第14話 サイテー人間
「……ま、また負けた!」
有栖川がガクっと肩を落とす。気が付けば夕日も沈み始め、校内には下校を促す音楽が流れ始めた。
「先輩、もう少し手を抜いてあげても良かったのに」
「勝負は全力、これはカードゲームの鉄則だろ?」
うーん。否定できない。
「あそこでこのカードを使っていれば良かったのかしら……いや、でもそうなると……」
十代の記憶力と適応力は優秀だ。有栖川は試合の大まかな流れを今日一日で完全に理解し、すでに一人でぶつぶつと反省会を開いていた。
おぉ……カードゲーマーだな、と思いながら彼女を眺めてしまう。
「こうなると有栖川用のデッキも欲しいですね」
「この部室には最低限のカードしかないからな」
汎用性のあるカードは俺と先輩の枚数分しかない。有栖川のデッキを作るとなると、この部屋にあるカードだけでは足りない。
「有栖川、今週末空いてるか?」
「今週末―? 空いてるけどー」
机の上に置かれたカードを見ながら有栖川は適当に返事をする。これカードゲーマーならわかると思うけど、集中しすぎて聞いてはいるけど話の内容が頭に入ってない可能性ないか……?
「それなら一緒に買い物に行かない?」
「買い物にー? …………一緒に?」
ギギギという音が聞こえてきそうな首の動かし方で有栖川はゆっくりこちらを向いた。声が聞こえていたのは良いけど反応がちょっと怖い!
「私と天野で買い物?」
「嫌なら俺一人で必要そうなカードを揃えるが……」
「行く! 行くよ! 行きます!」
目を輝かせて俺の方に詰め寄って来た。なんだその三段活用。あまりのテンションの高さについていけなくなる。
「有栖ちゃん、デッキを作るのに必要なカードを買うのが目的だからね?」
「先輩もついてくるんですか?」
有栖川が先輩の顔を見ながら問いかける。なんでそんな嫌そうな顔をするんだ。
「もちろん」
先輩は頷いた。え、そうなの? てっきり先輩は週末に予定があるのかと思っていた。
「カードに詳しい先輩が一緒なら俺が行く必要はないか」
「なんでそうなるのよ」
「そんなことはない」
二人共に否定した。有栖川が否定するのは分かるけど、なんで先輩まで否定するの?
「でも先輩、それならどこかの大会に出た方が良いんじゃないですか?」
「そ、それは……」
有栖川はまだまだ初心者なので大会に出るにはいろいろと準備が必要な段階だ。しかし、月ヶ瀬先輩なら優勝も夢ではない。週末は平日と比べて大会を開催する場所が増える。予定が空いているなら早い段階で結果を出すに越したことはないだろう。
「そうですよ先輩、私の事は天野に任せて頑張ってください!」
月ヶ瀬先輩の方を向いて有栖川が親指を立てる。大会に出る先輩を応援する……なんだか部活動っぽくなってきたじゃないか。
「……天野君、平日でも大会をやっている場所を教えてくれ」
「え、週末の大会に出れば……」
「教えてくれ!」
今度は先輩が急接近して俺の肩を掴んでくる。この前大和田に掴まれかけた時と同じくらいの力を感じた。
「い、一応学校の近くだと、こことここ、それから少し距離がありますがこの店舗もやっていますね」
グーグルマップを開いて店舗の場所のリンクを先輩の携帯に転送する。
「ここからならまだ間に合う……天野君、部室の鍵は渡しておくから後は頼んだ」
「本当に今から行くんですか?」
「時間がないからな! 行ってくる……それと平日の間に優勝したら私も週末一緒に行くからな!」
先輩はそれだけ言い残すとカバンを持って一瞬で外へと飛び出していった。
生徒会が来てから有栖川と月ヶ瀬先輩の様子が劇的に変化している。近江生徒会長、あんたって人はすごいよ……
「……二人きりになっちゃったね」
今度生徒会長に弟子入りでもしようかな、と冗談を考えていると有栖川は視線を落としながらそう言った。
「有栖川と二人だけになるのは初めてか」
有栖川が来るまでは先輩とはこの部室で二人きりになることが多かった。
「あ、あのさ、天野」
「ん?」
「天野って月ヶ瀬先輩と付き合ってるの?」
「ふぁ?」
思わず音階の中間みたいな声が出てしまう。いきなり何を言い出すんだ有栖川は。
「んなわけあるか。 先輩は才色兼備の高嶺の花。一方で俺はただの一般人。 すっぽんが月と付き合えるわけないだろ」
「そ、そうなんだ……」
自身の長い金髪を触りながら有栖川は中途半端に言葉を区切った。自分で言っていて悲しくなるがこれは事実なので仕方がない。俺と先輩はたまたま共通の趣味によって関係が成り立っているだけに過ぎない。
「天野、もしよければっ……」
有栖川が何かを言いかけた、その時だった。
「なっ!」
机の上に置いていた俺の携帯にラインのメッセージが入った。メッセージを送ってきたのはアイコンで大和田とすぐにわかった。それだけならスルーするが文章の始まり部分を俺は見逃さなかった。
『限定版ボックス再入荷されていた』
俺は携帯を手に取り、すぐに大和田との通話画面を開く。ご丁寧に画像も送ってきた。
これは間違いない……昨年販売された限定の商品じゃないか! ちなみにボックスというのはカードパックがまとまって入っている箱を示すカードゲーム用語である。
「どこで手に入れた」
「先週末に大会に出た所でござる(嬉しそうなスタンプ)」
「後で金を渡すから俺の分も買ってくれ」
「おひとり様一点限りでござる」
文章の最後に購入した商品の入った袋とにやりと笑った顔のスタンプを送って自慢してくる。
「ここから全力で自転車をこいでも着くのは一時間後……ぐ、すでにお店の公式SNSで販売告知までされてるのか」
このままではすぐに売り切れてしまう。俺も大和田もこのボックスは人気過ぎて昨年手に入れられなかった。だからこそあいつの嬉しさもわかるし、願わくば俺も手に入れたい。
「……よくわからないけど、今すぐここを出たいのね?」
「うん。 でも有栖川が一人になっちゃうよな……」
俺が有栖川にカードゲームを教えると言ったそばから自分の都合を優先するのは人として終わっている。ここは涙を飲んで購入チャンスは諦めるべきだ。
「いいよ、行ってきな」
「い、いいのか?」
「天野が欲しいものなんでしょ? 私が部室のカギを持って帰るから気にしないで」
「ありがとう有栖川、恩に着る」
俺は彼女の言葉に甘えてカバンに自分のカードを纏めて入れると立ち上がり、部室から出ようと扉に手をかけた。
「女の子が大事な会話をしている時に携帯を見るのは良くないよ」
俺の手がピタリと止まる。俺は彼女が何かを言いかけていた最中に携帯を手に取った。常識的に考えて失礼極まりない行為だ。
「ごめん、俺のせいで有栖川に不快な思いをさせた」
「サイテー人間……冗談だよ。 次からは気を付けるように!」
有栖川は茶化すような言い方で笑いながら手を振った。俺は彼女に一礼すると扉を開けて部室を出た。
有栖川は笑って流してくれたが、これは反省しないといけない。
もしかしたら今までもこの部室にいる中で先輩に対して無意識のうちに同じ行為をやっていたかもしれない。俺は自分の行いを猛省しながら自転車置き場に向かって走るのだった。
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