゃない?」
「変?」
俺は一度ナイフとフォークを置いて彼女のほうを見る。
「だってカードゲーム部に予算なんて、かからないじゃない」
有栖川の意見はもっともだった。カードは俺たちで全て持参しているし、大会の経費もおそらくはオガ先のポケットマネーから出ている。学校側にお金がかかる要素は存在しない。
「けど、部室は有限だろ? 俺たちは学校の一部屋を借りているわけだし」
「部活に行ってない時、私は他の子と別の部室を見学してたけどさ、クラスのない空き教室なんてまだまだあったよ」
「……言われてみればそうだな」
カードゲーム部のある東校舎の三階でもいくつか使われていない部屋はある。もし新しく部活動を始めたいのであれば、その空き部屋を活用すれば良い話だ。
「それにクラスの子が言ってたよ。 生徒会長は廃部って言ってるけど、実際はそんなつもりは一切ないんじゃないかって。 怠惰になっている人の兜の緒を締める目的だって」
「それはありえそうだなー」
あの生徒会長ならやりかねない。なんと言っても俺を心配してくれる良い人だからな!
「もしかして俺たちが身構えすぎていただけなのかもな」
「そうかもね」
「…………」
俺と有栖川は気が緩んだように会話をする。対して先輩は何も言葉を発していなかった。
「さっきから黙って、どうしたんですか先輩?」
「あ、いやただ食事に集中していただけだよ」
「あっ、食事の最中にすみませんでした」
「有栖ちゃんが謝る必要はないよ。 ただ天野君、以前も言ったが、君は少し改善した方がいい」
「改善ですか……?」
部室でも言われたような気がする。確かあの時は……
「俺また鈍感になってますか?」
もしかして先輩が黙々と食べているのを邪魔してしまったからだろうか。さっきも黒崎先輩に叱られたし、俺ってやっぱりダメ人間なのかなぁ……
「天野が鈍いのなんていつも通りじゃない」
有栖川さん、それはフォローになっていませんよ?
「……この話は以上にしようか。 ほらせっかくの夕飯が冷めてしまうよ?」
先輩に指摘されて俺と有栖川は慌てて自分の皿に手を付ける。その様子を見て先輩は優しく笑っていた。そういう姿は俺や有栖川と違って年上の先輩の仕草だなぁ。
食事を終えた俺たちはお店を出ると解散の流れになる。この前と同じように先輩は車の送迎、有栖川はバス、俺は自転車だ。ちなみに黒崎先輩はもうしばらくアルバイトらしい。あの人は稼いだお金を何に使っているのだろう? 堅実に貯金な気もする。
自転車に跨ると携帯に着信が入る。なんだ? と見てみると大和田からだった。内容は「自分、大会で初優勝しました!」という内容だった。俺はおめでとうのスタンプを返すとペダルを漕いで家に向かい始めた。
この町の空は都会に比べると開けている。天気予報でもお天気アナウンサーがしばらくは快晴が続くと言っていた。夜空を見上げれば星空を存分に独り占め状態である。俺は赤信号の旅に空を見上げて透き通る空に浮かぶ星々を眺めては幸せの余韻に浸った。
「……あー。 今日も楽しかったな」
月ヶ瀬先輩や有栖川と毎日たわいのない会話で盛り上がり、カードゲームをする。時折こんな風に週末も一緒に遊んだりもする。もしも願いが叶うのなら、これからも何事もなくこの日々を送りたい。そう願った。
けれど、明けない夜はない。いつまでも快晴は続かない。そして、幸せの時間は無限ではない。そんな当たり前の現実を次の日の俺は突き付けられるのであった。
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