第38話 反省&祝勝会①
「く、悔しい……」
有栖川が机に顎をつけながら歯を食いしばっている。試合を終えてファミレスに入った俺たちは各々が注文を終えて待っていた。
「カードゲーム部の初陣としては上々じゃないか?」
「天野は悔しくないの?」
「そりゃ悔しいよ。 でもこの悔しさを忘れずに次に生かそうと思う」
「……そうね」
有栖川は納得したのか、顔を机から離すと正面の俺の顔を見てくる。
「予選の最後、ありがとね。 天野が言ってくれて私、気持ちが軽くなった」
「先輩も同じ気持ちだったってさ。 誰だってあの時の有栖川を見たらそう思えるよ」
「あの先輩が? 嘘だー」
「ほんとだって。 有栖川も先輩と一緒にいればどういう人か分かってるだろ?」
「分かっているからこそ、私の事を思ってくれるなんて想像できないというか……」
「おっと、何やら心外な発言が聞こえた気がするが?」
「なんでもありませーん」
ドリンクバーから飲み物を持ってきた先輩がわざとらしく有栖川を指摘する。対する有栖川はとぼけた様子で受け流した。この二人の関係は時々良く分からなくなるけど、これが女性同士の友情というものだろうか?
「先輩、そのどす黒い液体はなんですか?」
「これは天野君専用だよ、ほら」
先輩は俺と有栖川の前にコップを置く。有栖川の方は臭いからおそらく紅茶と予想がつくが、俺の方は……コーラじゃないな。明らかに色々な人工甘味料が混ざり合った気配がする。
「私特製のブレンドジュースだ。 遠慮せずに飲みたまえ」
「高校生にもなってドリンクバーでミックスジュース作る人っているんすね」
残すのもよくないと俺は先輩から渡されたドリンクをおそるおそる口に含んだ。味は……良かった。ただの甘ったるい謎の液体だ。コーヒーとかお茶とか混ぜているのではないかと警戒したけどそこまで非道ではないようだ。
「さて、この場は反省会と祝勝会を兼ね揃える感じで良いのかな?」
「そうですね。 先輩以外の二人は負けているわけですし」
「私にだってプレイングの反省点はあるよ。 一人だけ仲間外れにしないでくれ」
月ヶ瀬先輩はそう言ってるけど、この人、今日の大会無敗なんだよな。決勝トーナメントでも一人だけ勝っていたわけで、もしもオガ先がいたら二人だけで優勝も夢ではなかったのかもしれない。
「私は多すぎて分からないかも……」
「俺はデッキの好き嫌いをせずに普段から触るように心掛けないとなぁ」
「よし、反省会は終了! それではこれより祝勝会に入る!」
くよくよタイムは五秒で十分とばかりに先輩は切り替えて横に置いていた袋からガサガサと箱を取り出すと机の上に並べた。
「ベスト八だと最新弾のカードが入った箱が一つもらえたね。 これだけでも参加費と同じぐらいだ。 戦果としては申し分ない」
先輩の言う通り、大会参加費用は合計で六千円、この箱を買うのとそこまで変わらない。そう考えると大健闘である。
「さーて、私はこういうの開けたことがないから、よくわからないけどどうする?」
「え、先輩ってパックを買ったことないんですか?」
有栖川はストローから口を離すと驚いた様子で先輩を見た。
「不確かな確率よりは確実に手に入れたいからね」
なんとも先輩らしい意見である。
「パックを剝くのもカードゲームの醍醐味ですよ」
「そうね、宝くじをあてるような……あ、この前天野と買い物に行った時、このカードを当てたんですよ!」
有栖川は携帯を取り出すと画面を見せてくれる。そこには可愛らしい部屋の中にローダーに入って飾られているカードが映っていた。
「お、お前、待ち受けをそれにしてたのか?」
「な、何よ。 私の勝手でしょ!」
「そこまでカードゲームにはまっていたのか……」
「ち、ちがっ……別にそういうわけじゃ……」
カードを待ち受け画面にしているとか俺や大和田でもやっていない。この携帯画面だけを見たら有栖川は熱狂的なカードゲーマーと勘違いされてしまいそうだ。
「……二人共、この景品に関してなんだが提案がある」
途中から黙っていた先輩が口を開くと俺と有栖川を真剣な眼差しで見てくる。
「なんですか?」
「この箱を手にする事が出来た一番の功績者をねぎらうべきだと、そう思わないか?」
「それはそうですね」
「そこでだ。 今からこの箱の中に入っているパックを三人で平等にわける。 そして一番の功績者は他の人から一枚カードをもらえる……というのはどうだろうか?」
微妙に遠回しな言い方でモヤモヤしたが、先輩の言いたいことを俺はなんとなく察した。
「別にこの箱全部先輩が受け取っていいですよ。 一番結果を残したのは先輩ですし」
「私も別に構いません」
有栖川も俺の意見を肯定する。俺たちが本戦に出られたのは間違いなく先輩のおかげである。そんな先輩の提案を断る理由はなかった。
「ち、違う! あくまで私は全員で分けたいんだ」
月ヶ瀬先輩は焦ったように弁明し始める。
「当たりのカード以外は持ち帰りたくないって事ですか? それなら部室に置けば……」
「そ、そうじゃない! いいからほら、開けるぞ!」
先輩は強引に箱を開くと中に入っていたパックを俺と有栖川、そして先輩に平等に配り終える。
先輩の開封に併せて俺と有栖川もパックを剥き始める。これは初心者あるあるだけど、初めはパックをどこから開けていいのか分からなくて苦戦するよな。先輩も案の定そうなっていたので有栖川にしたように俺が教えてあげた。
「……あれ、これって」
半分以上開封が進んだ所で有栖川の手が止まる。俺と先輩は彼女が手にしていたカードを見ると……
「なっ……それこのパックのトップレアじゃないか!」
「有栖ちゃんって、もしかして豪運の持ち主かな?」
「え、いや、あはは……やっぱりこれ、そうなんだ」
俺は口を開けて彼女の引きの強さに驚嘆し、先輩は首をすくめた。
これからは有栖川にパックを選んでもらおうかな……
「でも残念だったな、今回は先輩のものだ」
「元々先輩がもらう予定だった箱だし、仕方ないわ」
有栖川は先輩にカードを渡そうとする。
「え? いらないが?」
先輩はきょとんとした様子で有栖川が渡そうとしたトップレアのカードを受け取らなかった。
「え……いやいやいや、このカード間違いなくこの箱の中で一番貴重なカードですよ」
「天野君、君が持っているカードを見せてくれるか?」
「……いいですけど」
先輩が手を伸ばしてきたので俺は手元にある自分で剥いたパックから出たカードを先輩に手渡す。有栖川のカードを見た後ではどのカードも見劣りしてしまうが……
「このカードをもらえるかな?」
先輩は一枚のカードを見せてくる。そのカードは高額なカードでもなければ希少性が高いカードでもなく、強いて言えばどんなデッキにも入りそうな汎用カードだった。
「俺は全然構いませんけど……」
「先輩、私が引いたこのカード本当に良いんですか?」
「うん、いらない」
先輩は即答し、俺にカードを全て返してきた。え? やっぱりいらないって事?
「ほら早く私にくれたまえ」
「……?」
「私は天野君から直接渡してほしいんだ」
「わ、わかりました」
俺は言われるがまま先輩に返してもらったカードの中から先ほど先輩が選んだカードを渡した。
「ありがとう……このカードならどんなデッキにも入る。 大切に使わせてもらうよ」
先輩はなぜか有栖川を見ながらそう言った。そのカードよりも有栖川が当てたカードの方が絶対に良いはずなんだけど……って、どうして有栖川が不機嫌そうな顔をしているんだ?
「天野君からもらったこのカードならデッキに入れて常に持ち歩ける。天野君から貰ったこのカードならね」
なんで二回も言ったんだこの人は? まったくわけがわからない。
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